イングリッシュ・ローズ/03
「なぁこの予算ってこれで合ってんの? この前見た書類と違くない?」
「ああ…それ昨日修正入ってた。それで合ってる」
「ふーん……了解」
…このところ、フランスはほとんど毎日生徒会室に顔を出し、その日の仕事をきちんと片付けて帰って行く。
つい二週間ほど前、小学生の夏休みの宿題のごとく仕事を溜め込みすぎていたフランスに提出期限前日にまとめて仕上げさせたのだが、久しぶりに大量の書類に目を通して疲れたのか、翌日奴はらしくもなく目の下にクマを作ってやたらと疲弊した顔で登校して来やがった。
さすがに懲りたのだろう、それ以来仕事を溜めないように努めているらしい。
それはいいことなんだが、……放課後毎日こいつと顔を合わせるのは何というか……ちょっと気まずい、のだ。
その二週間前、溜めてた仕事を片付けさせようと奴を部屋に呼んだとき、まぁ何となくそーいう雰囲気になって、……仕事があれだけ溜まってなければ相手してやらないこともなかっ……いやいや、俺は最初からそんなつもりはなく仕事をさせるために呼んだのだから、当然するわけがない。
俺にそういう意図がないと知るとフランスもすぐに引いたが、言われてみれば俺から部屋に呼んだりすることなんか滅多にないから、あのときは誤解されても仕方がなかったかもしれないと思う。
…と言っても別にそれが原因で喧嘩したとかそういうことじゃなく、俺が一人で勝手に気にしているだけでフランスの態度はいつもと何ら変わりがない。
それ以前に奴は二週間も前のそんなやり取りなんかいちいち覚えていないかもしれないし、本来なら俺だって気にする必要もないんだ、あれはもう終わった話だし。
……ただ、…。
「……なに?」
「えっ」
ふいに声を掛けられて、俺はびく、と小さく肩を震わせ顔を上げた。
目線の先のフランスが不可解そうに眉を寄せて俺を見つめている。
「え、じゃねーよ……何でさっきから怖い顔でこっち見てんの? 仕事はちゃんとやってるぜ」
言われて初めて考え事をしている間ずっと、無意識のうちに奴に目線を向けていたらしいことに気が付いた。
俺はそれを誤魔化すように慌てて声を上げる。
「あ…いや、それ! その書類貸せ!」
「えーどれ? これ? これもうお前の判ついてるけど?」
「っ、いーから貸せ!」
ドン、と拳で机を叩いて怒鳴りつけると、フランスは はいはい、 と苦笑いを浮かべて俺の指した書類を手渡してきた。
奴の手から乱暴に書類を取り、一応ちら、と目を通すが 判が押してある=処理済み で、そもそもこの書類に本当に用があったわけじゃなかったので、処理済みのファイルに突っ込んだ。
(それにしても……この前のでいくら懲りたっつっても、最近のこいつの仕事ぶりはどうなってんだ)
フランスが毎日真面目に仕事をしているおかげか、俺の仕事もだいぶ楽になっている。
時間にも少し余裕が出来たし、それはこいつだってわかっているはずだ。
結局二週間前のあれから今日まで、放課後に生徒会室で仕事をする以外に二人で会うこともなく、……そ、そーいうことをする機会もなかった。
ちゃんと仕事しにここに来てるってことは、こいつも暇なんだろうし……今日辺り お前んとこ行っていい? とか何とか、にやにやしながら言ってくるに決まっている。
そんなことを考えながら新たな書類を捲り、会話らしい会話もなく互いに目の前の仕事に集中していたが、しばらくするとふいにフランスが顔を上げた。
「お前、まだ終わんねえの?」
そう声を掛けられて、心臓がどくんと跳ねる。
あっという間にどきどきと動悸が速まって、馬鹿みたいに動揺している自分が何だか恥ずかしい。
これじゃフランスに声を掛けられるのを待ってたみたいじゃねーか。
けど今やってる分も含めて特に急ぎの仕事はないので、これを上げたら今日は帰っても問題ない。
……まぁ別に声を掛けられるのを待ってたわけじゃねえけど、全然そんなんじゃねえけど(大事なことなので二回言った)、二週間前のこともあるし、しょーがねえから今回は付き合ってやるか…。
「……あと少しで終わる」
「そっかー、じゃあ俺先帰るな。お疲れー」
「……は?」
じゃあ待ってる、と続くかと思ったのに、フランスはさっさと自分のデスクを片付けて生徒会室から出て行ってしまった。
……なん、なんだあいつ……!
「っ……何で帰るんだよばかぁ!」
とっくに閉まったドアに向かって手元にあったペンを投げつけると、カン、と乾いた音を立ててぶつかり、絨毯の上に転がった。
**********
フランスが帰った後、苛々しながら一人で仕事をするのも馬鹿らしくなって、適当に切り上げて自室に戻った。
部屋に戻ってジャケットだけ脱ぐと、着替えもせずにベッドに横になる。
(わざわざ約束なんかしなくても、いつも勝手に人の部屋に押しかけてくるくせに……今回はめずらしく日があいてんな…)
べ、別に何か期待してたとかそんなんじゃねえけど、……でも最後にしたのはあの二週間前よりももっと前で、正確には覚えちゃいないがもう一ヶ月近く前になるだろうか。
あいつとそういう関係になってから一週間に一度くらいはしていたので、最後にしてからこんなに日があいたのは初めてかもしれない。
毎日生徒会室には顔を出しているんだから、特に用事も予定もないと思うのに何なんだ。
………………。
あ、いや別にあいつが来るのを待ってるわけじゃないけどな!
(……それにしたってもう一ヶ月だぞ………どうせ暇してるくせに放置もいいところじゃねーか…)
大体フランスとそういう関係になったのだって、元はと言えばあのバカがいつもいつもやたらと熱っぽい目で俺を見てるからいけないんだ。
あいつの視線からその熱が伝染したみたいに、なんか変な気分になって……そんなときに 「なんでそんな目で見んの、欲求不満かよ」 とか言いやがるから。
その後はもうなし崩しだ。
一度そういうことになると、二度目以降は歯止めなんてあってないようなものだ。
何よりフランスに触れられることは思ったよりも不快じゃなかったし、あいつの碧石みたいな双眸で見つめられると、頭の中が沸騰したように何も考えられなくなる。
それに………なんだ……、奴の手の感触はちょっと気持ちいい…気がする。
今まで俺からやりたいとかはっきり口にしたことはねえけど、あの変態はそういうことに関しては妙に聡いから、言わなくても勝手に訪ねてきて好き放題するのが常だったのだ。
なのに最近は放課後毎日会っているのに、何故か何も仕掛けてこない。
急に真面目に仕事したり、何か企んでいるのか……それとも単に俺に飽き………。
(いや待て、それシャレになんねーぞ………本当にそうなら死んでも構わないってことだよなぁ?)
……ああ、いや、もうつまんねえこと考えんのはやめだ。
あっちが来ないなら俺から行けば済むことじゃねえか、そんな簡単なことを何で躊躇う必要があるってんだ。
お互い熱に蕩けた顔も、普通は他人に見せないようなみっともないとこも全部知ってるのに、今さら照れるとかその方がおかしいだろ。
俺は勢いよく起き上がりベッドから下りて自室を出る。
そのままフランスの部屋へ向かい、周囲に人がいないのを確認してドアの前から声を掛けたが返事はない。
「おい、フランス! いないのかよ?」
ノックをしても呼びかけても答える声はなく、俺より先に帰ったくせにどうやらまだ戻ってきていないらしい。
このまま部屋の前で待っていれば確実に会えるだろうが、いつ戻ってくるかわかんねーしいくらなんでも目立ちすぎる。
(どこ行ったんだ、あのバカ)
もしかしたら食堂辺りにいるかもしれない。
そう思って奴の部屋を離れ食堂を覗いたが、その中にフランスの姿は見あたらなかった。
今の時間なら晩飯はまだだろうから、ここで少し待ってみるか。
俺はいつ奴が来てもすぐわかるように入口に近い席に座り、ついでに軽く夕食を済ませた。
…が。
待つのはあと五分、あと五分、と思ってるうちに食堂に来てからすでに二時間が経過し、その間何度ももう一度あいつの部屋に行ってみようかと席を立ったが、すれ違いになったら面倒だと思うと動くに動けなかった。
散々待って苛立ちも限界に達し、フランスと顔を合わせたときの反動は俺自身も予想がつかなかった。
それからさらに二十分ほど経って、何度目かの欠伸をしたとき。
ようやくフランスが食堂に入って来るのが見えて、俺は思わず あ、 と声を上げる。
もう食堂には人もまばらで、奴は入口近くに座っていた俺の存在にすぐ気付いたらしく、いつもの締まりのないにやけた顔をして、夕食を乗せたトレイを俺の向かいの席に置いた。
「よー生徒会長。何してんの、こんなとこで? ってか、お前晩飯は?」
「お前こそ随分遅い晩飯じゃねーか、今まで何やってたんだよ」
フランスの問いは無視して逆に問い返すと、奴はそれを気にした様子もなく素直に答える。
「ああ、生徒会室に忘れ物してさ。取りに行ったついでに明日の分の仕事もちょっと片付けとこうと思ったら、こんな時間になってた」
「生徒会室…? 鍵は?」
あそこの鍵は俺しか持っていないはずだ。
聞き捨てならない科白に、咄嗟にポケットに手を入れるとそこには確かに生徒会室の鍵が入っている。
鍵は俺が持っているのにどうやって入ったんだ。
「えー? えっと……合鍵的な?」
鍵のことはこいつにとっても失言だったのだろう、首を傾げて誤魔化すように言いやがったが、そんな仕草お前がやっても全っ然可愛くねーしむしろ腹立つんだけど!!!!!!!
「お前いつのまに勝手に合鍵とか作ってんだよ、出せバカ!」
「だってないと入れないじゃん! 俺副会長だもん、鍵持つ権利くらいあるんじゃねーの?! ってか、お前何でここにいんの? 晩飯食いに来たってわけじゃなさそうだし!」
フランスはさっき俺に無視された問いを繰り返し、無理矢理話を変えた。
俺としても鍵がどうとか、そんな言い争いをするためにわざわざこいつを待っていたわけじゃない。
合鍵は後で取り上げるとして、先に奴の問いの答えになる本題を切り出した。
「お前を待ってたんだよ。晩飯食ったらちょっと付き合え」
待ってた と言った俺の科白に、フランスは意外そうな表情を浮かべ続けて問う。
「何で? 何か用?」
「用があるから待ってたんじゃねーか。それより早くそれ食えよ、時間がもったいねえだろ」
「用ってここじゃ駄目なの?」
「駄目に決まってんだろ、つーかしゃべってる暇があんならさっさと食え!」
トレイの上にあったナイフを目の前に突き付けると、フランスは顔を引き攣らせて夕食を口に運んだ。
不機嫌丸出しな目つきでずっと睨み付けていたせいか、俺の無言のプレッシャーに食事どころではなくなってしまったらしく、結局半分も食べないうちにフランスはフォークを置いた。
「何だよ、もういいのか?」
「いいも何もそんな目で見られてたら落ち着かないし、晩飯どころじゃないんだけど……俺何かしたっけ?」
「……何もしてねえのが悪い」
「えぇー……? それはちょっと理不尽が過ぎるんじゃねえの…」
「うるせえな、いいから来い、もうメシはいいんだろ」
俺は勢いよく席を立つとフランスの腕を引いて、食器の片付けもそこそこに食堂を後にした。
フランスの腕を掴んだまま半ば引きずるようにして廊下を歩いていくと、奴は困惑の色を滲ませた口調で問いかけてくる。
「ちょ、…おい、イギリス! 用って何だよ? 勝手に合鍵作ったのは悪かったけど、でもお兄さん連日仕事頑張ってたと思うんだけどなー? 怒られる要素ナシ? みたいな」
「…………」
「あのー……無言はやめてくんない……マジで何でお前怒ってんのかわかんないんだけど……ってか、若干疲れてるんで早く用件言ってくれると嬉しいなぁ…なんて」
そりゃあさっきまで生徒会室で仕事をしてたってんなら、それが事実なら疲れてることだろうよ。
正直フランスの都合はあまり(というか全然)考えていなかったので、そう言われて俺は足を止めたが、もはや引いてやるつもりはまったくない。
「じゃあさっさと用件済ませてやるから、こっち来い」
それだけ言って俺は掴んだフランスの腕をさらに強く引っ張って、強引にすぐそばのトイレに連れて行くと、入口から一番遠い端の個室に奴を押し込んで鍵を掛けた。
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