ミスキャスト/01
「……バイト、紹介してもらいてえんだけど」
めずらしく予定のない週末、フランシスはいつものように幼なじみのアーサーの部屋で勝手にくつろいでいたところ、彼が唐突にそう言った。
さっきから落ち着きなくちらちらとこちらの様子を窺っていると思ったら、いつそれを切り出そうかタイミングをはかっていたものらしい。
「バイト……ってなんの?」
聞き返してみたものの、アーサーの言葉に心当たりがないわけではなかった。
二週間ほど前に、フランシスは自分のバイトの手伝いをしないかと彼に持ちかけていたからだ。
しかしそれは本気で誘ったわけではなく、仕事の内容的にアーサーは絶対に受けないだろうと思ったからこそ、冗談のつもりで言ったものだ。
バイトのことを話したのはもう二週間も前だし、そもそもそのとき予想通りにきっぱり断られたはずの話だったと記憶している。
彼の言うバイトとやらに他に思い当たることはないけれど、まさか今さらその話じゃないよなぁ、とフランシスは首を傾げて問い返すと、アーサーは少しだけ顔を赤くして目線を逸らし、言いにくそうにぼそぼそと呟く。
「だから…、お前がやってるやつだよ! この前やらないかって言ってた、アレ」
「え………えぇ〜?!」
やはりというかなんというか。
もしかして、とは思ったけれど、二週間も前に終わった話をなにゆえ今になって蒸し返すのか。
しかも肯定的な返事とはまったくもって想定外である。
何故なら二週間前、フランシスがアーサーに冗談で持ちかけたバイトの誘いとは、およそ彼が好むような内容の仕事ではなかったからだ。
そのバイトとは、いわゆるアダルトビデオへの出演である。
フランシスがそんなバイトをしているのは、昔から付き合いのある知り合いに一度で良いからと強く頼まれたことと、そのときの相手の女優が好みのタイプだったので、まぁ一度だけならと軽い気持ちで引き受けたのが最初のきっかけだった。
それがそれなりに評判が良かったため、一度だけの約束のはずが定期的に頼まれるようになってしまったのだ。
初めのうちはすべて断っていたのだが、誘いがあまりにしつこいので断るのも面倒になり、今では気分が向いて相手の女優が好みであれば引き受けている。
このことは話のネタとしてアーサーにも話していたし、実際自分が出演したビデオを彼に見せたりもした。
それを見たアーサーは よくやるよなお前、 とそのときは呆れたように言っていたくせに、その仕事をするために自分を紹介して欲しいだなんて、一体どういう心境の変化があったのだろう。
彼は料理やら刺繍やら庭いじりやらが趣味で、自ら進んでそういう仕事をやりたがるような性格でもない。
…とはいえ、アーサーも立派な成人男子である。
彼の部屋にはフランシスが思わずしょっぱい顔をしてしまうようなエロ本がごろごろあるし、こうして家に遊びに来たとき昼間から自慰に耽っているところに遭遇したのも一度や二度ではない。
よくやるのはお前の方だろ、とフランシスは常々思っているが、アーサーの方は自分は至って普通だと思っているらしく、変態扱いを受けるのはいつもフランシスなのだった。
そんなアーサーだから、アダルトビデオに自分が出ることに興味を持ってもおかしくはないのかもしれない。
………しかし。
「やめとけって、お前には向かねえよ」
これがフランシスの正直な気持ちだった。
アーサーが何人かの女性と付き合ったことがあるのは知っているが(何が原因か、いずれも長続きはしなかった)、その手のビデオでするセックスは、恋人とベッドでするそれとは根本的に違う。
かわいい女優とセックスをしてお金をもらうだけの単純な仕事でもない。
当然だがAVのメインは女優なのだ、扱いの面倒な我が侭な女優もいるし、そういう相手には必要以上に気を遣う。
アーサーはフランシス以外にほとんど友達がいないし、対人関係におけるコミュニケーションがあまり得意ではない。
その彼にまともにこの仕事が務まるとはとても思えなかった。
けれど素っ気ないフランシスの答えに、彼は不満そうに眉間に皺を寄せた。
「なんでだよ。お前が自分から誘ってきたんじゃねーか。そりゃ返事するまで少し時間空いたけど、…」
「いや…、そうじゃなくて…お前さぁ、ほんとにわかって言ってんの? この仕事って相手の女の子にもすごく気を遣うし、結構大変だよ? それに、…あーほら、病気とかも怖いしさ」
「…はぁ? 誰も俺がする方なんて言ってねーだろ!」
アーサーは自分の話と今ひとつ噛み合っていないフランシスの言葉を聞くなり、眉間の皺をますます深くして尊大な態度で腕を組んで言った。
「…………え?」
「お前自分の言ったこと覚えてねーのかよ。今度男同士でやるビデオに出ないか、って依頼されたから、俺にそれに一緒に出ない? って言ったんじゃねーか!」
「え…あー………えぇ〜……?!」
頬を赤く染めて少し拗ねたように言ったアーサーに、フランシスは思わず顔を引き攣らせた。
何を言い出すのかと焦ったが、思い返せば二週間前、確かにフランシスはアーサーにそう言った。
彼の言うことは何一つ間違っていない。
フランシスは好みのタイプであれば年齢も性別もさして気にしないので、例のバイトで相手が女優ではなく男優だったことも何度かある。
それも話のネタとしてアーサーに話したことがあったし、そういうのもあるんだぜ、と冗談のつもりでビデオに一緒に出ない、と言ったのも事実だ。
そのときは 「ふざけんな変態! 死ねよばか!」 と散々罵られて、そこで話は終わったものとフランシスは思っていたのだが、彼にとってはそうではなかったのだろうか。
「…お前いやだって言ってなかったっけ?」
「いやだとは言ってねえよ。お前に言われてからずっと迷ってて、…相手がお前なら、まぁしてもいいかなって思ったからさ」
「えぇ…?! お前何言ってんの…?!」
今日のアーサーの発言は斜め上にもほどがある。
言われてみれば彼はいやだとは言っていないが、あの反応じゃ拒否されたと思うのが普通ではないだろうか。
だからこそこっちは今の今まで忘れていた話なのに、急にそんなことを言われてもどう反応すればいいのか、フランシスはずきずきと痛みだした頭を抱えて大きな溜息を吐いた。
近所に住むアーサーとは幼稚園に入る前からの付き合いで、ことあるごとにケンカばかりしていたけれど、今やお互いに一番気心の知れた相手になっている。
小さい頃から一緒に風呂に入ったり、一つのベッドで眠ったり、アーサーの肌に触れることは数え切れないほどあったし、その体温も感触もすっかり皮膚に馴染んでいて、それは彼も同じように感じていると思う。
二人の意識に互いの肌に触れることに抵抗がなかったのがいけなかったのか、アーサーとフランシスの間には性的な接触もある。
まだアーサーが中学生になったばかりの頃、一緒に性教育のビデオを見たのだが、それが想定外に濃い内容だったため、見ているうちに我慢出来なくなってしまった彼に手でしてやったのが始まりだ。
何度も やだ、 とか 恥ずかしい、 とか嫌がる素振りを見せていたが、結局抵抗は口だけで本気で逃げようとはしなかった。
あのときの快感を抑えきれず戸惑ったようなアーサーのかわいい顔は、今も目に焼き付いている。
きっとアーサーが他人の手でいかされたのは、そのときフランシスにされたのが初めてに違いない。
それ以来相互自慰みたいなことも頻繁にしていたし、アーサーが お前ならいい、 と言うのもその辺に起因しているのだろう。
けれど自分たちがしているのはあくまでも自慰の延長だ。
お互いのを手で擦ったり扱いたりする程度で、当たり前だが最後までしたことはない。
アーサーとの触れ合いはただの性欲処理みたいなもので、それ以上でもそれ以下でもなかった。
とはいえ、アーサーはどうか知らないが、フランシスには本当にそれだけというわけではない。
甘く掠れた声でフランシスの名を呼ぶ薄く開いた唇にキスしたいとか、手で擦り上げてやるだけであっけなく白濁を零す性器を口で気持ち良くしてやりたいとか、そんなふうに考えるくらいには彼をかわいいと思う。
それをしたらアーサーがどんな反応をするのか試してみたい気持ちもあるが、幼なじみとの相互自慰でさすがにそれはやりすぎだという自覚はあるので自重している。
しかし彼がビデオに出ることになったら、当然そういうことも含めてもっといろいろ出来るわけで、フランシスとしてはそれもありかなぁと思うけれど、アーサーは自分が言っていることがどういうことなのか、絶対にわかっていない。
一時の気の迷いでそんなビデオなんかに出て、アーサーが後々後悔するようなことになっては可哀想だ。
冗談のつもりだったとはいえばかなことを言っちゃったなぁ、バカ、俺のバカ、と二週間前の自分を内心で詰る。
はぁ、とつい零れる溜息と、真面目に取り合おうとしないフランシスの態度にむっとしたのか、アーサーはさらに続ける。
「なんだよその反応、お前が自分から誘ったんじゃねーか! お、お前だって普段から俺にやらしいことしてんだから、出来ないわけじゃねえだろっ」
「いや…それはそうだけど、……ってか、俺はアーサーとセックスするのは全然いいけどさ、お前はどうなんだよ。ビデオに出るならいつもみたいに手で触るだけじゃ済まないんだぜ? アーサーは俺のを口でしゃぶったり、女の子みたいに入れられたりしてもいいわけ? …それもカメラが回ってて、複数のスタッフに見られながらだよ?」
わざと彼が嫌がるような直接的な言い方をしてやると、アーサーは耳まで赤くして俯いた。
「……カメラとかは、あんまり気にしないようにする。あと、お、お前とすんのは、今さらだし、別に、いい……」
いいのかよ!!!!!!!!!!
フランシスは心の中で全力で突っ込んだ。
先ほど彼が下を向いたのは俯いた、のではなく頷いたものらしい。
なんでこいつこんなに乗り気なんだ………この二週間で一体どういう結論に辿り着いたんだよ、とフランシスは遠い目をする。
唯一の救いは相手がフランシス限定なことだ。
自分以外の誰とでも良いなんて言われたら、アーサーの申し出など絶対に断っただろう。
アーサーを抱きたいという思いは随分前からフランシスの中にあったので、それなら断る理由もないかなぁ、とぼんやり考えるが、やっぱりこういうことで望みが叶うのはあまり気分のいいものではない。
バイトで仕事だから義務でするのではなく、ベッドで誘ったときに彼の意志で応じてくれた方が嬉しいし、行為自体も意味のあるものになるのだ。
相互自慰のときもアーサーがまたフランシスにして欲しいと思うように、彼が堪えきれずに縋り付いてくるまで優しく丁寧に触れてきた。
口では何だかんだと事あるごとに反発するくせに、結局自分に懐いている年下の幼なじみがフランシスにはかわいくて仕方がないのである。
懐いている、なんて本人が聞いたら そんなわけあるかバカ! と顔を真っ赤にして怒るのだろうが、実際フランシスがアーサーの自室に入り浸るのも、遊びに誘ったりするのも、一言目には必ず皮肉と嫌味つきで拒否する言葉が出てくるが、二言目には どうしてもって言うなら、しょうがねえな! と嬉しそうに緩んだ表情をして上から目線で言ってくるのが常だ。
そういう面倒くさいようなわかりやすいような、少し変わった彼の性格は嫌いじゃないし、それどころかアーサーと恋人として付き合えたらいいのになぁ、と思うことだってある。
フランシスは決まった相手を作ることは好まず、広く浅く多くの女性と付き合ってきたけれど、最近はアーサーと過ごす時間の方が楽しい。
昔から人付き合いが下手で自分以外に親しい友人もいない彼のことを、これから先もずっと気がかりで放っておけないだろうし、俺くらいは傍にいてやらなきゃなー、と勝手に思ったりもしていた。
一緒にいて気を遣わないし、互いのことも深く知り尽くしているから居心地が良くて、アーサーと付き合ったら自然と他の相手との関係は薄れていくのだろうとも思う。
その思いを伝えるのは簡単だけれど、それが彼にとって望む言葉でなければ、焦って伝える必要はない。
今はアーサーの一番身近にいるのが自分なら、とりあえずはそれで良かったのだが、 少しは俺のことをそういう対象として見て欲しいなぁ、 と思い始めていた矢先に思いもよらない申し出があったものだから、フランシスは内心だいぶ動揺していた。
(俺ならいいってどういうつもりで言ってんのかなー……ちょっとは期待してもいいのかな…)
アーサーの発言には思うところがいろいろあるが、この際それはいったん置いておく。
重要なのは彼の希望する相手がフランシスであるということより、ビデオに出ようと思った理由の方だ。
本当にアーサーをバイトとして紹介するかどうかはともかく、彼がどういうつもりなのかくらいはきちんと確認しておく必要があるだろう。
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