ミスキャスト/02


そもそもその手のビデオに出るということは自らの恥部を晒すのと同等なのに、そういうことを好まない彼が自ら進んでやりたがるなんて思いもしなかった。
正直需要的な意味で同性同士のアダルトビデオなんてたいした金にはならないし、金が欲しいのならまともなアルバイトを一ヶ月真面目にやった方がよほど健全で建設的なのだ。

「あのさー…なんでそんなにビデオに出たいの? そんなに金になんないし、恥ずかしいこともいっぱいさせられるよ? お兄さんは違うバイト探した方が良いと思うけどなぁ…」

「べ、別にビデオに出たいんじゃなく、…他の仕事は一回きりってわけにはいかねえだろ、俺だって忙しいんだからな! つーかなんでそんなに迷惑そうなんだよ、俺が相手じゃ不満だってのか?!」

機嫌を損ねたアーサーにぐい、と胸ぐらを掴まれて凄まれた。
要するに手っ取り早く金を稼ぎたいということなのだろうか?
確かに一回限りという条件をつければ、一度でまとまった金が入るまともな仕事を探すのは難しいかもしれない。

「アーサーのことが不満とかじゃなくて、…なに、金が必要なわけ? お前なんかやらかしたのかよ? 酔っぱらって物壊したとか…」

「そんなことするか! 大体そんなのお前には関係ないだろっ」

すっかりむくれてそっぽを向いたアーサーの頬はりんごみたいに真っ赤だ。
何にせよスタッフにアーサーを紹介してしまったら、もう後戻りは出来ない。
彼はまだそういうビデオに出るということがどういうことなのかわかっていないと思うし、いざとなったときに 「やっぱり出来ない」 というのは通用しないのだ。
……さて、どうしたものだろう。
バイトの誘いは軽い冗談のつもりだったのに、何故かアーサーは真に受けて本気で考えてしまっている。
こうなると冗談といえど、先にこんな話を持ちかけたフランシスに非があるだろう。
バイトのことは冗談で言ったのだと突っぱねれば話は早いが、彼は二週間たっぷり考えてこの結論に至ったのだろうし、冗談と知らず真剣に考えたあげく出ても良いなんて言ってしまったことを酷く恥じるに違いない。
そうなると後々面倒な思いをするのは他でもないフランシス自身で、これが原因で気まずい思いをするのもさせるのも嫌だった。

冗談は冗談で収めなくてはならない。
それもアーサーにはそれとわからないように収めるのが望ましい。
少し骨を折るが、断るにしてもアーサーにも納得した形で諦めてもらいたいので、多少の手間が掛かるのは仕方がない。
どうしたものかと考えたそのとき、フランシスの頭にぽわんと妙案が浮かんだ。
今思いついたそれを実行すれば、簡単に彼から 「やっぱりやめる」 という言葉を引き出すことが出来るに違いないと思えた。

「そこまで言うならしょうがねえなー。スタッフには俺から言っておくから、携帯は繋がるようにしておけよ。いつ連絡入るかわかんねーから」

「! わ、わかった…。でも俺お前以外とは嫌だからな!」

「はいはいわかってるよ」

その日はこれで話を切り上げ、アーサーの希望を受け入れたように見せておいた。
しかしフランシスにはそんなつもりはこれっぽっちもなく、約束通りスタッフに連絡は入れたものの、それはアーサーの希望とはまったく別の意図だった。


**********


それからちょうど一週間後、スタッフからアーサーの携帯に連絡が入り、簡単な面接の後、後日早速撮影を始めることを説明されたと聞かされた。
フランシスにもその件で連絡が入っていて、自分の思惑通りに事が進んでいることに安堵する。
面接のときに渡されたという台本を見てみると、学校の問題児である不良生徒(=これがアーサーの役だ)が、生活指導の教師(=こちらがフランシスの役である)に、あれこれ性的な指導をされるという何の目新しさもないベタすぎる内容だった。
AVのシナリオなんて実にチープだ。
いくつか定番の脚本があらかじめ用意されていて、そのときの流行などに左右されて決められる。
今回はアーサーが初めてなことと、高校生にも見える童顔であることが理由で、制服さえ着ていればそれらしく見えて演技らしい演技など必要ない、高校教師と生徒の学園ものになったらしい。
それにしたっていくらなんでも使い古されたネタすぎるんじゃないか、とフランシスは思ったが、経験のないアーサーにはこんなもので十分だろう。
第一これを本当に撮影するわけではない。
むしろ撮影することも、アーサーがビデオに出るという話自体も嘘だった。

彼が自分から諦めるように、フランシスが考えた筋書きはこうである。
バイトのことは冗談だったと頭から断れば、アーサーが怒ってしばらく気まずくなるのは目に見えているので、まずはAVの撮影がどういうものなのかをわかってもらわなければならない。
そのためには彼にAV撮影を実際に体験させてやればいいと考えた。
カメラが回って、何人ものスタッフの前で性行為をするなんて真似が、アーサーに出来るわけがない。
やりたくない、出来ないと思わせることで、彼の意志で仕事を降りるように仕向けるのだ。
そうすればフランシスがただ断るよりもすんなり引いてくれるだろうし、自分には出来ないとわかればもうそんな馬鹿なことも言い出さないだろう。

とはいえ、引き受けた後で 出来ません というのは通らない話だ。
先日フランシスがスタッフに連絡をしたのは、仕事を受けるためではなくこの茶番に少しばかり協力して欲しいと頼むためだった。
幸い責任者はフランシスの知り合いであるし、一回きりの約束を反故にされた貸しもある。
何よりこのことを話すと、責任者含めスタッフたちもおもしろそうだと乗ってきてくれたので、「AV撮影ごっこ計画」がアーサーの知らぬところで始動したというわけだ。
彼らの協力のおかげで、アーサーはこのくだらない台本のビデオを本当に撮影するのだと信じている様子だ。
出来るだけアーサーが嫌がるような台詞や行為を入れるように頼んでいたから、案の定彼は台本を見て 「なんだよこれ、こんなこと言わねーだろ普通…」 とか実に嫌そうにぶつぶつ文句を言っている。
これならフランシスの目論見通り、放っておいても彼の方から 「やっぱりやめる」 と言い出すのは時間の問題と思われた。

「撮影の日って聞いた?」

「ん…、明後日だって」

「じゃあ明日の晩にでも一回抜いとけよー、いつもみたいにあっさりイッちゃったら話にならないからさぁ」

ニヨニヨ笑ってそう言うと、アーサーは顔を真っ赤にしてフランシスの髪の毛を引っ張った。
なんでこう照れ隠しまでいちいち暴力的なのだろう。
髪を掴んでいるアーサーの手をやんわり解くと、フランシスは真面目な顔と声音を作って乱れた髪を直しながら言った。

「仕事でやる以上は俺も手抜きしないから、そのつもりでいろよ」

「…あ、あんまり痛くすんなよ」

同性同士の行為も知識だけはあるらしく、アーサーは恥ずかしそうにぽつりと言った。
彼は本当にこのバイトでフランシスとセックスするつもりでいるらしい。
最後までするときは、思い切り優しく丁寧に蕩かしてやるからそんなこと心配しなくていいのに、……まぁそんな日は来ないんだろうけど、とフランシスは密かに溜息を吐いた。

「そりゃアーサー次第だろ。お前も協力してくれなきゃ上手くいかないし」

内心を悟られないよう、普段通りにニヨニヨ笑って軽い口調で続けると、アーサーは赤い顔を隠すように俯く。
ビデオに出たいと言い出してから、たった十日で撮影まで話が進んでしまったのだ。
二週間たっぷり使って十分考えた末の結論であっても、アーサーは男とするのは初めてだろうし、まだしっかりとした心の準備は出来ていないのかもしれない。
彼はほんの少し怯えたような表情をして、フランシスを見つめてきた。

「…お前、なんとも思わねーの…? 俺と、そういうことすんの…」

「え? いやー別に……今さらだろ? 俺よりアーサーの方がなんとも思う方じゃないの」

「俺は、っ…全然平気だそれくらい! そ、それよりお前いつもこんな恥ずかしい台詞言ってんのか? バカじゃねえの…」

アーサーはフランシスから顔を背けて、台本に目線を落として言った。
彼が見ている台本は、普通より恥ずかしさ三割り増し仕様になっている。
ビデオに出たくなくなるように、わざとアーサーが嫌がる内容で作ってあるので、フランシスがいつも言わされている台詞はもう少しましだ。
ましと言っても所詮はAVの台詞だ、聞く者によっては大差ないかもしれないが。

「しょーがないでしょ、それが仕事なんだもん。ていうかこの程度で恥ずかしいとか言ってたら務まらねえぞー? お前そんなんで俺に擦られながら"もっと乱暴にして"とか言えんの?」

台本に書いてあった台詞をそのまま読んだだけなのに、アーサーの握り拳がフランシスの頬にめり込んだ。
撮影が控えていることを少しは考慮したのだろうか、いつもよりだいぶ手加減してくれたようだが痛いものは痛い。
この様子では本当に撮影が始まるのを待たずにギブアップしそうである。
いっそのことやめるって今言っちゃえばいいのに、と思いながら耳まで赤らんだ彼の横顔を眺めていると、ぼそぼそと小声で呟くのが聞こえた。

「もう帰れよ」

「なんで?」

「てめえがいると気が散って覚えられねーんだよ」

台本の話らしい。
きちんと覚えなければいけないようなまともな台詞なんかほとんどないが、撮影まであまり時間もないから早く内容を頭に入れておきたいのだろう。
というか文句ばかり言っていたくせに、まだやめる気はないのだろうか。
フランシスは彼の理不尽な言動に慣れきっていたので、嫌だと思ったらこちらの都合もお構いなしにやめると言い出すものと思っていた。
しかしよく考えてみればアーサーは仕事にはそれなりに真面目に取り組むし、もしかしたら嫌だと思っていても一度引き受けた仕事を、そう簡単には投げ出せないと思っているのかもしれない。
だとしたらちょっと厄介だなぁ、と気が重くなる。
出来ることならアーサーにいらない恥は掻かせたくないので、なんとか撮影場所に行く前に諦めてもらいたいのがフランシスの本音だった。

「…そうだ、ちょっと練習しよっか」

フランシスはアーサーの隣に腰掛け肩を抱くと、耳元に息を吹きかけるようにしてそう言った。
すると彼はびく、と小さく身を震わせ、酷い顰め面でこちらに顔を向ける。

「はぁ? なんだよ練習って…」

「恥ずかしい台詞とかさー、本番になっていきなり言うより、練習して少しでも慣れといた方がいいだろ?」

もっともらしいことを言って、フランシスは今この場でアーサーがビデオに出る話をなかったことに出来ないだろうか、と考えていた。
台本にあるのは今まで彼が口にしたことのない(本来なら今後もしない)、恥ずかしい台詞ばかりである。
少なくとも無駄にプライドの高いアーサーが、フランシスに対して言えるような言葉ではない。
練習の名目で お前がやろうとしているのはこんなに恥ずかしいことなんだぞ、 と教えてやれば、今のうちに引いてくれるかもしれない。
アーサーはフランシスの提案に少し戸惑ったように目線を逸らしたが、結局 …それもそうだな、 と頷いた。

「まだ台詞覚えてないだろうから、台本見ながらでいいよ」

二人でベッドの上に乗りアーサーの身体を倒すと、早速下肢に手を伸ばしズボンの前を開いて、下着の中に指先を差し入れた。
指に触れた彼の性器はまだ柔らかく、軽く握って緩く擦り上げてやると、フランシスの手の動きに反応するそこは簡単に熱を帯びる。

「ん、……ぁ…」

アーサーはフランシスのシャツを掴んで小さく声を漏らす。
彼のものを手のひらで優しく包み下着の中から引っ張り出すと、わざと音を立てるようにして上下に扱き始めた。

「"どうして欲しいのか、ちゃんと敬語で言ってごらん"」

フランシスが先に台本通りの台詞を言うと、アーサーは一瞬辛そうに表情を歪めたが、彼もちゃんと台本の通りに答えた。

「…、…"手、で擦って、…きもちよくして下さい…"」

「……うん」

思わず素で答えてしまった。
いやだって普通にかわいいんだもん、と自然と頬が緩む。
アーサーに諦めさせるためにやっていることなのに、自分の方が煽られてどうする、とすぐに我に返ったフランシスは、手の中の熱をより強く擦り上げた。

「あっ、ぁ…、そんなにしたら、っ…」

「そうじゃないだろ、台本通りに言って?」

いつもより性急に追い上げられたことで、目の前の身体は快感のためか細かく震えている。
熱の籠もった吐息混じりの声音で耳元に囁くと、アーサーは乱れた呼吸を吐きながらフランシスの胸に顔を埋め、かろうじて聞き取れるくらい小さな声で言った。

「"も、もっと…乱暴にして…、いかせて、下さい…っ"」

そんなことまで言っちゃうのかよ……どんだけ必死なんだこいつは、と呆れたのはほんの一瞬だった。
羞恥で真っ赤に染まった顔を見ていると、これ以上いじめるのも気が引けて、早く楽にしてやりたくなったのだ。

「じゃあ俺のも触ってよ」

台本の台詞なのかそうでないのか、区別が付いていないらしいアーサーは素直に頷いて、フランシスに縋り付く腕に力を込める。
彼の片手を取ると、その手のひらはじっとりと汗ばんでいた。
フランシスもズボンをくつろげると互いの性器を直接擦り合わせ、二人分の熱をアーサーに握らせると、彼の手の上から手のひらを重ねて一纏めに包み込む。
あとはいつも通りに一緒に熱を分け合うだけだ。
互いの手で達した後、どちらのものともつかない白濁を手のひらに散らしたアーサーは、 はぁ…、 と甘く濡れた溜息を零す。
フランシスは脱力した彼の身体を抱き締めながら、本当に自分の作戦は上手くいくのかな、と今さら不安に思えて仕方なかった。





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