ミスキャスト/04
フランシスのそんな思いをよそに、スタッフたちが持ち場につくとギルベルトは愛用しているメガホンを片手に彼らに指示を出す。
仕事ではないだけにスタッフたちの間には普段よりも弛緩した空気が流れていたが、アーサーの周囲だけはどんよりと重く暗い。
このテンションの低さは異常だ。
そこまで嫌でもやめないなんて、彼は一体どんな理由があってここにいるのだろう。
よほどのことだろうと思うのに、アーサーは話そうとしないどころかお前には関係ない、の一点張りだ。
本当にわけがわからない、とフランシスが彼に目線を向けていると、 おい、 とすぐ傍からギルベルトの声が聞こえた。
「とりあえずフランシスはそこの平均台に座って、アーサーはその前に膝ついて座れ。まーあとは適当に……えーと…、ああそうそう、アーサーがフランシスのをしゃぶって、…」
最後にフランシスとアーサーの前にやってきた彼は、台本を捲りながら辿々しく説明し始める。
いつもはこんなことはないのだが、今日は本当に撮影するわけではないからだろう、台本の中身をちゃんと覚えていないらしい。
一通り説明を終え、台本から目線を上げたギルベルトは、ニヨニヨ笑ってアーサーの方に顔を向けた。
「アーサー、こいつがイクまで思いっきりやれよ!」
彼にばしばしと肩を叩かれ、フランシスは こいつ心底おもしろがってやがる、 としょっぱい気持ちになったが、ここまできたらもう後には引けない。
ギルベルトの言葉に頬を赤く染めて …はい、 と答えたアーサーを見て、フランシスは密かに溜息を吐くと彼の顔を覗き込んで声をかけた。
「……そろそろ始めるけど、大丈夫?」
フランシスの問いに、アーサーはぎゅ、と拳を握って顔を上げると、 大丈夫に決まってんだろ、さっさとそこに座れバカ、 といつも通りの可愛げない悪態を吐いて、ギルベルトに指示されたとおりに平均台の前に膝をついて座った。
仕方なくフランシスも平均台に腰掛けると、開いた両足の間にアーサーの身体が収まり、ちょうど彼の顔がへその下辺りの位置にある。
「…お兄さん痛いのあんまり好きじゃないから、噛まないでね」
彼は口でするのもこれが初めてなので、少しでも気を紛らわせてやろうとそっと髪の毛を撫でてやり、最低限それだけは勘弁してくれと思うことだけ告げると、アーサーは素直に頷いた。
「よーしじゃあ撮影開始だ、シーン10行くぜー」
開始の合図のつもりか、ギルベルトはぱちんと指を鳴らした。
いくらカメラが回っていないと言っても適当すぎるだろ、とフランシスは呆れたが、アーサーが本当の撮影だと信じていれば問題ない。
フランシスは髪に触れていた手のひらを肩に落とし、腕を伝って彼の手を取ると爪や指先に口付けた。
そのことにぴくり、と僅かに身体を震わせ、顔を上げたアーサーの顎に軽く手を添えて上向かせる。
「"舐めて"」
台本通りの台詞をいつもより冷たい声音で言ってやると、アーサーはきつく瞼を閉じて短く息を吐いた。
そして覚悟を決めたかのようにゆっくりと目を開けると、フランシスのベルトに手をかけ、ボタンを外して前を開く。
下着の上から手のひらでやわやわと撫で、そこが徐々に熱を帯びるとフランシスが反応したことに少し安堵したのか、アーサーは布越しに何度か擦り上げた後、下着をずり下げ硬くなった熱を取り出した。
片手をフランシスの太股に置き、もう片方の手で直に性器の根元を握り擦り上げる。
手でするのはいつもしていることだからあまり抵抗はないのだろうが、今アーサーがするべきことはそれじゃない。
「舐めて、って言ったんだよ」
台本にはない台詞で口に咥えるよう促すと、アーサーは小さく肩を跳ねらせ片手で根元を握ったまま、手の中のものを凝視している。
彼にこんなふうに明るいところでじっと見られたことなどなかったし、それを見つめているアーサーの羞恥のあまり歪められた表情に少しばかり興奮してしまった。
手中の熱がふいに勢いを増したことにアーサーは戸惑ったように見上げるが、あえて冷めた瞳で見下ろす。
可哀想なくらいに目元を真っ赤に染め、フランシスに触れている手は小さく震えていた。
それを見て、 あぁ、もう意地を張ってないで出来ないって言ってしまえばいいのに、 と胸がちくりと痛んだ。
これではまるで自分がアーサーに無理を強いて虐めているみたいではないか。
彼の性格を考えると、ここまで来た以上自分からは引かないだろう。
出来もしないのに意固地になるのはアーサーの悪いところだ。
無責任に仕事を放り出すよりはましなのかもしれないが、出来ないのでは同じことなのだ。
ともかくアーサーもこれで十分わかってくれたのではないだろうか。
彼が自分からやめると言わないのなら、フランシスが折れてやればいい。
ただ一言、 もういいよ、今回はやめとこっか、 と言うだけでこんな茶番は終わる。
真っ赤に染まっている頬を撫で、アーサー、と優しく名を呼んで声をかけると、彼はフランシスとの意図とは逆にそれを無言の催促と取ったのか、改めてぎゅ、と手の中のものを握り、先端に顔を近付けいきなり口に含んだ。
アーサーには出来るわけがないと思っていただけに、彼の想定外の行動に驚いたフランシスは、思わず え、 と声を漏らす。
まさか自分がするより先にアーサーにされるとは思わなかった。
マジかよほんとにする気か、と下肢に顔を埋めているアーサーを見下ろすと、もう彼の表情からは躊躇いも戸惑いも消えていて、咥えたフランシスの性器に舌を這わせて吸い上げ、手と唇と舌で敏感な部分を丁寧に擦っていく。
「アーサー、…」
甘く掠れた密やかな声で名を呼ぶと、アーサーは答える代わりにフランシスのものにひときわ強く吸い付いて、根元を支えていた手で全体を緩く扱いた。
尖端の窪みからじわりと先走りが滲むとそれを舌先で舐め取って、フランシスが言ったとおりに歯を立てないよう気をつけながら、何度も咥え直して余さず舌と唇で愛撫する。
やがて硬く屹立したそれが口内に収まらなくなると、一度唇を離して僅かに戸惑った表情を浮かべたが、すぐにまた口に咥え唇で柔らかく食んで舌でくすぐられる感覚に熱のこもった吐息が零れた。
手のひらをアーサーの後頭部に添え、腰を緩く動かして咥えさせた口腔内の熱をゆっくり出入りさせると、溢れた先走りと彼の唾液が混ざり合って、ぬるぬるとした感触が舌の上を滑っていく。
「ん、…んっ……ふぁ、…」
アーサーは呼吸と一緒に短く喘ぐような声を漏らしながら、歯が当たらないように大きく口を開いたので、口内への出入りを繰り返すフランシス自身の熱が勢いを増す。
他人の性器を口に咥えること自体初めてなのだから当たり前だが、アーサーのやり方はお世辞にも上手いとは言えなかったし、辿々しくて拙いものだった。
けれど下手なりに懸命に舌を動かして、少しでもフランシスを気持ち良くさせようと必死な様にはそれなりに煽られた。
羞恥に耐え、真っ赤な顔をして自分自身に舌を這わせるアーサーは酷く淫らで、相互自慰のときにも見たことのないようないやらしい顔をしている。
下手なやり方でもそんなエロくてかわいい顔をして、とにかく一生懸命舐めて擦ってくれるものだから、そろそろ堪えるのも限界だった。
台本ではこのままアーサーの口に出すことになっているが、さすがにそれは躊躇われ、彼の髪を撫でるように軽く引いて もう出るから口離していいよ、 と小声で言った。
けれどアーサーは台本通りにやらないといけないと思っているのか、首を横に振りフランシスのものを咥えたまま離そうとしない。
それどころか口腔の粘膜を擽る肉塊の動きで限界が近いことを察したらしく、アーサーはいつ放たれてもいいように目を閉じてフランシスが達するのを待っている。
どうせ本当の撮影じゃないんだし、そんなに頑張らなくてもいいのになぁ、と思いつつ、台本にそう書いてある以上無理にやめさせるのも不自然だ。
結局アーサーの口内で達し、彼は尖端から放たれた精液を飲み込もうとするが、フランシスの性器を咥えたままで上手く嚥下することが出来ない。
唇の端から顎を伝って滴り落ちる白濁が制服や床を汚さないように両手で受け止め、残滓まですべて飲み下してからようやくフランシスのものから口を離した。
頬を染め、潤んだ瞳で見上げてくる彼はとても可愛い。
これが自宅のベッドで、バイトとかではなく自分のことを好きだから受け入れてくれるのなら、どんなにいいだろうと思ったが、こんなことをしているのが虚しくなるので今それを考えるのはやめておく。
台本通りに動くことだけを考えて、すっかり息が上がっているアーサーの腕を引いて、すぐ脇の体操用マットに彼の身体を押し倒すと、 あ、 と小さく声が上がった。
聞こえなかったふりをして大きく開いていた襟から覗く首筋に唇を押し付け、滑らかな肌に吸い付いて歯を立てると、ぴくん、と肩が揺れる。
ほとんど解けていたネクタイを取り払い、シャツのボタンをすべて外して手で直に皮膚に触れると、緊張のためかアーサーの身体はじっとりと汗で濡れていた。
初めてするのにベッドですらない、こんな埃っぽいマットの上なんかでいいのかな、とぼんやり考えながら胸元に手のひらを滑らせ、まだ柔らかい乳首を指先で転がし摘み上げて捏ね回す。
あっというまに芯が通ったようにぷつりと勃ち上がったそこを、今度は舌先で舐めて苛めてやると組み敷いた身体がひくひくと細かく震えた。
下肢に手を伸ばしてズボンの上からゆるゆるとアーサー自身に刺激を与えていくが、いつもならとっくに我慢出来なくなって 早く脱がせろバカ、 とかなんとか言い出すのに、いくら撫で擦ってもそこは何の反応も示さない。
緊張しているせいかな、と思いベルトを外して前をくつろげると、下着の中に手を突っ込んで直接握り込み擦り上げるが、やはり反応はない。
フランシスのシャツを握り、顔を隠すように胸に縋り付いているアーサーの露出した耳や首は赤く染まって、肩が小さく震えていた。
この異常な状況にアーサーの身体は萎縮しきっていて、快感を得る余裕はないようだった。
意地を張るのもここまでが限界らしく、このまま続けることは無意味だし、それは彼が一番よくわかっているだろう。
手練手管を尽くしてアーサーの身体を蕩かすことは、彼の感じるところをそれなりに知っているフランシスには出来ないこともない。
しかしフランシスの目的はアーサーを気持ち良くさせてやることではないので、そこまでするつもりはなかった。
下着の中から手を抜いて、胸に張り付いていたアーサーの顔を手のひらで包み、頬や額に何度もキスをしてフランシスは身を起こした。
「…フランシス…?」
急にフランシスの手が止まったことで、アーサーは不安げに揺れる瞳で見上げてくる。
その瞳には縋るような必死さが感じられたが、気付かなかったふりをして目線を外すと、撮影ごっこを終わらせるために宥めるような優しい声音で言った。
「…アーサーの勃たないし、やめよっか。やっぱりいきなりは無理だよな、……こんなことに誘って悪かったな」
これはきっと彼にとっては一番聞きたくない科白だったのだろう。
その言葉にアーサーは掴んでいたシャツを強く握り締め、空いている手で離れていくフランシスの手を掴んだ。
「! そ、そんなことねえよっ、い、今のは…その、ちょっと緊張してたからで、…」
口ではどんなに強がりを言おうと腕を掴んだ彼の手はまだ少し震えていて、その反応はアーサーの素直な気持ちを表しているに違いなく、フランシスが思うよりもずっと緊張していたものらしい。
初めて見たアーサーの痴態に、先ほどまで昂ぶりを感じていた身体はもうすっかり熱が引いていた。
胸に顔を埋めた彼の肩を掴んでそっと離し、 「例え仕事でもこんなに震えてる奴に無理強いすんのは、お兄さんの趣味じゃないんだよ」 と囁いて、もう一度額にキスをしてやる。
するとアーサーはひくり、と肩を揺らして俯いてしまった。
「あーちょっとカットな! おーいなんだよお前ら、何やってんだ!」
ギルベルトはしばらく二人の様子を窺っていたようだが、ついに手に持っていたメガホンで跳び箱をばしばしと叩いて撮影を中断した。
「おいフランシス、どーなってんだよ、これじゃ撮影進まねえじゃねーかよ! それとアーサー、お前やる気あんのかよ?! ビデオに出んのが初めてだっつってもよ、今さら恥ずかしいとか怖いとか言わねーだろうなぁ? 見た目はガキみたいだけど、いい歳なんだろお前」
偉そうに腕を組み、踏ん反り返ってそう言ったギルベルトは、怒った口調のわりにニヨニヨと楽しそうに笑っている。
この茶番が心底楽しくてたまらないのだろう、すっかり意地悪な映画監督になりきっているらしい。
俯いたままのアーサーはギルベルトの顔も見られずに、本気で叱られたのだと思って小さな声で すみません、 と呟いた。
そのことにフランシスは、 アーサーが素直に謝るなんて、 と俄に信じられない気持ちで彼を見つめた。
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