ミスキャスト/05
口でするのは初めてだった彼が、人前であんな恥ずかしいことを出来ただけ上出来だと思うし、こんな状況では勃たないのも当たり前なのに、それをギルベルトに怒られるなんて一体どんな気持ちでいるのだろう。
少なくとも彼は彼なりに覚悟を決めてここに来たのだから、ギルベルトに言われた科白は、アーサーの無駄に高いプライドを相当に傷つけたに違いない。
いくら諦めさせるためとはいえ、やはりこういうやり方は良くなかったのかもしれない。
ちくちくと後悔に胸が痛んだが、口で言って聞かないのはわかりきっていたし、何よりバイトをしたいと言い出したのはアーサー自身だ。
こういう結果になることは予想出来たことで、フランシスが事前に何度も止めたのを聞き入れなかったのも彼なのだ。
これに懲りたらもうビデオに出たいなんて軽々しく言うこともないだろう。
「しょーがねえ、今日は解散ー、全員撤収な!」
ギルベルトは大きな溜息を吐きメガホンを振り回してスタッフたちを散らせると、彼らは機材を片付け次々に お疲れっした、 と声をかけて帰って行く。
やがてスタジオにはギルベルトとフランシスとアーサーの三人だけが残され、ギルベルトは俯いたままのアーサーの正面に回るとはっきりと言った。
「お前そんなんじゃこの仕事務まらないぜ。アーサーがこういうこと慣れてねえのはわかるけどよ、俺たちだって遊びじゃねえんだ。……それはわかってくれよな」
さっきの怒りを滲ませた声音ではなく、アーサーを優しく諭したギルベルトはフランシスに振り返り、ばちーん☆とウインクをして親指を上に立てた。
俺すげえいいこと言った、マジかっこよくね? と言わんばかりの表情は殴りたいほど憎たらしいが、彼が言ったことはすべて正論だし、フランシスの代わりに憎まれ役を引き受けてくれたようなものだ。
あとで旨い酒でもおごってやる、と口の動きとアイコンタクトで伝えてやると、 「マジでか、やった!」 と声に出して言ったので、フランシスは慌てて彼の口を押さえる。
ちら、とアーサーの様子を窺うが、半ば放心状態のような彼にギルベルトの言葉は届いていないようだった。
その後ギルベルトもスタジオを出て行き、広い部屋にアーサーと二人だけになってしまった。
「…きついこと言ったけど、あいつも悪気があったわけじゃないから、許してやってよ」
「…わかってる…、俺がちゃんと出来ないから、あいつにもお前にも、……みんなに迷惑掛けた」
らしくなくしおれた態度に、フランシスの方が慌てた。
思った以上に彼を傷つけてしまったのかもしれない。
「ま、まぁ結果的にはそうかもしれないけど、初めてにしては頑張ったと思うぜ? アーサーが口でしてくれたの、ちゃんときもちよかったし!」
いつもならそんなことを言おうものなら、照れ隠しかなんなのか、口汚い罵倒や酷いときには蹴りや拳が飛んでくるのに、今日は何もなかった。
随分落ち込んでいるらしく、目を伏せたままフランシスの方を見ようともしない。
「…えっと…とりあえず帰ろっか? 今日は俺が美味しいご飯作ってやるから、うち寄ってけよ。元気出せって、な?」
「……いい。一人にしてくれ」
アーサーはのろのろと着替えを済ませると、一人でスタジオを出て行ってしまった。
すぐに追いかけようとしたが、振り返りもしないアーサーの後ろ姿を見て、フランシスの足は根を張ったように動かなかった。
放っておけない気持ちはもちろんあったけれど、それ以上に彼の背が追いかけることを拒絶しているように感じられて、見送ることしか出来なかったのだ。
**********
気まずい思いをしてスタジオでアーサーと別れてから、五日が経った。
その間何度も彼に連絡をしたが、電話は繋がらずメールを送っても返信はない。
結局こんなふうに気まずい雰囲気になるのなら、最初からバイトの話は冗談だと言って相手にしなければ良かった。
とはいえアーサーがあそこまで意地になるとは思わなかったし、撮影が上手くいかなかったことに彼が酷く気落ちしたのは、フランシスには予想外だった。
ギルベルトにあんなふうに言われたのだから落ち込むのも無理はないが、連絡がまったくつかなくなるほどだとは思わなかった。
直接会いに行こうにもこういうときに限って雑事が重なり、なかなか時間が取れずに今日に至る。
それでもなんとか急ぎの用件が片付き、ようやく明日一日空くのでアーサーの家に出向いて、彼の好きな料理やお菓子をたくさん作ってやろうと思い、必要な食材をいろいろ揃えておいた。
食材の他にワインも手土産に持って行こうとワインクーラーを物色していると、突然来客を知らせるブザーが鳴り、フランシスは玄関の方に顔を向ける。
もうだいぶ時間も遅いのに、一体誰が訪ねてきたのだろう。
付き合いのある女性が家を訪ねてくることはよくあったので、特別不審に思うことはなかったけれど、今日は誰とも約束なんてしていないし、今は彼女たちの相手をする気分ではない。
無視しても良かったが、部屋の明かりがついていることは外から見てもわかるのだ。
せっかく訪ねて来てくれた相手に居留守を使うのは失礼だし、何よりこういうときの断り方もしっかり心得ているフランシスの性に合わない。
仕方なく玄関の覗き窓から外の様子を窺うと、そこには思い掛けない人物が立っていて、思わず息を飲む。
落ち着かない様子でドアの前にいたのは、このところずっと連絡がつかなかったアーサーだった。
その姿を確認するなり、フランシスは急いで扉を開けた。
「アーサー、……どした、こんな時間に…」
「よう。………今日、お前んちに泊まってもいいか?」
「え? あ、…いいけど……、なに急に…? あぁ、まぁそんなことは後でいいや、とりあえず中入れよ」
アーサーの腕を引いて家に入れ自室に通すと、ソファ代わりにベッドの上に座らせてフランシスも彼の隣に腰掛けた。
互いの家に行き来することは頻繁にあったが、アーサーがフランシスの家に泊まりに来ることは滅多にない。
アーサーの家はいくつか部屋があるのでフランシスが泊まることに不都合はないのだが、フランシスの住むアパートは広めのキッチンと部屋が一つしかない。
寝具もベッド一台だけなので、泊まるとなるとベッドで一緒に寝るか床に寝るか、彼にとっては嫌な二択しかないため、アーサーがフランシスの部屋に泊まることはほとんどなかった。
その彼がなぜ唐突に泊まりに来たのかが気になって、問いただすような口調にならないよう出来る限り柔らかな声音で、もう一度同じ問いを繰り返す。
「こんな遅くにどうした…? なんかあったのか?」
「……練習」
「え? なに?」
顔を背けて小さくぽつりと言った言葉を、フランシスは顔を近付けて聞き返した。
するとアーサーは言いにくそうに口を開いたり閉じたりして、またぽつりと小さな声で答える。
「練習、しようと思って、来た」
「……なんの?」
気の短いアーサーはなかなか話が通じないことに苛立ったのか、いきなりフランシスの胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「だから…、この前の撮影んとき上手くいかなかったから、次は失敗しないように練習するんだよ!」
「は…? えぇー?!!」
何を言っているのだこいつは。
アーサーが勃たなかったから撮影を中断し、それを理由にあのビデオの企画はボツになった。
概ねフランシスの思い描いたシナリオ通りに話は進み、アーサーもビデオに出ることは諦めて一件落着したのではなかったか。
それに先日あれだけ恥ずかしい思いをしたというのに、まだやる気でいるとは一体どういう思考回路をしているのだろう。
彼がまったく懲りていないらしいことに、驚くというより呆れた。
フランシスのその考えは思い切り顔に出てしまっていたようで、アーサーは不機嫌そうに眉を顰めた。
「なんだよその顔! 前はお前から練習しようって言ったじゃねーか、嫌とは言わせねえぞ」
「あー、いや、……あのさ…、この前の撮影、あれって企画自体ボツだろ。次とかないから、練習もいらないんじゃねえ?」
まぁ確かにはっきり 企画を取りやめます、 とは言わなかった気がするが、ギルベルトにそんなんじゃ務まらないとまで言われたのだから、適正がない、つまりはクビになったと思うのが普通ではないだろうか。
現に次の撮影日などの打ち合わせも一切していないし、「次」があると考える方がどうかしている。
けれどアーサーはまるでバカを見るような顔をして、フランシスを見つめると当然のようにこう続けた。
「何言ってんだ、ボツになんかなってねえよ。俺あのあとすぐ監督に電話して謝って、もう一回撮り直すって言われたんだ。日程が決まったら連絡くれるって聞いてるし、今度はちゃんと出来るようにそれまで練習しようと思って…」
「…は………はぁ〜〜?!!」
アーサーの言葉はフランシスには寝耳に水である。
そんな話はまったく何も、これっぽっちも聞いていない。
あれだけ余計なことは言うなと釘を刺しておいたのに、ギルベルトの奴なに勝手なこと言ってんだ、とフランシスは困り果てて溜息を吐いた。
今すぐにでもギルベルトに電話をして撤回させたいところだが、撮影の話がでたらめだったとバレたらさらに話がこじれてしまう。
というか、大体アーサーもアーサーだ。
あんな目にあって、なぜまだビデオに出るつもりでいるのだろう。
今まで聞いた限りでは金目当てというわけでもないようだし、彼の目的がさっぱりわからない。
いい加減その答えを聞くことをスルーするのも限界だった。
「…なぁ、お前なんでそこまでしてビデオに出たいの? みんなの前で恥かいたの忘れたのかよ?」
「う、うるせーな、余計なお世話だ!! あと同じこと何回も聞くなよ、お前には関係ねーっつってんだろ!」
顔を真っ赤にして拗ねたように言ってふい、とそっぽを向いたアーサーに、さすがにフランシスも苛立った。
この仕事の大変さもいろいろわかっているからこそ心配しているのに、アーサーにはそんな思いは少しも伝わっていないらしい。
それにどういう目的でビデオに出たいのか知らないけれど、売れている女優ならともかく普通は相手を指定するなんて出来ないことなのだ。
フランシスは責任者のギルベルトに頼まれているからこそ多少の融通はきくものの、アーサーは偉そうに言える立場ではない。
アーサーもフランシスが相手なら安心出来るのだろうが、それだけでこんなことに付き合わされるなんて、これでは教えてすらもらえない彼の目的のためにただ利用されているだけじゃないかと思えた。
彼の態度に、はぁ、とフランシスは溜息を吐く。
あれこれ考えるのはもう面倒だし疲れた。
そこまで言うなら、こいつの望み通りにしてやろうじゃないの、と彼の方に向き直る。
「あっそ。じゃあ練習とやらに付き合ってやるよ。アーサーはビデオに出たくてしょうがないみたいだしね?」
「そ、…そんなんじゃねえよっ……俺は、…」
突き放すようなフランシスの科白に、アーサーは悲しそうに表情を歪めた。
そのことに 自分がしたいって言ったんだからそんな顔するなよ、 と内心で呟いて、また彼の態度に苛立ちを覚える。
「別にもうお前がどういうつもりでもいいよ、俺には関係ないんだし。さっさと服脱いで横になれよ」
フランシスの口調がますます冷めたものになり、怒らせてしまったらしいと彼も気が付いたのか何か言いたそうに口を開いたが、今は言い訳も謝罪も聞きたくなかった。
隣に座っていたアーサーの身体をベッドに倒し、上から押さえつけるようにして乗りかかると、彼のセーターを捲り上げてシャツのボタンを外していく。
ズボンからシャツの裾を引き抜いて、露出した脇腹をそろりと撫で上げると、びく、と彼の身体が揺れ、伏せた瞳が潤み始めた。
ほとんど剥き出しになった上半身を手のひらで撫で、指先で肌を擽っていくと躊躇いがちにアーサーの手が伸ばされ、皮膚に触れているフランシスの手を止めた。
「…なに?」
「……順番…、違うじゃねえか……俺が先に、口でする」
何かと思えば、どこまでビデオに出ることに熱心なのか、フランシスは練習だからという理由で、彼にこういうことをして欲しいとは思わないし、その気持ちは今も変わらない。
するとアーサーは自分で言っておきながら恥ずかしくなったのか、赤い顔をしてこちらを見つめている。
そんな彼を見返して、 どうせしなくていいと言っても聞かないくせに、 と思いながら投げやりに答えた。
「あー、いいよ。あれは練習しなくても出来たじゃねえか、上手くやる必要もないんだし。それともしたいの? アーサーがしたいなら好きにすれば?」
素っ気ない言いように、アーサーは止めていた手を離し、代わりにシーツをぎゅうっと握り締めた。
フランシスは上体を起こして次の行動を待っていると、彼の手がフランシスの下肢に伸び、ベルトとボタンを外して前をくつろげた。
好きにすれば、とは言ったが本当にするつもりらしい。
アーサーは身体をずらして下半身に顔を近づけ、露出させた性器を口に咥えて柔らかく齧り付くと、舌先でねっとりと舐り甘く噛んでは薄く歯形を残していく。
あまり気乗りしなかったフランシスだったが、彼の口内の熱さや、夢中で吸い付いてくる辿々しい口戯は、じん、と腰に重く響いた。
やがて尖端から滲み出した先走りの苦みを舌先に感じたのか、アーサーは 「んん」、 と小さく声を漏らして少しだけ眉根を寄せたが、それすら丁寧に舐め取ってゆっくりと頭を上下に動かし始める。
下手なやり方でも好きな相手にこんなふうにされればそれなりに快感は得られるので、食むように口に含んで徐々に口腔内に出入りする速度が早まると、フランシスのものも熱を帯び硬く勃ち上がっていた。
相変わらずの一生懸命な愛撫に、浅く息を吐いてアーサーの口内に精を吐き出すと、彼は前と同じように放たれた白濁を飲み込んで、咥えていたものから口を離す。
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