未来は僕らの手の中/01


「フランス、いい加減起きろ! いつまで寝てやがんだっ」

不機嫌な怒声とともにいきなり毛布を引っ剥がされ、フランスはぶるりと身を震わせると毛布の代わりに枕を抱いて背を丸める。
その寝汚い様子に小さく舌打ちをしたのが聞こえたかと思ったら、今度は思い切り髪の毛を引っ張られた。
容赦なく髪を引かれる痛みにフランスが重い瞼を無理矢理開けると、まだぼやける視界に眉をつり上げ恐ろしい形相をしたイギリスの顔が映る。

「痛えなー…、何すんだよ……なんでお前ってそう乱暴なの…」

どうも起きるまで止めてくれそうにないので、髪を掴んでいる彼の手を払いのけ身を起こすと、ベッドの傍らには仁王立ちでこちらを見下ろしているイギリスの姿がある。
わざわざ部屋まで起こしに来たのか、と思いながら目線だけでよくよく室内を見回してみると、ここは自分の部屋ではないことに気が付く。
ああ、そういえば昨夜は久々にイギリスの部屋で一緒に寝たんだった、と寝ぼけた頭でぼんやりと思い出した。
昨夜眠ったのは二人ともほぼ同じ時間だったのに、今朝まで体温を分け合って一つのベッドで寝ていたはずのイギリスは、フランスよりも早く起きてすでにきっちりと制服に着替えを済ませていた。
抱き合うときは受け入れる側である彼の方が身体の負担も大きいと思うのに、夜が明ければ昨夜の行為の疲労など微塵も感じさせないのだから、ここがイギリスの部屋でなければ何もなかったのではないかと錯覚してしまうほど、彼の態度は普段通りだ。
平日は授業があるからのんびり寝ていられないのはわかるが、休日でもこうなのだからそのことは寂しく思える。
たまにはイギリスの身体を腕に抱いたまま昼まで惰眠を貪ってみたいものだが、恋人としてベッドでいちゃいちゃできるのはいつも夜の間だけなのだった。
そんなことを考えて密かに溜息を吐くと、イギリスはなかなかベッドから下りようとしないフランスに苛立ったように、手のひらでペシッと軽く頭を叩いた。

「さっさと起きろ、これ以上寝てたら授業に間に合わなくなるだろーが!」

「…じゃあ今日はお兄さん遅刻ってことで」

それだけ言って再びベッドに身体を横たえると、その返答にイギリスはびきびきとこめかみを引き攣らせ、フランスの髪を無造作に鷲掴みにして引っ張り、強引に上体を起こさせる。

「痛たたたたた! 痛い!」

「仮にも副会長が当然のように授業サボるとか言ってんじゃねえよ! とっとと起きて部屋に戻れ! 遅刻しやがったら、………平日はもう部屋に入れねえからなっ」

ほんの少しだけ目元を赤く染めてそう言ったイギリスに、フランスは肩を竦めこれ見よがしに大きな溜息を吐いてみせた。

「もー…だったら着替えくらいここに置かせてくれてもいいじゃん。着替えるのにいちいち部屋に戻るの面倒だし」

「いいわけねーだろバカ! 大体てめえの持ち物を一つでも置いたら、あれもこれもって増えていくのは目に見えてるしな。第一俺はそういうだらしないのは嫌いなんだよ」

考える素振りもなく即座にきっぱりと断られ、フランスは少しだけ恨みがましい視線でイギリスを見上げるが、彼の部屋に着替えを置くことを断られるのは何もこれが初めてではない。
これまでに何度も必要最低限の着替えだけでも置かせて欲しいと頼んだが、イギリスは絶対に首を縦に振らないのだ。
こうやって互いの部屋を行き来してそのまま一つのベッドで眠ることもそうめずらしいことではないのだから、着替えの一つや二つ置いてくれてもいいじゃねーか、というのがフランスの言い分だが、先の言葉の通りイギリスはその考えを受け入れる気はまったくないようだった。
だらしないから嫌だという言葉も本心なのだろうけど、それ以上にフランスの私物がイギリスの部屋に置かれていることを、アメリカや他の生徒たちに知れたら困るだとかそんな理由も含まれているのに違いない。
どうせ今回も断られるだろうと思いつつ、駄目もとで言ってみたのだが、案の定予想通りの答えに少しだけがっかりしてようやくベッドから下りる。
それを見たイギリスはほっとしたように表情を緩ませると、部屋の外に誰もいないのを確認して廊下へ出た。

「…先行ってるからな。遅れんじゃねーぞ」

釘を刺すようにそれだけ言ってイギリスが部屋を出て行った後、フランスもしぶしぶ自室へ戻り学校へ向かう準備を始めた。


**********


……フランスとイギリスは世界W学園に在籍している学生である。
イギリスは生徒会長、フランスは副会長と二人とも生徒会役員を務めていて、クラスも同じ欧州クラスなので、他の生徒に比較すると一緒にいる時間が長い。
むしろ離れている時間の方が短いくらいで、ただでさえ付かず離れず傍にいる二人が、さらに親密な関係──平たく言うと恋人として付き合っている──になったのは、今から二ヶ月ほど前のことだった。
二ヶ月前の春、とある日の授業が終わった放課後、フランスは教室の隅で紙を広げて、なにやら作業をしているイタリアに声を掛けた。

「ようイタリア。なにやってんだ?」

「あ、フランス兄ちゃん! あのね、この後ドイツと日本と三人で新聞作るんだよ!」

「へぇ……ああ、そういやこの前学校中回ってインタビューしてたっけ。あれを載せるのか?」

「うん! 今回のはすっごい自信作で、ドイツが記事書いてー、日本がイラストとか描いてるんだよ!」

楽しそうに語るイタリアだが、 で、お前は何をすんの? というのは愚問である。
今日の放課後は特に予定もないので、フランスは退屈しのぎに彼らの新聞作りを少し見て帰ろうと思いイタリアの前の席に腰を下ろした瞬間、突然教室のスピーカーから大音量で聞き慣れた声が校舎内に響き渡った。

『おいフランス! まだ校内にいるんだろ、五分以内に生徒会室に来い! 来なかったらただじゃおかねえぞ!!』

とても校内放送とは呼べない、完全に学校の放送設備を私物化した乱暴な呼び出しだった。
イギリスの声の調子からこれは相当怒ってるな、と憂鬱な気分になり思わず溜息を漏らす。
とはいえ彼に呼び出される心当たりは、フランスにもないわけではない。
フランスは副会長の役職にありながら、生徒会の仕事をさぼりまくっているのだ。
仕事を溜め込むのは日常茶飯事で、怒ったイギリスにこうして呼び出しを喰らうのもこれで何度目になるかわからない。
こういう呼ばれ方をするときは大抵彼の怒りが限界を超えたときなので、これを無視すると命の保証がない。

「……うわぁ…イギリスすっげえ怒ってるね……兄ちゃん、行かなくていいの?」

「んー…行かないと後が面倒だしな……しょうがねえな、ちょっと行ってくる。……またなイタリア」

「うん、また明日ね!」

イタリアにも促され、フランスは仕方なく生徒会室に向かう。
扉を開けた奥には不機嫌丸出しの生徒会長殿が、一人机に向かって山積みの書類を片付けていた。

「あれ? セーシェルは?」

いつもは雑用係として生徒会室で仕事をさせられているセーシェルの姿もあるのだが、今日はイギリスが一人ぽつんと部屋にいるだけだ。
彼女がいてくれた方がフランスにとってはいろいろと都合が良いので、セーシェルを探して室内を見回しながらイギリスに問うと、彼は書類から目線も上げずに素っ気なく答える。

「今日はもうあいつに出来る仕事はねえし、帰らせた」

「えーなんでだよ。仕事なくたって可愛い子がいてくれるだけでいいじゃん。癒されるしさ」

「うるせえよバカ、そういうことはてめえの仕事を片付けてから言いやがれ! 毎回毎回書類溜め込みやがって、いい加減にしろよこの役立たずのワイン野郎が!」

イギリスはばん、と机を叩いて勢いよく立ち上がりフランスを怒鳴りつけるが、こうして怒鳴られるのも慣れたもので、フランスは はいはいすいませんでした、 と彼の言葉を適当に流して自分の席に着く。
机の上に積み上げられた書類の山を見てうんざりしたが、ここまで仕事を溜め込んだのは自分自身なのでこれは自業自得だ。
けれども深い溜息が出るのはどうしようもない。
どこから手を付けたらいいものか、と山積みの書類を見上げていると、イギリスは苛立ちを隠さない声で言った。

「なにぼーっとしてやがる、さっさと始めろよ」

「あ、……うん」

とりあえず一番上の書類から目を通すことにして、いくつかを束にして手に取る。
今回も溜めちゃったなぁ、と面倒に思いながら書類を捲り始めたが、フランスが仕事をさぼるのは単純に働くのが嫌だということもあるけれど、とにかく仕事をする環境が良くないことが大きい。
特に書類のチェックなんかは生徒会室で行うものだし、そうなると必然的にイギリスと二人きりで仕事をすることになるので、出来ることならそれは避けたかった。
…なにもイギリスが嫌でそう思うわけではない。
むしろその逆だ。
フランスは随分前からイギリスのことが好きだったし、それも友人としてではなくしっかり恋愛対象として見ているのだ。
手を繋いだり、キスをしたり、それ以上のこともしたいと思っている相手と密室に二人きりという状況は、必要以上に自制心を働かせなくてはならないので仕事にも集中出来ない。
セーシェルがいてくれれば彼女の存在がブレーキになるけれど、二人きりでは嫌でも彼を意識してしまう。
仕事をさぼるのはそんな理由が大半を占めるが、それをイギリスに言えるわけはない。
好きだなんて本心を伝えて、今の付かず離れずな心地良い関係が壊れることは避けたかった。
まさか自分がイギリスのことを好きになるとは思いもよらなかったし、幼い頃から傍にいて他の誰よりケンカもした相手なのだ、誰があんな奴好きなものか、と否定したのは、イギリスのことが気になって仕方がないという自分の気持ちに気付いた最初のうちだけだった。
生意気でかわいげのない性格最悪のイギリスに、可愛いだとか愛おしいだとか、これまでとまったく正反対の感情を抱いてしまうことになるなんて考えもしなかったけれど、今にして思えば生意気でかわいげもない彼に嫌味を言ったりいちいちちょっかいを出したりしていたこと自体、好きな子ほど虐めたい的なものだったのかもしれない。
自覚してしまえば自分の気持ちは意外なほど簡単に認めることが出来たが、問題はフランスの自覚のない少し歪んだ好意を長年ぶつけられ続けたイギリスがどう思っているか、である。

(…イギリスが俺と付き合う可能性、ないのかな)

普段からフランスのことを嫌いだとか役立たずだとか文句ばかり言うわりに、副会長をやれと言ったのはイギリスの方だった。
会長をサポートする重要な役職であるし、彼が自分を選んでくれたことはもちろん嬉しかったが、どういうつもりで指名したのかは謎だ。
いろいろと思惑はあるのだろうが、それにしても心底嫌っている相手をパートナーに選ぶこともないはずだ。
イギリスは本当に気に入らない相手は全力で排除しようとするので、フランスに対してそうしないということは、口で言うほどは嫌われていないらしいとわかる。
かといって好かれているのかというと微妙だし、少し違う気がする。
フランスの気持ちをきちんと言葉にして伝えないとイギリスとの関係は進まないのかもしれないが、告白して彼を困らせるのは本意ではないし、何より振られた後のことを考えるとイギリスの性格上今まで通りに接することが出来ず、結果気まずさから彼の方から疎遠になっていくのだろうと容易に想像がつく。
それはいやだなぁ、と思いながらイギリスの意図を探るようにじっと見詰めていると、ふいに顔を上げた彼と目が合った。

「なにじろじろ見てんだよ。仕事進んでんのか? 今日中に半分くらいは終わらせろよ」

「いや……あのさ、……お前って好きな奴とかいるの?」

「はぁっ?! な、なんだよいきなり! そそそ、そんなのっ、お前に関係ねえだろ! いいからさっさと仕事しろよばか!」

イギリスは何の脈絡もない唐突なフランスの問いに動揺し、耳まで赤く染めて手元にあったペンを投げつけてきた。
そのやけに過剰な反応にイギリスにはどうやら想う相手がいるらしいと察して、そのことがフランスに彼に告白しようと決心させるきっかけになった。
誰かに取られるくらいなら、ちゃんと自分の気持ちを伝えて振り向かせる努力をした方がよほどいい。
それにもし彼が自分を嫌っているなら、こうも四六時中一緒にはいないだろうし、まったく望みがないわけではないと思える。
イギリスの好きな相手が誰か知らないが、要はそいつよりも自分の存在を大きくすればいいことなのだ。
彼の心に他人が居座っている分時間は掛かるかもしれないけれど、なにもせずにイギリスが誰かのものになるのを眺めているよりはずっといい。
とりあえず告白してみるか、と思い立ち、フランスは席を立って彼のデスクの前まで進む。

「…なんだよ? 仕事しろって何度言わせる気だ」

普段ケンカばかりしているフランスが突然好きだなどと告げたら、イギリスは一体どんな反応をするだろう。
少し怖いような気もしたが、自分の中でここまではっきり答えが出てしまった以上、今さら引き下がろうとは思わなかった。

「…イギリス、ちょっと」

フランスはさりげなく彼の手を取りぎゅ、と強く握る。

「……?」

急に手を握られたことに、イギリスは僅かに首を傾げて訝しげにこちらを見上げてくる。
その瞬間イギリスとの距離を一気に縮め、フランスは彼の唇に自分のそれを触れ合わせた。
触れ合ったのはほんの一瞬のこと。
すぐに唇を離して至近距離でイギリスを見つめると、彼は何が起きたのか理解出来ていない様子で大きく見開いた目を丸くし、フランスを凝視している。
そんなイギリスを見ていたら、考えるより先に口から言葉が零れた。

「イギリス。俺ね、前からお前のことが好きなんだけど、俺と真剣にお付き合いする気ない?」

「…はぁ?」

その時のイギリスの顔を、フランスは一生忘れることはないだろう、と思った。
それくらい、彼はなんとも言えないような奇妙な表情を浮かべていた。
それからイギリスがフランスの科白の意味を理解するのに数分要した後、みるみるうちに彼の顔が真っ赤に染まっていき、固く握った拳が思い切り頭上に振り下ろされた。

「いってえ! 何すんだよもう!」

「てめえが馬鹿な冗談言うからだろーが!!! なんなんだよそれ、新手の嫌がらせか?!」

日頃の行いを考えれば、このイギリスの反応は至極当たり前のことだ。
しかし大真面目な告白を、馬鹿な冗談で片付けられてしまっては困る。

「嫌がらせじゃねえよ、ほんとにお前のこと…」

「っ、今日は帰る! お前は仕事片付けてから帰れよ!」

フランスの言葉を最後まで聞くのを拒むように大きな声で遮り、慌てた様子で席を立つと足早にドアの方へ向かっていく。
ここで逃げられたらせっかく好きだと伝えたのに、告白自体が曖昧なものになってしまう。
フランスは咄嗟にイギリスの後を追い、背後から手を伸ばして彼の身体を捕まえ腕の中に収めると、そのまま緩く抱き締めた。

「ふら、…」

「冗談で俺がお前にキスなんかするわけないでしょ。お前が信じてくれるまで、何度でも言ってやるよ。…俺はイギリスが好きだ、って」

「な、んで、いきなりそんなこと、…」

戸惑ったように言ってイギリスが振り向くと、真剣な色を帯びたフランスの双眸に先の科白は本気で言っているらしいと悟ったのか、彼の背がびく、と強張る。
密着しているためイギリスの緊張がダイレクトに伝わってきて、フランスの方までドキドキしてきた。





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