未来は僕らの手の中/02


二人の間に長い沈黙が落ちる。
抱き締めた腕の力はすぐに振り解ける程度の強さなのに、イギリスは逃げようとはしなかった。
フランスの告白に返事はないが逃げもしない。
それなのにいつまで待ってもイギリスからの答えがないので、 「イギリス」 と小さく名を呼びさらにきつく彼の身体を抱き締めると、ようやくぼそぼそと小さな声が返ってきた。

「…いつも俺のことバカにしてるくせに、…そんなこといきなり言われても信じられるかよ」

それはそうだ。
イギリスの反応は想像の範疇だったが、今までの言動を振り返ると自分の気持ちを理解してもらえるまで思ったより骨を折るかもしれないなと思い、フランスは質問を変えた。

「じゃあイギリスは俺が嫌い?」

「……嫌いに決まってんだろ」

とりあえずはっきりさせておきたかった一点だけを単刀直入に問うと、これには目線も合わせず即答するが普段に比べてずいぶんと勢いのない口調だった。
フランスとしてもまさかイギリスから「好きだ」なんて返事が返ってくるとは思っていないので、今の彼の言葉は想定内で大して落ち込んでもいない。
それに本当に自分のことを嫌っているのならさっきのキスだってもっといやがったはずだし、むしろ今頃はとっくに半殺しにされていてもおかしくないのだ。
それがこうしてフランスの腕の中に大人しく収まっているのは、嫌いという言葉はきっとイギリスの本心ではないからだろう。

「そっか、嫌いか。じゃあお兄さんふられちゃったのかぁ」

「べっ、別にふってはいないだろ!」

わざとがっかりしたように覇気のない声で言うと、彼はこちらに振り向き鋭い目つきで睨み付けて少し怒ったように声を荒げる。
そして次の瞬間、イギリスの唇が額に押し当てられて、その柔らかな感触は触れたと思ったらすぐに離れた。
これはまったく予想外の反応で、額に仄かに残る温かい熱にフランスは瞳を何度もぱちぱちと瞬かせる。

「…イギリス?」

「もう放せ。帰るぞ」

フランスの手を乱暴に解き、先に生徒会室を出て行ったイギリスの後を慌てて追った。

「イギリス、今のどーいう意味?」

「…………うるさい」

急いでイギリスの隣に並ぶと、彼の耳が真っ赤に染まっているのに気付く。
フランスが仕掛けた唇へのキスにも怒っていないようだし、額とはいえイギリスからもキスを返された。

「そういうことすると都合良く解釈するよ?」

「…勝手にしろ」

多くの言葉は交わさなかったが、だてに長く腐れ縁の隣国をやっているわけではないのだ。
互いの態度を見れば、ある程度は相手の気持ちを察することは出来る。
それに好きに解釈して良いということは、フランスの気持ちを受け入れたのと同じことで、素直じゃない態度のわりにフランスの好意はどうやら満更でもないらしい。
……そんなわけでその日以来、二人は恋人としてのお付き合いを始めたのである。
とはいえ付き合うことになったからといって、すぐに二人の関係が劇的に変わるということはなかったが、近いうちに何らかの変化が現れることをお互いに多少は意識していたのかもしれない。

付き合い始めて一ヶ月ほど経ったある週末、二人はフランスの部屋で生徒会の仕事を片付けていた。
今日は午前中で授業が終わったので、多くの生徒が遊びに出掛けていて留守にしているためか、寮内はひと気もなく静かだった。
こうして二人で過ごすことはそうめずらしいことではないけれど、付き合うことになってからフランスの部屋でイギリスと二人きりになったのはこれが初めてだ。
イギリスは付き合うことは受け入れてくれたが、キスをするのも慣れない様子で生徒会室などで二人きりになると、わかりやすく緊張している。
それが急に 「今日は生徒会室が開いてないから、お前の部屋で仕事するぞ」 なんて言いだしたものだから、何か心境の変化でもあったのかと少しだけ期待してしまう。
そんなことを意識しているとあまり仕事に集中も出来ず、フランスの手元にある書類は真っ白なまま仕事は一向に片付かなかった。
すっかり手の止まった自分とは対照的に、次々と書類を捲りペンを走らせているイギリスの表情を何度も見やるうちに、フランスの目線は彼の唇に止まる。
一月前告白したとき、一度だけ触れたイギリスの唇の感触は今も鮮明に覚えていて、僅かに開いている唇をじっと見つめているとその視線に気付いた彼は顔を上げ、訝しげにフランスを見返した。

「…何だよ?」

「ん、…別になんでもねえよ」

芽生えた感情は彼の唇に触れたいという、実に本能に忠実な欲求だった。
恋人として付き合っているのだから正直にしたいことを告げてもいいのだろうと思うが、フランスは今の微妙な距離感もそう悪いものとは思っていない。
触れ合えるまでのもどかしい時間も、まだ楽しむ余裕がある。
けれどイギリスはごまかすようなフランスの答えに不機嫌そうに顔をしかめた。

「なんでもねえって顔じゃねえだろ。言いたいことがあるなら言えよ、さっきからじろじろ人の顔見やがって…」

彼の言葉にフランスは短く息を吐く。
どうしても隠したい気持ちではないので、そこまで強く聞くなら言ってもいいかな、とイギリスの瞳を覗き込むように正面から見つめた。

「……キス、しようか」

「はぁっ?」

何の脈絡もない言葉に眉をひそめたイギリスの答えも待たず、フランスはテーブル越しに上半身を乗り出して顔を近づけると、彼の顎に指先をそえてそのまま唇に自分のそれを押し当てた。
唇が触れた瞬間、イギリスはほんの僅かに身を硬くしたが、すぐに目を閉じてキスに応える。
机上に置かれていたイギリスの手に自分の手のひらを重ね、ぎゅ、と握ると、彼の手中のシャーペンが乾いた音を立てて書類の上に転がった。
……後は勢いと衝動に突き動かされ、その日二人は初めて身体を繋げた。
イギリスは初めてだったらしく、必死でしがみついてくる様がどうしようもなくかわいかった。
たっぷり時間を掛けて彼の身体を開いてやると、フランスを受け入れることは辛いばかりではなかったようで、繋がったことでイギリスもちゃんといったのが嬉しかった。
けれどフランスとセックスをしたことは彼の羞恥心を限界まで膨らませたのか、その後は妙に警戒されるようになってしまったのだが、本心ではフランスに触れられること自体は好きらしい。
恥ずかしがるイギリスを何だかんだと言いくるめて回数を重ねるうちに徐々に彼も行為に慣れてきたのか、気が付けば三日と空けずに触れ合う日々が続いた。
二人きりになるとどちらからともなく唇を重ね、なし崩しに時間も場所も構わず求め合うほどでお互いの性欲は底なしだった。
フランスは他人と肌を合わせることはもともと好きだったけれど、イギリスとのセックスはらしくないほど夢中になってしまうのが常だ。
こういうことに相性があるなら、きっと自分と彼はかなり良い方なのだろうと思う。
イギリスからフランスの部屋に訪ねて来るのもそう少ないことではなかったので、彼も同じように思っているかもしれないと思うとますます歯止めは利かなくなった

これではまるで盛りのついた犬だ、と浅ましく思うものの、イギリスの体温を一番近くに感じられることが何よりも心地良くて好きなのだ。
フランスには抱き合った相手はこれまでに何人もいたが、体温が混ざり合う感覚さえ愛おしいと感じたのは初めてのことで、イギリスの熱だけはそんなふうに感じるなんて、やはり彼は自分にとって特別なのだと再確認した。
しかし二人は学園の他の生徒たちと同様に、寮で暮らす身である。
時間も場所も選ばない、とは言ってもそれは他の生徒たちに気付かれないように、というのが前提だ。
そうなると皆が寝静まった深夜や外出している休日の昼間、セーシェルのいない放課後の生徒会室などがほとんどだった。
互いの部屋や生徒会室は鍵が掛けられるのでいきなり誰かが入ってくる心配はないが、それ以外の場所となると自重せざるをえない。
以前二人で授業を抜け出し、今は使われていない教室でいい雰囲気になったことがある。
そのとき挿れる寸前に、自分たちと同じくひと気のないこの教室にサボりに来た生徒に見つかりそうになって、大変な思いをしたのだ。
それ以来イギリスも校内ではフランスとの接触を避けるようになってしまったので、生徒会室で二人きりの仕事中はかなりの我慢を強いられることになった。
キスは数え切れないほどしたけれどそれ以上のことになると週末くらいしか触れ合う機会は得られず、もっと一緒にいたいしキスもセックスもしたいのが本音なのだ。
この状況は何とかならないものかと思うことだって当然あるが、それでもイギリスが自分を受け入れてくれている事実はなにより嬉しいし、そういう意味ではフランスはそれなりにこの現状にも満足していた。


**********


いつものように放課後の生徒会室でイギリスと二人で仕事を片付けていると、来週行われる予定になっている三泊四日の自主研修に関する資料が目に留まった。
表向きは自主研修ということになっているが、平たくいうとプチ修学旅行のようなものである。
一応行き先は決まっているし研修がメインなので遊べる時間は少ないが、現地での自由時間の行動に細かい制限はないため、楽しみにしている生徒も多い。
宿泊する施設の部屋も二人部屋から大人数の部屋まで選べるので、なるべく生徒たちの希望を聞いて部屋割りを決めるのも生徒会の仕事だ。
フランスが手に取った資料はその宿泊時の部屋割りのもので、中を確認すると未だ三分の一が空欄になっていてイギリスの名もフランスの名も書き込まれていない。

「お前まだ部屋割り決めてねえのかよ。もう来週だぜ?」

自主研修は来週に迫っているというのに、彼にしてはめずらしく目先の仕事を後回しにしていたらしい。
部屋割りの書類を全生徒分コピーするのは雑用係であるセーシェルの仕事なので、こんなにぎりぎりでは時間に追われてコピーをする彼女の悲鳴が聞こえてくるようだ。
思わず呆れてイギリスに声をかけると、乱暴に書類を取り上げられる。

「うるせえよ、頭の中ではちゃんとまとまってる。二、三日中には決定するからお前は余計な心配しなくていい」

「なぁ俺は誰と同室? まだ名前書いてなかったけど」

「てめえは二人部屋に一人でいいだろ。お前みたいな変態と同室なんてみんな嫌がるだろうしな」

「いやいや、どう考えても嫌がられるのはお前の方だろ」

「なんだと!」

イギリスは顔を赤くして声を荒げたが、実際生徒たちの中で彼と同室の希望を出した者は誰一人としていない。
日頃の行いや交友関係を考えれば当たり前の話だというのに、そのことにイギリスは酷く落ち込んでいた。
逆にフランスは、スペインやプロイセンに同じ部屋で三日間楽しく盛り上がろうぜ、と誘われている。
気心の知れた友人と馬鹿騒ぎをして盛り上がるのもとても捨てがたいのだが、今回の自主研修は泊まりがけだし誰に遠慮することもなく堂々とイギリスと同じ部屋で三日間も寝起き出来るという、フランスにとってはまたとない貴重な機会だ。
ケンカばかりしていても結局は二人がよくつるんでいることは周囲の国々も知っているし、生徒会長と副会長が同室なのは何も不自然なことはない。
まさか付き合っているから同室にしただなんて、自分たちに対してそこまで斜め上に勘繰る奴はいないだろう。
このところ週末に一晩、しかも月に一度か二度しか一緒に過ごすことが出来ないので、来週の自主研修の三日間はイギリスと同室になりたい気持ちが大きい。

「どうせ俺は、誰からも同室になりたいなんて言われてねえよ、ばか!」

フランスの心境も知らず、イギリスは腕を組み拗ねたように言って顔を背けた。
それは彼にとっては悲しい現実なのだろうが、いちいち落ち込むところがまったくかわいい反応だと思う。
隣に座るイギリスとの距離を少しだけ詰め、薄く笑って囁いた。

「誰からも、ってことはないだろ。少なくとも一人はお前と同室になりたがってる奴がいるぜ」

「はぁ? 誰だよ、…そんな奴一人も…」

「いやいや、目の前にいるでしょ。お兄さんはお前と同室になってやってもいいけど?」

ちょっとだけ涙目になっていたイギリスに切実な本心を告げると、彼はこちらの下心を察したかのように鼻で笑ってあっさりと却下した。
かわいくないなぁ、と内心苦笑したものの、彼がフランスの言葉に素直に頷くわけがないのはわかっている。
それにひょっとしたらイギリスは日本かアメリカあたりと無理矢理同室になるつもりかもしれないが、それはそれで都合がいい。
本当にフランスが二人部屋に一人で泊まることになれば、もしイギリスがアメリカたちに追い出されても…否、追い出されなくてもいつでも自分の部屋に引き取ってやれるからだ。
それを考えると下手に誰かと同室になるより一人の方がいいかな、と思えた。

「大体、何が なってやってもいい だよ、恩着せがましい言い方しやがって…」

いつも自分がそういう言い方をするくせに、同じように言われるのは腹が立つらしい。
けれども同室になりたいというフランスの申し出自体は悪く思っていないのか、彼の表情は嬉しいのを無理矢理抑えるようなおかしなものになっている。
なんともわかりやすいその様子に、フランスの方も表情を緩ませた。

「まぁ部屋割りはお前に任せるけど、あんまりアメリカとか日本に迷惑掛けるなよー?」

からかうような口調で言うと うるさいばか、 と足を蹴られ、イギリスはすっかり機嫌を損ねてしまった。
子どもっぽい態度に思わず吹き出すと、今度は髪の毛をぐいぐい引っ張られて、フランスは早々に降参する。
しばらくぶつぶつと悪態をついていたイギリスだったが、その顔つきは心なしか穏やかだった。
怒り以外の感情をあまり表に出さないイギリスだが、自分の前ではこんなふうにわかりやすく表情を変えることは少なくない。
本人は自覚していないであろうその反応を見るたびに、フランスの気持ちはいつも温かなもので満たされるのだった。





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