未来は僕らの手の中/03


週明けの研修出発当日、準備があるから早めに来いとイギリスに言われていたのに、フランスはつい寝過ごして指定された時間よりだいぶ遅れて集合場所へ向かっていた。
当たり前だけれどイギリスはとっくに寮を出たようで、学校へ行く前に彼の部屋に寄ったが返事はなかった。
急いだおかげでなんとか集合時間ぎりぎりに着くことが出来たが、他の生徒たちはすでに集まっていてどうやらフランスが最後らしい。

「遅いじゃないかフランスっ、君が来ないから俺が準備を手伝わされたんだぞ!」

アメリカがフランスの姿に気付くなり早足で駆け寄ってきて、まるでフグみたいに頬をぷくりと膨らませながら不満げに声を掛けてきた。
彼の手にはフランスが持たされるはずだった大きな荷物がある。
アメリカは生徒会には所属していないので少しばかり申し訳ない気持ちになった。

「あー、そりゃ悪かったな。まぁイギリスの奴、俺とお前以外に頼れるアテがないからなぁ。少しくらい助けてやれよ、ヒーローなんだろ?」

「ヒーローの仕事は君の尻拭いじゃないんだぞ! まったく冗談じゃないよ」

プンプンと子どもみたいに怒っているアメリカの横から、不機嫌丸出しの表情でイギリスが顔を出し、じろりとフランスを睨み付けた。

「…ずいぶん遅い到着だな」

「ちょっと寝過ごしちゃってさ。ってか、アメリカは生徒会に所属してるわけじゃねえんだから、俺がいないからって無理矢理手伝わせたりするなよ」

「うるさいっ! お前が来ないのが悪いんだろ!! 今日は早めに来いって言ってただろうがっ、全然人の話を聞いてねえんだな、てめえは!」

「いたたたっ、痛い! すいませんでし、た…!」

イギリスとアメリカと両方フォローしたのに、二人に怒られた挙げ句イギリスには容赦なく耳を引っ張られ、フランスは情けない声を上げる。
早く来い、というイギリスの話は聞いていたし忘れていたわけでもないのだが、結局遅刻してしまい手伝いが出来なかったという結果に変わりはないので、彼にとっては理由など些事でしかないのだろう。
ここで余計な言い訳をすれば火に油を注ぐようなものだし、耳が千切られてしまうかもしれないのでフランスは素直に謝った。

「お前は本当に使えねえ野郎だな。副会長のくせに堂々と遅刻してきやがって」

「準備には間に合わなかったけど、集合時間には遅れてねえだろー。ほんと小姑みたいに細かいんだから…」

ようやく解放された耳を押さえて呟くと、イギリスはまたも眉をつり上げ今にも殴りかからんばかりに、拳を握って腕を上げ声を荒げた。

「誰が小姑だ!! てめえは自分の遅刻を棚に上げて…!」

「まぁまぁおっさんたち、ケンカはあとにしてくれないかい? もう全員揃ったんだから、早く出発しようよ」

呆れた様子のアメリカに仲裁に入られ、イギリスは舌打ちしつつも振り上げた腕を下ろす。
アメリカに限らず、 やれやれまたか、 という視線は周囲のそこかしこから感じられたので、イギリスもフランスも大人しくなる。
ケンカになると周りが見えなくなるのはお互いにいつものことだが、生徒会長と副会長という立場上もう少し落ち着いた行動を取らなくては生徒たちに示しが付かない。
確かに今はケンカをしている場合ではなかった。
研修の日数は限られているし、これから長時間バスに乗って国境を越え、目的地に向かわなければならないのだ。

「よーしそれじゃ出発しようか! みんなバスに乗ってくれ!」

イギリスに代わって仕切りだしたアメリカが先頭に立つと、生徒たちは彼に続いてぞろぞろとバスに乗り込み、すっかり出遅れたフランスとイギリスもその後を追った。
それからバスに揺られること数時間、辿り着いた宿泊所は街からだいぶ外れた郊外にひっそりと建てられていた。
随分年季の入った施設のようであまり綺麗な建物ではなかったが、学生の研修の宿泊所としてはこんなものが妥当だろう。
バスを降りると各々荷物を置くため、生徒たちはバスの中で配られた部屋割りの用紙を手に宿泊所の中へ入っていき、フランスも室内を物珍しそうにあちこち見回しながら割り振られた部屋へと向かう。
施設の部屋数は十数室あり、通りすがりに扉の開いていた部屋の中を覗いてみると、二段ベッドが一台置いてあるだけの何とも簡素な造りで室内も狭い。
なにもテレビや冷蔵庫完備といったホテルばりの設備を期待していたわけではないが、本当にただ寝るだけの部屋だな、とフランスは退屈そうに眉を顰める。
部屋割りを確認しながら階段を上り、突き当たりの一番端がフランスに割り当てられた部屋らしい。
扉を開けると、部屋の中は先ほど覗いた一室とまったく同じ内装、設備だった。
こんなところで三日間も過ごすなんてまるで囚人だな、と宿泊所に着いて早々辟易してしまう。

「…思ったより狭いな。しかもベッドしかないのかよ…」

フランスが内心で思っていたのと同じ言葉が、突然背後から聞こえた。
その聞き慣れた声に驚いて咄嗟に振り返ると、後ろに立っていたのはイギリスだった。
彼は入口にぼんやりと突っ立っていたフランスをさっさと追い抜き、部屋に入って荷物を置き始める。

「あれ、イギリス…? 何で…」

「何でって何だよ? 俺もこの部屋なんだよ。何か文句でもあるのか?」

まだ出発の準備に遅刻したことを怒っているのか、彼は振り返りもせずムスッとした口調で答える。
遅刻をしたのは自分が悪いので怒られても仕方がないが、それよりもなぜイギリスが自分と同室になっているのか、そちらの方がよほど気になった。
そんな話はまったく聞いていないし、今までまるでそんな素振りも見せなかったので、予想外のことにフランスは呆気に取られる。
バスの中で配られた部屋割りを見た限りでは、先週イギリスと話したとおりフランスは二人部屋に一人になっていた。
なのでてっきりイギリスはアメリカや日本あたりと同室にしたのだろうと思い込んでいたので、この展開には余計に驚いたが ほんとはイギリスも同室になりたいと思ってくれてたのかな、 とフランスが浮かれたのは一瞬だった。
一緒の部屋で嬉しい、と彼に声を掛けようと近づくと、荷物を整理しているイギリスの表情からは、恋人と同室であることを喜んでいる様子が一切読み取れないのである。
むしろ顔をしかめて不本意極まりないとでも言わんばかりだ。
この態度から察するに、フランスと同室になりたかったのではなく、アメリカや日本に同室を断られて仕方なく…というところだろう。
やたらと不機嫌なのもそのせいかもしれない。
もしそうならフランスが悪いわけではないので八つ当たりされても困るのだが、これ以上機嫌を損ねられるのはもっと困るので、そのことには触れないように問う。

「…お前俺との同室はいやだって言ってなかったっけ? なんで俺と同じように二人部屋に一人の部屋割りにしなかったんだよ」

「バカかお前は! そんなの経費削減のために決まってるだろ。そうでなかったら誰が好きこのんでお前なんかと同室になるかっ」

あからさまに嫌そうな言い草に、それは恋人に対する台詞じゃねえだろ、とさすがにフランスも腹が立った。
二段ベッドの下はすでにイギリスに占拠されていたので、上のベッドに無造作に荷物を放り投げるとフランスは彼と目線も合わせないまま

「そんな言われ方されるなら、一人の方が良かったぜ」

と冷たい口調で素っ気なく言って、イギリスを一人残して部屋を出て行った。
研修が始まっても、先のイギリスの態度を思い出すと胃の辺りがむかむかして、フランスの苛立った気分は少しも収まらなかった。
意見を出し合う話し合いにもほとんど参加せず、終始上の空でとりあえずお約束のようにアメリカとイギリスの意見に反対しただけだ。
このフランスのやる気のなさプラス苛立ちはその場にいた国々にも伝わったらしく、場の雰囲気はなんともぎくしゃくとした妙な空気になる始末だ。
当然イギリスに何度か注意されたが、お前が原因でしょうが、と思うと態度を改める気にもなれなくて、適当な返事を返す。
フランスの反応に彼は何か言いたげだったが、その後も態度がまったく改められないことに呆れたのか、それ以上話しかけられることもなかった。
研修が一段落つくと休憩時間に入り、どうにもすっきりしない気分を抱えたまま外に出る。
自分が原因とはいえ、空気の重い研修ホールは息苦しくてたまらない。
フランスはひとけのない薄暗い廊下に座り込み、はぁ、と大きな溜息を吐いて手持ち無沙汰に携帯をいじる。
せっかくイギリスと同室で希望通りになったはずなのに、素直に喜べないのはさっき彼が心底迷惑そうな顔をしたのを見たからだ。
確かにフランスから告白をして、イギリスからは明確な答えがないままなんとなく始まった付き合いではあるけれど、彼もちゃんと自分を好きでいてくれていると確信していたので今日のあの反応は地味に堪える。

付き合っていると言っても、好きだと思う気持ちの大きさが二人とも釣り合っているとは限らない。
それでもイギリスもフランスのことを好きなのは間違いないと思うし、その彼の気持ちを疑うつもりはまったくないが、ただ単に今は自分の方が好きな気持ちがより大きいのだろうと思う。
二人の間にはいわゆる温度差というやつがあるのだ。
この温度差が広がりすぎると別れに繋がるが、互いの感情によるものだけにいつでも二人揃って同じだけの熱を保てるものではない。
あまり自分の想いを押し付けることはしたくないし、今の関係にも十分満足しているけれど、今日のイギリスの態度には少しばかりショックを受けた。
仮にも恋人としての付き合いをしているのに、経費の都合でしか同室になる理由がないようなどうでもいい存在なのかと悲しくなってしまう。
フランスはまたも大きな溜息を零しがっくりとうなだれていると、ふいにこちらに人が近づいてくる足音が聞こえて顔を上げた。

「おい……フランス」

足音の主はイギリスだった。
照明を落とした仄暗い廊下では彼の表情ははっきりとは見えなかったが、不機嫌そうに眉間に皺を寄せているのはわかった。

「…なに? 休憩のときくらいゆっくり休ませてくれない?」

「お前なにもしてねえだろーが! …なんだよ、さっきの態度は。せっかくみんなで意見を出し合ってんのに一人だけやる気もねえし、お前がそんなんだから場の空気も悪くなってるじゃねえか」

誰のせいだと思ってんだ、とフランスの苛立ちが募る。
経費削減のために仕方なく、なんて言われるくらいなら、一緒の部屋じゃない方が良かった。
恋人に仕方なく、と迷惑そうに言われて嬉しい奴はそういないだろ、と不快感で胸が苦しくてたまらないのに、イギリスはそんなこともわからないのだろうか。
答える声には苛立つ感情が滲んでしまった。

「……うるさいなぁ……どうせお前ら俺の意見なんか聞かないじゃん。文句ばっかり言われるなら、こんな研修参加するんじゃなかったな」

目線を外し面倒くさそうに素っ気なく言うと、イギリスはようやくフランスの様子がいつもと違うと気付いたようで、不安げに表情を歪めた。

「…フランス…、お前なに怒ってんだよ…?」

自分の言動が原因とはまったく気付いていないらしいイギリスは、フランスの隣に並ぶと少しだけ詰るような口調で問う。
別に怒るというほど怒ってはいないが、こんなふうにもやもやとした嫌な気持ちを抱えるはめになったのはイギリスのせいだ。
あんな言い方をしておいて自覚もないのか、と少し呆れてしまった。
ともかくちょうど苛々の元凶が現れたことだし、ここにはフランスとイギリスの二人しかいない。
今なら心の内を吐露しても、誰かに訊かれる心配もないだろう。
それになにより彼の口から理由を訊かないことには、フランスの気持ちも収まりそうになかった。

「お前さ、…なんで俺と同室にしたの?」

「なんでって……さっきも言っただろ、経費削減のためだって…」

不可解そうに眉をひそめたイギリスに同じ答えを繰り返され、なんともやるせない気分になる。
お前と同室になりたかった、だとかそういうかわいい答えはまったく期待していなかったけれど、彼には僅かでもそんな気持ちはないのかと思うと悲しいを通り越してむなしい。
そんなに自分と同室がいやならフランスをスペインたちと一緒の部屋にして、イギリスが二人部屋を一人で使えば良かったのだ。
実際スペインにはバスの中で 「ロマーノとプロイセンは一緒やのに、フランスだけ別なんやなぁ。みんなで枕投げしたかったんやけどなー」 と残念そうに言われたし、フランスにはイギリスよりは同室になる相手のあてがある。

「……あー、そう。じゃあ俺スペインたちの部屋に行こっかな。あそこは四人部屋に三人でベッド余ってるし」

投げやりな口調で言うと今のフランスの発言は想定外だったのか、イギリスは困ったように眉尻を下げた。
こちらを窺うように目線を向けているイギリスをじっと見返すと、彼が微かに動揺しているのが伝わってくる。
そんな顔を見たら、いつもなら冗談だよ、と笑って撤回してやるのだが、今日はフランスも折れる気はなかった。

「それでもいいだろ、使う部屋の数は変わらねえし」

そう続いたフランスの言葉にイギリスは焦ったように早口で咎める。

「だ、だめだ。お前らが集まるとうるせえし、他の部屋の奴らに迷惑になるからな!」

「じゃあ静かにする。騒がなければいいんだろ」

「…、だめだ。部屋割りはもう決まってるんだから変更は認めねえからなっ!」

経費削減で仕方なく…と言うわりに、イギリスはやけに必死に引き留めようとする。
本当に仕方なくと思っているならフランスが他の部屋に移るのは大歓迎なはずで、引き留めるようなこんな反応はしないのではないだろうか。
彼の本心を確認するため、フランスはわざと意地悪なことを訊く。

「イギリスは俺と一緒より一人の方がいいんだろ? そうしてやるって言ってるのに、何が不満なわけ?」

「ふ、不満とかじゃねえ! そうじゃなくてだな、…ってか、てめえこそなんでそんなにいやそうなんだよ…、この前は俺と同室がいいとか言ってたくせに、本当はスペインたちと一緒の方が良かったのかよ…?」

イギリスは顔を背けて、拗ねた口調で答える。
思いがけないその科白に、もしかして宿舎でのイギリスの態度は単なる照れ隠しだったのではないかと思い至った。

「俺は嫌だなんてひとことも言ってないぜ。嫌なのはイギリスの方じゃないの?」

どうやら一人で勝手に腹を立てていただけだったのかもしれないと気が付いて、フランスの声音はいつも通りの穏やかなものに戻っていた。
イギリスもそのことに安堵したのか、少しだけ目元を赤く染めて普段通りに強気な口調で返す。

「お、俺だって嫌だなんて言ってねーだろ、ばか! あ、アメリカの奴がフランスと一緒でいいじゃないか、とか俺のこと邪魔にするから、ちょっと腹が立って……まぁ、…さっきのは言い過ぎた……悪い」

案の定アメリカに同室を断られ、八つ当たりをされたらしい。
それならそうと最初から言えばいいのに、相変わらず素直じゃねえなぁ、と小さく微笑う。
フランスはイギリスを緩く抱き寄せ、頬に手のひらを添えると自分の方に顔を向かせた。
いつもならフランスからこうして触れたとき、乱暴に手を払われたり殴られたりとなんらかの抵抗があるのに、今日はめずらしくされるままに任せている。
正面から見つめると、目線を逸らすように僅かに目を伏せたイギリスに顔を近づけ、唇にそっと口付けた。
羽根が触れるような軽いキスで、目を閉じる間もなくすぐに離れる。
いやがる素振りも見せなかったくせに、イギリスは 何すんだこんなとこで、 と鋭い目つきで睨みつけてくるが、彼の潤んだ緑色の瞳にはうっすらと劣情の色が混じっていた。
その扇情的な表情を見てもう一度キスをしたいと思ったけれど、次に触れたら理性を保てる自信がない。
さすがにこんなところでこれ以上何かをするわけにもいかないので、フランスは大きく伸びをして昂ぶる気分を紛らわせ、名残惜しいけれど腕に抱いたイギリスの身体を解放した。

「そろそろ戻るか。お兄さん全然意見出してないしね」

「あ? 今さら意見出す気かよ。却下だ、バカ」

「えー? せっかくやる気出したのになぁ…」

「最初から真面目にやれ!」

イギリスに髪をぐいぐい引っ張られ、フランスはそのまま研修ホールに引きずられて行ったのだった。





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