ストロベリーチップス/前編
「おーいイギリスー、どうせ今年のクリスマスも一人なんだろ? 可哀想だから優しいお兄さんが付き合ってやるぜー」
十二月二十五日、クリスマス当日。
フランスはへらへら笑っていつものようにイギリスの自宅へとやってきた。
毎年のことだが、きっと女性にふられてやってきたのだろう、頬を腫らしてそう言ったフランスを一瞥し、イギリスは素っ気なく答える。
「女にふられたからってうちに来るんじゃねーよ。俺はこのあと出掛けるんだ。てめえは一人寂しく聖夜を過ごすんだな」
このあと出掛けるというイギリスの言葉は、フランスにとってかなり予想外なものだったらしく、彼は思いきり顔をしかめて問い返した。
「はぁ? 出掛けるって、……どこに?」
「どこだっていいだろ。俺はお前と違って予定があるんだ、わかったらさっさと帰れ」
「予定? 誰と?」
簡潔な答えに、フランスはさらに問う。
その イギリスに予定が入っているなんて信じられない、 と言わんばかりの顔で聞かれたことにイラッとして、彼に目線も向けずに面倒くさそうに答えた。
「お前には関係ない。まぁ、お前は女に逃げられたようだが俺は違うんでな。わかったら帰れ」
「えっ? ちょ、待てよイギリス、マジで? マジで予定あんの?」
「さっきからそう言ってるだろっ、しつこいな! 負け犬はさっさと帰れ!」
イギリスは声を荒げて怒鳴りつけ、フランスを玄関の外に押し出すと、ばたん、と勢いよく扉を閉めた。
まさかイギリスに予定があるとは考えもしなかったらしいフランスの、目を丸くして驚いていた顔を思い出すと笑いがこみ上げてくる。
……予定がある、なんて言って彼を追い返しておきながら、本当はイギリスにクリスマスの予定などない。
それなのにそんな嘘をついたのは、女性にふられたからと仕方なく来てやったと恩着せがましく言うフランスの誘いに、毎年応じるのがいい加減しゃくになったからだ。
フランスが女性とデートの予定を入れていても夕方にはイギリスのところに顔を出し、なんだかんだで思い出すのも恥ずかしくなるような、甘ったるい夜を過ごすのが二人のクリスマスのお約束なのだが、イギリスなら予定はないだろう、と彼が勝手に決めつけているのがなんとも腹立たしくて、つまらない見栄だけれど今年は素直にフランスの誘いに乗ってやるものかと思っていた。
といっても一応フランスとは恋人のような、それなりに親しい付き合いをしているので、イギリスとしても彼とクリスマスを過ごしたい気持ちはある。
どうせ女性にふられたフランスにこのあと予定が入ることはない。
それなら夕方頃に一人寂しくワイングラスを傾けているであろう彼に会いに行けば、フランスにとってはイギリスの訪問はちょっとしたサプライズになるだろう。
イギリスに予定が入っていると思っているフランスは、イギリスがその予定を切り上げて会いに来たことに感激して、いかに自分が大事な存在であるかを実感するに違いない。
やっぱり俺にはお前だけだ、愛してるよイギリス、とかなんとかそんな科白を彼の声で想像しながら、イギリスは夕方までの時間をフランスを訪ねていく準備をしながらのんびり過ごした。
夕食の時間に合わせて訪ねていけば、ちょうどいい頃合いだ。
フランスのところは時差の関係でイギリスよりも一時間ほど時間が早い。
本来なら今ごろはとっくに彼とクリスマスを過ごしていたのだ、これ以上一緒に過ごせる時間が減るのは惜しい気がして、イギリスは早々に家を出ることにした。
……が、その前に念のため、フランスが自宅にいるのか確認しておかなければならない。
もしかしたら一人寂しく飲みに出掛けているかもしれないし、出掛けているならイギリスが着くまでに家に帰っていてもらわなければ困る。
あとは外へ出るだけの準備万端な格好でフランスの自宅に電話を掛けると、電話は数コールですぐに繋がり、やけに覇気のない声でフランスが出た。
なんだやっぱり一人で家にいるのか、寂しい奴め、 などと自分のことを盛大に棚に上げ、イギリスは上機嫌に口を開く。
「俺だ。用事が済んだから、これからお前のところに行ってやってもいいぞ。どうせ一人で寂しく過ごしてたんだろうからな、腐れ縁のよしみで付き合ってやる」
『用事は済んだって、……なんだよそれ、こんな時間にデート終わったわけ? あー、もしかしてお前もふられたの?』
予定があるとは言ったが、デートだなんてひとことも言っていない。
勘違いしている上に、ふられただなんて失礼なことを言う男だ、とイギリスは顔をしかめて答える。
「そんなわけあるかっ! お前と一緒にするな!!」
『じゃあなんでそんなに早く帰ってんだよ。クリスマスの夜はこれからだろ』
「いつ帰ってこようと人の勝手だっ、とにかく用事は済んだから、これからお前の家に行くからな」
『……えー……今から?』
彼が家にいることを確認したいだけだったので、用件だけ告げて電話を切るつもりだったが、フランスの返事はどうも乗り気でないというか、若干迷惑そうな口調だった。
それが少し気になって、イギリスは彼の真意を探ろうと低い声音で問う。
「……なんだよ、俺が一緒に過ごしてやるって言ってるのに、不満でもあるのかよ」
『不満っていうか……お兄さんこのあと予定入ってるんだよね』
「………………………………はぁ?」
フランスから返った言葉は、イギリスにとってまったく想定外なものだった。
彼の科白がぐるぐると頭の中を回って、ようやく理解すると受話器を強く握り締め、慌てて問い返す。
「よっ…予定ってなんだよ? 女にはふられたんじゃなかったのか?!」
『バッカだなぁ、クリスマスに俺と一緒に過ごしたいっていうマドモワゼルは一人じゃねーんだよ。そういうわけだから切るぞー。じゃあな』
「あっ、おい、待て! フランス!」
制止する声も聞かずにあっさりと電話は切られて、思いがけない展開にイギリスは受話器を握り締めたまましばらく呆然としていた。
なんだよそれ、誰でもいいのかよあの節操なしめ、と内心で毒吐きながら、胸がもやもやした嫌な感情でいっぱいになり、いらいらが収まらない。
お互いはっきり言葉にして「付き合おう」と言ったわけでも言われたわけでもないけれど、二人の今の関係は恋人同士といって差し支えないものだ。
それにここ最近のクリスマスは毎年一緒に過ごしていて、今年も当然そうなると思っていたから予定が入ったふりをして少しフランスを焦らしてやろうと思っただけなのに、彼はイギリスのありもしない予定を信じて、他の相手と過ごすことにしたらしい。
そのことにイギリスは少なからずショックを受けた。
わざわざ 「付き合って欲しい」 とか、そんなことを言わなくても、イギリスはフランスが好きだったし、彼も自分を好きなのだと知っている。
だから今の関係は恋人同士のようなものだと、ずっとそんなふうに思っていたのに、そう思っていたのはイギリスだけで、フランスにとっての自分は単なるセフレとかその程度なんじゃないかと不安になる。
もとはといえば予定が入ったなんて嘘を言った自分が悪いのだけれど、それでもまさかフランスが他に予定を入れるとは思わなかったのだ。
せっかくこのあとは一緒に過ごせると思ったのに、イギリスの浮かれた気持ちはあっというまにしぼんでしまった。
それなら俺だってこれから予定を入れてやる、とアメリカや日本に電話を掛けたが、クリスマス当日、しかも陽も暮れた頃に連絡をしたところで相手の都合がつくわけがない。
みんなそれぞれに予定が入っていて、仮に彼らに予定がなかったとしてもイギリスがアメリカや日本のところへ行くには地理的にも遠すぎて、会いに行くまでにクリスマスは終わってしまう。
こんなことなら予定が入っているなんて嘘をつくんじゃなかった、とイギリスはソファに横になり、大きな溜息を吐く。
……というか、なぜあの男は他に予定なんか入れるのだ。
確かに最初に断ったのは自分だけれど、だからといってすぐに次の相手に声をかけるなんて、一緒に過ごせる相手なんて誰でもいいみたいではないか。
フランスがイギリスを特別だと思っていることは知っているし、それなりに大事にされている自覚もあるけれど、こんなに簡単に他に目を向けられる程度の存在なのかと思うと少し寂しい。
自分たちの関係は一体なんなんだろうとむなしくて、しばらくソファの上をころころと転がって拗ねていたイギリスだったが、いつまでもこうしていても仕方がない。
今ごろフランスはデートを楽しんでいるのだろうし、自分だけ家で寂しく過ごすなんておもしろくないことこの上ない。
(てめえが他の相手と楽しむなら、俺だって誰か他の相手を見つけてやるんだからな!)
他の相手を見つけてフランスを見返してやろうという気持ちで、イギリスはソファから勢いよく起き上がると、家を飛び出し街へと向かった。
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クリスマスカラーのイルミネーションに飾られた街は、多くの人々が行き交いとても賑やかだった。
他の相手を見つけてやろうと思って街に出てきたが、冷たい風が身に吹きつけて少し頭が冷えたのか、見知らぬ他人と過ごしたって余計にむなしくなるだけだと思い直した。
イギリスは一人で思いきり飲むことにして、行きつけのパブに向かうと店の端のカウンター席に座り、次々にグラスを空けていく。
(……結局一人か)
本当はイギリスはフランスとクリスマスを過ごすことを、十二月に入ってからずっと楽しみにしていたのだ。
いつものように誘われて、しょうがねえな、とただ応じるのは新鮮味に欠けると思って、少し焦らしてからOKする作戦だったのに大失敗だ。
先に予定を入れた(ことにした)のは自分だし、フランスに他の奴を誘うななんて言うつもりはないけれど、彼はイギリスとクリスマスを過ごすことをそれほど重要視していなかったのだと思うと、心にすきま風でも吹いたみたいに悲しくなる。
「くそっ、…あのヒゲ野郎……俺に無断で予定なんか入れてんじゃねーよ…!」
パブに来て二時間ほども経った頃には、イギリスのテーブルには空になった酒瓶がいくつも転がっていた。
飲んでいないとフランスのことばかり考えてしまって、気分が落ち込んでしまう。
おかげでいつも以上に飲むペースが早かったのだ。
ベッドではいつも好きだとかかわいいとか愛してるとか歯の浮くような寒い科白をしつこいくらいに繰り返していたくせに、今ごろ別の相手に同じことを言っているのかと思うと無性に腹が立つ。
「……あんな奴、もう知らねえ。節操なしの変態野郎め、……二度とやらせてやらねえからな…」
ぶつぶつと文句を言いながら、暗く沈んだ気持ちで飲んでいたイギリスだったが、すっかり酔いが回って気分は高揚し、他の客たちと盛り上がって大騒ぎしたことで最後にはパブを追い出されてしまった。
パブで盛り上がった人々とはその場で別れたし、家に帰ってもどうせ一人だ。
もう一軒くらいどこかの店に寄ろうかとぼんやり考えたが、どうして俺が寂しさを紛らわすためにパブをはしごしなきゃいけないんだよ、と思うとフランスに会いたい気持ちが急激に膨らんだ。
時計を見るとかなり遅い時間になっていて、会いに行ったところでもしかしたらベッドで女といちゃついているかもしれない。
そう考えると余計にいらいらが募る。
恋人に近い存在であるはずの自分を差し置いて他の奴といちゃつくなんておかしいだろ、と街を歩きながらそんなことを考えているうちにイギリスの苛立ちは限界に達した。
こんなに苛立つくらいなら、いっそのことこれからフランスの自宅へ押しかけることに決めた。
今日はクリスマスだ。
フランスには鉄拳という名のプレゼントを贈ることにしよう。
彼の連れ込んだ女性が一緒にいるかもしれないが、一晩限りの相手だろうし追い返してもイギリスには関係ないし、どうということもない。
とても紳士とは思えない発想だが、酒に酔ったイギリスは紳士とはもっとも遠い言動をするのが常である。
そうと決めると近くの店に立ち寄ってサンタクロースの衣装を買うと、ふらつく足取りで駅に向かい、ぎりぎりで最終列車に飛び乗った。
二時間ほど列車に揺られて、そのあとはタクシーをつかまえてフランスの自宅まで辿り着く。
家の周りをぐるりと回ると、部屋の明かりがついているのが見えたので、フランスが家にいるらしいことにはほっとした。
関係ない、とは思いつつ、実際問題女性と一緒にいるのを目にしたら嫌な思いをするのはイギリスの方なので、一応彼が一人かどうか電話で確認することにした。
手でぺたぺたと上着とズボンを探るが、携帯が見つからない。
懐にもポケットにも鞄にも入っていなくて、うっかり家に忘れてきてしまったようだ。
……仕方がない。
イギリスは舌打ちして再び家の周囲を回り、どこか中に入れるところがないかを探し始めた。
フランスは家にいるのだからチャイムを鳴らせばいいだけの話だが、それではおもしろくない。
玄関から堂々と入っていくサンタクロースがいるものか、と思いながら、イギリスは足場になりそうな塀によじ登ると、二階の窓に手を伸ばす。
自称サンタクロースとはいえさすがに煙突から入るのは無理があるので、とりあえず窓から入れるところがないか探してみることにしたのだ。
小さな窓を引いてみると、ぎしぎしと音を立ててわずかに開いたので、空いた隙間に手を入れて思いきり引っ張ると窓が大きく開く。
簡単に開いた窓に 不用心な奴め、 とニヨニヨ笑いながらそこからフランスの家に侵入し、早速持参してきたサンタ服に着替え始めた。
しかしこの手のパーティグッズの衣装は大抵フリーサイズで、かなり大きめに出来ているのでイギリスには少し大きすぎた。
着替えてみたものの、酔っていて身体が酷く暑かったこともあり、面倒になって結局イギリスは着替えたサンタ服とズボンを脱いでしまった。
てっぺんに白いボンボンのついた赤いサンタ帽と、もこもこの白いファーがついた赤いブーツと手袋だけを身につけたほとんど裸同然の格好で、明かりのついていたフランスの部屋へ向かう。
扉の前に立ち、ドアに耳をぴったりくっつけて中の様子を窺うが、話し声も物音も聞こえてこない。
遅いと言ってもまだ寝る時間でもないので、フランス一人なのかもしれない。
それなら遠慮はいらねーな、とイギリスは一歩引くと足を浮かせて思いきりドアを蹴りつけた。
鍵が掛かっていたはずのドアは吹っ飛ぶように勢いよく開いて、ベッドに入って本を読んでいたフランスが飛び上がって驚くのが見えた。
室内を見回しても部屋の中には彼一人で、他に連れ込んだと思しき女性も男性の姿もない。
そのことに安堵しつつ、イギリスはゆっくり中に足を踏み入れた。
「えっ…?! イギリス…? ちょっ、なに? なに、一体……ていうかなんだよその格好! どこから入ったんだよ!」
フランスはいきなり現れたイギリスを見て、目を丸くして酷く動揺した様子で次々に問う。
彼が驚くのも無理はない。
夜遅くに酔っ払ったイギリスがほぼ全裸で訪ねてくるなんて、ホラー以外のなんでもない。
突然の出来事に怯えたように、ベッドの上を後ずさるフランスとの距離を詰めるようにじりじりと近づくと、イギリスは腕を組んで仁王立ちし、ニヤリと笑って言った。
「メリークリスマス、フランス。……てめえの最後のクリスマスを祝いに来たぜ…!」
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