ずっと俺のターン!!(U.K.ver)/01


多くの国々が集まった世界会議の後、ああ、やっと終わった、と大きな欠伸をして、フランスは机上の資料を片付けた。
その間一人また一人と席を立ち、仲の良い者同士が声を掛け合って会議室を後にする。

連れ立って帰って行く者たちを眺めながら、この後これと言って予定もないし晩飯とかどうするかな、と思案する。
仕事とはいえせっかく他国まで来たのだから、ただまっすぐホテルに帰るのではつまらない。

自分と同じく予定などないであろうイギリスにでも声を掛けてやろうかとぼんやり考えていると、いきなりぺし、と後頭部に軽い衝撃が走った。
何事かと顔を上げて振り返ると、相も変わらず不機嫌丸出しなしかめ面で仁王立ちし、こちらを見下ろしているイギリスと目が合う。

「何だよもう、手出す前に声掛けろよ」

「声掛けたのに反応しなかっただろーが」

ぼんやりしていたせいか、イギリスの呼びかけにはまったく気が付かなかった。

「あれ? そりゃ悪かったな。で、何か用か?」

「ああ…お前この後…」

イギリスがそこまで言いかけたとき、

「フランスさん、少し宜しいですか?」

と彼の話を遮るように割って入る声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声の方に目線を向けると、日本がぺこりとお辞儀をしてこちらに向かってくる。

「よう、日本。久しぶり」

「ええ、お久しぶりです。……あ、すみません。お話中でしたか?」

フランスの後ろに立っていたイギリスの姿を見つけて、日本は申し訳なさそうに再び頭を下げた。
確かに先に声を掛けてきたのはイギリスで、ついさっき彼は何かを言いかけていた。
それなら先にイギリスの話を聞くのが筋だろうと思い振り返ると、彼は腕を組んでそっぽを向いている。

(…俺になんか用があるんじゃねーのかよ?)

イギリスの態度を見るに、とても話の続きを聞けそうな雰囲気ではなかったので、これは日本の話を先に聞いても問題ないということなのだろう。
フランスはそう判断して日本に向き直った。

「いや、こっちの話は後でいいから。なに、何の話?」

「先日フランスさんに頼まれていたアニメのDVDが手に入りましたので、それをお渡ししようと思いまして」

「え! ホント? うわー、楽しみにしてたんだよ。なに、今日持ってきてくれたとか?」

「はい。ただ他にも私のお薦めなどを入れたら結構な荷物になってしまって……。もしこの後お暇でしたら、私の滞在しているホテルに取りに来ていただけませんか? ここから近いですしお時間は取らせませんので」

お暇も何も、この後はイギリスを誘おうかと思っていたくらいに時間を持て余していて、それすらまだ実行に移してもいない。
フランスは日本の言葉に二つ返事で頷いた。

「あーいいよ、それくらい全然大丈夫。悪いな、そんないろいろ持って来させて」

「いいえ、アニメの良さを理解していただけるのは嬉しいですし、用意したものも気に入っていただけるといいのですが…」

「日本のアニメもマンガもどれも好きだぜ。この前借りたアレ、おもしろかったなー」

「そうですか! あの作品は卓越した主人公の才能もさることながら、やはり絶妙な心理戦が見所で…!」

「ああ、わかるわかる。女性キャラクターも可愛いよなあ」

そこでしばらくフランスと日本はアニメ談義に花が咲き、イギリスは二人の会話に入っていけずすっかり置いてけぼり状態になっていた。
ひょっとして自分の存在が忘れられているんじゃないかと苛立って、イギリスは 「おい」 と棘のある口調でフランスに声を掛けた。

「ん? ああ、まだいたのお前。何?」

「まだいたのって何だよ!!! 俺の話まだ途中だったろ!」

完全に自分の存在を忘れていたと思われるあんまりな言い草に腹が立って、イギリスはフランスの髪を手加減なしに引っ張った。

「ちょ、痛いっての! 何だよ話って、急ぐの? 俺この後日本のとこ行くから、急ぎじゃねえなら後でメールか電話くれよ。あとマジで痛いんで髪放してください」

その答えを聞いたイギリスは、フランスの髪を掴んだまま少しだけ沈黙した後、眉間に深く皺を刻んで鋭い目線を向ける。

「……あー…そうかよ。別に急ぎの用でも何でもねえし、メールも電話もしねえよバカ!」

フランスの返答が癪に障ったらしく、イギリスは顔を真っ赤にしてそう怒鳴りつけると、一人で会議室から出て行ってしまった。
日本やまだ室内に残っていた国々まで、彼の突然の怒声に驚いていて、こちらに一斉に集まる視線が痛い。

「…いいんですか? イギリスさん、何か大事なお話だったんじゃ…」

心配そうに日本が問うが、本当に大事な話なら日本が声を掛けてきても話を先に譲ることはないと思う。
イギリスが怒って帰ったのは話が重要だったからとかそういうことではなく、多分……、否、確実に今のフランスの対応が気に入らなくてへそを曲げてしまったのだろう。

確かに先に声を掛けたのに まだいたの、 などと言われては、あの自尊心のやたらと高いイギリスが腹を立てないわけはないのだが。
さりとてこんなことはイギリスとフランスの間では日常茶飯事だし、急ぎの用件ではないのならあとでちゃんと話を聞いて宥めてやればいいか、とあえて彼の後は追わなかった。

「あー、いつものことだから大丈夫。あいつ気に入らないことがあるとすぐ拗ねるんだよ。昔から我が侭なんだからなー、もう…」

「何だか申し訳ないことをしてしまいましたね…」

「気にしなくていいって。それより日本の泊まってるホテルってどこ?」

「あ…、ではご案内します。それと、わざわざ荷物を取りに来ていただくだけでは申し訳ないので、今日の夕食は私にご馳走させてください」

「え、いいの? 一人で晩飯って寂しいからさ、どうしようかと思ってたんだよ」

思い掛けない日本の誘いが嬉しくて、怒って帰って行ったイギリスのことなどあっという間に忘れてしまった。
日本と一緒に彼の案内で滞在しているホテルへ向かう途中、街中のパン屋で先に帰っていたアメリカの姿を見かけたので、ついでに誘ってみることにした。
店に入るとカラン、とドアに掛かったベルが鳴り、こちらに顔を向けたアメリカは見慣れない組み合わせの二人に気付いて、早足で駆け寄ってくる。

「日本とフランスじゃないか。君たちが一緒にいるなんてめずらしいな」

意外そうな表情でそう言ったアメリカの手には、とても食べ物とは思えないような色鮮やかな蛍光カラーのケーキやお菓子がたくさん乗ったトレイがある。
それを見るなり日本は顔を引き攣らせたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「これからフランスさんと夕食に行くんですが、アメリカさんも来ませんか?」

「うん、いいぞ! で、それって日本のおごりかい?」

「…え…ええ、まぁ…そうです」

そのつもりで声を掛けたとはいえ、相手から当然のように言われると何とも引っかかる。
アメリカのそういう厚かましさにはいい加減慣れてきた日本だったが、それでも何だかなぁ、とは思ってしまうのだった。

「ただ食事の前にフランスさんにお渡ししたいものがあるので、一度私のホテルに寄った後になりますけど」

「渡したいもの? 何だいそれ」

「アニメのDVDだよ。前に借りる約束してたんだ。…ってかお前それ全部買うのか? よくそんな身体に悪そうな色のもの平気で食えるよな」

「このカラフルさがいいんじゃないか! 見た目も楽しいだろ?」

そんな会話を交わしながら会計を済ませてパン屋を出ると、三人で日本の滞在するホテルへ向かった。
日本の部屋に通され彼が持ってきたスーツケースの中を見せてもらうと、アニメのDVDやら漫画本やらがぎっしり詰め込まれている。
会議で必要な荷物とは別に、わざわざDVDと本だけを入れたスーツケースを持ってきたらしい。

「お! これ新作じゃないか! ちょっとだけ見てもいいかい?」

スーツケースの中を勝手に物色し、その中にお気に入りのアニメを見つけたアメリカは目を輝かせて日本に振り返る。

「私は構いませんが…、フランスさん、どうします?」

「うん、俺も見たい」

「よーし、じゃあちょっとだけ見てから夕食に行こう!」

アメリカはいそいそとDVDをデッキにセットし、そのままアニメ鑑賞会が始まってしまった。
ちょっとだけ見るつもりが何だかんだで夢中になって見てしまい、結局食事も出掛けるのが面倒になってホテルのルームサービスで済ませることになった。

食事と一緒に、アメリカは先ほどパン屋で買ってきたお菓子を広げ、 食べてもいいぞ、 と勧められたが、日本は苦笑いを浮かべただけで手を付けない。
フランスは何かのキャラクターを模った蛍光ピンクのお菓子を取って一口囓ってみたが、甘い、以外に感想が出てこない。
メレンゲの菓子だということはわかるが、まるで砂糖と水飴を混ぜた塊でも囓っているようだ。
むしろそれよりずっとくどい甘さしかなくて、美味い不味いで評価する以前のような気がする。

しかしアメリカは平気な顔をして、美味い美味いと言いながら次々に菓子を口に放り込んでいる。
これが美味いのか……とフランスは哀れむような微妙な表情でアメリカを見つめ、味オンチな隣国譲りの彼の味覚が何とも気の毒に思えてしまった。

食事をしながら見ているうちにDVDが一本終わり、続きが気になるとアメリカがごねたためこのまま続きも見ようという話になった。
まだ時間もそれほど遅くはなかったのと、日本が 「この後の展開がストーリーの核なんですよ!」 と彼にしてはめずらしく興奮した様子で話しているので、フランスも続きを見ることに賛成した。
日本の解説を聞いたり、このシーンがどうだとかこのキャラクターがどうだとか、三人で内容を語り合いながら見るのは一人で見るより何倍も楽しい。
続きを見る前にトイレに行こうと座を立つと、アメリカが

「あれ? フランス、君の携帯鳴ってるよ」

と、椅子に掛けておいたジャケットを放ってよこした。
そういや携帯入れっぱなしにしてたっけ、とポケットから取り出すとすでに着信は切れていたが、画面には今の分も含めて三件の不在着信が表示されている。
マナーモードにしていたし、何よりDVDの鑑賞をしつつ日本とアメリカとの話にすっかり夢中で、全然気が付かなかった。

三件の着信はすべてイギリスからで、会議室で彼が怒って帰ってから一時間おきにかけてきている。
電話もメールもしないと言っていたのに、あの意地っ張りな男が何度も連絡を寄こすとは、やはり何か大事な用でもあったのだろうか。

「…ちょっと電話してくる」

「先に続き見てるぞー」

「うん」

携帯を手に廊下に出ると、エレベーター前の広いフロアまで進み履歴からイギリスに電話をかける。
コール音が鳴った直後、電話はすぐに繋がった。

「あー、イギリス? 俺だけど、なに? 何かあったの?」

『…今どこにいんだよ』

ぼそぼそと問う口調は酷く不機嫌だ。
イギリスにしてはめずらしく三回も電話をかけてきたのに、フランスが出なかったことに腹を立てているのかもしれない。
怒ってるなーとは思ったけれど、フランスは気にしたふうもなく答えた。

「どこって日本が泊まってるホテルだけど」

『まだいるのか? 何やってんだよ』

「いやー、途中でアメリカに会ってさ。三人でアニメ見てた。あ、暇ならお前もこっち来れば?」

『…いい。もうかけてくんなよばか!』

ブチ、と一方的に通話を切られ、 えー誘ったのに何で、 とフランスは顔をしかめた。
しかし用がなければわざわざ電話などしてこないだろうし、まだ用件を聞いていない。
とにかく用件だけでも確認しておこうと再びイギリスに電話をかけたが、早々に着信拒否されてしまったらしく何度かけ直しても繋がらない。

この様子だとおそらく、彼の用件は個人的なことだろう。
仕事の話ならもっと早くにはっきり話すに違いないし、イギリスがこういう態度のときは大抵がそうなのだ。
はぁ、と大きな溜息を吐いて日本の部屋に戻ると、フランスは帰り支度を始めた。

「あれ、帰るのかい?」

「あー…うん。何かわかんないけど坊ちゃん拗ねてるみたいだから帰るわ」

「ああ、…イギリスさんですか……すみません、私がお声をかけたせいで」

別に日本が悪いわけではないのに、何かあると彼はすぐに頭を下げる。
この謙虚さの百分の一でもイギリスにあればなぁ……とフランスは遠い目をして帰り支度を整えた。





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