ずっと俺のターン!!(U.K.ver)/02


何も自分の用事を切り上げてまで、イギリスの機嫌を取ってやる義理はないのだけれど、このまま放っておくわけにもいかない。
何せ一度怒るとなかなか機嫌を直してくれない上に、放っておくとそれにも腹を立てて彼の態度はさらに硬化し、とりつく島もなくなってしまうのだ。
そうなると何だかんだで後々苦労するのはフランス自身なので、こうして彼のところへ出向くのも今や仕方がないことだと割り切っている。

「イギリスさん、怒ってましたか?」

「んー、まぁ、少し。でも日本は悪くないから気にしなくていいぜー、あいつが我が侭すぎるだけでさ」

「ていうか、イギリスがああなのは半分くらい君の責任じゃないのかい?」

日本との会話に口を挟んだアメリカの言葉は、フランス的にはスルー出来ないほど心外なもので、思わず顔をしかめた。

「えぇ……何で?! 俺が一番被害を被ってんだけど?!」

「だからだよ。君には何やってもへらへら笑って許すから、それが当たり前になってるんだろイギリスは」

呆れたように溜息混じりの口調で言ったアメリカに、フランスも少しばかりむっとした。

「お前なに人ごとみたいに言ってんだよ、お前が独立したときも大変だったんだからなー、しばらく塞ぎ込んだかと思ったら泣くわ喚くわ、宥めるのホント苦労したぞ」

「そんなの放っておけばいいじゃないか、いい大人なんだから。君がイギリスを宥める必要なんてないし、そうやって甘やかすからいけないんだぞ」

「えー……何でマジで俺のせいみたいな感じになってんの?」

ヒーローの俺が間違っているわけないだろ、とアメリカは自信満々に言い放つ。
その根拠のない自信はどこから来るのか、もはや呆れて反論する気も起きなかった。

別にフランスとしてもイギリスのすることを何でも許容しているわけじゃないし、甘やかしているつもりはこれっぽっちもないのだが、周囲からはそう見えているらしい。
けれど放っておけと言われても、あのときのイギリスは酷く憔悴していたし、泣いている彼を放っておくなんてフランスにはどうしても出来なかったのだ(宥めるのは本っ………当に大変だったが)。

(でも言われてみればそうかもなぁ…。あいつが我が侭なのは今に始まったことじゃねーし、昔からあれが普通だからあんま気にしたこともないしなー。そりゃ腹立つこともあるけど…)

友達のいないイギリスが辛いときに唯一縋れるのが、日頃から喧嘩ばかりしているフランスだけとは何とも皮肉な話だ。
他に慰めてくれる相手がいないとはいえ、イギリスはそういう弱ったところをフランスにだけは絶対に見せたくないだろうと思っていただけに、彼が素直に泣きついてきたのには驚いた。
しかし驚く以上に、彼が自分のところに来てくれたのは実は少し嬉しかったのだ。
それを思い出すと早く帰ってイギリスを宥めてやらなくては、という気持ちになってしまう。

「まーとりあえず今日は帰るな。あいつ何か俺に用あるみたいだし。日本、これ借りてっていいの?」

「はい。返すのはいつでも構いませんので。イギリスさんによろしくお伝え下さいね」

アニメDVDと漫画本が詰まったスーツケースをそっくりまるごと受け取って、それじゃまたな、と二人に声を掛けてドアへ向かう。

「日本、フランスの次は俺に貸してくれよ、続きがすごく気になるよ!」

「アメリカさんにはゲームを用意してますよ」

室内に残った彼らのそんな会話を背に、フランスは部屋を出ると足早にホテルを後にした。


**********


イギリスが泊まるホテルは滞在先によって大体決まっている。
あまり環境の変化を好まないらしく、出先で泊まるホテルは何か事情がない限りいつも同じだ。

イギリスが泊まっているであろうホテルに向かう途中、手土産が日本に借りたアニメDVDだけでは余計に機嫌を損ねるかもしれないと思い、大通りに面したところにあるワイン専門店に立ち寄った。
以前イギリスが美味いと言っていた銘柄を見つけたので、それを買ってあとは真っ直ぐホテルへの道を急いだ。

念のためホテルに着いてすぐ、もう一度携帯に電話を掛けたが、相変わらず繋がらない。
仕方がないのでフロントの女性スタッフに彼の名を告げると、思った通りここに宿を取っていたらしく、内線で取り次いでもらうことになった。

しかしイギリスが内線に出ることを拒否したらそれまでだ。
さすがに数多くあるホテルの部屋を一室一室訪ねる時間も行動力も、生憎持ち合わせていない。
出てくれるといいなぁ、と祈るような気持ちで待っていると、しばらくして女性スタッフに笑顔で どうぞ、 と受話器を差し出された。

出てくれたということは、イギリスの不機嫌さは手が付けられないレベルにまではまだ達していないらしい。
安堵に胸を撫で下ろすと渡された受話器を耳に当て、フランスは普段通りの軽い口調で話し始める。

「よ、イギリスー。何階の何号室?」

『誰も来いなんて言ってねーだろ、帰れバカ。つーか何でここだってわかったんだよ気持ち悪いな』

「だってお前いつも同じとこしか泊まらねえじゃん。それよりワイン買って来たから部屋に入れてよ。ここで長話してたらフロントのおねーさんにも迷惑でしょ?」

『………。そ、そういうことならしょーがねえな! 言っておくけどお前のためじゃねえからな、ワイン置いたらさっさと帰れよ!』

イギリスは早口で部屋の番号を告げると、がちゃん、と電話を切った。
耳に響いたその音にフランスは苦笑いを浮かべ、 メルシ、 と受話器をフロントに返しエレベーターに乗り込んだ。

「えーと……803…803…あ、ここだ」

イギリスに聞いた部屋番号のプレートがついたドアをノックすると、中から姿を見せた彼はこれ以上もないほど不機嫌MAXな顔で出迎えてくれた。
ああ、もうすごい怒ってるじゃん、何もしてないのに……とフランスのテンションは急降下だが、ここまで来た以上はそうも言っていられない。

「……ごきげんいかが?」

「いいわけねーだろ、さっさと入れよ」

乱暴にぐい、と腕を引かれ室内に引き入れられる。
座れ、と目線で促されて、言われるまま窓際のソファに座ると、イギリスは腕を組んで向かい合うようにベッドに腰掛けた。

……正直怖い。
イギリスは鋭い目つきで睨み付けているだけで何も言わないし、フランスからも何も言えない……というより、何を言っても怒られそうでどうしたらいいのかわからない。
しいん、と部屋は静まりかえっていて、重すぎる沈黙に耐えかねたフランスは何とかこの空気を変えようと口を開いた。

「なぁ、お前晩飯は?」

「…まだ食べてねえよ」

会議が終わったのは夕方だ。
それからもう数時間も経っているのに、何故食べていないのだろうと何も考えずに疑問を口にする。

「え、何で? 腹減らねえの?」

「減ってるに決まってるだろ!! だから何回も電話したんじゃねーか!」

びゅん、といきなり枕が飛んできて、避ける間もなくフランスの顔面にヒットした。

「もー、すぐそうやって物投げたり手を上げたりすんなっての! 食ってないなら外出よっか? 付き合ってやるよ」

フランスは日本の泊まるホテルで夕食を済ませたので、イギリスに付き合って軽く酒でも飲もうと思った。
すると少しだけ機嫌が回復したのか、イギリスはわずかに表情を緩めて問う。

「…お前は? お前もまだ食ってないのか?」

「俺? 俺は日本とこで食べたけど。ていうかアメリカの味覚ほんと酷いな、お前何食わせてたんだよ。お兄さんちょっとあいつが不憫になっ」

話の途中で二発目の枕がフランスの顔にめり込んだ。
物を投げるな、と言った直後にこれだ。
フランスの言うことなど端から聞く気はないらしい。

「外出んのめんどくせえ。……お前なんか買ってこいよ」

ここが自宅なら食事の一つや二つ作ってやって機嫌を取りたいところなのだが、せいぜいお湯を沸かすくらいしか出来ないホテルの一室じゃそうもいかない。
それ以前にイギリスが何故ふて腐れているのか、フランスに非があるのかどうか理由もわからないうちから彼に従う必要はない。

「やだよ俺お前のパシリじゃないもん。外出んの面倒ならホテルのレストランでもいいじゃん」

「…部屋から出んのがめんどくせえ」

「何でそう我が侭かな、お前…。アメリカもお前のそーいうとこが良くないって言ってたぞー」

アメリカの名前を出してから、ああ、しまったとフランスは口を押さえる。
子供っぽく拗ねているこういうときのイギリスに、弟分からの駄目出しなど逆効果だ。
咄嗟に三度目の枕の攻撃に備えたが、予想外にイギリスは無言でごろりとベッドに転がった。

こちらに背を向けて横になった彼を見て、これでは宥めに来たのか怒らせに来たのかわからないな、と密かに嘆息する。
放っておけばいいじゃないか、というアメリカの科白が頭に浮かんだが、せっかく会いに来たのだからこのまま帰っては無駄足だ。

「……イギリスー? おーい……晩飯は?」

「うるせえよもう帰れお前」

「じゃあルームサービスにしよっか。俺も日本とこでルームサービス頼んだんだよ。えーっと……カレーでいいか」

メニューを開いてイギリスの希望も聞かずにそう言うと、彼はがば、と起き上がり眉をつり上げて怒鳴りつける。

「何勝手に決めてんだよ!」

「あれ? カレー好きじゃなかったっけ? カレーが嫌なら何がいいんだよ。それとも飯いらねえの」

「そっそんなこと言ってねえだろ!」

イギリスが答えるのと同時に、ぎゅる、と彼の腹の音が鳴ったのが聞こえて、フランスは堪えきれずに笑ってしまった。
顔を赤くしたイギリスがまたしても枕を投げつけてきたが、それは命中せずフランスの肩を掠めて床に落ちる。

「物投げるなって。腹減ってんだろ、飯なににする?」

「………カレーでいい」

はいはい、と返事をしてルームサービスに注文を入れると、買ってきたワインを氷と一緒にワインクーラーに入れて冷やしておいた。
一通り食事の準備を済ませてふう、とソファに腰を下ろす。
イギリスに目線を向けると彼はこちらに背を向けてベッドに横になってしまい、料理が運ばれてくるまでどうにも手持ち無沙汰だ。
ふとソファの横に置いておいたスーツケースが視界に入り、一緒にDVDでも見れば少しはイギリスの気も紛れるかもしれないと思った。

「なぁDVD見ねえ? 日本に借りたやつ」

「……帰って自分の家で見ろよ」

「結構おもしろいんだぜー? お前もいつもAVばっか見てないで、こういうのも見てみろよ」

「AVばっかなんて見てねーよ!!! 帰ればか!」

勢いよく起き上がったイギリスは怒った顔でフランスに向き直る。
さっきから何度も帰れ帰れと言われているが、本当に帰ると余計に拗ねてしまうのでそこはスルーだ。
これくらいのことですぐ真っ赤になってしまうなんて、エロ大使のくせに妙に初心なところがある。
イギリスのそういうところは可愛いと思うし、フランスにとって好意に値する一面だった。

「ああ、いつもじゃなくてたまにしか見てないよなー」

ようやくこっちを向いてくれたかとフランスの表情もだらしなくにやけるが、からかうように言ったその科白がイギリスの気に障ったらしく、今までで最速のスピードで枕が飛んできた。
そうくることはわかっていたので、さっと枕を避け そうそう何度も喰らうかよ、 と言ってやろうと口を開いた直後、パシーンといい音がして硬いスリッパがフランスの顔に命中した。

「ざまーみろバーカバーカ! 昔からどんくさいよなー、お前!」

ガキかお前は、と言いたくなるくらいイギリスは楽しそうに笑っている。
自分の用事を早々に切り上げて、手土産まで買って、食事の用意までしてやっているのに、こいつは俺のことをなんだと思ってんだ、と足下に落ちていた枕を投げ返すと、それを余裕でキャッチしたイギリスが倍以上の強さで投げてくる。

枕の投げ合いは徐々にエスカレートし、枕、スリッパ、備え付けのナイトウェア等々、ホテルの備品が室内を飛び交い、最後にはベッドの上で掴み合いの喧嘩になった。
…それから十分後、ルームサービスのカレーが届いたことでようやく一時休戦の運びとなったのだった。

**********

窓際の大きなソファに腰掛け、遅い夕食を摂り始めたイギリスに

「ワイン飲む? カレーに合わないかもしれないけど」

と問うと、彼は ん、 と小さく頷いた。
冷やしていたワインの栓を開けながら、 あれ、さっきまで物投げつけ合ったり掴み合ったり結構壮絶な感じの喧嘩してなかったっけ? 何で俺ナチュラルに給仕みたいなことしてんだろ……おかしくないか、常識的に考えて… と手を止めたが、散々暴れたせいかすでに怒りは引いていた。
まぁもういいか、とイギリスの前に置いたグラスにワインを注いでやる。

(うーん……多分こういうとこがアメリカには甘やかしてるように見えるんだろうな……。俺的にはそういうつもりじゃないんだけど)

イギリスとの喧嘩は日常茶飯事だ。
顔を合わせればどんな些細なことでもすぐ喧嘩になる。
だからこそ怒りが引くのも早いのだ。
その場ですべて発散してしまうから、フランスはいつまでも苛立ちを引きずったりしない。

しかしアメリカはイギリスにねちねちと昔のことを言われたり、弟扱いされたりするのは嫌らしく、そのせいで二人の関係は今も少しぎくしゃくしている。
そういうことがあるからか、喧嘩をしても尾を引かないフランスとイギリスを見て、仲直りが早いのはいつもフランスが折れて宥めてやっているからだとでも思っているのかもしれない。

「おい突っ立ってないで座れよ。お前に見下ろされんの腹立つ」

「はいはいごめんねー」

少しも悪いと思っていない口調で適当に謝って隣に座ると、イギリスは不満げに眉間に皺を寄せたが、ワインを一口飲むとすぐに表情が緩んだ。

「これ美味いな」

「うん、前もそう言ってたから買ってきた」

「…よく覚えてんな、そんなこと…」

顔を背けたイギリスの頬が赤く染まるが、それはワインを飲んだせいだけではないようだ。
イギリスも顔が熱くなった自覚があるのだろう、頬の火照りを誤魔化すようにグラスに残ったワインをぐい、と飲み干した。





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