ヤンデレのお兄さんに死ぬほど愛されて眠れないイギリスの話/01
「じゃあまた来るな」
ティータイムを少し過ぎた頃、イギリスの自宅のリビングでのんびりくつろいでいたフランスは、それだけ言ってようやくソファから腰を上げた。
さっさと帰れよ、といつものように素っ気なく言うと、彼は苦笑してそっとイギリスの手を取り、正面からじっと見つめて 「寂しくない?」 と問う。
寂しくないと言ったら嘘になるが、寂しいだなんて言葉はイギリスである自分が、フランス相手に素直に言えるわけもない。
言えない代わりにわざとらしく溜息を吐いて、いかにも仕方なくという態度を装って玄関まで見送ってやると、ドアノブに手を掛けたフランスは急に振り返って顔を近づけ、イギリスの唇にキスをする。
ちゅ、と軽く音を立て触れ合ったあと、すぐに離れたが不意打ちのようなキスにイギリスは顔を赤くして 「なにすんだ、バカ!」 と声を荒げた。
そんな反応は想定内なのだろう、フランスはおかしそうに笑って 「じゃあな」 と手を振り、イギリスの家を出て行った。
相変わらず恥ずかしい奴、いちいちかっこつけてんじゃねえよ、と悪態をつきながら彼の姿が見えなくなるまで見送って、静かに玄関の扉を閉める。
昨日から一日一緒に過ごしたフランスが帰ってしまうと、一人きりの家はやっぱり少しだけ寂しかった。
…昨日の夕食前、彼は特別用事もないのにふらりとイギリスを訪ねてきて、最終列車がなくなる時間まで居座った挙げ句に帰る足がないだのと言い出し、結局家に泊めることになった。
フランスは勝手にシャワーを使い、寝るときはイギリスの寝室に当たり前のように入ってきて、図々しくもベッドにまでもぐり込んできた。
そればかりか人のベッドを狭いのなんのと文句をつけては必要以上にくっついて、やがて彼の手のひらはパジャマの上から足や脇腹をそろそろと撫で始める。
その手がボタンを外しパジャマの中に差し入れられ、直に肌に触れ始める頃にはどちらからともなく唇を重ね合わせていた。
何度もキスをしてフランスの背に両腕を回して縋り付き、最後には彼の熱を身の内に受け入れて互いに快感を分け合ったあとは、汗ばんだ身体を擦り寄せて眠るのだ。
こういうときは翌日にイギリスが目を覚ますと、あるときはきちんと行為の後始末がされて朝食の準備まで完璧に整っているし、あるときは抱き枕のような状態でフランスの腕の中に収まったまま眠っていて、同時に起きて一緒にシャワーを浴びたりとその日によって目覚めたときの状態はまちまちである(ちなみに今日は平日で仕事があるため、彼は先に起きて朝食の支度をしてくれていた)。
その後は昼過ぎまで用もないのに居座り続け、くだらない世間話をしたりイギリスをからかったりして、今やっと帰って行ったのだった。
別れ際にはキスや抱擁は当たり前で、そんなふうにされるとまだ帰って欲しくないような、離れがたい気持ちが芽生える。
それをごまかすように、イギリスはいつも怒ったように怒鳴りつけて彼を追い返しているのである。
フランスとこんな親密な付き合いが始まって、十年が経っていた。
口ではなんだかんだと文句を言いつつ密かに彼のことをずっと想い続けてきたイギリスは、フランスに 「付き合って欲しい」 と言われて、どうしてもっていうなら仕方ねえなというような、もったいぶる素振りをするのも忘れて即座に頷いた。
国として長い時間を生きてきたイギリスにとって彼と恋人として付き合った十年は大した長さではないが、まだまだ浮かれた気持ちは収まらないし今までよりも多くの時間を一緒に過ごす甘い日々はとても幸せだった。
けれども十年経つと、最初は恥ずかしくてたまらなかった甘ったるい雰囲気や互いの肌に触れ合うことにもそれなりに慣れてきて、最近では優しいばかりのフランスにほんの少しだけ物足りなさを覚えていた。
もちろん優しい彼は好きだし、そういうところを好きになった。
でもたまにはもっと束縛したり意地悪なプレイをしてもいいのに、と密かに思っているのだ。
これは贅沢な悩みである。
わかっていてもイギリスはしばらく前からそんなことを考えていて、あるときフランスを散々酒に酔わせてベッドに誘ってみたが、酔っていてもやっぱり触れる彼の手指は優しかった。
(なんつーか……もっとこう、……ちょっと乱暴なくらいが燃えるのにな)
一人リビングに戻ったイギリスは、ソファに腰掛けて昼間だというのに真剣にそんなことを考えていた。
そもそもイギリスとフランスの歴史は戦いの歴史でもある。
虐げたりその逆もあったり、フランスとはとにかくケンカばかりしていたので、優しく大事にされるのは嬉しいけれどなんともくすぐったい。
たまには昔みたいに全身を縄で拘束されたり、いやらしい言葉で責められたり、冷たい瞳で見つめられたりしてみたいのだ。
それらを想像するだけでぞくぞくして、身体の芯が酷く疼く。
…要するに、イギリスはフランスとそういうプレイがしたくてたまらないのだ。
しかしそんなことは口が裂けても言えない。
そんな浅ましい願望を言おうものなら、またエロ大使だなんだとからかわれるのは目に見えているし、なにより「いつものやり方じゃ物足りない」だなんて、どう考えてもフランスのプライドを傷つけてしまいそうな言葉を言うのも躊躇われた。
彼と抱き合うことには十分満足しているし、この気持ちは物足りないというと違う気がする。
優しく触れられるセックスに慣れてしまって、少し、ほんの少しだけ刺激が足りないと思うのだ。
イギリスにとっての十年間はわずかな時間でしかないが、その十年の間に繰り返された彼と会ってキスをして抱き合う行為は惰性というか、ちょっと新鮮味に欠けてきたというか、上手く言えないけれどそういう感じだ。
今のフランスは過去の強さはどこに消えてしまったのかと問い詰めたくなるほどへたれている。
昔から間抜けなところがある奴だと思っていたけれど、最近はとみに酷い。
それにこの十年で知った彼の性癖はごく普通で、恋人を縛り上げたりだとか、イギリスが望むような行為には興味がないらしいのだ。
そんなフランスにそういう刺激的なプレイを求める方が間違っているのかもしれないが、一人のパートナーと長く恋愛を楽しむにはたまには変わった趣向も必要なのだとイギリスは思う。
思うけれど、現状は上手くいかない。
イギリスはもどかしい気持ちを抱えてクッションを強く抱き、物憂げに溜息を吐いた。
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それから数日後、イギリスは自室のベッドの上に寝転がり、あれこれと考えを巡らせていた。
脳内会議の議題はもちろん、マンネリ化してきた恋人とのセックスについてである。
どうしたらフランスが獣のごとく自分を求めてくれるのか、このところイギリスの頭の中はそんなことでいっぱいだった。
日々の思考を占めるのがそればかりだなんてつくづく今の世は平和だと実感しつつ、ひたすら考え事にふけっていた。
「……そうだ」
ふと、簡単に思い通りに出来る方法を思いついて、イギリスはベッドから身を起こした。
引き出しの奥から大切にしまっておいた魔法のステッキを取り出して、にやりと笑う。
「こういうときこそ俺の奇跡の力の出番じゃねえか!」
ステッキを手にぱぁっと顔を輝かせ、早速フランスをどんなふうに変えてやろうかと、まずはメモ用紙に今の願望を書き出してみることにした。
「…とりあえず…、もっと嫉妬深くてもいいよな。あいつ俺が他の誰にも相手にされてないと思って、嫉妬したとこなんか見たことねえし」
逆にイギリスはフランスと付き合う前は、彼の浮いた噂を聞くたびに嫌な思いをしたものだ。
一度くらいは嫉妬するフランスが見てみたい。
「それから…エッチのときはちょっと乱暴な方がいいよな。いつも優しすぎるんだよ、あいつは」
女だったらそれでいいかもしれねえけど、とぶつぶつ言いながら、どうしようもない願望をメモ帳に次々と書き綴っていく。
初めのうちこそ「なにを書いてんだ俺は」と心の内に秘めていた願望をさらけ出すことに羞恥を感じていたけれど、いろいろと書いているうちにすっかりノリノリになってしまい、メモ帳はあっという間にイギリスの願望で埋まってしまった。
イギリスの書いたメモの内容を見る限りでは、このフランスはただのろくでなしである。
これでは救いがない。
どんなに酷い扱いをされても、そもそも好かれているという前提がなければ意味がないのだ。
「で、……俺のことをものすごく愛してる…、これは譲れねえな」
なんだかんだと長文でごちゃごちゃ書いたが、要約すれば 「嫉妬深くてベッドでは意地悪だけど、イギリスのことをとても愛しているフランス」 ということになった。
いつものフランスからは想像もつかない設定に、イギリスの胸はドキドキと高鳴る。
本来なら奇跡の力を使う相手が目の前にいないと今ひとつ効果が薄いのだが、遠距離でもフランスくらいの距離なら何とかなるだろう。
イギリスはステッキを振り上げると、フランスがいるであろうパリの方角に向けて「ほあた!」というかけ声とともにステッキを振る。
その直後、きらきらとした煙が周囲を包み、それはあっというまに霧のように消えた。
奇跡の力は発動したが、魔法がきいたかはフランスに会ってみなければわからない。
今すぐ確認しに行きたい気もしたが、週末にはゆっくり時間も取れるしそれまでの我慢だ。
次に会うのが楽しみだな、とイギリスはうきうきとした気分でようやく仕事に取りかかった。
……その日の晩のことだった。
夕食を済ませてシャワーを浴び、今日はそろそろ寝ようとベッドにもぐり込んだ。
すぐにうとうととまどろみ意識を手放しかけたところで、玄関から聞こえたドンドン、という大きなノックの音で眠りの淵に落ちかけていた意識が引き戻される。
乱暴にドアを叩く音は止まない。
こんな時間に何ごとかとイギリスは身を起こしてベッドを降り、不審者かと念のため拳銃を懐に忍ばせてそっとドアへ近づいていく。
ノックの音はますます激しさを増し、その異常さに恐怖心もわずかに芽生えたがそっと覗き窓に顔を近づけて外の様子を窺うと、玄関に立ってノックをしていたのはここにいるはずのないフランスだった。
こんな時間になにしてるんだこいつ、と驚いて、イギリスは考えるより先に急いでドアを開けた。
「うるせえな、チャイムがあるだろうがっ、ってか、こんな時間に何しに来たんだよ!」
あまりに非常識な訪問に思わず怒鳴りつけると、扉が開くなりフランスはイギリスの身体をぎゅうっと強く抱き締めた。
そして耳元でぽつりと呟く。
「…どうしても今会いたくなったから」
それだけの理由でわざわざこんな遅い時間に来たのだろうか。
彼がアポなしでイギリスの家を訪ねてくるのはめずらしいことではないけれど、こんな夜もふけた頃に来ることは滅多にない。
何かあったのだろうかとイギリスが訝しげに目線を上げると、フランスの顔が目の前に近づいて唇を塞がれた。
「ん、…っ」
唇に噛みつくような荒々しいキスに、イギリスは彼の肩を押し返して顔を背けた。
「な、なんなんだよっ、お前いきなり…!」
「だって何度も電話したのに出なかった。いつもはすぐ出るのに。どこか出掛けてたのか?」
「はぁ? 別にどこにも……お前が電話したの、風呂にでも入ってるときだったんだろ」
「ほんとに?」
「なに疑ってんだよ、…なんで俺がお前にそんな嘘つかなきゃならねえんだ?」
「うん、…そうだな。そうだよな」
フランスは目線を落として覇気のない声で答える。
口では納得したように言っているが、その口調は妙に暗い。
しばらく二人の間に沈黙が落ち、なんだか変な空気だ、とイギリスが居心地の悪さを感じ始めたとき、フランスはまた小さく呟くように言った。
「…今日、泊めてよ」
さすがにこんな深夜に帰れとは言えない。
けれども何やら様子のおかしいフランスに、イギリスは違和感を感じていた。
明らかにいつもと違う彼の態度に、ふと、こんな時間に些細な理由で急に訪ねてきたのは自分の奇跡の力がきいたからではないだろうか、と思い当たった。
それならフランスの妙な行動の説明もつく。
次に会うときまで奇跡の力の効果は確認出来ないと思っていただけにこの展開は予想外で、イギリスはドキドキしながらフランスを家の中に招き入れた。
「…紅茶飲むか?」
「うん」
温かい紅茶を淹れて彼の隣に腰掛けると、強く手を握られた。
「…ね、一緒に寝ていい?」
フランスの言葉の意味は、きっと言っていることそのままではない。
一緒に寝ればいつも抱き合って眠るのが常で、彼の意図を察したイギリスは頬がかぁっと熱くなり慌てて握られた手を振り解く。
「俺は明日も仕事があるんだよ! 今晩は泊めてやるけど部屋は別だ。しゅ、週末は空いてるし、……それまで我慢しろ」
「……うん」
思ったよりもすんなりと引いてくれたことにほっとした。
紅茶を飲んで少し落ち着くと、二人で二階へ上がりフランスを客間に連れて行ってからイギリスも寝室に戻った。
こんな時間にいきなり来るなんて驚いたが、会いたかったと言われるのは嬉しい。
本当はイギリスもフランスと寝たかったけれど、明日の仕事に支障が出ては困るので仕方がない。
しかしメモ帳にごちゃごちゃと書いたわりに、フランスに大きな変化はないように思える。
確かに普段とは様子が違うが、イギリスが望んだような少し乱暴で強引、という部分は見えてこなかった。
やはり遠距離では上手く奇跡の力の効果が出なかったのかもしれない。
週末にでももう一度奇跡の力をやり直すことにして、その日はそのまま眠りについた。
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