円堂は学校から家に帰ると、私服に着替えて試合のビデオを抱え、風丸の家へ遊びに行った。
下心のジーンズ
- 前編 -
「いらっしゃい、円堂」
玄関で迎えてくれた風丸はまだ制服姿。今日は彼女の家族は用事でおらず、一人きりだった。
「早すぎ」
「すぐ行くって言ったろ?だからすぐ来た。お邪魔します」
ニッと歯を見せて笑う円堂は、走ったのか息を乱している。
「あっちに座ってて。テレビも勝手につけていいから。着替えてくる」
「うん。ビデオつけていい?」
「いいよ」
あっちというのは居間を指す。円堂は今のソファに座り、ビデオの設定を始めた。
ところが。以前、訪れた時のものではなく買い換えられており、設定がわからない。思い起こせば、風丸の家に来るのは随分と久しぶりのような気がした。月日を計算すればそれ程でもないが、あまりにもここ数ヶ月の出来事は濃厚で、学校など一度破壊されたくらいである。
風丸とは行き違い、正面からぶつかり合ったが全てが終わった今、二人はより仲を深め、友達以上の関係を築いていた。俗に呼ぶ、恋人ではあるが、まだその名には慣れていない。
「円堂。お待たせ」
風丸が私服に着替えて、ジュースを持ってやってくる。
「有り難う」
ジュースを受け取ってから、円堂は風丸の姿を眺めた。
彼女はポニーテールを下ろし、ゆったりとしたトレーナーにジーンズという露出のない服装だが、制服よりユニフォームよりジーンズが本来の足の輪郭を映し出す。陸上で鍛えられた足は脂肪が少なく、細いのに健康的なしなやかさを持っていた。
「どうした?」
「あのさ、ビデオの設定がわかんなくって」
「円堂はウチのビデオ替えたって知らなかったか」
風丸は円堂の隣に腰掛けてリモコンでビデオの設定に切り替え、デッキに円堂の持ってきたカセットを挿入し、起動させる。
「お、始まった始まった」
「なっつかしいなぁ!」
風丸は自分の分のジュースを口に含み、少し離して床に置く。
そうして背もたれに寄りかかり、布を擦らせながら円堂の肩に寄りかかった。
「え?」
円堂は目をぱちくりさせて風丸を見る。
「風丸、なに?」
なぜ隙間はあるのに風丸とくっつく理由がわからなかった。
「なにって、駄目?」
間近で、風丸の瞳が円堂を見据える。
「!」
驚きに目が見開かれ、胸がどくんと高鳴った。
次に顔が熱くなっていく。
「ごめん」
風丸は傾きを戻し、座り直した。
「え、なに、なに、が?」
「円堂は普通にサッカーが観たいんだろ?」
「普通?どういう意味?」
「………………………………」
ふー。風丸は息を吐き、放った。
「二人きりだからさ、円堂とくっつきたかっただけ」
「あ…………。俺はてっきり、風丸が狭いのかと思った」
「なわけないだろ」
「だからさ、わかんなかった」
呆れながらも微笑む風丸に、今度は円堂が寄り添ってくる。
「俺も風丸にこうしたい」
笑って見せる円堂の頬はほんのりと染まっており、胸はまだどくどくと鳴って鼓動が大きい。
「そっか。嬉しい」
風丸が頬を摺り寄せてきて、ぶつかった腕と腕の先で手を握り、指を絡めあう。
恋人みたいな、テレビや漫画で見たような繋ぎ方をした。
テレビから流れる思い出の試合の数々は、面白くて楽しい。
けれども、いまいち集中ができなかった。
好き合う二人が一緒にいれば、血潮が沸き、おかしな気持ちになってくる。
サッカーはいつでも出来るようになった安堵感が、さらなる欲求を囁いてくる。
「………………………………」
まずいな。
風丸は雰囲気の危うさを察し、言い訳を頭で巡らせながら手を離そうとした。
「円堂。あのさ」
絡み合った指は硬く、ぐっと引っ張られるような感覚に陥る。
「なに?」
「なんでも、ない」
細く、呟くように風丸は俯く。
「風丸…………」
「うん?」
「なんでもない」
円堂も風丸と同じ気持ちだった。非常にまずい衝動が、胸の奥底から湧き上がっては理性で留めている。
しかし瞳は正直に、風丸の太股ばかりを凝視していた。
膝を曲げ、座る事により、むっちりと肉感を想像させる輪郭を描いている風丸の足は、触ったらとても気持ちが良さそうだった。
「………………………………」
ぐっ。風丸は円堂に悟られぬように生唾を飲む。
円堂の視線はとっくに気付いていた。いつもなら一にサッカー、二にサッカーなのに、こんな時に普通の男子のような目で見てくる。こんな時だからこそだなんてわかっているが、どうしたら良いのか風丸にはわからず困惑してしまっていた。
どくどく、どきどき、ぎりぎり。
心臓は落ち着かない、身体の節々は行動に戸惑い、じれったさに我慢の限界はより距離を縮めている。
“ゴール!”
テレビの中のコールが、二人の中でスイッチのように気持ちを切り替えさせた。
「風丸!」
円堂が振り向き、風丸の肩を力強く抱く。
「えー………あーっと…………」
だが先が続かず、言葉を濁して口をぱくぱくさせた。
「えんどう」
風丸は口元を綻ばせ、円堂の唇に啄ばむように触れてくる。
それが合図だったように、円堂は力任せに風丸の圧し掛かり、倒してきた。
「あ…………」
ソファの表面と衣服の布が擦れ、風丸の足が片方浮き、横になれるように体勢を変える。
円堂は風丸を強く抱き、肩口に顔を埋めてから、彼女の顔に口付けを落としてきた。
「円堂、くすぐったい。円堂」
胸を上下させて風丸は笑うが、円堂は訴えに耳を貸さず、やめようとしない。
ちゅ、ちゅっと唇特有の音が鳴り、下肢の方では四本の足が絡み合っている。
「ひい、そこ駄目、笑う!」
顔を背け、ひいひいと風丸は笑い続けた。
「風丸は笑いすぎ」
円堂は顔を上げ、不機嫌そうに唇を尖らせる。
「お前がそのつもりなら、こうしてやるっ」
手をわきわきと蠢かせ、えいっと声を上げて風丸のトレーナーの中に突っ込んでわき腹をくすぐった。
「あはは、あは、はははははははははは!苦しい〜しぬぅうう〜っ」
風丸はじたばたもがくが、円堂は逃げないように押さえ込み、容赦のないくすぐりを味あわせる。
笑う風丸は目に涙を浮かべ、顔を真っ赤にさせて呼吸困難になっていた。
「はぁ…………っ!」
突然上がった高い音に、二人は同時に硬直する。
いつの間にか風丸のトレーナーは捲り上がり、乳房を覆う下着が見えてしまっていた。日に焼けていない真っ白な腹部も丸見えだった。
どくん!
円堂の内側を揺らす衝動を感じた時には既に遅い。
中心は正直に反応し、風丸も衣服越しに気付いてしまった。
「円堂…………」
「しょ、しょうがないだろっ」
円堂は羞恥に昂りを隠そうとするが、隠すだけでなんの解決にもなっていない。頭は風丸と性的に交わりたい想いでいっぱいになった。
「…………どうする」
風丸は問うが、喉で声が震える。
「へ?」
「どうするのかって聞いた」
「どうするもなにも、駄目だろ」
「なんで?」
「なんでって……」
「………………………………」
風丸はつぐんだ口をもごもごさせ、視線を彷徨わせながら、独り言のように呟く。
「…………いいよ」
「はぁ?」
「いいよ、円堂なら。円堂、好きだもん」
「俺だって、風丸が好きだよ」
「じゃあ、決まりじゃん」
「………………………………」
視線が交差し、円堂は無言でこくんと頷く。
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