下心のジーンズ
- 後編 -



「とは言ったけれど、どうしよっか」
 風丸が上着を握り締めながら、円堂に問う。その様子だけで彼女の不安が伝わってくる。
 円堂としてはどうにか安心をさせたいのだが、気の利いた言葉が思い浮かばない。
「風丸、嫌だったらすぐに言ってくれよ」
「まだなにもする前から言うなよ。円堂……嫌なのか?」
「違う。俺は風丸の嫌がる事だけはしたくないんだ」
 訴える円堂に、風丸はくすくすと笑い出した。
「変な事言ったか?」
「ぜーんぜん。円堂がいつもの円堂だから、気が抜けちゃった」
「いつも通りじゃないって。俺……すげえ緊張してる……。試合とは全然違うし」
 円堂は風丸の手を捉え、自分の胸にあてさせてみせる。どくどくと忙しない鼓動が伝わってきた。
「そりゃそうだ。十一人じゃなくて、二人でするんだから」
 風丸も胸に円堂の手を引き寄せた。
「……な?」
 俯く風丸の顔が髪で隠れる。円堂と同じくらい鼓動が高鳴っていた。
「うん」
 円堂が顔を寄せ、風丸の前髪を指先で避けて額に口付ける。
 すると、風丸が俯いたまま上着を捲し上げてきた。
「えっ、脱ぐのかっ」
「脱がなきゃ始まらないだろ」
「でも」
 視線は風丸の下着に釘付けになってしまっている。
「円堂も脱げよ」
「あ、うん」
 円堂は上半身を起こし、風丸に跨る体勢で上着を脱ぐ。
 鍛え上げられた筋肉が露になり、風丸もつい視線でチラチラと覗いてしまっていた。
 円堂に気を取られながら、指は下着のブラジャーのワイヤーを弄りだし、静かに外してから手で隠す。
 その仕草がもったいぶっているように円堂には映り、暴いてみたい欲求が疼いた。
「見せて」
 正直に放ってしまう。
「大したもんじゃないぞ……」
 恐る恐る手を外して見せた。
 風丸の乳房はささやかなものではあるが、ふっくらとした膨らみは柔らかく、暖かそうで、気持ちの良さそうな期待がこめられている。
「触って、いい?」
「いいよ」
 恐る恐る手を伸ばす円堂。
 今、頭の中はすけべな気持ちでいっぱいだった。
 近い距離が、見透かされてしまうかもという罪悪感を走らせる。しかし止まれはせず、とうとう乳房を包むように、片手が触れた。
 人の肌の感触がして、じんわりとした体温が生暖かい。そっと力を加えてみれば、風丸が痛がった。
「痛っ」
「ごめん」
 吃驚して身体を離そうとした円堂に、風丸は長い髪を指で避けながら彼の首へと回してくる。
 裸の胸と胸を合わせ、二人は硬く抱擁をした。


「ね。ここ、いい?」
「うん」
「ここは?」
「うん」
 問いかけあいながら、二人は互いの身体に触れ、愛撫をする。
「へへ」
 円堂は風丸の腕を摩り、笑みを漏らした。
 肌の触れ合いが心地よく、風丸との仲が深まるのが純粋に嬉しいのだ。
「えーんど」
 ぺろり。風丸が円堂の頬を獣のように舐め上げた。
 触れ合いにより緊張が解れてきたのか、じゃれてくる。
「くすぐったいよ」
 仕返しとばかりに円堂は風丸の腹を舐めてきた。
「うわ」
 こそばゆさにぶるりと震える。
 円堂は“しめた”という気分になり、風丸のジーンズの留め金を外してきた。
 ジーと、ファスナーを下ろせばショーツが見える。
「白」
「悪いか」
 ムッとさせる風丸の足を押さえ、円堂はジーンズを引っ張って剥ぎ取ろうとする。
 ぴったりと脚の線を浮き立たせるジーンズは脱がせ辛い。徐々に露になっていく風丸の足はつるりと眩しく、身を剥いだ魚のように新鮮で美味しそうだった。
 男の中心ははちきれんばかりに、もう辛抱が限界で股間が窮屈でたまらない。
「風丸…………もう、俺」
 円堂も己のズボンを下ろすと下着までずれて、欲望でいっぱいになった性器が飛び出てしまう。
「わ!うわっ」
 二人の上がった声が重なる。
 円堂は手で性器を隠し、風丸は両手で顔を覆い、指の隙間から見詰めた。
 少しだけ見えてしまった円堂の性器は、彼の童顔には不似合いな、ある意味グロテスクのように映る。けれども風丸にとっては“あんなの、入るのか”という性交への心配の方が気になっていた。
 欲情をしているのは円堂だけではない。風丸もだ。
 秘部は疼き、濡れてしまっているのをショーツの感触で理解している。円堂のものを見た癖に、自分のは悟られたくないと腰の位置ばかりに意識が向いてしまう。しかしそれも無駄になる。
「風丸」
 円堂の手が風丸のショーツを下げようとしてきた。
 これは最後の一枚。円堂の緊張がピークを通り越してしまっているのを風丸は察していた。風丸の羞恥も、もはやなにがなんだかわからないくらい暴走していた。
「………………………………」
 風丸は応えず、円堂の手に触れてきて動きを合わせてくる。
 どくん。どくん。耳からではない、頭から、鼓動の幻聴が聞こえてきた。
 布擦れが、高い音のように頭の上をキリキリと刺激してくる。
 やがて影になってはっきり見えないものの、風丸の性器が露になった。それでも濡れそぼっているのはわかり、食べ頃の果実のような瑞々しさと甘い女の色香を放つ。
「えんどう」
 細く囁き、風丸が身を寄せてくる。
「かぜ、まる」
 円堂は抱き締め、彼女の髪を優しく撫でた。
 お互いに震えていた。震えながら、二人は交わろうとしていた。


「か、かぜまる。その、いくぞ」
 円堂は己の性器を持ち、風丸の性器にあてる。もうそれだけで果ててしまいそうになるが、なんとか気合で我慢を決め込んだ。
 ほんの少し腰を沈めようとすれば、風丸が痛みを訴える。
「いたっ、痛いっ」
「ごご、ごめん」
「痛い、痛いよ」
「う、うん。わかってる。わかってる」
 数回の試みの後、やっと性器が挿入された。
「は――――っ……は―――――――っ…………」
 風丸は何度も深い呼吸を繰り返しながら、円堂を受け入れる。
「かぜ、まる。かぜまる」
 ソファに手を突き、身体を支える円堂の肘はがくがくと震えていた。別に重いのではない、なのに震えて震えて止まらないのだ。
「う、くぅ」
 低く呻き、腰を揺らしだす円堂。
 内で擦られる感覚が一気に走り抜け、咄嗟に引き抜いた途端、欲望がはじける。
 どくどくと放たれた白濁の液は風丸の足を汚した。
「…………はぁ……」
 気だるそうな息を吐く円堂。そんな彼を見詰める風丸の、引き抜かれたばかりの性器はひくひくと痙攣して、熱は引いていなかった。


 丸められたティッシュが綺麗な円を描いてゴミ箱の中に落下する。
 情事を終えた二人は後片付けを行っていた。
「風丸、ごめんなぁ。下手くそで」
 衣服を正し、背を向けながら円堂が詫びてくる。いつどんな時も真っ向勝負の彼には珍しい態度であった。幻滅はない、寧ろ新鮮で愛おしく風丸には映る。
「円堂だけが落ち込む事ないって」
 風丸も背を向けて言い、振り返って小さく付け足す。
「また、すればいいだろ」
「!」
 微かな呟きに円堂は反応して振り向いてきた。
「風丸…………!」
 円堂の呼びかけに風丸は笑みで返す。
 その笑顔に安堵を覚えながらも、視線はつい下の、ジーンズへ降りてしまう。
 そのジーンズの裏の、彼女の素足を思い出し、尚且つ自分が体液で汚してしまった姿まで浮かんでくる。しばらくは彼女の足を見る度に、二人だけの秘めた記憶を呼び起こしてしまいそうだった。










Back