夏。蝉が鳴く鉄塔――――。
 日が暮れ、夕闇に稲妻町が染まるとシンボルが明かりを灯す。四十年ぶりに輝くシンボルは稲妻町に活気を与えた。そこで生活をする者は、さらなる盛り上がりを期待せずにはいられない。
 この日。イナズマイレブンこと雷門中サッカー部は一番街チームのサリーの店“金閣寺”に呼ばれた。



夏祭り
- プロローグ -



「皆、集ったわね」
 ふふ、サリーはにっこりと微笑む。彼女の前では娘のまこが麦茶を配っている。
「あ、まだ円堂と壁山が」
「特に問題は無いわ。簡単な説明だから、来たら話をしておくから」
 口を挟む風丸にサリーは軽く流した。
「貴方たちを呼んだのは、稲妻町のシンボルを蘇らせてくれた功労者だからよ。あれから稲妻町に来る人が増えて、商店街は大助かりよ」
 サッカー部の面々に笑みが浮かぶ。
「近々夏祭りがあるのは知っているわよね。これを利用しない手は無いと思ったの。ズバリ、町おこしをするべきだと」
「ま、町おこし!?」
 声をそろえて驚く雷門一同。
「これを見て欲しいの」
 サリーが後ろに置いてあった包みを解き、皆に見えるように高く上げる。それは稲妻の模様が鮮やかな女性ものの浴衣であった。
「可愛い!」
 木野と音無がまず飛びつく。近寄って柄を興味津々に眺める。彼女たちの数歩後ろでは夏未が満足そうに微笑んだ。
「良い浴衣ね。雷門中指定の浴衣にしたいくらいだわ」
「男の子のはまだ完成していないのよ、今日見せられなくてごめんね。貴方たちにはこの着物を来てお祭に出て欲しい。お願いできるかしら?」
「もちろんでやんす」
「ええ、もちろん」
 挙手をする栗松の横で目金が眼鏡のフレームを指で押し上げる。
「良かったわ。きっと良いお祭になるから、お友達も呼んで楽しんで」
「お友達かぁ」
 呟く一之瀬に、土門が肩を叩いて“西垣を呼ぼう”と話し、賛成と笑う。鬼道は帝国の人間を呼ぼうと思い、一人口元を綻ばせた。
「飾りも用意してあるのよ。ちょっと合わせてみたいから女の子だけ残ってくれるかしら」
「はーい」
 上機嫌で返事をするマネージャートリオ。
「浴衣姿見たいなー、なんて」
「当日のお楽しみにしていて」
 あっさりと返すサリー。ぞろぞろと帰っていく男たちの中に、風丸と豪炎寺も店を出ようとした時である。
「あら、そこの二人はどこへ行くつもりなの?」
 ぎくっ。二人の背中が大きく上下した。
「貴方たちも女の子よねえ」
 つかつかと靴を鳴らして歩み寄り、回り込んで店の中へ入れる。
「ゆ、浴衣とか着た事無いし……」
 引き攣った笑みで言う風丸の横で、豪炎寺がうんうんと頷く。二人とも女らしい服装は制服で精一杯で苦手としていた。
「着た事がないなら尚更、着て見なさいよ」
「風丸はともかく、私には似合わない」
 風丸を見捨てる発言をする豪炎寺。風丸はというと、目を丸くして口を魚のようにぱくぱくとさせていた。
「そうかしら、二人とも似合うと思うわ」
 サリーが豪炎寺の髪を後ろから指を入れて撫でる。
「ご、豪炎寺が着るなら着ますっ」
「じゃあ決まりね。着て頂戴」
 女将の手が二人の肩に乗った。軽く乗っているだけなのに、どんな力でも引き剥がせないような気がした。


 試着は音無がする事になり、店の奥に入り、浴衣を着て戻ってくる。
「音無さん、良く似合っているわ」
「音無、似合うよ」
 木野と夏未、風丸と豪炎寺が音無を口々に褒めた。
「お世辞でも嬉しいです」
 照れ笑いを浮かべる音無が履く下駄や帯にも稲妻の形をした小さな飾りが付けられている。
 そんな中、丁度円堂と壁山が店に入ってきた。
「遅くなりました、すみませ……って」
 音無の浴衣姿につい指を差す円堂と壁山。待ってましたとばかりにサリーが夏祭りの説明をした。
「良いっすね〜楽しみっすね〜」
 壁山がもう当日の想像に花を咲かしている。
「そうだなー楽しみだな。俺たちの浴衣も楽しみにしてます」
 円堂がサリーに笑いかけると、次に風丸を見た。
「風丸もあれ着るのか」
「え、ああ……そうだけど」
 なぜだか気恥ずかしくなり、口をもごもごさせて風丸は返事をする。
「ちょっとは“オシトヤカ”になるんじゃないかぁ?」
 あはは。円堂は声を上げて笑う。
 円堂と風丸は幼馴染であり、二人は幼い頃からサッカーを中心にした活発なスポーツで遊んできた。そのせいか彼らの間には男や女などといった感覚が薄く、ときどきこうして円堂は風丸に対してだけ女らしさをネタにした発言をするのだ。
「無理だって無理っ」
 その度に風丸はノリで返すのだが、中学に入ってから――いやサッカー部に入ってから胸の奥がチクリと痛み出していた。マネージャー陣は薄々感付いてはいるのだが、本人がそんな話題を嫌うので口に出せないでいる。
「あらボウヤ、この娘はすんごく見違えちゃうわよ。ねえ?」
 覗きこむように同意を求めてくるサリーに、風丸の頬が赤らんだ。熱を冷ますように、ぶんぶんと首を振って俯く。
「それは無いですよ〜」
 ぱたぱたと手を振る円堂に、風丸の中で何かが切れる。
「円堂のばーか」
 つんとそっぽを向き、大股で店を出て行ってしまった。
「なんだよ、そんなに怒んなくても良いだろ」
 言い返す円堂だが、周りの刺のある視線を感じ、彼女を追って店を出る。
「まったく……」
 腰に手を当て、溜め息を吐く豪炎寺。
 呆れる一方で、冗談を言い素直に怒れる彼らにどこか憧れるものを抱いていた。






「なんだよ円堂の奴。そりゃどうせ似合わないなんてわかってるっつーの」
 風丸は帰路を歩きながら唇を尖らせる。不意に携帯が鳴り、取り出してみると円堂からのメールが届いていた。大方、風丸が見つからなかったか、顔を出すのが気まずいのかのどちらかだろう。
 “ごめん。ちょっと言い過ぎた”
 “ちょっと”に引っ掛かるものはあるものの、風丸は返信を出す。
 “もういいよ”
 円堂を許した。するとまた円堂からメールが送られる。
 “夏祭り、行こうな”
 祭への誘いに口元を綻ばせ、すぐに"うん"と返信を出した。
 一方、マネージャーたちと共に店を出た豪炎寺が彼女たちと別れて家に着こうとする頃、携帯電話が鳴る。相手は前の学校の監督・二階堂からだ。電話を落ち着かない手つきで持ち返して、耳に寄せる。二人は元監督と生徒という関係から脱し、想いを寄せ合う関係へと変化していた。
 “なあ豪炎寺。稲妻町で今度、祭があるのか?”
「えっ?」
 思わず出た声が通ってしまい、道を行く人に振り返られた。
 “今日は練習が長引いて、西垣が言ってきたんだよ”
 西垣――――金閣寺での土門と一之瀬の会話を思い出して理解する。伝えるのが早すぎだ。
「……はい。引っ越してからは初めてなので楽しみです」
 “そうか。結構良さそうな祭りだそうじゃないか。写真でも撮って携帯で送ってくれよ”
「あ、あのっ」
 考える前に身体が突き動かされ、豪炎寺は放つ。
「二階堂監督……お暇でしたら……一緒に、見に……行きませんか…………」
 言い終え、口を閉ざすと喉がごくりと音を立てる。夏の暑さか、こめかみを汗が一筋伝った。
 “良いのか?お友達と行かなくて”
「か、かか、監督と、行きたい!…………です」
 “わかった。行くよ”
「はいっ」
 その後、少しの雑談をして電話を切る。
「はぁ…………」
 携帯を閉じると豪炎寺はふらふらと道の壁に寄りかかった。とても気力を使ってしまったような脱力感がする。
「はぁ、はぁ」
 胸に手を当てて、深呼吸をした。心臓がばくばくと忙しくなり、顔はたぶん真っ赤だろう。
「は………………」
 口を開けたまま、息を止める。思えば、このような約束をするのは二人の関係が変わってから初めての事だ。これは俗に言う“初デート”という奴かもしれない。しかも女女した浴衣を着なければならない。
 脳裏に二階堂が自分を生徒でも子供でも無く、一人の女性として接してくれる妄想が瞬時に過った。
「――――!」
 身体の向きを瞬時に変え、壁に手をついて額を付ける。
 どうしようどうしようそんな事やあんな事になったらどうしよう――――。想いばかりが暴走して、ごつごつと壁に額を意味も無くぶつけていた。










Back