夏祭り
- 風丸side後編 -



 円堂と豪炎寺とはぐれた風丸と二階堂は雑談を交わしながら、神社を目指す。
「木戸川の方にはこういった縁日みたいなものはあるんですか」
「あるよ。豪炎寺も妹さんを連れて、よく行ったらしい。私は主に見回りだけれど」
「ははっ」
「雷門の方には色んなものがあるんだな。女の子の化粧品なんてのもあるのか」
 横を指差す二階堂。少女用の簡易的な“お洒落道具”が売られていた。
「私も初めて見ました……」
「そうだ。豪炎寺が妹さんにお土産になるものが欲しいって言っていたんだ。もう円堂くんに話はしていそうだが、風丸さんは何か知らないか」
「うーん……食べ物や生き物はなんですし、病室に置けるものなんてどうでしょうか」
「なるほど……いい考えだ」
 二人は店を回り、良いものはないかと探す。途中、二階堂は店の人間から呼びとめられる。
「あー、そこのお父さん、お父さん」
「…………………………」
「貴方だよ、貴方」
「え、私ですか?」
 漸く二階堂は自分を指差し、振り返った。
「いえ私は」
「娘さんと二人でお参りかい?良いねえ。青い髪が良く似ているね」
 二階堂の言葉を遮る店主。確かに二人の髪は青いが濃淡が全く違う。二階堂は苦笑を浮かべ、視線で風丸に“すまない”と詫びる。
「どうだい、お父さん。娘さんに一つ」
 手の動きで品物を紹介した。色とりどりの花飾りが並べられている。店主はまた別の客を呼び寄せだした。
「二階堂監督、これ豪炎寺の妹さんに……」
 風丸は花飾りを一つ取り、二階堂に見せる。
「丁度良いかもしれないな。だが生憎、私はセンスが無いんだ。風丸さん、良いのを選んでくれないか」
「ええ、私もセンス無いですよ」
 手をパタパタと風丸は振った。
「お互い様って事で、二人で選びましょうよ」
「わかった」
 こうして二人は豪炎寺の妹・夕香に似合う花飾りを選び始める。
 黙々と探すのもなんなので、風丸はふと過った事を口にした。
「あの……豪炎寺にもどうでしょうかね」
「髪の毛を立てたら、付ける場所がなさそうだぞ。それより風丸さんも自分の分を買ったらどうだ」
「えっ?」
 手の動きが止まる。自分の分など考えてもみなかった。
「うん?アクセントにどうかなと思って。試合の時は結んでいたよな」
「に、似合いませんよ」
 妙に前髪が気になりだし、耳の後ろにかけて風丸は言う。
「似合うさ、ほら」
 二階堂が適当な飾りを取って、風丸の頭に置いてみせる。
「…………………………」
 店が親切に置いていた鏡をそっと覗く。つい自分の姿をそらしてしまいがちな風丸の瞳は、後ろからやってくる円堂と豪炎寺を見つけた。
 最悪のタイミングだ。


「風丸〜っ」
 円堂がやって来て、後ろを豪炎寺が付いてくる。
「おお、二人とも来たか」
 二階堂が能天気に振り返って笑いかけた。薄々感じてはいたが、どうも彼は抜けている部分がある。
「二階堂監督、何をしているんですか」
 豪炎寺が問う。口調は静かなのに目が笑っていない。
「ああ。豪炎寺が妹さんのお土産を探していただろう?ここを知る風丸さんにアドバイスを貰って、良さそうな店を見つけたんだよ。それで風丸さんにもどうかと思って」
 悪意なく説明する二階堂に、こくこくと円堂と豪炎寺は頷いた。
「風丸」
 円堂が風丸をまじまじと眺め、彼女は気恥ずかしそうに俯く。
「風丸はそれが良いのか?」
「ああ、これは私が勝手に付けたんだよ」
「そうなんですか。風丸、好きなの選べよ。俺が買うから」
 二階堂が飾りを戻し、円堂が交代するように風丸の隣に並ぶ。
「円堂、何言ってるんだよ」
「置いてったお詫びだって」
「でも」
「いいから」
 声を潜めて話し合う円堂と風丸。後ろの方では豪炎寺たちが何やら話しており、改まったように豪炎寺が円堂と風丸に声をかけた。
「円堂。風丸。私と監督はあっちの方へ行ってみようと思う」
「そうなのか。時間はたっぷりあるから楽しめよ」
「ああ、そうする。有難う」
 手を振り合い、豪炎寺たちと別れた。円堂と風丸も花飾りを買うと店を後にする。
「円堂、有難うな」
 花飾りを胸元に付け、風丸は礼を言う。
「何度も良いって。髪には付けないのか?」
「どこに付けたら良いのかわかんない」
「じゃ、俺が付けるよ」
 円堂は風丸の手を取り、道を外れた人気の無い場所へ連れて行く。
 風丸に向き合い、髪飾りを持って狙いを定めた。
「よし、これでどうだ」
 どうだと言われても、鏡が無いので不安が残る風丸。
「大丈夫だって。よく似合うよ」
 ――――良く似合う。
 ずっと言ってもらいたかった言葉をやっと聞けた気がした。
 円堂も気付いたらしく、慌てたように訂正する。
「いや、そうじゃなくて、ほら、選んだ花が良かったんだって」
「無理に言い直すなよ」
 ムッとした顔をするが、すぐに冗談だと笑顔になる。
「戻ろうか」
「うん」
 微笑み合い、二人は道に戻った。
 神社に着いてお参りをした後、円堂はしきりに頬を掻きながら話しかけてくる。


「なあ、風丸」
「なに?」
「さっき、二階堂監督と何を話していた?」
「木戸川の祭の事や、豪炎寺の事かな。……ほとんど豪炎寺の話だったかも……」
 恐らく気を遣ってか、共通の知り合いである“豪炎寺”の話題しか二階堂は出さなかった。
「円堂こそ、豪炎寺と何を話していたんだよ」
「何って、食べ物の話ばかりしていた気がする……。あと今度の試合とか」
 風丸はふかーい溜め息を吐く。
「なんだよ、何かあるのか?」
「なーんにも。ところでお参り、何お願いした?」
「そういうのって、言った方が自分から言うもんじゃないか」
「円堂とずっといられますようにってさ」
「…………へ?」
 円堂の顔がみるみると赤くなっていく。風丸はくすくす笑いながら、彼の額を突いた。
「なーんてな」
「なんだよ、嘘なのかよっ」
 円堂は赤い顔を隠すように大股で先を歩き出す。
「怒るなよ、円堂」
 風丸も歩調を速めて追いかける。


 謝りはしなかった。
 本当なのだから。










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