共同生活
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 寝室では二階堂(風丸)がベッド、円堂がベッド横に布団を敷いて眠っていた。
 頬を涙で濡らした豪炎寺が入ってくると、彼らは何事かと身を起こす。
 部屋は豆球しかついていないが、彼女の様子がおかしいのは気配でわかった。
「ご、豪炎寺、どうしたんだ?」
 床に座り込む豪炎寺に二階堂(風丸)がオロオロと心配する。
 中身は風丸なのに、顔は二階堂なので彼に気遣われたような感覚に陥りそうになった。
「二階堂監督と喧嘩した」
「喧嘩って……」
 円堂が理由を問おうとするが、言いかけた途中で風呂から上がった風丸(二階堂)が入ってくる。
 髪を下ろし、ろくに水気を拭き取っていない。
「豪炎寺。ちゃんと話しなさい」
 はっきりとした口調で放つ。姿は風丸だが、纏うオーラは生徒を指導する監督のものだ。
「………………………………。円堂、お前に話した本当の事を、二階堂監督に言ってしまったんだ」
「そうだったのか……」
「二階堂監督。風丸にも、最初から話します」
 豪炎寺は円堂に語った真実を話す。
 二人に向けてボールを蹴った事、避けた二人が口付けをしてしまった事。口付けが、二人が元に戻る鍵かもしれない事を――――。
「全然覚えていない」
 頭を振るう二階堂(風丸)。
「ああ、先生もだ。触れた時に意識が飛んだとなると、もう一度キスをすれば元に戻るかもしれないな」
 こほん。風丸(二階堂)は一度軽く咳をして豪炎寺に言う。
「豪炎寺。先生はいいから、風丸さんにボールをぶつけた事を謝りなさい」
「二階堂監督。豪炎寺がボールを俺たちにあてるのはいつもの事ですから」
「い、いつもなのか……豪炎寺、お前の事だ、チームを思ってやるんだろう。だがしかし、今回はおいたが過ぎたんじゃないか」
「はい……。風丸、ついカッとなってぶつけてしまった、すまない」
 豪炎寺は正座をし、二階堂(風丸)に謝った。
「あ、うん。ぶつけられた事もよく覚えていないんだけどな」
 二階堂(風丸)は豪炎寺の下げた頭を上げさせる。
 ちなみに風丸(二階堂)が言った通り、彼には謝っていない。
 謝るのをしっかり見届けてから、二階堂(二階堂)が本題に入った。
「さて。風丸さん、先生とキスをしてみないか」
 ストレートな発言に、二階堂(風丸)と豪炎寺、円堂までもが吃驚する。
「豪炎寺、先生と風丸さんは口でキスをしていたんだよな?」
「はい」
「風丸さん。おじさんとは嫌かもしれないが、お互いの為だ」
 風丸(二階堂)の瞳が二階堂(風丸)を鋭く射抜く。けれども彼女は俯き、視線をそらす。
「ご、ごめんなさい。心の、準備が……」
「すまない。円堂くんとしているだろうから、初めてではないと思って頼んでしまった」
「円堂とはまだ、頬くらいしか」
 ほんのりと頬を染めて、二人の関係の進展具合を口にする。
「そうなのか……。事故とはいえ、悪かったなぁ」
 風丸(二階堂)も気まずそうに困った顔をした。
「一晩、考えさせてください」
「うん、そうだな。その方がいい。じゃあ先生は居間で寝るから、お休み」
 風丸(二階堂)は立ち上がり、寝室を出て行った。彼がいなくなると円堂が豪炎寺に声をかける。
「豪炎寺、二階堂監督と喧嘩しているんだったら……」
「円堂、豪炎寺行っちゃったぞ」
「え?わっかんない奴だなあ」
 二階堂が絡むと、豪炎寺は円堂にとって訳のわからない普通の女の子になってしまう。
 円堂と二階堂(風丸)それぞれの寝床に転がった。
 少しだけ間を空けて、二階堂(風丸)が声をかけてきた。


「円堂。寝ながらでいいから聞いて欲しい」
「うん」
「なあ円堂。どう思う?私が二階堂監督とキスするって」
「俺より、風丸はどうなんだ?風丸がするんだから」
「円堂の気持ちが知りたいんだ」
 布擦れの音を立て、二階堂(風丸)はベッドを降りて円堂の布団に潜り込む。
「ごめん。ここがいい」
「うん」
「幅とってごめん」
「ううん」
 円堂は一枚の毛布を二人がかかるように整えた。
「円堂。あのさ、円堂は私が円堂以外の男の人とキスしたらどう思う?」
「似たような事、豪炎寺にも聞かれたよ。俺は複雑……駄目とは、言えない。だって戻れないし」
「二階堂監督とした事、本当に覚えがないんだ。だから、初めてするような感じがする……」
 体格は異なるが、目線の位置を揃えて語り合う二人。
 視線の交差で、円堂は二階堂(風丸)の不安を痛いほど感じている。
「ここで円堂としちゃえば初めてではなくなるけど、それはさすがに駄目だよな」
「なんで?」
「だって、二階堂監督の身体だぞ」
「あのなあ、俺は風丸のトイレや風呂も手伝ったんだぞ。キスだって出来るさ。風丸がどんな姿だろうが、性別も年も変わろうが、俺にとっての風丸は風丸なんだ」
 円堂の真っ直ぐな言葉は二階堂(風丸)の胸へ心地良く溶けていく。
「でも、やっぱり風丸は風丸がいい。風丸に、元に戻って欲しい」
「円堂……」
 目を細め、微笑む二階堂(風丸)の頬に円堂の手が伸ばされた。
「チューしよ。風丸」
「うん」
 二階堂(風丸)も円堂の頬に手で触れる。
「髭、あるな」
「うん」
「男の匂いがする」
「うん」
「これ、ほもっていうのかな」
「そうかも」
「いいぜ、風丸なら」
「ありがと」
 円堂と二階堂(風丸)は目を瞑り、唇を合わせた。


 居間ではソファで眠る風丸(二階堂)に、豪炎寺が潜り込む。
 二人は背中を向けて、風丸(二階堂)は背もたれにぐいぐいと押し込められている。
「監督はキスしようと思えば出来るんですよね」
 豪炎寺は呟く。
 背中から、彼女の体温が伝わってくる。風丸(二階堂)は黙っていた。否定は出来なかった。
 風丸もそうだが、少女たちの他の男のキスへの抵抗にただただ困っていた。それどころではないのに気にしている少女たちは扱い辛い。
「監督は今まで何人の女の人とキスしたり、それ以上の事したんだか」
「経験人数はノーコメントだよ。キスしたって、心変わりする訳でもないだろ」
「修吾さんのばか」
 豪炎寺は足で軽く風丸(二階堂)に後ろ蹴りをした。
「修吾さんは私になにもしてくれない」
 痛い一言を衝かれた。
 二階堂と豪炎寺は恋仲だが、二階堂は一線を越えようとしない。せいぜい、頬に口付けくらいだ。二人で過ごす時のはだいたい二階堂の家なので手も繋いでいない。豪炎寺の分の食器を置いて半同棲のような暮らしをしているが、それだけである。思春期の豪炎寺の好奇心を満たすような行為はしていない。そのもどかしさが、二階堂を束縛をしようとするストレスに繋がっているのも察していた。
「どうすればご機嫌が治るのかな〜?」
 幼子に話しかけるような声で問う。
「抱いてください」
「駄目だよ。豪炎寺、俺はちょっとショックを受けているんだけどな」
「ショック?」
「そうだよ。俺、豪炎寺の事を大事にしてきたつもりなのに、お前にはちっとも伝わっていないんだな」
「………………………………」
「これでも、かなり本気のつもりなんだけどな。今まで付き合った彼女で、食器置くのはお前が初めてなのに」
「え」
 豪炎寺の顔が薄闇の中で真っ赤に染まる。彼女は素早く身体の向きを変え、二階堂の背を抱きこんだ。
 ぷに。乳房の膨らみが背中に当たった。
「な、なな、なんだよ」
「修吾さんはちっとも私の気持ちわかってない」
 背中越しの声は、嬉しそうに聞こえる。
「悪かったなぁ」
「大好き、です」
「馬鹿とか、好きだとか、お前は勝手だな」
 豪炎寺の突然の機嫌の変わり様を理解できない風丸(二階堂)。
 心地良さそうに豪炎寺がなんども喉を鳴らし、寝息をたててくるので浅い眠りを繰り返す寝付けない夜を過ごした。






 翌朝。四人は居間に揃う。
「おはよう……。風丸さん、気持ちの整理はついたかな」
 眠そうに目元を押さえ込む風丸(二階堂)。
「はい」
 頷き、答える二階堂(風丸)。
「よし、じゃあ歯磨きしてしようか」
「はは、そうですね」
「俺たちもしようぜ」
「ああ」
 四人一緒に歯磨きをする。
 口が塞がっているので言葉は交わさないが、どこか和やかな雰囲気を感じる。同時に、この奇妙な生活の終わりを感じていた。
 口の中を綺麗にして、ソファに座った二階堂(風丸)に向き合うようにして風丸(二階堂)が立つ。彼らの後ろで円堂と豪炎寺が見守る。
「風丸さん、目を閉じて」
 優しく、囁きかける風丸(二階堂)。
「はい」
 大人しく目を瞑る二階堂(風丸)。
「じゃあするね」
 そっと肩に手を置いて風丸(二階堂)は口付けをした。
「――――――――――――!」
 唇と唇が触れ合う箇所から短く鋭い電撃が走り、二人はその場で倒れる。
「風丸!!」
「二階堂監督!?」
 円堂と豪炎寺は二人で助け合って、二階堂(風丸)をソファに寝かせ、風丸(二階堂)をベッドに寝かせた。
 彼らが入れ替わった時のように、豪炎寺が二階堂(風丸)、円堂が風丸(二階堂)の傍に付き添う。
「かんとく…………」
 豪炎寺は二階堂の器である大きな手を握り締め、戻るってくれるように祈る。
「………………ん」
 低く呻き、二階堂が瞼を震わせて瞳を開いた。
「二階堂監督!…………なの、ですか?」
「………………………………」
「………………監督…………」
「ああ、豪炎寺。俺だよ、二階堂だ」
 微笑み、上半身を起こし上げようとした二階堂に、豪炎寺は首元に腕を回して抱きつく。
 ほぼ同時に、寝室のほうで円堂と風丸が喜び合う声が聞こえた。
「やったあああああ!」
 豪炎寺は二階堂から身を離し、円堂たちの様子を見てこようと部屋に入る。
 すると円堂と風丸は抱き合って熱い口付けを交わしていた。
「はは、お熱いなあ」
 二階堂の呟きに風丸は円堂の胸を押し、身体を離す。
「風丸さん、戻れて良かった。先生も無事に元の身体だ」
「は、はい」
 風丸は円堂との口付けを見られた羞恥に顔が火照っていた。
 元に戻れたので円堂と風丸は稲妻町に帰る支度をして、玄関で二階堂が見送る。彼の隣には豪炎寺が立っていた。
「では二階堂監督、お世話になりました」
「事態が事態だから十分にもてなせなくてすまなかった。今度また先生の所へ遊びに来てくれ。木戸川にはいいものがいっぱいあるから、案内するよ」
「有り難うございます」
 ぺこりと頭を下げる円堂と風丸。
「二人ともお幸せにな。豪炎寺も素敵な恋人が見つかると…………」
 ドスッ。二階堂の脛に豪炎寺の蹴りが炸裂する。
 ――――今のは二階堂監督が悪い。
 円堂と風丸の顔が引き攣った。そんな彼らに豪炎寺は薄く笑う。
「円堂、風丸、また明日な。私は今日ここにいる」
「ああ、またな!」
 手を振りながら扉が開かれ、閉まる。
 円堂と風丸は背が戻ったのを確認するように、手を繋いで帰っていった。
 豪炎寺は手を振るのをやめ、横を見れば二階堂がまだ痛がっている。
「大げさですね……」
「嫌な場所に入ったぞ。全く、俺が上手く俺たちの関係をごまかそうとしていたのに……」
「バレていると思いますよ。私は円堂たちなら知られてもいいと思っていますし」
「豪炎寺がいいなら、いいのかもしれないがな」
 ふああ。二階堂はあくびをして、居間へ戻ろうとする。
「あ、豪炎寺。俺はこの後寝るから」
「えっ?」
 せっかく二人きりの時間を過ごせると思っていた豪炎寺は呆気に取られた。
「昨日その……ソファがきつくてだな、あまり眠れなかったんだよ」
「じゃあ私も寝ます」
「い、いや駄目だって。一緒に寝るのは駄目って言っているだろ。昨日は特別だよ」
「嫌です。寝ながらでもいいですから、私の話を聞いて欲しいんです」
 二階堂の腕に手を絡め、爪先立ちになって見上げる豪炎寺。
「話?」
「今度、家具を一緒に選びませんか?」
「いいよ」
 二階堂は快諾しながら、豪炎寺の手を引き剥がす。
「じゃ、お休み」
「あっ修吾さん」
 寝室へ入ろうとする二階堂を豪炎寺は追いかけた。


 奇妙な共同生活は終わりを告げ、恋人たちの時間は再び動き出す。










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