共同生活
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円堂と豪炎寺が二階堂の家へ戻ると、風丸(二階堂)と二階堂(風丸)がテレビを観て楽しそうに談笑していた。
「それで……ああなっちゃってね」
「あはは」
先ほどまで元気のなかった二階堂(風丸)が声を出して笑っている。
「………………………………」
豪炎寺の表情が硬く強張った。
「………………………………」
円堂は俯き、胸をそっと手に当てる。ちくりとした。
豪炎寺の言っていた“嫉妬”というものが、より明確に感じる。
じっと立ち尽くしていた二人に、風丸(二階堂)が気付いて振り向く。
「やあ、二人とも戻っていたのか」
「はい」
風丸(二階堂)は二人の気配には気付いても、抱く気持ちまではわからなかった。
「……なあ、こっちに来てくれ。話がある」
呼び寄せてから風丸(二階堂)は軽く咳払いして言う。
「もう遅い時間だから、寝る場所とかを決めないと。先生は居間のソファで眠るとしても、ベッドは一つで定員は二人が限界だろう」
「では私は居間の床でもいいです」
豪炎寺が挙手をするが、円堂も手を挙げた。
「俺も床でいいです」
「私だって……」
二階堂(風丸)までも手を挙げてしまい、風丸(二階堂)は腕を組む。
「困ったな……」
「監督。円堂と風丸は客人なのですから、二人が寝室で如何でしょうか」
「そうだな。そういう事で、円堂くんと風丸さんで部屋を使ってくれ」
豪炎寺も客人なのでは?という矛盾が生じるが、もはや語らずとも円堂と二階堂(風丸)は察しており指摘はしなかった。
「それで、次だ。お風呂なんだが……」
――――お風呂。
その単語を口に出されただけで、二階堂(風丸)の顔が赤く染まる。
「んー……さすがにだ、風丸さんの身体で入る訳にはいかないが不潔にも出来ないし……なにかアイディアがあったら出して欲しい」
「あの、目隠しをしたらどうですか?」
円堂が案を出す。先ほど二階堂(風丸)に用を足させた時と同じ策だ。
「目隠し、したら……?風丸さんが洗った方が安全かとは思うんだが……」
ぶるぶるぶる!二階堂(風丸)が高速で首を横に振った。彼女も目隠しをされたい側である。
「では、私が洗いましょう」
豪炎寺が名乗り出た。すると、風丸(二階堂)の顔がカーッと上気した。こんなにも動揺する風丸(二階堂)は円堂と二階堂(風丸)には新鮮に映る。
「い、い、いやいやいやいや……!豪炎寺、それは、いけないだろう!」
「女同士みたいなものですし」
「しかし、駄目だ駄目だ!」
「見えませんし、大丈夫です。二階堂監督、そんなに嫌だったら、目隠しした上でさらに目を瞑ったらどうです?」
動揺した風丸(二階堂)は豪炎寺に敵うはずもなく、目隠しが決まってしまった。
しかし風丸(二階堂)は気持ちの整理がつかない様子で、円堂たちを先に入らせてしまう。
「じゃ、行こうぜ風丸」
「あ、ああ……」
風丸(二階堂)は円堂に背を押されながら、浴室に入っていった。
二人がいなくなると、豪炎寺は風丸(二階堂)に声をかけようとするが、そっぽを向かれる。
「二階堂……監督……」
「豪炎寺。俺は一人で入る」
「いけません。ルール違反でしょう。それに監督、たかだかお風呂くらいで」
「わかっているよ。理屈ではな」
風丸(二階堂)は円堂たちが上がってくるまで豪炎寺に顔を合わせなかった。
浴室では円堂が泡立てたスポンジで二階堂(風丸)の身体を洗ってやっていた。二階堂(風丸)は風呂椅子に膝をピッタリ合わせて座って、じっとしている。タオルで目隠しをしているが、今回はトイレとは違う。タオルの先に円堂の裸があるのかと思うとドギマギした。
対して円堂はキスの事が気になり、胸の小さな痛みも脳裏に反芻して、二階堂(風丸)に話しかけるタイミングを伺っている。
――――こんな気持ち、俺らしくないよ。
おかしいと自覚していても止められない。
「なあ風丸」
勇気を出して、彼女を呼ぶ。
「ご飯食べる前に風丸と、豪炎寺と二階堂監督の話をしたよな」
「ああ」
「なあ、風丸は二階堂監督の事をどう思う?」
「どうって?」
「豪炎寺から聞いたんだけれど、二階堂監督は元日本代表で木戸川の監督で、俺の爺ちゃんもプロから監督になったから……いいなって俺もそうなりたいって思うんだよ」
「そうなんだ」
「風丸は一緒にストレッチしたり、話をしたり、気が合うのか?背も高いし、カッコいいよな……」
――――あれ?
二階堂(風丸)は円堂の話に違和感を覚える。
「豪炎寺も、ときどき俺に二階堂監督の話をしてくるんだ。監督が、監督がって。サッカーの話をしていたつもりなんだけど、俺は聞くしか出来なくて。二階堂監督の話をしている豪炎寺って女の子みたいで……いや、女の子だけれど……ついていけなくって」
「あのさ円堂……、円堂は私に聞いているんじゃなかったのか?」
「あっ」
漸く円堂は自分だけ語っていたのを知る。喉で笑いながら、二階堂(風丸)が答えた。
「確かに二階堂監督は言われてみればカッコいい部類なのかな。指導も丁寧だったし……。けど、円堂は私にそんな事を聞いて意地が悪いな。私が円堂の方が好きって言わせたいのか?」
「そんなつもりは……」
「好きだよ、円堂。今も、本当に頼りになっている。有り難う」
「………………………………」
「………………………………」
「……ごめん風丸。俺、どうかしてた」
円堂の口元がニッと微笑んだ。
「もう、変な事は聞かないよ」
円堂は張り切って二階堂(風丸)の身体を洗う。
男性器も丁寧に洗おうと、二階堂(風丸)の股の間に腰を置いて触れてきた。
「あっ!?」
吃驚する二階堂(風丸)。
「ここも、綺麗にしなきゃ」
洗う側の円堂は、つい擦ってしまう。
女とは異なる男の快楽が、二階堂(風丸)に流れ込んで行く。
「あうっ……あっ…………、円堂、そこ、触るな」
手で制しようとする二階堂(風丸)。男の快楽を知らない彼女の性器は反応を示していた。
「ごめん」
性器の反応に気付く円堂だが、手は止まらなかった。
「こうなったら、抜いた方がいいぜ」
ごしごしごし。円堂は二階堂(風丸)の性器を扱き出す。
他人の男の性器を触るのは当然初めてだが、相手が風丸ならば気にならないし、気持ち良くさせてやりたくなる。
「いやっ!駄目!ちょっ……待て!」
「我慢は良くないぞ。男の俺がわかっているんだから、風丸任せとけよ」
拒絶する二階堂(風丸)を無視し、容赦なく扱く円堂。
刺激を与えていけば、次第に二階堂(風丸)の性器はむくむくと大きくなり、そそり勃っていく。
「すっげえ〜!」
大人の男の性器の興奮状態を初めて見る円堂は感嘆の声を上げる。
「長くてぶっといな!」
あははは!豪快に笑う円堂。
二階堂(風丸)はというと、かくかくと膝を震わせ、息も絶え絶えであった。
「……は…………っ、………は、うぅ…………」
「もう少しだからな」
ごしごしごしごし。円堂は擦る手の力をやや強め、速めてやると二階堂(風丸)の欲望はとうとうはじける。
「んっ、ああ!」
びゅっ、と性器の先端から白濁が散り、円堂の頬まで飛んできた。
「どうだ風丸、すっきりしたろ?」
二階堂(風丸)は放心状態で言葉もない。ぐったりと前屈みで頭を抱える。
「豪炎寺、二階堂監督、上がりました」
風呂から上がった円堂は、二階堂(風丸)を引っ張るようにして顔を見せた。
「円堂。風丸はどうしたんだ?」
「のぼせちゃったみたいで。先に俺たちは休みます。お休みなさい」
さすがに抜いたとは言えず、適当な言い訳で寝室に入っていく。
「では二階堂監督、私たちも入りましょうか」
「ああ……」
立ち上がる風丸(二階堂)の腰は重そうに映った。
脱衣所で豪炎寺は風丸(二階堂)にタオルで目隠しをし、衣服を脱がしていく。彼を脱がしたら、次に豪炎寺も衣服を脱いだ。素肌を露にすると、つい豪炎寺は風丸(二階堂)の裸を凝視してしまう。
風丸(二階堂)は陸上をやっていただけに、筋肉が引き締まり全体的に細身であった。対して豪炎寺も筋肉はあるが種類は異なり、むちむちとしている。体型は双方異なるが、乳房の膨らみは二人とも同じくらいだった。
「………こちらです、監督」
風丸(二階堂)の手を引き、浴室へ足を踏み出す。
湯船に入る際、豪炎寺はタオルで胸元と性器を隠した。目隠しされているとはいえ恥ずかしい。
――――たかだかお風呂くらいで。
風丸(二階堂)に放った言葉は、自分自身へ向けるようなものだった。
タオルが落ちないように手に触れる胸元で、鼓動の忙しなさが内側から訴えてくる。女同士だが、二階堂と裸で向き合っていると思うと欲情の熱が灯りだす。
「………………………………」
「豪炎寺」
「!」
呼ばれて、目を丸くさせる豪炎寺。
「……はい?」
「すまん、なんでもないんだ。お前がどこにいるのか、わからなくて呼んだだけだ。風呂で目を瞑るのは、危ないからなぁ」
「私は、ここにいますよ、監督」
ちゃぷ。水音を立てて豪炎寺が近付き、風丸(二階堂)の手を握る。
湯の中で触れる感触に風丸(二階堂)はどきりとするが、豪炎寺には動揺を悟られないように平生を保とうとした。
「二階堂監督、二人でお風呂に入るの初めてですね。何度も監督の家にはお邪魔しているのに」
豪炎寺は定期的に二階堂の家に遊びに来ていた。
生徒としてではなく、恋人としてだ。回数は増えて行くにつれ、食器なども増やして半同棲のようになっていった。けれども俗に言う"清い交際"をしており、一線は越えていない。風呂も別々だし、着替えを見た事もない。
豪炎寺は今、下着さえも見せた事のない愛おしい二階堂の前で裸を曝け出しているのだ。
「………………………っ……」
握られている手から、彼女の緊張が風丸(二階堂)へ伝わっていく。
「監督、ごめんなさい……私は……」
たかだかお風呂くらいで、と言った事を詫びようとする。風丸(二階堂)は彼女の言葉を遮り、放った。
「豪炎寺、キス、したいな」
「え」
「キスして欲しい」
豪炎寺へ顔を向け、薄く微笑んだ。
風丸(二階堂)は彼女の気持ちを察し、和らげようとしたのだ。
「風丸さんの身体じゃ、女の子同士で駄目かな?」
「駄目では、ないです」
豪炎寺に口付けの疑惑が脳裏を過ぎる。
「二階堂監督こそ、風丸の身体で出来るんですか」
「はっ?」
「監督は、しようと思えば誰にでも出来るんですか。私は出来ません。私は二階堂監督以外の人となんて、出来ません」
二人を包む空気にピリッとしたものが混じりだす。
「豪炎寺、俺だって好きな人とじゃなきゃ出来ないぞ」
「好きってどの範囲ですか?ちょっと気に入った女の子全員ですか?」
「豪炎寺、なにを言っているんだ。お前、こんな状況かもしれないがおかしいぞ」
「か、……風丸を、部室に連れ出す監督なんて、知りません」
触れていた手が離れた。
「あれはストレッチだし、本が部室にあるんだから仕方がないだろ。なに怒っているんだ」
「修吾さんのばか」
名前を急に呼ばれて驚くが、その次の馬鹿呼ばわりに二階堂はカッとなる。
「馬鹿とはなんだ。いい加減にしなさい!」
二階堂は目隠しを外し、豪炎寺の肩を強引に掴んで自分へ向けさせた。
「……あっ……!」
胸元を隠していたタオルが落ちて、乳房が露になる。けれども二階堂は気にせず訴える。
「俺がそんなに疑わしいのか!?確かに疑われるような事はしてしまったかもしれないが、なにもしていない!」
「修吾さんこそ私の気持ちわかっていない!私が修吾さんをどれだけ探していたと思うんですか。風丸にべたべた触っていやらしい!私が木戸川にいた頃は、あんなトレーニングしてくれなかった!」
「そりゃ今年と去年は違うさ、練習方法だって変わるし、生徒によって向き不向きがあるだろう。豪炎寺、お前は束縛過ぎるぞ。こないだだってちょっと付き合いで女の人と一緒にいたってわかったら、いきなり蹴って乱暴するし!俺はお前の恋人の前に木戸川清修の監督なんだよ!」
「うるさい!風丸とキスしたくせに!!」
「へ?」
呆気に取られる二階堂の目の前で、豪炎寺はぼろぼろと涙を零して立ち上がる。
「意味が、わからないんだが……」
「修吾さんのばか」
「またそれを言う」
「ばかばか、修吾さんのばかばかばか」
つんとそっぽを向き、立ち上がって乱暴にシャワーを浴びたら出て行ってしまった。
寝巻きに着替えて脱衣所を出る際に、もう一度叫ぶ。
「二階堂監督のばか!ばか!」
拭っても拭っても溢れる涙を零れる度に拭いながら、円堂たちのいる寝室へ入った。
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