女の子の世界
- 円堂×風丸編 -
雷門と木戸川清修の練習試合から数日経ったある日。
朝練習後からHRが始まるまでの間、半田が雑誌を読んでおり、宍戸や栗松も一緒に後ろに回って見ていた。そこから聞こえる“うわー”だの“まじ”だのの声が室内で浮き、気になった染岡と風丸がやって来た。
「なに読んでるんだ?」
「え?これこれ」
半田が広げたのは“ちょっとエッチなガールズ雑誌”であり、内容はちょっとだけではなく、随分といやらしいもの。特集は“彼と気持ち良くなる為のエッチ講座”だった。
「なっ……!」
絶句する染岡と風丸。だが正直にも顔が熱くなる。
彼女たちも思春期、性には興味があり、風丸には対象となる異性の存在もあった。
「すっごいんだぞ」
ひひ、と半田が笑みを零し、ページを開く。
乳房の揉み方や、男性器の愛撫の仕方が図解されていた。
「!!!」
視線が図に釘付けになる。慌てて別の場所を見ようとするが、結局戻ってしまう。
「二人とも興味あるんじゃん」
半田の指摘に染岡と風丸はぐうの音も出ない。そんな彼女たちの前に、着替えを終えた豪炎寺が声をかけてくる。
「皆で集まってどうしたんだ?」
ざざっ。豪炎寺の登場に宍戸と栗松が退く。厳しそうな彼女の反応が怖そうだった。
半田は気にせずに豪炎寺に手招きし、中身を見せる。カッと、豪炎寺の頬が目に見えて赤く染まった。
彼女の反応に、風丸は二階堂との仲が浮かぶ。
――――もう、ヤッてんじゃん。冷めた感情が過ぎった。
「豪炎寺、もっと読みたいなら貸すよ」
「えっ?」
呆気に取られた隙に、豪炎寺は半田に雑誌を押し付けられる。
「え……あっ…………」
「おい半田!」
おろおろする豪炎寺に、染岡が声を上げた。
「読んだら私のロッカーに戻しておいていいって、そろそろ時間だから行くわ」
半田、栗松、宍戸は部室を出て行き、雑誌を抱える豪炎寺に染岡は軽く肩を叩く。
「だってよ。返しておけばいい」
染岡も出て行った。風丸も出て行こうとした時、豪炎寺が呟くように放つ。
「……かぜまる、…………これ、どうしよう」
声がやや震えていた。彼女は本当に困っていた。
けれども風丸には、その戸惑いがカマトトぶっているように映る。
「半田のロッカーに戻しておけって。彼氏いんなら参考にでもしておけば?」
つい嫌味を吐いてしまった。
たぶん、無理はなくても豪炎寺が秘密を抱え、教えてくれない事にもいい気分がしないからだろう。
「そうだな、有り難う。なんなら、風丸が読んだらどうだ?」
「なんで」
「円堂と……なんてな」
くすりと笑う豪炎寺。
円堂は部で唯一の男子部員にてキャプテン。古くから彼を良く知る風丸は、友達以上恋人未満の仲であり、つい最近恋仲となった少年だ。まだ進展したとは話していなかったので、風丸は過ぎた冗談のように抱く。
「勘違いするなよ」
「……円堂から聞いたんだ。風丸が彼女になったって」
その場ですっ転ぶ風丸。ストレートな表現にも程がある。
「あの野郎……」
風丸はよろよろと起き上がる。
「円堂らしいじゃないか」
「そうだけど……豪炎寺こそ」
「ん?」
「なんでもない。円堂との事知ってるなら、彼氏とかそこの所で何かあったら話せよな」
「え…………ああ……、うん」
迷いをチラつかせながらも、豪炎寺は頷いた。
そして、豪炎寺が半田のロッカーに雑誌を戻そうとした時であった――――。
コンコン。扉を軽く叩く音がして、声がかけられる。
「おーい、着替え中か?」
「大丈夫だ」
反射的に答えてしまった。
「じゃ、入るぞー」
円堂が入ってきた。豪炎寺は慌てて雑誌を背中に隠し、風丸が前に出る。
「そろそろHR始まるから戻ろうぜ」
「あ。ああ」
風丸と豪炎寺は顔を蒼白させて相槌を打つ。
「今日、ウチのクラス荷物検査があるからさー、ここに早弁用のパンを隠して、と。豪炎寺は大丈夫か?お前は問題ないよな〜」
「へっ?」
素っ頓狂な声が出る豪炎寺。
「風丸のクラスはないんだよな、聞いたよ。いいなぁ」
にこにこと笑いかける円堂の微笑みに隠れ、豪炎寺はそっと風丸に雑誌を引き渡した。風丸も受け取るしかなく自分の鞄に仕舞い、ロッカーに返せぬまま三人は教室へ向かう。
風丸と豪炎寺は雑誌の件で昼休みに部室に待ち合わせをしたのだが、豪炎寺は遅れているらしく、風丸は一人部室に入った。
「はぁ」
椅子に座り、机に雑誌を置く。ひょっとしたら自分のクラスにも抜き打ちで荷物検査が入るのかもしれないと怯えていたが、幸い起こらず助かった。待っているのも暇なので、雑誌のページの端を摘むようにして恐る恐る中身を読み出す。
内容は第一印象と変わらず、若者向けには過激な内容だった。
“彼氏とのエッチの満足、不満足”をグラフで表現し、アンケートコメントなども載せている。
風丸にとって彼氏にあたるのは円堂。だがしかし、二人は両思いになっただけで特に何もしていない。せいぜい手を握ったくらいだ。そもそも円堂がサッカーよりも異性に興味を抱くというのは風丸自身も想像は困難であり、そんなものかとは承知しているが雑誌で他者の意見を見ると気にもなってくる。
乳房の揉み方の図解には、つい己のものへと手が伸びた。円堂が触れてくるイメージを浮かべようとした。
――――ゴッドハンド!
乳が潰れる!風丸はぞっとした。
けれども、どきどきした。そのときめきを、足をぶらつかせて誰もいないのに誤魔化す。
カチャ、と音がして顔を上げれば豪炎寺が入ってくる。
「すまない風丸。遅くなった」
「あ、うん」
閉じる気は起こらず、雑誌は広げたままだった。向かい側の椅子に豪炎寺は座る。
「読んでたのか」
「ん、ああ」
「私も見ていいか」
風丸は雑誌を横にして二人で読めるようにした。
「………………………………」
「………………………………」
黙々とページを捲る。少しだけ仲良くなれた気がした。
一方、円堂は教室で東に呼び止められた。
「円堂、こっちこっち」
「なんだよ」
東の前にある空いた席に腰掛ければ、半田が持ってきていた雑誌を広げてくる。
「最近の女子ってすっげーんだぜ」
「ええ?」
色恋沙汰には疎い円堂も、過激な内容だというのは一目見てわかった。
「これとか」
彼氏とのエッチ云々のくだりは、さすがの円堂もたまげてしまう。
「はっ?ええっ?」
「女子向けだけど、女子がこんな事考えてるって思うと抜けるかも」
「………………………………」
反応に困る円堂。頭の中では、他の部員や風丸もこんな雑誌読んでいるのかという疑問が渦巻く。そう思えば今までの自分の行動は所謂彼氏として最悪なのではないかと思えてきて凹んでくる。
相槌で誤魔化し、東から逃れた円堂は部室から戻って来た風丸と豪炎寺の二人と鉢合わせになった。豪炎寺はそのまま教室に戻り、円堂と風丸は向かい合う。
「よ、よう風丸」
軽く手を上げて挨拶する円堂はかなりわざとらしい。
「ああ、円堂」
「えっと、なんでもないや」
「はあ?」
「今日さ、一緒に帰ろうぜ」
「え……いいけど」
ぎこちない会話に違和感を覚えながらも風丸は了承した。雑誌を読んだ後ろめたさを見透かされたような気がして、指摘は出来なかったが。
放課後、練習が終わると円堂と風丸は二人並んで帰路を歩く。
円堂の様子はぎこちなく、彼は意を決したように風丸に話しかけた。
「なあ風丸」
「うん?」
「風丸は雑誌とか読むの?」
「読むよ」
「どんなの?」
「どんなのって、漫画とか。サッカーの雑誌も読むよ」
「他は?」
「他はって……。円堂、昼間からおかしいぞ」
風丸が足を止めると、円堂も立ち止まった。
「ごめん」
円堂は隠し事をしてもすぐに顔に出てしまう。観念して、正直に語った。
「今日、東がさ女子向けの雑誌を見せてきてさ、最近の女子は凄いんだなって話してて」
自分が読んだものと同じものではない事を風丸は祈る。
「風丸も読むのかなって思ったら、その。俺はサッカーばっかりだったから、どうしようって焦って。まず、一緒に帰ろうって思って」
俯き、困ったように笑った。すると、風丸は円堂の背中に回り、背を押して歩き出す。
「か、風丸」
「ちょっと、ショックだ」
「え?」
「円堂が頭の天辺から足の先までサッカーだって知って、付き合ってるのにさ!」
「風丸……」
「そりゃ…………うん……あるけどさ、円堂に無理されるのは嫌だ」
円堂の顔がみるみると普段の調子を取り戻し、眩しい笑顔へと変化していく。
「風丸、好〜き〜だ〜」
押されながらの告白に、風丸は一瞬動きを止めるも、彼を押し続けた。
「…………うん」
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