女の子の世界
- 二階堂×豪炎寺編 -



 練習試合が終わった後、二階堂の家へ二階堂と豪炎寺は向かう。中に入り、扉を閉めるなり豪炎寺は踵を浮かした。
「ん」
 そして二階堂は背を屈めて二人は口付けをする。
 彼は“玄関でしてくださいね”という約束を守ったのだ。
 唇を離すと、二階堂はまじまじと彼女の姿を見下ろす。
「どうかしましたか?」
 不思議そうに見上げてくる豪炎寺に二階堂は言う。
「背が伸びたな、と思って」
「それは、成長期ですから」
 くすりと微笑む豪炎寺。
 少しだけ二階堂の距離に近づけたような気がして嬉しさがこみ上げた。
 それから家の中でくつろぐ二人は食事をしたり、ソファに並んで座ってテレビも眺める。
 バラエティ番組をつければ、豪炎寺が出演者の登場に“あ”と声を上げた。
「このタレント、よく出ていますね」
「そうなのか?」
 二階堂にはわからなかった。豪炎寺は年齢の割に大人びた印象を受けるが、こういう時に今時の子供だと二階堂は思う。
「ん?」
 急に感じた腕の感触に隣を見る。豪炎寺が腕に触ってきたのだ。
「どうした?」
「な、なんでもないです」
 豪炎寺は慌てて離し、座り直す。本当は恋人のように腕を回してみたかった。外ではいけないが、中でならしてみたいと。けれども、当の二階堂には全く通じない。彼の反応に、子供過ぎたかと後悔までしてくる。
 大人と子供、監督と生徒。二人の間には深い溝があった。近付けば近付くほど。深さに気付いてしまう。
 けれども、だからこそ余計に分かり合いたい気持ちがあった。
「かんとく」
「ん?」
「今度、また来てもいいですか?」
「ああいいよ、おいで」
 にこやかに二階堂が豪炎寺の頭を撫で、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
 こうして共にいられる時間が、兎にも角にも満たされた。


 数日後、二階堂は部室で女川たちが雑誌を読んでいるのを注意した。
「こら、持ち込み禁止だぞ」
「そう硬いこと言わずに」
「没収」
 問答無用で取り上げるが、目に入ったページに思わず声を上げる。
「うわっ、なんだこれは」
 それは少女漫画であり、恋人たちが丁度身体を重ねるシーンだった。
「監督、照れてる〜」
「照れというより驚いただけだ。ますます返せないな」
 二階堂は顔を熱くさせて反論する。
 職員室で持っていく最中、表紙の文字をまじまじと眺めてしまい、ふと豪炎寺が過ぎった。
 ――――豪炎寺もこういう雑誌を読んでいるのか?
 けしからん、と思う気持ちと、どぎまぎする気持ちが同時に沸き起こる。
「いや、なにを俺は……」
 首をぶるぶると振った。
 そっけない態度をしているが、少女から女性へと成長していく彼女の姿には油断ならないものがある。先日の身長もそうだが、成長したのはそれだけではない。身体つきも一年の時とは異なる。どろりとした下心が疼いてしまう時がある。しかし豪炎寺はまだまだ子供。踏み出してはいけないし、こんな気持ちがある事を知られたくはない。
 隠せば隠すほど膨らむのだが、押し込めなければならなかった。
 だが思うだけではどうにもならず、二階堂は取り上げた少女漫画を家まで持ってきてしまった。
 今日はこの後、豪炎寺が来るというのに――――。
「監督、お邪魔します」
 夕方、無邪気な顔で豪炎寺がやって来る。居間のテーブルの上には餌のようにテーブルに載る少女漫画。心のどこかで、彼女の反応が知りたい思いがあったのか、そう行動してしまっていた。
「………………?」
 豪炎寺は不思議そうにテーブルに歩み寄り、少女漫画を凝視する。
「二階堂監督……あの、これは?」
「生徒が部室で読んでいたものだから、没収したんだ」
「どうして、ここに?」
「豪炎寺も読んでいるのかな、と思ってさ……」
「あまり、漫画は読まないので」
 二階堂はどこかホッとした気持ちになった。しかし――――。
「でもこれ、学校で半田たちが読んでいるのを一緒に見させてもらいました」
「ちょっと見たけれど、表現がこう……過激すぎないか?」
「そうですか?」
 二階堂はどこか衝撃を受けた。
「中学生にはちょっと早い内容だろう」
「監督はどこをどう読んだんですか?」
 豪炎寺は少女漫画を手に取り、ぱらぱらとめくる。そうして、二階堂が驚いたページに目が止まった。
 二階堂の言う“早い”の意味がわかってしまう。幸い、二階堂にはどこを開いているのかは見えてはいない。
「豪炎寺はどれか好きな漫画はあるのか?」
 後ろに回り、一緒に読もうとする二階堂。豪炎寺は無難な漫画を焦って探す。
「こ、これ!」
 動物の四コマ漫画を指した。だが直後に子供過ぎたかとまた後悔する。
「はは、可愛いな」
「違いますっ!」
 自分で選んだくせに否定をした。
「なんだ?違うのか?」
「そうです、違うんです」
「そうか。じゃあ、どれが人気なんだ?」
「これ、だと思います。アニメにもなっていると、目金が……」
 めくって二階堂に見せる。
「へえ……美形がいっぱいだな。豪炎寺は誰が好みか?」
「急に言われても……」
 迷いながら、ある一人の少年を指す。
「へえ……」
「少し、監督に似ているから」
「俺にか?」
 こくん、と頷く。
「どんな所が?」
「髪……型」
「………………………………」
 二階堂は呆気に取られた後、喉で笑い出した。
「……ごめんなさい」
 なにかを言い出される前に詫びる。
「謝るなよ。さすがに豪炎寺の髪型にそっくりな女の子は見つからないなぁ」
「………………………………」
 豪炎寺は己の髪の天辺を片手で触りながら問う。
「監督は、どんな髪型が好みなんですか」
「ええ?俺の好みなんて知ってどうするんだよ」
「参考に……します……」
 チラチラと二階堂を伺う彼女の瞳には不安がこめられていた。
「豪炎寺は今のままが似合うよ」
「でも……このままだと監督の子ども扱いは変わらない」
「え?」
 目を丸くさせる二階堂。豪炎寺は少女漫画を置き、二階堂に向き直る。
「私は、監督の恋人になりたいです」
 はっきりと告げるものの、すぐさま俯き、床を見下ろす。
「豪炎寺は俺の恋人だよ?」
 出来るだけ優しい声で二階堂は言う。
「なら……もっと、恋人らしい事がしたいです…………」
 視線を少女漫画に向け“まんがみたいに”と呟いた。


「豪炎寺」
 豪炎寺の両肩に手を置き、彼女の顔を上げさせる二階堂。
「じゃあ、豪炎寺の言う"恋人"ってどんなものだ?俺はお前のわかる流行にも疎くてさ、教えて欲しいんだ」
「笑いま……せんか……?」
「へ?なにを?」
「子供みたいだって……」
「豪炎寺は豪炎寺だろう?子供の豪炎寺も豪炎寺の一部だ。無理に背伸びなんてしなくていい。違っていて当然だろう?」
「かんとく……!」
 豪炎寺は感極まって二階堂に抱きついた。二階堂は彼女を受け止め、髪を撫でてやる。
「あの……あの…………」
 二階堂の胸に顔を埋め、くぐもった声で"腕が組みたい"とお願いした。
「外じゃ出来ないけれど、家の中ならいいぞ」
「はいっ」
 豪炎寺は二階堂との抱擁を解き、はにかみながら恐る恐る腕にしがみついてみる。
 太くたくましい男の腕に、豪炎寺は頬をほんのり染めて身を寄せた。
「なんだか……照れるな……」
 二階堂もはにかんで彼女を見下ろすが、想像以上の柔らかさと愛らしさにドキリとする。
 その鼓動の高鳴りが突き動かすままに、豪炎寺の肩を強引に引き寄せて抱き締めた。
 ――――すまない。
 声にならない二階堂の詫びを、豪炎寺は聞いたような気がして首を振るう。
 静寂の中で感じる温もりは心地が良かった。










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