悪事
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「監督」
 豪炎寺の伸ばした手が二階堂の顔の横に置かれる。
「二階堂監督」
 漆黒の瞳が二階堂を捉える。
「ご飯も食べましたし、お風呂にも入りました。やる事は、全て済みましたよね?」
 問いかける豪炎寺。二階堂は内心、意地の悪い奴だと思った。
 寝室のベッドで、逃げられないように組み敷いてから、こんな問いをしてくるのだから。見上げる豪炎寺の上着から、裸の胸が見える。彼はタンクトップにハーフパンツという格好で、二階堂はもう外では着る予定のない古いワイシャツを纏っている。ズボンは木戸川のユニフォームしか合うものが無かったので、履かずにトランクスを履いていた。これもサイズに違和感があり、足がすかすかする。
 この姿に豪炎寺は興奮したらしく、二階堂が風呂から上がるなり、そわそわと手を引いて寝室へ連れて行こうとしていた。随分と落ち着きが無いなと思った。幼いな、とも思った。どうしてこんな時にそんな態度を取るんだと思った。


 もしかしたら――――。ふと二階堂の脳裏に過ったのだ。
 豪炎寺は大人の俺に合わせようとずっと頑張っていたんじゃないのか。
 子供に見られたくなくて、ずっと背伸びしていたんじゃないだろうか。


「ごめんな」
 二階堂が詫びると、豪炎寺はきょとんとして目を瞬きさせる。
「はい?」
「豪炎寺。お前がやりたいようにやってごらん」
「へ…………下手だったら、…………すみません……」
 ここに来て自信のない発言をする豪炎寺の頬に、二階堂はそっと触れて撫でてやった。
「謝るなよ。セックスは二人でするものだろう?」
 微笑んでみせて、豪炎寺を安心させようとする。
「おいで、豪炎寺」
 二階堂に引き寄せられるように豪炎寺は顔を寄せて、二人目を閉じて口付けをした。


「…………ふっ…………う……………」
 豪炎寺がぎこちなく二階堂の頬や額、唇に口付けながら、彼の手首を捉えて上げさせてからシーツに押し付ける。一度やってみたかったのだ。二階堂から力で自由を奪う行為を。
「ん」
 二階堂は短い痛みが走るが、何も告げずに豪炎寺に身を任せる。
「う…………うん…………」
 顎の線に舌を這わせ、もう一方の手でワイシャツのボタンを外そうとした。けれども豪炎寺はいつもそれが上手くできなくて、やっぱり今回もなかなか外せなくて、ボタンと布を擦り付ける音に苛立ちが篭もる。二階堂が自分で外そうとすれば払うように退け、乱暴な手つきで引きちぎるようにボタンを外してきた。
 力任せな態度に、二階堂の身体が竦みそうになる。ボタンを全て外して剥かせようと衣服を引っ張られれば、身を縮めて己を守るような体勢を取った。
「あっ…………、ごめんなさい……」
 豪炎寺は二階堂の様子に手を止める。
「いや、大丈夫だ」
 言葉ではそう言うのに、二階堂は微かな震えが治まらない。
「監督、大丈夫ですか」
 心配し、背中を擦る豪炎寺。
「監督。何か、あったんでしょう」
 呟く豪炎寺。不安が混じり、言うべきか言わないべきか迷うような細い声色だった。
「元気が無いです。俺には話せない事なのですか」
「豪炎寺は気にしなくて良いよ」
 豪炎寺の目尻がひくりと震える。心が痛んだ。
 時にして気遣いは、相手を傷付ける。
「気にします。俺は貴方が辛かったら力になりたいです。何も出来ないかもしれませんが、俺は力になりたいんです。俺は二階堂監督に、必要とされたいです」
「豪炎寺、お前の気持ちはとても嬉しいよ」
 二階堂は強張った身体を伸ばし、仰向けになって豪炎寺の手を握り締め、自分の心臓へあてた。
「そうだな……豪炎寺……。そうだ……温めて、くれよ」
「わかりました」
 豪炎寺は二階堂の両手を包み返し、指を唇へ持って行って、浅く口に含んだ。
 手を離すとタンクトップを脱ぎ、ハーフパンツと下着も脱いでベッドの外へ放り投げ、ペンダント以外全裸になる。
 二階堂も脱ごうとするが、豪炎寺が黙々と脱がしてくる。
「あまり、この身体の全てを見慣れていないから、照れるな」
「どっちにしろ、二階堂監督はいつも脱いでくれないじゃないですか。俺ばかり脱がして」
「そうだったか?」
「とぼけないでください」
 二階堂も全ての衣服を脱ぎ捨てた。豪炎寺は思う。彼の裸を全てありありと見詰めるのは初めてかもしれない。
 子供の姿だが二階堂本人。変わらない部分もある。
「監督、ここに黒子ありますよね」
 指で黒子を押す。情事を交わしていなければ気付かない箇所を指され、二階堂は不意打ちに顔を熱くさせた。
「ごっ、豪炎寺だって、そこにあるだろ」
 二階堂が身を起こし、豪炎寺を倒して股を開かせる。足の付け根を撫でながら身体を引き寄せた。
「ち、ちょっと、監督っ」
 股の間に身体を割り込まれ、閉じられなくされる。しかも、直接触れ合う二階堂の素肌の感触に欲情が高まった。
「本当にお前はやらしいな」
 勃ち上がっていた胸の突起を指で擦り付けて、舌なめずりをする。
「監督だってそうじゃないですか」
 豪炎寺は唇を尖らせて、二階堂の胸の突起を摘まむ。普段の彼よりも胸板が薄いそこは、突起の勃ち上がり方も新芽のようにぷっくりと脹らんで柔らかそうだった。
「……あ……っ」
 二階堂の身体がひくんと動きを止める。支えようと手をシーツへ置くが、豪炎寺が指の腹で擦り付けてくると、ぎゅうと掴んだ。
「あ……………っ………あっ、あっ……」
 豪炎寺が見上げた二階堂の耐える姿は、なんと淫らで情欲を掻き立たせるものか。こんな表情、今まで見た事が無い。独占欲を刺激され、もっと乱して自分だけのものにしたくなる。
「監督……二階堂監督……」
 胸に触れた手を這わせるように背へ回して抱き寄せ、横に倒して足を絡ませた。苦しくなるほど密着し、話しかけるように口付けを交わす。胸と胸がくっついて突起同士を擦らせ、高まった自身が相手へあたるのも感じている。肌は暖かく滑り、少し汗ばんでいた。
 豪炎寺の手は二階堂の背骨を通り、腰を伝って双丘へ辿り着く。間に指を滑り込ませ、窄みに触れた。
「豪炎寺。ローションあるから、出そうか」
 気だるそうに呻き、身を起こそうとする二階堂。けれど豪炎寺は止める。
「俺、持ってきました」
 もう片方の手をベッド下へ揺らし、ズボンのポケットから軟膏を取り出した。
「全部、俺の力でやりたかったので……」
「えらいな、豪炎寺」
 軟膏を開けようとする豪炎寺に、二階堂は蓋に噛み付いて開けるのを手伝う。
「そういう褒め方、やめてください」
「ん?駄目なのか?」
 頬を摺り寄せて問いかけ、べったりと豪炎寺にくっつく。豪炎寺は二階堂の腰に手を回して、緊張を走らせながら彼の窄みへ軟膏で滑らせた指を持っていった。
「ん」
 二階堂は豪炎寺にきつくしがみつき、指の侵入に耐える。
 豪炎寺の指は窄みの入り口を撫でて離すを繰り返す。すると二階堂が手を掴んで、場所を誘導してくれた。
「豪炎寺、ここだ」
 半眼で、そらしながらそっと教える。
「はい」
 二階堂と共に、彼の窄みを馴染ませていく。浅い場所から深みへ、本数を増やしていくと卑猥な音が大きくなっていく。二階堂も息を荒げ、耳元で熱く濡れたそれを豪炎寺に聞かせてくれる。横目で見る二階堂の表情は、とろんと快楽に酔った顔をしていて、豪炎寺にも浸透して脳を酔わせた。
「豪炎寺。そろそろ大丈夫。おいで」
 二階堂が豪炎寺の胸をやんわりと押して仰向けにさせ、跨って半身を起こす。
「入るまで、我慢が出来るかな……」
 豪炎寺の、はちきれんばかりの自身を包むように持って、窄みにあてがう。豪炎寺から見える二階堂の自身も同じくらい勃ち上がっていた。
「………んっ……………ぅ…………………ふぅ……」
 ゆっくりと腰を沈め、内へと豪炎寺自身を咥え込んでいく。
「あ…………はっ………」
 ぶるりと全身を震わせ、ぎゅうと瞑った目尻に涙が浮かぶ。
「入った……」
 豪炎寺の腹に置かれる手は、まだ小さく震えている。その手を豪炎寺は握り、引き込むように揺らしだした。ベッドが軋みだし、結合部から二人の合わさる音が立つ。
 二階堂の内の締め付けのきつさに、豪炎寺は手足の先がびりびり痺れてくる。自身がもげてしまいそうなくらい、快楽に全てを持っていかれそうになる。
「……はっ……ふあ……っ、ぁあっ…………二階堂…………監督ぅっ………!」
 夢中で腰を揺らす豪炎寺。二階堂の手を引いて、彼ごと揺らして勢いを付ける。二階堂も腰の動きを合わせて二人で情事の波に乗った。豪炎寺が下から突き上げてくる自身は容赦が無く、二階堂は口を硬くつぐんで、いやらしい声が漏れないように耐える。顔を背けて俯くが、唇の隙間から微かな音が漏れてしまう。
「ふ…………っ……、ぅ。………んぅ……」
 けれども自身は正直で、二階堂は先に果ててしまった。若い欲望は量が多く勢いがあり、はじけて豪炎寺の腹と胸を汚して頬にも付着してしまう。その姿に豪炎寺の欲望は一気に走り抜けて、欲望を二階堂へ注ぎ込んだ。
「はぁ……………は――――っ………………はぁ…………」
 二階堂は横に倒れて豪炎寺から離れる。窄みからとろりと豪炎寺の精液を零しながら、荒く息衝いていた。
「は――――……………」
 豪炎寺もぐったりと転がったまま、額の汗を手の甲で何度も拭う。
「よっ……と」
 二階堂が早くも起き上がり、シャワーを浴びに行ってしまった。戻ってくれば戻って来たで“豪炎寺も汗を流せ”と促され、特に会話も交わさずに二階堂はさっさと眠ってしまう。
 ――――俺とのセックスは良くなかったんだろうか。
 二階堂の背中を眺めながら、豪炎寺は眠りについた。






 翌日。先に目が覚めたのは豪炎寺の方であった。隣の二階堂の様子を伺えば、彼はまだ小さいまま。もしかしたら次の日には戻るかもしれないという淡い期待は崩れてしまった。
「豪炎寺。おはよう」
 二階堂が寝返りを打って顔を合わせ、挨拶をしてくれる。
「まだ、起きる時間より早いな」
 時計を眺めて呟く。二人とも目覚ましよりも早く起きてしまった。
「二階堂監督。早めの朝食にしますか」
「俺はもう少し寝ているよ……その、腰がだるくて……」
「監督……若い身体なんですから……」
「そうは言ってもなぁ、豪炎寺お前が」
「はい?」
 二階堂は表情を毛布で顔を半分隠す。
「お前が手加減なさすぎるんだよ」
「監督だっていつも、凄いじゃないですか」
「俺の真似する事はないだろ……。あんなにするなよ」
 よくよく見れば、二階堂の頬は赤らんでいた。
「俺、下手でしたか」
「そうとは言ってないだろう」
「じゃあ気持ち良かったですか?」
「ん。…………まぁ、な」
 ぽつりと呟くように言う。その微かな返事で豪炎寺は明るくなる。
「本当ですか!では今夜またしても良いですか」
「今夜って……豪炎寺は妹さんの所に帰った方が良いんじゃないか」
「夕香はお友達とメールをしてばかりで、俺が行くと見ないでっていうんで良いんです」
 そう。最近の夕香は兄よりお友達で、豪炎寺は少し寂しい思いをしていた。それはそれで二階堂との時間が増やせるので、プラスマイナスはゼロであるが。
「監督は数日で戻ってしまうんですし、戻ればまたたくさん抱いて欲しいです」
 はきはきと述べる豪炎寺の希望は、我侭な要求にも思えた。しかし正直になってくれる姿に二階堂は愛おしさを感じる。身体が持つか持たないかは別として。
「なあ豪炎寺。俺が戻らなきゃ抱いちゃ駄目なのか?」
「駄目なんて……。二階堂監督、俺のことも好きにして良いんですよ」
 豪炎寺は二階堂に抱きつき、彼をうつ伏せにして覆いかぶさるように身体を寄せた。
「ただ……俺、……貴方が俺を包んでくれたように、俺もそうしたいんです」
 後ろから耳へ声を潜めて甘く囁く。
「俺の気持ち良いこと、貴方にも伝えたい」
 伝わってくる体温、鼓膜をくすぐる声、全てが心地良く温かい。しかし――――。
「あの、監督っ」
 豪炎寺が腕を回し、背中にぴったりとくっついて重心をかけてきた。
「夜まで待てません。まだ時間ありますよね」
「まだって、お前……」
「あと、台所でしてみたいです」
「何を言い出すんだ」
 豪炎寺の身体をかわすように起き上がる二階堂だが、背後から羽交い絞めにされる。
「どうしても、駄目ですか」
 回した手が二階堂の素肌を下心いっぱいに撫でてきて、やがて下がっていき腰を捉えた。
「こ、こら。駄目だ」
 ぐっと豪炎寺が引き寄せれば、二階堂の肩が揺れる。
「監督が駄目っていうこと、したいです」
 二階堂の手を握り、口付けた。
 時間はそう待たずにベッドは軋みだす。繋がり合う二人は愛も絆も深まっていく。甘くとろけて、一つになる。










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