バタン。扉が閉められると外の音が遮断されて静かになる。
 二階堂のマンションに着き、彼が最初に靴を脱いで上がった。後ろから見詰める豪炎寺は小さな背に不安定さを覚える。まるで二階堂の心を映すよう。秘薬の効果は数日で戻るかもしれないが、彼にとっては長く感じるのだろうと思えてしまう。
「監督」
 無意識に声が出てしまい、慌てて口を噤む豪炎寺。
「ん?」
 振り返り、瞬きさせる二階堂。
「……………………………」
 豪炎寺は首を振るい、俯いた。
 ――――ごめんなさい。
 声にならない詫びの言葉が胸に浮かんだ。きっと言ってしまえば二階堂は許してくれる。だから言えない。許して欲しくないのだ。いっそ怒って欲しかった。嫌だったら嫌だと正直に言って欲しかった。二階堂の本音が聞きたい。もっと分かり合いたい。
 秘薬を使った経緯にあたる願いは、まだ叶えられずにいた。



悪事
- 5 -



 台所に入り、二人で買い物をした材料を二人で調理する。
「豪炎寺、見てくれ」
 二階堂が皮を向いた野菜を見せた。
「指が細くなったせいか、少しだけ器用になった気がする」
「……………………………」
 薄く笑みを返すだけの豪炎寺に、二階堂は包丁と野菜を置く。
「豪炎寺。どうした?元気が無いぞ」
「……………………………」
「豪炎寺?」
「……それは、二階堂監督の方ではありませんか」
 豪炎寺も手に持ったものを置いた。
「頬の傷、どうしたんですか」
「ああ、これか?身体が慣れなくて、つい、な」
「俺のせいですね」
 詫びる豪炎寺を二階堂は肩を掴んで身体を向かせる。
「お前は効果を知らなかったんだ。だから豪炎寺……」
「二階堂監督、その身体は不便なんでしょう?嫌なんでしょう?俺を責めないのは、俺が子供だからですか」
「何を言っているんだ……」
「俺は……俺は……、貴方と並びたかった……」
 項垂れる豪炎寺。涙のように、本音が零れ落ちていく。
「監督と並んで、色んなものを分かち合いたいと思いました。けど、監督は何も言ってくれない。俺は子供のままだ」
「当たり前だろう」
 二階堂の一言に豪炎寺ははじかれたように顔を上げ、目を丸くする。
「豪炎寺の言いたい事はわかるが、こうして生まれた身、性格だって違うんだ。不満なんてどこにだって転がっているさ。でもそのままで良いなんて事は無いぞ。お前が言ってくれて嬉しかった。お前だって何も言い出さない性格じゃないか。俺もそういう性格のところがあって、それは大人だからっていうんじゃない……。いや、年取ったせいかもしれないが、それも俺なんだよ」
 俯いて、顔を上げてを繰り返して二階堂は豪炎寺に語る。
「ようするに、だ。豪炎寺の不満はわかった。俺だって豪炎寺と分かち合いたい。同じ気持ちなんだ。だから、心がけるよ」
「監督……」
 豪炎寺は頬を上気させ、嬉しそうに名を呼ぶ。
「それと。豪炎寺を責めないのも子供だからじゃない。決まってるじゃないか」
「なにを?」
「言わせるなよ」
「はい?」
 豪炎寺には本当にわからないようで、二階堂は視線をそらして呟くように言う。
「………………からだよ」
「え?」
「……………き、だからだよ」
「なんなんです?」
「好きだからだよ!」
 肩を離し、背を向けて照れ隠しをする二階堂を、豪炎寺は背後から抱き締めた。


「監督、二階堂監督っ……」
 首筋に細かい口付けを施す。ちゅ、ちゅ、と音を立てて愛撫した。
 たくましいと思っていた二階堂の身体は、まるで愛玩人形のように腕がすっぽりと回せて愛を伝えたい位置にいる。しかし彼は生身の人間、触れれば温かいし、愛撫すればひくひくと反応してくれる。
「こ、こら」
 ぶるっと身震いさせて、嗜める二階堂。どうも若返りのせいか刺激に敏感になり、豪炎寺の愛撫の一つ一つにとても感じた。
「二階堂監督、俺も好きです……」
 耳の裏を舌で舐め上げれば、二階堂が掠れたような音を喉で鳴らす。
「こら、台所だぞ。やめな……さい」
「………んっ……………ふぅっ………」
 首筋に甘く噛んで、熱い息を吐く豪炎寺。二階堂の上着の中に手を入れ、捲し上げた。
「包丁も出しっぱなし……だし、危ない…………だろう」
 腹や肋骨、胸を撫でられて、二階堂の息が乱れていく。普段よりやや高い声色がなんとも甘く、豪炎寺の鼓膜をくすぐる。
 二階堂監督もこんな声が出るんだ――――。
 普段包み込めない彼を抱きこんで鳴かすのは、豪炎寺の情欲を掻き立てた。
「監督。お昼に言ってくれましたよね……触らせてくれます、よね」
 期待と欲望で指先に神経を集中させながら、豪炎寺が二階堂の胸の突起に触れる。摘まんで、擦れば、二階堂が上擦った声で鳴く。唇を噤んでも、喉が震えた。
「ん………!」
 感触を味わうように、いやらしく弄ってやれば、二階堂は腰が動いて布越しに下肢に触れる。豪炎寺の昂りに気付き、彼も昂りを気付かれ、二人して頬を上気させた。
「こんな場所で、こんなになるなんて、豪炎寺は悪い子だな…………」
「で、ですがっ…………」
 双方、羞恥で舌が上手く回らない。今、とてもいけない事をしている気分だった。
「監督………っ!」
 豪炎寺は二階堂の腰を掴んで引き寄せる。彼の双丘に、性器を擦り付ける。
「…………抱かせてくれるって、本当……ですか…………?」
 二階堂の背後から聞こえる豪炎寺の息は乱れて、ときどき“ごくっ”と喉を鳴らす。
「監督…………」
 甘えたような声で強請ってくる。
 押し付けられた豪炎寺自身が、二階堂の窄みの位置を布越しだが偶然にあてられて驚き、胸の鼓動が治まらなくなってくる。自分でもわかっているのだ。これは期待の高鳴りなのだと――――。
 豪炎寺にお願いされれば叶えたくなってしまう。監督ではなく、個人として彼になんでもしてやりたくなってくる。豪炎寺の喜びが、自分の喜びに繋がる。
「俺は、…………構わないが、さすがにここじゃ許さない。料理も途中だし、やる事済ませてからだ」
「…………はい……」
 手を離す豪炎寺だが次の瞬間、二階堂が向き直って昂った自身を握りこんできた。
「まったくこんなにさせて。お前は本当にいやらしい悪い子だな」
「……ですが、監督に我慢なんて出来ません……」
 欲情に耐えながら、豪炎寺は訴える。
「このままじゃ気が散るか。仕方が無いな」
 二階堂はその場に膝を突き、豪炎寺のズボンをずり下げた。
「俺が抜いてやるから。パンツは自分で脱げるだろう」
 上目遣いの二階堂の瞳からそらせず、豪炎寺はこくんと頷く。
 下着を下ろすと、膨張した自身が姿を現す。今日は何度も二階堂に恥ずかしい姿を見せてしまい、振り返りそうになる豪炎寺の顔は真っ赤に染まっていた。
「涎まで垂らして、はしたないな」
 先端から滲み出た蜜に目をやり、手を足の付け根にそっと添えて口で咥え込む。
 目を閉じて、口付けをするかのような仕種でしてくるのだ。
 口内の熱が心地良く、豪炎寺は膝が震える。快楽に流されて立っているのが困難で、頭がぐらぐら甘い誘惑に浸される。
「ん…………ん……っ………」
 丹念に豪炎寺自身を唾液で濡らし、舌先で細かく愛撫を施す。そうして愛おしそうに唇を付けて鈴口をそっと吸いつけた。
「………は、ぁっ………!あ!」
 豪炎寺は二階堂の頭を、髪を乱すように押さえ込んで背をそらす。身体をぴんと伸ばして、快楽に耐える。分身ともいえる彼の自身は熱を灯して引き攣らせ、蜜を零して善がった。
「かん、とく。いけません、そんな、そんな。駄目、です」
 自身から送られる刺激はぞくぞくと身体の自由を奪い、口の奥底の奥歯がガチッと音を立てる。
 二階堂は聞く耳持たずに夢中に舐り、口内で出し入れさせて卑猥な水音をわざと立たせた。
「出ちゃっ………出てしまう……ので、監督っ…………」
 敬語まで頭が回らなくなりそうになる。豪炎寺の限界はもう近い。頭を押さえ込んだ手を離そうにも身体の均衡を崩してしまいそうになり出来ない。
「ほら、出してしまい…………」
 口を離して射精を促せようとした二階堂だが、話の途中で豪炎寺は達してしまい、彼の精液が顔にかかってしまう。
「……っふぅ…………」
 脱力し、その場で座り込む豪炎寺だが、二階堂の顔を見るなり背筋を伸ばす。
「か、監督っ!すみませんっ!ごめんなさい!」
「いっぱい出したな豪炎寺」
 苦笑を浮かべる二階堂。顔に付着した白濁の液は淫らで、褐色の肌とのコントラストが眩しい。自分の体液で汚す行為に、豪炎寺の胸は征服欲で疼きだす。
「ごめんなさい」
 顔を近付け、二階堂の頬を舐め上げて自らの体液を拭う。
「ごめんなさい」
 ぺろぺろと獣のような舌使いで舐め取っていく。
「豪炎寺、そんな、いいから。豪炎寺」
 こそばゆさに瞼を震わせて断ろうとする二階堂だが、豪炎寺のペースに押され、身体が傾き、床に倒されてしまう。
「豪炎寺、駄目だぞ。いけないんだからな」
 一瞬、昼間の出来事がフラッシュバックしそうになるが瞬きして思考を切り替え、豪炎寺の胸をやんわりと押して制した。
 豪炎寺は二階堂に圧し掛かり、まだ舐め取ろうとする。愛撫は顔だけにおさまらず、また上着を捲し上げようとするが、今度は脱がすような手つきに変わった。二階堂が手を回して止めさせれば、次はズボンを脱がそうとしてくる。
「豪炎寺。台所じゃ駄目だ」
 口調を強めて、やっと豪炎寺は手を止めた。しかし意思を持った瞳はじっと二階堂を覗き込む。
「…………だめ、ですか?」
「ああ、駄目だ」
 視線を交差する下で、腰骨まで露になった素肌はズボンを上げて隠す。
「二階堂監督、したいです」
 今夜の豪炎寺は酷く甘え上手だ。素直とでもいうのか、欲求に正直だ。
 今日の二階堂は自身の変化に驚いていたが、豪炎寺の変化にも驚いている。
「後で、な。約束だ」
 告げると、豪炎寺は身体を退かす。
 まだ諦めていない空気は粘液のように、べっとりと貼り付いた気分がした。










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