女川訪問
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 浴室から水音に混じり、少女の息遣いが聞こえる。
「は、あ」
 女川の両手が豪炎寺の乳房を寄せ、上げる動作で揉む。
 豪炎寺は口から息をして、ときどき濡れた声で鳴く。押さえ込もうとすればする程、音は淫らになる。
「う、……っふ」
 刺激を与えられるたびに身体をひくひくと震わせ、瞼は何度も瞬く。高められて瞳は潤み、熱を帯びていた。普段のストイックそうな彼女からは想像も出来ない、乱れた姿である。
「ふふ、柔らかくて温かーい。気持ち良いですか?」
「女川……いい加減に」
「私じゃご不満ですか?」
 突起を指で転がし、摘まんで強い刺激を与える。
「ひ」
 豪炎寺が反応するたびに湯が音を立てた。
 女川に弄ばれ、突起はつんと勃ってしまっている。
「豪炎寺さんって可愛いですね。敏感でエッチだし。二階堂監督もったいないなぁ」
「……そろそろ本気で……怒るぞ……」
「あ、でも二階堂監督も我慢してるのか。欲求不満で他の人と発散させたくなったりして」
「……え……」
「そんな声出さないでくださいよ。例えば、ですって」
 随分と悲しそうな声を出され、女川は慌てて返す。だが、あまりに彼女が純粋に二階堂を好いているものだから、つい意地悪をしてみたくなってしまう。
「でも、このままずっと何もしなかったら、どうにかなっちゃいそう。我慢は禁物ですよ」
「………………………………」
 笑う女川だが、豪炎寺は不安そうな顔で彼女を見詰めていた。
「だから、例えばですって」
 そんな瞳をされたら罪悪感がわくのに、そそる何かを抱かずにはいられない。もしこんな顔をしょっちゅうされているのなら、二階堂の理性は想像以上にぎりぎりなのではないかと思えてきた。


 風呂から上がると二人はバスタオルで濡れた身体を拭う。
 豪炎寺は持ってきていたラフな格好に着替えた。
「豪炎寺さん、それで寝るんですか」
「ああ」
 女川はまじまじと豪炎寺を頭から爪先まで眺める。下ろされた髪は普段とのギャップも相俟ってどこか色気が漂い、衣服はTシャツに短パン――すらりと伸びた足が太股から丸見えだ。なんとも目に毒な、罪深い姿だろう。無自覚でやっているとしたら恐ろしい。
「女川こそ、それで寝るつもりじゃないだろうな」
「え、だってパジャマないんですもの」
 女川はバスタオルを巻いただけのさらなる悩殺衣装であった。
「監督に話してくる。待っていろ」
 豪炎寺は脱衣所を出て、二階堂からジャージの上下を借りて戻って来る。
「監督のだ。サイズは大きいが我慢してくれ」
 ジャージの上着だけで女川の尻まで隠れ、ズボンは断った。
 着替えた彼女を連れて、豪炎寺は居間のソファでくつろいでいる二階堂に浴室が空いた事を伝えに来る。
「二階堂監督。上がりました」
「お前ら長かったなぁ。女川、俺の服だが……」
 振り返り、二人の姿を見た二階堂は思わず目を丸くした。
 毎回の豪炎寺だけでも十分刺激的なのに、女川も合わされば破壊力が絶大である。少女二人の素足が眩しい。監督とて二階堂も健全な男性。自宅という空間が仕事とプライベートの境界を曖昧にし、正直に顔が赤らんだ。
「監督、どこ見てるんですか」
 足を閉じて上着の裾を引っ張って足を隠そうとする。本日、学校で放ったばかりの同じ台詞を吐いた。
「す、すまん」
 手をぱたぱたと振って詫びる二階堂。反応の違いに、女川の唇はにやにやと歪んだ。
「ねえ知ってますか」
 豪炎寺の後ろに回って抱き締める。
「豪炎寺さんの身体って、すっごく触り心地が良いんですよ」
「あまり豪炎寺を困らせるな。まったく、風呂場でなにをやっているんだ」
「二階堂監督、聞きましたよ。お二人ってば清い関係なんですってね」
 豪炎寺が小さく“すみません”と詫びた。
「豪炎寺が謝る必要は無い。女川、俺たちはお前が期待しているような関係じゃない」
「でも、もったいないですよ」
「だからなんだ。豪炎寺も女川も、まだ中学生だろう。さあ、湯冷めしない内に休め。先生の寝室を貸すから」
 まだ中学生――――
 どうにもならない年の差を突きつけられる。
 いつもなら諦めて受け入れるしかないのに、今夜は違った。
「まだ中学生ってなんですか。まだ中学生と付き合ってるのは誰ですか」
 反発する女川。豪炎寺は首を振るい、彼女をなだめる。
「女川、やめるんだ。監督を困らせないでくれ」
「なんですか、困らせるな、困らせるなって。二人ともおかしいですよ。本当はお互いに興味ありまくりのくせに」
 女川の手が豪炎寺のシャツを掴み、捲し上げた。
 乳房が零れるように曝け出される。
「っ!」
 小さな悲鳴を上げる豪炎寺。
 肘を突いて女川から離れ、シャツを下ろした。二階堂から背を向け、胸元をぎゅっと持って寝室へ逃げてしまう。
 二階堂は立ち上がり、女川の横を通る。
「豪炎寺に謝りなさい」
 そう言い残して浴室へ行ってしまった。
 女川は唇を尖らせ、寝室の扉を開ける。ベッドの上で豪炎寺がしゃがみこんで膝に顔を埋めていた。
「豪炎寺さん」
 隣に座ると、ベッドが鈍く軋む。
「ごめんなさい。やりすぎました」
「……女川の言う通りだ。私たちはおかしい」
 呟く豪炎寺。
「しかし、どうすれば良いのかわからない。監督にもわかっていないように思う時があるんだ。正しい方法があるとすれば、元から好きにならなければ良かったという結論になる」
「私はもっと単純で良いと思いますよ。お二人とも、もっと正直になれば良いのに」
 豪炎寺の肩が震える。彼女は笑っていた。顔を上げ、女川へ向ける。
「わかってる。私たちはちっとも素直じゃないんだ。木戸川の頃からずっとそうだった」
「じゃあ年季かかってるんですね」
「元からそうだとしても、変えてゆかなければならないな。私は二階堂監督と離れたくない……」
「……え、ええ、そうですね。そうですよ」
 ひょっとしたら真顔で惚気られているかもしれない。女川は漸く察した。


 女川と豪炎寺は二階堂のベッドで二人並んで眠る。
 風呂から上がった二階堂は家の戸締りを確認し、寝室で眠る少女たちの様子を伺ってから、居間のソファに転がって毛布を被った。
 眠りの中へ入ろうとした二階堂を、ある声が呼び起こす。
「二階堂監督」
 瞼を開けて見上げると豪炎寺が立っていた。
「起こしてしまったか」
 二階堂は身を起こして座り、豪炎寺が隣に腰をかける。
「豪炎寺。女川の事はすまなかった。よく言っておくから」
「……気にしていませんので、きつく叱らないでください」
「無理するな。嫌だっただろう、あんな事をされて。本当にすまない」
 豪炎寺の指が二階堂の衣服をそっと摘まむ。
「監督なら……見られても、かまいません」
「………………………………」
 二階堂は豪炎寺の顔が見られずに俯く。足元には二人の脚が並び、薄暗い空間が肌の色を浮かび上がらせた。
「見ても、どうとも、思いませんか」
 足の指先を動かし、絨毯を擦る。
「私は、監督が、好きだから。私に、興味を、持って、欲しいです」
 ぎこちない、途切れ途切れに豪炎寺は言う。手の平に汗が滲み、ごくりと喉を鳴らす。
「俺だって豪炎寺が好きだよ」
「女川に私は我慢をしていると言われました。二階堂監督も我慢をしていると言っていました」
「豪炎寺。お前はものわかりの良い子だ。わかるだろう」
「わかっていても、どうするんですか。このまま我慢をし続けたら、二階堂監督はどうしますか。私よりも障害の少ない他の人と浮気でもするんですか」
「豪炎寺」
 二階堂が豪炎寺の方へ視線を向ける。彼女は睨みつけるように見据えていた。けれどもその瞳には不安が押し込められて儚く揺れる。
「女川に何を吹き込まれたのかは知らないが、どうしてそんな話になるんだ。俺はそんな事しない」
「なら証拠みせてください。監督……二階堂監督は……私に我慢ばかりを押し付ける……」
 溜め込んでいた言葉を吐き出し、感情までも溢れそうになって泣き出しそうに顔を歪めた。
「あ……」
 二階堂の脳裏に今までの二人の関係が流れ込む。
 こんな関係だから仕方が無いと、我慢を強いらせていた。完全に二人きりだけの空間では愛を囁くが、そうでは無い場合はわきまえろと拒絶する。仕方が無いのは仕方が無いが、それを示す時はいつも二階堂の都合だった。
 豪炎寺はずっと二階堂の勝手を納得され続けていた。女川の揺さぶりで簡単に心は疑念を抱き、不安が渦巻いて崩れてしまう。
「ああ」
 二階堂は衝動的に豪炎寺を引き寄せ、きつく抱擁する。
「豪炎寺……俺はお前に辛い思いをさせてばかりだな……」
 髪を撫で、頬を摺り寄せた。温もりと髭の感触に豪炎寺は目を瞑り、瞼を奮わせる。
「ばかり……とは思っていません……」
 肩に触れて身体を離し、二階堂が見下ろす視界にはTシャツの隙間からペンダントと胸元が映り、豪炎寺も彼の視線に気付く。
「かんとく」
 双方の瞳が動き、視線が交差する。
 薄く開かれた唇に胸が高鳴り、瞼を閉じて口付けを交わした。
「ん……」
 長い口付けに、豪炎寺は息苦しくなり、隙間を開けて空気を取り込もうとするが、二階堂が角度を変えてきて逃してくれない。
「…………う」
 二階堂の胸元を両手で掴み、喉をひくつかせる。
「ぁはっ………は」
 解放され、大きく呼吸した。近い距離で、二階堂も息衝いて空気を取り込んでいた。豪炎寺は二階堂の首へ、二階堂は豪炎寺の腰へ手を回し、足をソファに乗せて二階堂が圧し掛かる体勢で横になる。
「豪炎寺……豪炎寺……」
 甘く囁きながら、二階堂が額を合わせて来た。豪炎寺はというと、敷かれて身体ががちがちに固まっている。緊張を解すように二階堂は豪炎寺の頬を撫で、首筋へ指を這わせるが、動きが硬い。二階堂もまた緊張していたのだ。
 互いに触れてはならない、越えてはならない一線を理解しながら、求めずにはいられない感情に魂を震わせていた――――。心臓がドクドクと高鳴り、激しい鼓動に停止してしまいそうだった。
「豪炎寺」
 二階堂の手が豪炎寺の胸の中心――心臓に触れる。豪炎寺も二階堂の心臓へ触れる。
 緊張が解けてなぜだか笑いまで込み上げて、二人は笑みを交わす。
 だが、二階堂は急に真顔になり、手を横へずらすように乳房に乗せる。豪炎寺が己の手を重ねてきた。
 柔らかく包むように力をこめられると、豪炎寺は濡れた息を吐く。
「監督」
 細い声で呼べば、二階堂が目元に口付ける。
 深い夜を回る頃、静まった二階堂の家では居間のソファだけが軋み、擦れる音と切なくも甘い鳴き声を立てていた。






 夜が明けた。女川は伸びをして眠りから覚める。
「ふぅ、う――――――ん」
 ごろりと寝返りをうってから、豪炎寺がいない事に気付く。
「あれ」
 身を起こし、乱れた髪を手で直しながら寝室を出た。簡単に見回してもおらず、居間のソファでは二階堂が背を向けて眠っている。
「どこ行ったんだろう」
 視線を二階堂から移そうとしたが、あるものを見つけて凝視した。
 二階堂の背に、何かが乗っかっている。女のすべらかな手が回されていた。察した女川の顔の熱が急激に上昇する。
「んん……」
 どちらかわからない呻きが上がり、もぞりと動く。
 ソファのスペースでは二階堂が眠るだけでもきついはずなのに、どんな密着の仕方で眠っているのか。想像すれば想像するほど、不埒な考えばかりが浮かぶ。
「ん」
 二階堂が目を覚ましたらしく、身を起こす。すると、背もたれの奥で眠っている豪炎寺が見えた。
「あふ……」
 生欠伸をして後ろを振り返り、女川と目が合うと一気に覚醒する。
「うわ、女川」
「おはようございます二階堂監督。生徒が隣で寝ているのに、よくもまあ……」
「いや、これはその」
 言い訳を並べようとする二階堂の腕を豪炎寺が引っ張った。
「……監督……もっと………………うぐ」
 素早く口を塞ぐ二階堂。
「あーっと、女川。凄い髪だぞ。顔でも洗ってきなさい」
「はいはい」
 女川が洗面所に行ったのを確認すると、豪炎寺を揺すって起こす。
「豪炎寺、ほら起きなさい」
 豪炎寺は眠気まなこを擦りながら目覚めた。女川の視界からは見えなかったが、Tシャツはくしゃくしゃで、隙間からはみ出た乳房から突起が見えそうな際どさだ。起こし上げようとした二階堂が絨毯へ足をつけると、何かを踏んで滑りそうになる。見てみれば豪炎寺の短パンであった。下着までは脱がしていないが、ずらされた形跡がある。
「かんとく、かんとく」
 覚めるなり豪炎寺は口付けを求めて、二階堂にしがみつく。まだ寝惚けているようだ。
 女川が戻る前に完全に覚まさせ、衣服の乱れを正させた。


 それから朝食を準備し、三人で食べる。
 コーヒーを口に含みながら、二階堂は女川に言う。
「女川。ちゃんと家に帰るんだぞ」
「はーい、わかってますよ。監督もちゃんとお仕事してくださいね」
「しているだろ。豪炎寺はそろそろ帰らないとな」
「二階堂監督、お世話になりました。女川も、その……感謝している」
 先に食べ終え、食器を持って立ち上がった豪炎寺に女川が声をかけた。
「あれ、今度教えてくださいね」
「……あ、ああ」
「?」
 二階堂は二人の少女を交互に見て首を傾げる。
 荷物を纏めて玄関で靴を履く豪炎寺を、二階堂と女川は並んで見送った。
「では、二階堂監督。女川」
「………………………………」
 女川はわざとらしく横を向き、目を手で覆う。恋人たちははにかみながら、しばしの別れの口付けを交わす。
 豪炎寺が帰り、二人きりになると二階堂が呟くように言う。
「女川。しつこいかもしれないが、くれぐれも」
「わかってますよ。それにしても二階堂監督って」
 見上げてくる女川の瞳がきょろりと二階堂を捉える。
「結構可愛いんですね」
「大人をからかうなよ」
「からかうのは、からかいたくなるからですよ」
 くすくすと女川は笑い、二階堂も苦いながらも薄く微笑んだ。









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