女川訪問
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「あの」
女川が口を開く。
「豪炎寺さん……ですよね……?」
「え、ああ」
ぎこちなく答える。豪炎寺の唇は強張っていた。彼女の内で上がった熱が冷えそうなほど下がっていく。一歩横に動いて、二階堂から離れた。
「二階堂監督。これって、マズくないんですか?」
一歩近付き、二階堂に詰め寄った。
「そ、それは」
視線をそらし、うろたえる二階堂。冷静だが熱い彼の動揺ぶりは、初めて見る。
「と、とにかく。家に入ろう」
二人の少女の肩を軽く叩く。大きく力強いはずのその手は、随分と頼りなく感じた。
室内に入り、二階堂は女川と豪炎寺を居間のソファに座らせ、本人は向かい側に立つ。隣り合わせると女川は豪炎寺に自己紹介した。
「木戸川清修一年サッカー部、女川です」
「雷門二年サッカー部、豪炎寺だ」
「今日、泊まる場所の無い私に二階堂監督がそれならって」
「お前が勝手に来たんじゃないか」
すぐさま訂正を入れる二階堂。豪炎寺に勘違いをされたくはない心理が見え見えだ。
「はは、そうでした。豪炎寺さんは彼氏の家にお泊りですか」
豪炎寺と二階堂を交互に眺めて続ける。二人は赤くなるどころか青ざめてしまっている。
「ま、誰にも話しませんから。言える訳ないし。安心してください」
ほっ。二人の安堵の息が重なった。実にわかりやすい。
「ねえ、そろそろご飯にしません?」
「そ、そうだな。女川、豪炎寺、手伝ってくれ」
「はい」
女川と豪炎寺が立ち上がり、二階堂と共に台所へ入り、夕食の支度を始めた。
豪炎寺は慣れた手つきで調理器具を取り出して手際が良い。一方、料理の不慣れな女川は危なっかしい手つきで野菜を切る。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫ですってば」
苦い笑いを浮かべる女川。二階堂は心配して彼女につきっきりだ。
「こうして、こうやれば良いんですよね」
「違うっ。ほら、ここを……」
二階堂が女川の手に、自分の手を重ねて一緒に切り方の実践をしてやる。
豪炎寺は鍋を煮立たせながら、つい彼らの方へ余所見をしていた。
失敗すらも明るく立ち直る女川は可愛らしいと思う。彼女は端正な顔立ちでスタイルも良い。おまけに薄っすらと施された化粧が魅力的だ。女性らしい彼女と並ぶ二階堂の姿は男女そのものであり、豪炎寺の胸は落ち着かない。
「あつっ」
指が鍋に触れてしまい、声を上げた。流しで冷やす彼女の元へ二階堂が来る。
「どうした豪炎寺」
「鍋に触ってしまって」
「珍しいな。見せてみなさい」
肩を抱き寄せ、濡れた手を取って指を確かめた。豪炎寺ははにかみ、身を寄せる。
「んんっ」
咳払いをする女川。二人はすぐに身体を離す。
「ラブラブなんですねえ」
「その、あれだ女川。ちゃんと出来ているか」
「私の事は気にしないでくだ…………うわわ」
「まったく。ほら貸してみろ」
言っているそばから失敗しかける女川に呆れながらも温かい目で助ける二階堂。豪炎寺もくすくす笑っていた。
三人で作った夕飯を美味しく食べた後、二階堂が風呂を沸かして食休みをしていた二人に話しかける。
「先生は最後で良いから、二人は順番を決めて入るんだぞ」
「監督は豪炎寺さんと一緒に入れば良いじゃないですか。水入らずで」
女川の挑発的な発言に、豪炎寺の頬は赤みがさすが、二階堂は動じない。
「馬鹿言うんじゃない」
「ふうん」
顎を僅かに上げて返事をすると、彼女は豪炎寺の腕を引いた。
「豪炎寺さん、私と入りましょうよ」
「えっ」
「ほら、行きますよ」
引かれるままに豪炎寺は女川と浴室へ向かう事となってしまった。
脱衣所に入るなり、女川は次々と衣服を脱ぎだす。大人びた下着が見えて、豪炎寺は思わず目をそらす。彼女が先に入った後で豪炎寺は下着を外した。
タオルで前を隠して浴室の扉を開けると、女川が湯船から手招きをしている。
「そんなに硬くしないでくださいって」
「………………………………」
豪炎寺は片足を上げて、湯船に浸かった。二人の少女は裸で向かい合う。
「こんなの外しちゃいましょうよ」
「っ」
タオルを奪われ、肩を竦める。
「私、豪炎寺さんと話したい事がいっぱいあるんですから」
「私と?」
「だって、豪炎寺さんが木戸川にいてくれたら、私の先輩になったかもしれないじゃないですか」
「……そうだな」
豪炎寺の肩の力が抜け、まずは女川からの質問が始まった。
「雷門中ってすっごく強いですよね」
「昔は廃部寸前の弱小だった。転校するまでサッカー部の存在も知らなかったよ」
「全然想像できません。じゃあ盛り上げに豪炎寺さんが一役買ったんですか」
「どうだろう」
「またまたあ。豪炎寺さんって独特の雰囲気がありますね。私、貴方と直接話すのは初めてですが、先輩たちからいつも聞かされていましたよ」
「………………………………」
「逃げた事を恨んでいるって言ってる割には、ずっと忘れられなかったみたい」
「………………………………」
豪炎寺の表情が曇ったのを察する女川。明るい話題に切り替えようと二階堂の名を出す。
「二階堂監督は豪炎寺さんの事、話を振られない限りは口に出さなかったように思います」
「監督らしいな」
「どんな所が好きなんです?」
「温かい所だ」
「あたた、かい?」
ぱちくりと瞬きする女川。
「二階堂監督といると、温かい場所にいるみたいに思う」
照れか湯のせいか、豪炎寺は頬がほんのりと色を染めて柔らかく微笑む。
「好きになったのは木戸川の時から?」
「ああ。私の片想いだった。受け入れてもらったのはフットボールフロンティア準決勝の後だから、本当に最近だ」
「豪炎寺さんって情熱的なんですね」
「そうか?」
「そうですよ。じゃあ今はずっと監督に温かくしてもらっているんですね。あのですね、ここだけの話ですけど」
女川は口元に人差し指をそえ"内緒"の合図をした。
「監督のエッチってどうなんですか?」
「知るか」
即答する豪炎寺。
「知るかって冷たいなぁ。ちょっとで良いから教えてくださいよ」
「冷たくしたつもりはない。私たちはそんな関係じゃない」
「は?」
目を点にする女川。ぶるぶると首を振り、表情を戻す。
「え、だって、今日だって泊まりに来たんですよね?歯ブラシだって二本あるの見ちゃいましたよ。とぼけたって無駄なんですから」
「とぼけていない。何もしていない」
「マジで…………」
女川の脳裏で、謎に満ちたいやらしい事で埋め尽くされていた二階堂と豪炎寺の想像が崩れていく。だがしかし清らかな関係を通すいじらしさは、また別のいやらしさを感じた。とっくにいい年の男性と女性へと変化していく少女が恋愛関係でありながら、何度も共に夜を過ごして何も無いのだから。そこに潜む肉欲の海を、張り詰めた理性の糸で歩む綱渡りを邪推せずにはいられない。
「じゃあ、豪炎寺さんの裸を見るのは私が初めてなんですね」
女川の視線が豪炎寺の顔から下へ向けられる。
場所が浴室なのもあり、色っぽく水気を保ち、艶やか濡れた素肌。控え目ながらもふっくらと柔らかそうな乳房。突起も色が良い。さらに下へ向けようとすると、豪炎寺は胸と秘部を手で隠す。
「豪炎寺さんって中性的な方かなって思ってましたけど、エッチな身体してますね」
「いや……私なんかより女川の方が」
やり返すつもりは無いが、豪炎寺は女川の身体に見入ってしまう。
白い素肌に赤い唇は官能的で、乳房も発育が良い。肉のつき方は理想的な女性そのもので、くびれと丸みのバランスは溜め息が出るほど素晴らしい。
「キスはしたんですか?」
「それは、まあ……」
認める豪炎寺。二階堂と共に過す日は眠る前と起きた時、帰る時に一回ずつ啄ばむような口付けを交わしている。浅い、触れるだけのキスを。もし詳細を問われたら、親子の挨拶みたいだと笑われそうだった。
「おっぱいとか触られました?」
「す、する訳ないだろう。人が入って来そうな場所で、私が寄り添うような真似したら叱るような」
豪炎寺の話を遮るように女川が手を伸ばし、彼女の乳房を掴んだ。
「なにを」
「おっぱい触ったのも私が初めてですね」
にっこりと微笑み、包むように握る。
「やめろ」
口だけで拒否し、跳ね除けようとはしない。
豪炎寺にとって女川は二階堂の大事な生徒の一人であり、後輩になったかもしれない人物。強く出られず、甘い態度を取ってしまう。
「二階堂監督、ちょっと厳しすぎないですか」
「仕方が無いだろう」
「仕方が無いって、我慢してません?」
手に強弱をつけて、豪炎寺の方胸を揉む。さすがに抵抗を見せ、手首を押さえてくる。力を加えられる前に、突起を指で摘まんだ。
「あっ……」
肩を微かに震わせ、吐息を漏らす。浴室に反響した己の声に、豪炎寺は顔を羞恥に染める。
「やっぱり。我慢してる」
女川は顔を近付けて囁きかけた。
悪戯心が疼いてたまらない。部員をまとめる二階堂が、あの女の影を一切見せなかった二階堂が、触れたくても触れられない愛おしい女性の素肌に直接触れたのだ。聞きたくても聞けない声、見たくても見られない表情を先取りする。この上も無い優越感に浸った。
もっと触れて触って弄って、いつもリアクションがそっけない二階堂を驚かせて動揺させ、羨ましがられたかった。
女川のもう一方の手が、豪炎寺のもう片方の乳房を包んだ。
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