とある日、雷門と木戸川清修は合同合宿を行う事となった。
練習に励み、仲間と交流する中で元木戸川・現雷門の生徒豪炎寺は、木戸川の監督にて雷門の教え子を持つ二階堂は、訪れた幸運に胸を高鳴らせていた。隠さなければならない関係は、隠そうと思えば思うほど意識が研ぎ澄まされ、想いは募っていく。
想いは気持ちだけではなく、肉体への欲望を囁いてくる。
とうに我慢を通り越して結ばれた関係。少しの時間でも耐え難く、たがが外れていく。
夜の静寂は音も無く悪魔のように囁く。
快楽を予感させる風を吹かせ、闇の奥へ引き込もうとする。
禁忌という甘美な毒は、一度染められたら抜け出せはしない。
君を森へ連れて行く
- 前編 -
緑に囲まれた宿舎は、夜になれば外は真っ暗になる。長い夜を盛り上げようとする生徒の見回りを懐中電灯片手に一通り終えた二階堂は、部屋には戻らずにロビーへ足を運んだ。そこでとっくに済ませた戸締りを再確認し、戻ろうとするはずの足は進まず、何の変哲も無い柱へ視線が注がれた。
「……………………………」
影から覗く、色素の薄い髪。柱に沿うように姿を現す。
「二階堂監督」
豪炎寺が後ろで手を組み、上目遣いで二階堂の名を呼ぶ。彼はTシャツと短パンというラフな格好で、首には風呂上りらしいタオルを巻いており、髪は下ろされていた。
「……………………………」
二階堂は人差し指を口元にそえ、彼に歩み寄って背を屈める。そうして吸いつけられるように二人は口付けを交わした。
「……んっ……」
触れるだけで済ますはずの口付けは、離れるどころか深くなっていく。豪炎寺が二階堂の上着を掴み、舌を絡めてきた。とはいっても動きはぎこちなく、返してきた二階堂の舌に絡まれて弄ばれる。
「は」
くちゅ、という唾液の絡んだ水音に我に返った二階堂。口付けをやめて身体を離し、衣服を正す。豪炎寺は二階堂の顔ばかりをずっと眺めている。そんな彼に二階堂が手を差し出せばすぐさま握り、二人は鍵を開けて外に出た。宿舎を出れば、僅かに声の音量を上げて会話をする。
「皆寝静まっている。豪炎寺は大丈夫か」
「はい」
「じゃあ、少し散歩でもしようか」
「はい」
繋いだ手を揺らして二人は森へと進んだ。
「道から外れるが、いい場所があるんだ」
木と木の間を見て二階堂が言い、視線を豪炎寺の足へ移す。
「足が丸出しだな。虫もあるが、枝で引っ掻かないように気をつけろ」
「はい」
豪炎寺が頷き、木の根を跨げば二階堂が足元を電灯で照らして歩き易くしてくれる。
「そんなに遠くは無いから」
「はい」
豪炎寺の表情にはにかんだ、照れ笑いが浮かび、二階堂の腕に自分の腕を絡めて寄り添う。
「なんだ、何かいたのか」
「……ふたり、きり。ですから」
二階堂は軽い咳払いをするだけで何も言わなかった。
木の間を進んだ先には草の絨毯が綺麗に引かれた小川が見えてくる。流れが緩やかで、月明かりに照らされて水がきらきらと輝いていた。
「わあ……」
「どうだ、いい場所だろ?」
豪炎寺に笑いかける二階堂。豪炎寺は目を輝かせて無邪気に何度も頷いた。
二人は川の近くに座り、豪炎寺は首のタオルを外して身体を二階堂へ傾ける。頭を腕にもたれさせて、じっと川の流れを眺めていた。二階堂は豪炎寺の髪を柔らかく撫でる。
特に何も言わず、ただ静寂を過した。しばらくすると豪炎寺が二階堂の手を取って中指を咥えだす。豪炎寺は二階堂の手が好きだった。すぐに届くし、褒められる時には撫でてくれ、励まされる時には肩に触れてくれる、その手が。関係が変わり、愛を囁きにも手で触れてくれるのが嬉しかった。秘められた箇所へ触れられれば、より高められた。お返しのように指を愛撫するのが好きになった。咥えて、舐って、吸って、時には歯を立てる。
いつしか指の愛撫は“二階堂に愛して欲しい”サインになった――――。
「ん、う」
喉を鳴らし、舌先で二階堂の指を舐る。瞳は指と顔を交互に見て、様子を伺う。二階堂は黙って豪炎寺を見詰めている。
「…………んっ」
ちっとも反応してくれないので、だんだんと不安になってくる豪炎寺。さすがに合宿中では二人きりになるのが限界か。理性では納得できるが、やはり本当の奥底では渇いた欲望が疼いている。我慢が出来ない。
「ん」
熱を帯びた視線で二階堂を見据え、指を愛撫した。
「あ」
口の中で二階堂の指が動く。
歯茎をなぞり、舌先に微かに触れて、口を割られる。
「ふあ」
唾液が水のように流れて口の端を汚す。
もう一方の二階堂の手が豪炎寺の手首を捉え、加えられる力――――。
「………………あ…………」
喉から笛のような音を出して、豪炎寺の視界は反転した。
ひっくり返った先に広がる夜空を背に、二階堂が静かに見下ろしてくる。見据えたまま、豪炎寺の愛撫で濡れた指を舌で舐めていた。
息を吸えば草の匂いがして、次に土、そのまた次に水が香る。錯覚か、並んだ時よりも二階堂を大きく感じた。そして、片手首を捉えて地に押し付ける手もまた大きく力強い。豪炎寺は二階堂に組み敷かれたのだ。
「……………………………」
本来、組み敷くのは相手を屈服させる――言わば屈辱的なもの。元から大人と子供、監督と生徒という差のある関係からさらに圧力を加えられている。苦痛を感じても良いはずなのに、豪炎寺の胸は高鳴り全身の血潮を沸かせて頬を上気させた。
差はある関係であったが、二階堂は見せ付けるような真似はして来なかった。いつも優しくて、温かくて、見守ってくれていた二階堂が強引な行動をして来たのだ。愛を交わす時にさえ、豪炎寺の様子を確かめて接してくれていたのに。
正直のところ、二階堂の気遣いには子ども扱いされているように思えて有り難い反面、不満を抱いていた。
だから今、子ども扱いをされていない、一人の人間として向かおうしてくれている。嬉しさと期待、同じくらいの緊張と不安で豪炎寺の胸はいっぱいいっぱいになった。感情だけが昂り、声が震えて意味も無く涙ぐむ。
「かん、とく……」
呼ぶだけで精一杯であった。
「豪炎寺」
返ってくる愛おしい二階堂の声は、低く静かで鼓膜を官能的にくすぐる。
二階堂は舐めていた手を豪炎寺の頬にそっと触れさせた。二人が濡らし合った指はしっとりと水気を持っていた。
「あ」
神経が過敏になっているせいか、それだけで身体に微弱な電流が走る。
指が顎の輪郭をなぞり、鼻の筋を通り、唇に人差し指があてられた。
「豪炎寺、今夜の事は内緒だぞ」
薄く微笑み、念を押して怒った素振りをする。まるで子供に約束事をさせるみたいに。
豪炎寺は大人しく頷いた。子ども扱いに苛立つ気持ちは無い。これは逆に大人として扱ってもらえるサインでもあると知っているからだ。
二人が初めて身体を重ねた夜にも似たような約束を交わした。それも内緒の為に豪炎寺の中では“秘密の夜”と認識されている。
重ねられていく秘密。二階堂に全てを愛してもらい、全てを愛する行為が始まる――意識をすれば羞恥が襲ってきた。ここは二階堂の家でもなくベッドの上でもない。何も仕切るものがない外なのだ。
「豪炎寺」
唇に触れていた人差し指が下りてきて、シャツの襟元に引っ掛かる。反射的に豪炎寺は目を逸らし、顔を背けた。
「……監督、ここは、外です……っ……」
やや高めの早口で呟く。
「ああ、外だよ」
「こんな、場所じゃ……」
「宿舎じゃ出来ないだろう?ここには俺しかいないよ」
「しかし……」
二階堂の言い方は安心させようとする一方で、羞恥を煽らせている。誘導されるままに豪炎寺の顔は熱を高めていく。
「ん?」
顔を寄せて間近で問う。じっと瞳を覗き込み、手の平を胸の中央に当てて囁く。
「嫌か?」
跳ね上がる心音が二階堂の手へ直接伝わった。
「嫌では……ありません…………。ただ…………」
きょろりと豪炎寺の瞳が動き、二階堂を見詰め返す。
「……恥ずかしい……です……」
細い、吐息のような声で囁き返した。二階堂は一瞬目を丸くする。彼もまた、豪炎寺の囁きに心音が跳ね上がったのだ。
「まだ、恥ずかしいのか?」
二階堂の熱い息が豪炎寺にかかる。接近して陰になってわかり辛いが、双方の顔は真っ赤で鼓動は早鐘のように早い。お互いがお互いに情欲を掻き立たせ、獣のように興奮し合っている。
「俺に全部見せたのに?」
二階堂は横に倒れ豪炎寺の身体を後ろから抱きこむようにして彼の髪に顔を埋め、耳の裏を舐め上げた。豪炎寺は肩を強張らせてぶるりと震える。その震えが空気から視界から二階堂に伝わり、いきなり氷を被されるような心臓に悪い、ぞくっとした寒気を抱かせた。
「……だって……こういう時の監督は」
凄く、いやらしい目をしているから。二階堂にしか聴こえない音を発する。
「慣れていない……だけかも……しれませんが…………。…………服を着ているのに、服を見透かされて…………裸を見られている……みたい……で」
「豪炎寺」
二階堂がシャツの下から手を滑り込ませ、肌に直接触れてきた。
「どうしてそう見えるか、わかるか」
「……いいえ」
「豪炎寺が俺をそういう目で見ようとしているからだよ」
大人の男の大きな手が腹に指を這わせて、胸へ上げて撫で回し、指の腹で突起を摘まんだ。
「…………はっ……」
目を瞑り、豪炎寺は淡い刺激に耐える。男の突起など触られても何も感じなかったのだが、二階堂によって徐々に慣らされるようになって変化をして来た。
すーっと耳の真横で二階堂が息を吸う。自分の匂いを嗅がれているのだと悟り、思わず息を止めた。しかし愛撫によって唇は開かれ、そこからは淫らな声が漏れてしまう。
「………ふ……っ……う」
身じろぎしようとするが、まだ捉えられたままの手首により出来ない。ずっと繋がれたままのそれは、まるで手枷のように重く熱く汗を滲ませ、短い痛みさえ走る。なのに、なのにだ――豪炎寺にとっては快感へ変わってしまう。
「あ」
突然、手首を開放され、声を上げた豪炎寺。次に二階堂から今までの言動を逆手に取られた発言をされる。
「服を着て恥ずかしいなら、いらないよな」
そう言って彼は豪炎寺のシャツを捲し上げて脱がした。
「か、監督っ」
草が背中に触れる違和感に、焦りが募る。竦められようとした両肩は再び上に被さる二階堂によって、押されて広げさせられた。
「豪炎寺、下は自分で脱げるだろう」
「え」
つい、聞き返しそうになる。
「脱ぎなさい、豪炎寺」
「二階堂監督……」
羞恥のあまり、豪炎寺は目元まで染まっていた。
「豪炎寺」
肩を解放され、もう一度名を呼ばれる。ここの空間にただ一人しかいない、唯一の名を。
「……………は………い……」
たった二文字に震えが止まらない。
「……………………………」
豪炎寺は二階堂に向かい合う、仰向けという体勢で自らのズボンに手をかける。外は少し肌寒い程度なのに指先は凍えるように冷え切り、痙攣していた。力が入らず、ゴムが引っ掛かって上手く下ろせない。左右から少しずつ、下着と一緒に下げていく。あたかもストリップショーのように、そんなつもりはないのに、誘い込むような卑猥な脱ぎ方だった。
「…………………っ………」
羞恥によって高められた感情は、涙という形で豪炎寺の瞳を熱くさせる。目にいっぱい溜められた生暖かい滴は、とうとう零れ落ちてしまう。痛くも、悲しくも無い、ただ恥ずかしいという気持ちで豪炎寺は涙を流した。
自然に囲まれた外で、最も恥ずかしい場所を自ら露にして、二階堂に全てを見られるのだ。計り知れない羞恥であった。秘密の夜もそれはそれは恥ずかしかったが、今回は二階堂の手の平でころがされている気分がするのだ。逃げ場所の無い二人きりの世界で、阻むものなど何も無いはずなのに縛られている。二階堂の思うがままに、好き放題弄られる。人間という尊厳が、所有物に変えられる。
理不尽で窮屈な征服。しかし支配の先の解放を覗かせて約束をさせてくれるのだから、豪炎寺は従ってしまう。
「ん」
秘められた茂みが覗き、豪炎寺自身が取り出された。貪欲にも既に反応を示し、涎のように先端から蜜を滲ませている。足を少し上げて、ズボンと下着を脱ぎ取った。靴も脱いで、豪炎寺はペンダント以外、全裸となる。
「二階堂監督」
不安そうな顔で伏せがちに彼を見上げた。
「これで…………宜しいでしょうか…………」
二階堂の手が伸びて、頬を濡らした涙を優しく拭い取る。
「いい子だ」
指先が目元を掠り、豪炎寺は合図を察して瞼を閉じた。
暗闇の中で、唇に落とされる口付け。甘く、とろけて、気を抜くと狂ってしまいそうだった。
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