君を森へ連れて行く
- 後編 -



 二階堂の大きな両手が脇を掴み、胸の方へ上げるようにして撫でる。次は肩、腕へと撫でていく。
 豪炎寺は小さく震えていた。本人にも原因はわからない、震えが止まらないのだ。
「は」
 手が下肢へ伸び、足の内側を撫でた。付け根を丹念に撫でて、低い声で囁く。
「温かい」
 すると、豪炎寺が足を閉じて、怒ったような目で見詰めてきた。
「嫌だったか?」
 伺いながら、付け根から腹へ手を這わせる。
「監督は。どうして俺に、恥ずかしい事ばかりさせるのですか」
「恥ずかしいのか、豪炎寺は」
「そうです。俺だけ脱がせて。二階堂監督も脱いでください」
 拗ねたように唇を尖らせる。彼はたぶん、平等ではない状況に腹を立てたのだろう。
「俺は豪炎寺に恥ずかしい事をさせたい」
 閉じた足を持ち、膝裏を上げて膝を折らせた。秘められた箇所が丸見えになり、豪炎寺は泣き出しそうに顔を歪めて足の間に手を入れ、性器と窄みを隠そうとする。
「やめてくださいっ、やめて、くださいっ」
「豪炎寺が恥ずかしがってくれた方が、何をして欲しいのかわかりやすいからな。お前はこうでもしないと、自分から伝えようとしない」
 足を下ろしてやるが、豪炎寺の不機嫌は静まらない。
「嘘です。監督は、俺に意地悪している」
「嘘とは酷いな。そこまで嫌だったらすまない。こんな真似、豪炎寺にしかしないよ」
 豪炎寺にしか――。
 一瞬、豪炎寺の顔が緩みそうになる。監督という立場の二階堂が二人きりの時だけ、豪炎寺を特別だと言う――――それは教え子の豪炎寺にとってこの上も無い優越感だ。特に自分から要求をあまり口にしない彼には効果覿面なのだ。拗ね易いが機嫌の直るのも早い。どんなに大人びていても、二階堂からすれば子供だった。だが効果的だとわかっていても、罪悪感の反動が痛いのであまり口にしないようにしている。
「二階堂監督。生徒にこんな事をするのは俺が初めてですよね?」
 逸らしがちだった豪炎寺の瞳が素直に見据えてきた。
「当たり前だ」
 二階堂は顔を寄せて、彼の下ろされた前髪を撫でるように流す。
「どうして俺に意地悪をするんですか」
 さきほどの二階堂の言葉が回答になっていないのを知っていた。
「お前が可愛いからさ」
 眉を潜める豪炎寺。これさえも回答ではないのを知っている。
 二階堂は軽く息を吐き、豪炎寺の頭を抱くようにして耳に口付け、囁いた。


 豪炎寺が好きだからだよ。


 顔を上げて向き直れば、豪炎寺は頬を染めてはにかみながら静かに微笑む。二階堂も顔の熱が上がるのを感じた。あんな真似やそんな真似をするくせに、愛を告げるのはなかなか言い出せない。我ながら不器用だと二階堂は思う。
「監督。俺も二階堂監督が好きです。監督とじゃなきゃ、こんな事はしません」
「こんな事って?」
「外で、裸になったり……」
「他には?」
「え」
 これからの行為を匂わす問いに、目を白黒させる。
「監督」
 ムッとさせる豪炎寺に、二階堂は唇に小さく口付けをした。今度はもっと深い口付けをして、舌を絡めあう。何度も角度を変えて口付けながら、豪炎寺は二階堂へ手を伸ばして上着のボタンを外す。お返しとばかりに、二階堂が突起を指先で転がす。つんと立ちあがっており、摘まんで押してやる。
「った……」
 豪炎寺は痛がるが、負けずに二階堂の胸に触れて突起を探そうとした。こういう時、布越しはなんと卑怯だろうか。さらに卑怯に輪をかけて、二階堂は突起に触れていた手を下へ伸ばして豪炎寺自身を包んできた。あたかも待っていたかのように、手の中ですぐさま自身は変容する。
「んうっ」
 身体を強張らせ、絡めていた唇が離れる。刺激に足が開いてしまい、はしたない格好になる。
「監督、ずる、い」
「俺は意地悪だからさ」
 豪炎寺の身体を全て知っているかのように、彼の敏感な性器の、さらに敏感な箇所を弄ぶように愛撫する。
「……こんな……嫌……です……っ」
 悪戯に蠢く二階堂の手を掴むが、力が入らないらしい。二階堂は自身を包む手を浮かせ、豪炎寺の手を持ってきて上から重ねた。これではまるで、豪炎寺の自慰を二階堂が手伝うような形だ。
「…………――――っ!」
 豪炎寺は羞恥で声が出ない。二階堂に誘導されるままに、豪炎寺は己の手を動かされ、自身を慰めようとする。自身は手の中で震え、先端から蜜を滲ませて指に絡んできた。興奮か、蜜の量が多く、卑猥な音も大きくなる。
「……はあ、……はあ……………は、あ…………はあ」
 呼吸する豪炎寺からやがて抵抗の色は失せるが、額には冷や汗をかいていた。目は虚ろで、彼は必死に何かを堪えている。
「豪炎寺?」
 豪炎寺の手ごと自身を強めに掴めば、彼は瞬間目を丸くして首を振るう。
「そろそろ出そうなのか?」
 首を振るわれる。
「ほら、出してしまいなさい」
 首を振るい続ける豪炎寺。彼は射精すまいと我慢しているのだろう。
 全裸で射精するなど、あまりにも道徳から外れたで動物のような行為だ。
「豪炎寺」
 豪炎寺はいやいやと髪を振り乱す。強情な彼に仕方なく、二階堂は豪炎寺の手ごと上下させて自身に刺激を与えだす。
「……あ、………は、…………ああ……かんとく、ゆるしてください……!」
「許すも何も、きついだろう。出しなさい」
「許してください……っ、これ以上…………出てしまう……。嫌、嫌です……嫌、……」
 嫌、嫌と、うわ言のように呟き、とうとう豪炎寺は達してしまった。勢いよく白濁の精がはじけるように飛び散る。二人の手を汚し、自身を伝ったものは双丘の方へ流れてしまう。
 力を失ったように思った自身であるが、手の中で若干の硬さを覚えた。元気なもので、まだ足りないらしい。


「随分と出したな」
 自身から手を離し、腹に置いた。付着した体液を塗りたくるように這わせる。
「外だと開放的か?なんてな」
「酷いです。嫌だって言ったのに」
「恥ずかしい事をさせたいって言っただろう?」
 笑いかけるが、豪炎寺はそっぽを向く。頬にはまた新たな涙の跡があった。
「怒るなよ。そうだ豪炎寺、お前の好きな事をしようか」
 汚れていない方の手で彼の頬に触れ、向き直させる。
「ほんと、ですか?」
「ああもちろんさ」
 二階堂が己の指を咥え、唇に弧を描く。
 豪炎寺は頷き、すうすうと深呼吸を始めた。裸の胸が艶めかしく上下する。
 口から指を引き抜いた二階堂は、豪炎寺の下肢へ手を伸ばす。豪炎寺が“その場所”へ届き易いように膝を立て、腰を浮かせた。大きな手が双丘を撫で、指が間に割って入って窄みに到達する。そこは豪炎寺の吐き出した精でしっとりと濡れそぼっていた。
「ふ、う」
 豪炎寺はもう一度、大きく深呼吸をした。
 二階堂の指の第一関節が挿入され、引き抜かれる。もう一度入って、引き抜かれる。
「……あ、っ……は…………ぁ」
 指が挿入される度に、ひくんひくんと喉を震わせ、膝を痙攣させた。唇から吐かれる音は苦しいものではなく、悦に浸っていた。彼は男の指を、力を抜く事で受け入れて、挿入と排出という行為に快感を抱いている。
 豪炎寺は大好きな二階堂の手に触れられるのが好きだった。指が内へ入り込み、さらに深く秘められた場所に触れられるのはさらなる喜びであった。
 彼の善がる姿を見て二階堂は回想する。初めて指を挿入した時はとても痛がっていたのに――――。
 しかし、豪炎寺は決してやめたいとは言わなかった。彼はとても頑張ったと二階堂は思う。けれどもそれだけでは治まらなかった。痛みを受け入れた後は快楽に変え、今はなんと淫らだろう。二人で密やかに行われる情事で、豪炎寺は床に敷かれると途端に乱れる。二階堂の理性のスイッチが切られるのを悟るように、彼は乱れるのだ。
 周りに比べて落ち着いた豪炎寺が、ストイックな豪炎寺が、二階堂だけの前で淫らに喘ぐ。二階堂は恐ろしささえ覚えていた。もっと乱してやりたい、意地の悪い黒い感情が渦巻いてしまう。愛は正直になればなるほど欲望に忠実に、欲望を叶える為にずる賢く歪んでいく。
「…………んっ、ふぅ」
 豪炎寺の瞳がちらちらと二階堂を伺いだす。気付いているのに、気付かない素振りで二階堂は抜き差しを繰り返した。
「ん……………………」
 やっと二階堂が合わせてくると反射的にそらしてから、申し訳無さそうに再び合わせて来た。
「どうした、豪炎寺」
「かんとく」
「ん?」
「……………………………」
 じっと目で訴えてくる。瞳は熱で潤み、つい甘やかしたくなる衝動に駆られるが、二階堂は堪えてとぼけた振りを続行した。
「かん、とく」
「だから、どうした?言ってくれなきゃわからないぞ」
「……っと」
 吐息のような音で細く言い、目をぎゅっと瞑って放つ。
「もっと、いれても、大丈夫です……」
 瞑られた睫毛が濡れて、涙が零れ落ちた。
 ずっと浅くしか入れられず、不満を抱いて自分から言い出してきたのだ。わざとという可能性もありながら、我慢が出来なかったのだろう。
「もっと?こうか?」
 指を奥まで挿入させる。すると、内がきゅうと締まって豪炎寺が眼を開けて頷く。
 今度は動きを速め、掻き乱すように変えてやる。
「…………っ、はあ、ふあ、はあっ」
 より大きな嬌声を上げて身体を震わせ、腰をも揺らす。
「豪炎寺は、ここ、好きだな」
 笑みを混ぜて指摘してやれば恥らい、口を手で隠して声を抑えようとした。
「声、我慢するな。豪炎寺はここに入れられるのが好きなんだから」
「ふぅ……ふぅ、うぅ……」
 恐る恐る手を離し、指を咥えて鳴く。その甘い声に、二階堂のすれすれの理性の糸が千切れ、もはや限界の限界まで細くなっていく。
「豪炎寺、どうして欲しい?言ってごらん」
「……俺のことより、監督はどうなのですか」
 どくん、と二階堂の胸が大きく高鳴る。
「辛くはありませんか」
 心の内で“子供は余計な事を考えなくても良い”と、気遣いを跳ね除ける思いが過った。
「俺は、監督と一緒に気持ち良くなりたいです」
「良いのか?」
 豪炎寺は目を細め、薄く笑う。
「どうしていつも、ここに来るとそんな風に聞くんですか」
「俺が大人でお前が子供という越えられない現実を叩きつけられるからな」
「二階堂監督」
 身を起こし、豪炎寺は二階堂の頬を両手で包み込む。
「……………………………」
 目を瞑り、そっと口付けた。
 理屈などいらない――――。彼はそんなような事を言ってくれたような気がした。


「……豪炎寺」
 二階堂は豪炎寺の背を撫でるようにして腰に手を当て、地に寝かせる。足を上げさせ、腰に跨がせて固定させ、己のズボンと下着をずらし、自身を取り出す。豪炎寺から影になって見えないように、そっと露にするのだ。
「あ」
 二階堂自身が豪炎寺の窄みにあてがわれ、豪炎寺は吐息を漏らす。
「豪炎寺。指を入れた時みたいに、力を抜くんだぞ」
 豪炎寺は深呼吸し、目を瞑る。
 二階堂が腰を沈め、豪炎寺の内に入り込んできた。熱く硬い肉棒が、ゆっくりと奥へ奥へと侵入する。
「……は、……はぁ、……………はあ………」
「ぐ」
 窮屈さに二階堂は呻くが、自身は深く挿入できた。
「大丈夫か、豪炎寺」
「はい」
「ちゃんと入っているか」
「はい。監督のが、俺の中でいっぱいになっています」
「奥まで行っているか」
「はい。奥まで届いています」
 息を乱しながら二階堂は質問し、豪炎寺は回答する。卑猥さと湧き上がる血潮にのぼせたように頬を染めて。
「どんな風に突いて欲しい?」
「はい。優しくしないでください」
「…………わかった」
 二階堂は決意したように、低く了承した。豪炎寺の腰を逃れられないように引き寄せ、打ち付けだす。
 肉と肉がぶつかり、次には骨同士がぶつかる硬い音を鳴らす。強くはしないが、手加減はなしに揺らした。
「あ、ああっ……!……あ、あっ、あ、あっ……!」
 豪炎寺は声を堪える余裕もなく、衝動のままに鳴いた。がくがくと振動され、無意識に土を引っ掻く。
「……ひっ!」
 奥へ届いていた自身がさらなる深みへ侵入する。
「……っは、は……っ」
 二階堂は夢中で豪炎寺を突く。狭さが丁度良く、擦れる感じがこの上もなく気持ちが良い。理性が途切れ、本能を剥き出しにして快楽を求めた。
「は―――っ………は――――っ…………」
 虚ろな瞳に恍惚の光をぼんやりと灯して二階堂を見詰める豪炎寺。涙が溢れ、薄く開かれた唇からは唾液が流れるのに、拭おうとはせず二階堂に全てを預ける。排泄器官である窄みに肉棒を挿入する行為は当然痛みが伴うはずなのに。しかも相手は恩師である二階堂が犯すように激しく突いているのに。なのに、なのに、だ。気持ち良くてたまらないのだ。脳がとろけて、煩わしいものを快楽が全て流して満たされている。
「……んっ………ん、う……」
 突かれて欲望にまたもや勃ち上がっていた豪炎寺自身は触れぬまま、どろどろと白濁を垂らして達してしまう。そこに先程見せた恥じらいの素振りはなく、はしたなく足は腰に動きに合わせて揺らすだけであった。
 そろそろ二階堂にも限界が訪れようとする。動きを止めて自身を引き抜こうとした彼を、豪炎寺は腕を掴んで首を振るう。
「かんとくので、おれをいっぱいにしてください」
 舌っ足らずな口調でおねだりをしてくる。
「かんとくの、ほしいです」
「お前におねだりされたら、俺は聞くしかないな」
 背を屈めて豪炎寺を抱きしめるようにして、二階堂は欲望を豪炎寺に注ぎ込む。
「……ふあ、ふあぁぁっ……!」
 突き抜ける快感に、豪炎寺は受け止めて善がった。




「はあ……はぁ……」
 情事を終えて身体を離すが、豪炎寺は放心したようにぐったりしている。
「豪炎寺、タオル濡らしても良いか」
 衣服の乱れを手早く整えた二階堂が問う。
「は……………」
 返事は一文字で途切れ、代わりとばかりに頷く。
 二階堂は行きに豪炎寺が首に巻いていたタオルを拾い、川の水に濡らして絞る。豪炎寺の元へ戻ると、労わるように抱き起こして、身体の汚れを丁寧に拭う。
「これは汚れを落としたに過ぎない。朝、風呂を使えるようにするから身体を洗いなさい。川の水はさすがに冷やすからな」
「監督も…………入った方が良いです…………。汗…………掻いたでしょうし………」
「そうしよう」
「……一緒に……入れますね……」
「こら、宿舎は駄目だって言っただろう。別々だ」
「けち」
「そういう問題じゃ……って、今けちって言ったか」
「はい」
 豪炎寺は喉で笑う。大分気力を取り戻してきたようだ。
「まったく、けしからん」
 そう口にしながら、二階堂はタオルで豪炎寺自身を包んで拭う。
「自分で拭けますよ」
 豪炎寺はタオルを奪おうとするが、今度は尻を撫でられるような動作で窄みを拭かれた。窄みからは二階堂が注いだ精が流れてしまっている。一度拭いても新たに流れてくる。
「豪炎寺」
 後ろから抱きすくめ、耳元で甘く囁く。
「見辛くて拭き辛いな」
 彼はまだ羞恥を煽ろうとしている。
「二階堂監督……どうすれば……良いのでしょうか…………」
 顔を熱くさせて、豪炎寺は問う。穏やかだった鼓動が速まっていく。
「どうしようか…………」
 身体を抱く手が、肌をねっとりと味わうように這って蠢く。豪炎寺は表面的な刺激と内に灯る期待の熱にぞくぞくと魂を奮わせる。
 全てを曝け出したはずだったのに、未知の領域まで開かれようとしていた。


 夜の深さは、底を知らない。










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