ご褒美
- 後編 -
二階堂の膝の上にうつ伏せに乗りかかった豪炎寺の腰。上着と、ずらされたズボンの隙間から覗く、尻の割れ目。緊張からなる身体の強張り、薄暗い部屋を照らすスタンドが溝を深く映し出した。
「手加減とか……しなくて、いいです」
椅子に顔を埋め、くぐもった声で言う豪炎寺。細く、頼りない音だった。
「そんなに緊張するな。一回だけだから」
「けれど、罰ゲームです。俺、監督にあんな事言って……間違えて……情けないです」
「手加減なしなら、これじゃ狙いが定められないな」
豪炎寺の思いつめてしまう性格に二階堂は苦い顔をするが彼には見えない。そして、ズボンを掴んで膝まで下ろした。肌が丸見えになる感覚に、豪炎寺の身体はびくりと震える。
「!!!」
二階堂の大きな手が尻の中央に柔らかく触れられれば、また震える。
羞恥に豪炎寺の顔は熱くなった。
「かん、とく……っ……」
「照れるなよ。お前の尻なんて見慣れているんだし」
「…………………………」
豪炎寺は顔を横に向け、唇を尖らせた。
秘められた情事を匂わせる発言は、二階堂から散々注意してくるくせに自分から口に出すとは。不公平さにムッとした。
「さあ、豪炎寺。大人しくしていろよ……」
豪炎寺の尻は幼く小振りながらも筋肉が締まっており、形がいい。
二階堂は撫で上げて離してから狙いを定め、叩いた。
ばちん!
想像よりも音が通り、二階堂は目を丸くし、豪炎寺は衝撃に喘いだ。
「んん……っ……………あああっ…………!!」
「…………ごう、えんじ………」
「…………………………」
腰をひくんと揺らしてから豪炎寺は身を起こす。
「豪炎寺っ、大丈夫か?あんなに強くするつもりはなかったんだ」
「音、俺も吃驚しました。でも、音だけです。そんなに痛くはなかった……」
「本当か?痛かったら正直に言うんだぞ」
「大丈夫ですから」
肩を抱き、顔を覗きこんでくる二階堂に、豪炎寺は柔らかな笑みで応える。
「監督。次こそは全問正解しますね」
「ああ……頑張ってくれよ」
二階堂は席を立ち、書斎を出て行った。一人になると、豪炎寺は扉の方を伺いながら立ち上がり、机に片手を突いてから背中下の尻の様子を調べる。二階堂に話した通り、音が大きいだけで痛くはなかったのだが、叩かれた箇所は落ち着かずに気になってしまう。
「…………………………」
しかし、気になる理由は他にもなにかがあり、なんだろうかと思い返そうとする。
「…………………………」
わからず、下着とズボンを正して問題集に取りかかる事にした。
けれども、わだかまっていた疑問は問題を解いている最中、突然開かれた。
「っ!」
思わず顔を上げ、うなだれる様に下へ傾ける。
似ているのだ。あの衝撃と――――
夜。二人きりの密室で過ごし、身体を絡め合い、密着させて息衝く情事の時。
四つんばいにされて、後ろから貫かれ、肉と肉がぶつかり合う、あれとだ。
表面から奥底へ、何度も何度も熱く激しく打ちつけて、向かい合う体位よりも容赦がない。
二階堂の姿が見えなくて不安になりそうになるのに、突かれれば一つになる快楽を味わう。
豪炎寺はシーツを握り締め、獣の体勢で喉の奥底から感じたままの音を吐き出し、腰を揺らして善がっていた。二階堂とは禁忌の関係とは裏腹に、身体の相性はとても良く、とくにあの体位は愛の囁きよりも性欲処理の方が優先で甘さなどはない。
しかし、一番あれが素直な姿だと豪炎寺は内心感じていた。二階堂は豪炎寺が嫌がる体位だと思い込み、情事の後にいつも謝ってくるのだが違う。思考が吹き飛んでしまうくらい、気持ちが良くて興奮する体位だった。
「………………ん」
不意に喉が鳴る。気付けば、舌が乾いていた。
豪炎寺は舌で唇を濡らしながら、問題を解いていく。
終わると、一度胸に手をあて、深呼吸をしてから席を立った。
「二階堂監督。できました」
「わかった。答え合わせしよう」
すぐ隣で二階堂が答え合わせをする間、豪炎寺は椅子の上で膝を抱き、揺れながら眺める。スタンドの明かりが届く範囲は狭く、二人だけを照らしていた。よく言えば“いい雰囲気”なのだ、今は。どきどきと胸が騒いだ。二階堂の傍にいられるこの瞬間。言葉などいらない。この高鳴りが、豪炎寺は好きだった。
「終わったぞ、豪炎寺」
「……………………はい」
熱視線で目を合わせれば、彼は照れた顔をして豪炎寺は薄く微笑んだ。
「どうでした?」
「うん?……………ああ。その、うん」
言い辛そうに二階堂は問題集に視線を落とす。
「やっぱり……罰ゲームなんてするんじゃなかった。豪炎寺、随分と集中力が落ちたんじゃないか」
「と、言いますと?」
「四問も、間違えている」
「……そうですか」
豪炎寺の声から、落ち込みの様子は見えない。
「確かに、監督のおっしゃる通り、俺は集中力が落ちていたんでしょう。監督のご褒美も罰ゲームも意識していて……それで間違えるようでは、いけないですよね……」
赤い舌を覗かせて唇を濡らし、放つ。
「監督。俺に存分とおしおきをしてください」
「罰ゲームだろ……?」
「それでも構いません」
息を吐く豪炎寺。その微かな音は上がっており、笑っているように聞こえた。
「かんとく」
椅子をくっつけ、近くで聞こえる息遣いも、やはり笑っているように二階堂は思う。
二階堂を見上げながらズボンと下着を下ろして足をくぐらせて脱ぎ、二階堂の膝の上に尻が乗るようにしてうつ伏せになった。
今度は椅子に顔を埋めず、横に向けて二階堂の様子を伺っている。
「豪炎寺。叩かれたがってないか?」
「貴方のせいです」
「なんでだよ」
問いに、くすりと笑うだけだった。やはり笑っていたのだと二階堂は疑惑を明らかにする。
「四回、きっちりと叩いてくださいね」
「仕方のない奴だな。知らないぞ」
二階堂は手を上げ、豪炎寺の尻めがけて叩いた。
ぱんっ!
高い音が鳴る。
「ひぃ…………っ………ん……!」
豪炎寺の鳴き声は嬌声のように色が混じった。
彼は脳裏で二階堂との情事を思い出していた。愛し合い、二階堂が気遣いながら愛撫を施し、馴染まして緩めて、物欲しそうにひくついたそこに、己の急所でもある性器を挿入する――――。
大きくて、太いそれが入り込んでいき、きゅうきゅうと豪炎寺が締め付ける中で掻き乱していく。苦しみの中に快楽を抱き、共に溶け合っていく。突きつける二階堂の身体の衝撃が豪炎寺の肉にぶつかり、肉の奥の骨、さらに体内、そして心を揺さぶる。
頭に残る快楽を反芻させる豪炎寺の瞳は半眼に伏せられ、第二撃が訪れた。
ばちっ!
「…………ん、とく………っ!」
続いて第三撃がやって来る。
ぱちんっ!!
「うあ」
衝撃が体内に蓄積し、下肢を熱くさせた。腰がかくん、と無意識に揺れる。
最後の四発目が放たれた。
べちん!
「あっ…………ああ………!」
最後の手を二階堂はゆっくりと離す。そこには薄っすらと手形のようなものが見えている。叩いた手自体もじんじんと痛む。もう一度あてて見れば、二人の肉は焼けるように熱を持っていた。
「豪炎寺、大丈夫か?」
「は…………はぁ……………」
豪炎寺は椅子に手をついて上半身を起こし、二階堂に振り向く。
染まった頬は叩いた尻のように上気しており、鼻ではなく口で息をしている。
はっ、はっ、はっ――――と、呼吸さえも熱い。こんな顔はまるで、欲情したかのようだった。
「豪炎寺…………痛かった、だろう……?」
「きもちよかったです」
「なにを」
言いかけた二階堂に豪炎寺は身体の向きを変えて、彼の膝に座り込んで首に腕を回す。
「俺は、ご褒美でも罰ゲームでも、監督となにかを一緒にするのが好きなんです」
「けどな……」
「今度は間違いないようにしますから、その時はまたゲームしたいです」
尻叩きになにを思い出したのかは言えはしないが、これはこれで豪炎寺の本心だった。
「成績が良くなれば一石二鳥なんだろう」
だけどな。二階堂は豪炎寺の腕を解かせ、腰に手を回して抱き締める。
「これで勉強は終わりか?」
「はい」
「そうか」
豪炎寺の額に二階堂は口付けを落とす。
「二階堂監督……?」
「叩くだけで終わりだなんて、俺が嫌なんだ……」
「ごめんなさい」
「間違いは誰にでもある事さ」
「違うんです」
「……うん?」
「…………叩かれたかったんです」
二階堂の腕の中で膝を抱え、彼の中にすっぽりと納まった。
「俺のせいだって言っていたな」
「気付いてしまったんです。俺は、監督に痛くされるのが、嫌いじゃないって」
何度も瞬きをして二階堂の顔色を伺う豪炎寺の瞳は、言葉の意味に含みがあるのを伝えている。
恐らく、情事での行為を言っているのだろうと察した。
「豪炎寺」
低く、そこに不機嫌さをこめて二階堂が呼ぶ。
「……………しょうが、ないじゃないですか」
俯き、ぼそぼそとした声で呟く。
「なるほど、な」
二階堂は目を細め、豪炎寺の膝を撫でて脛を摩り、尻の割れ目をなぞらせて窄みに指の腹をあてた。
「…………………………」
豪炎寺は俯いていた首をさらに傾け、小さく頷く。
その仕草が二階堂には愛らしく映る。けれどもその中に渦巻く、愛しているからこその独占欲や己の手だからこそ汚し、悪戯をして弄びたい欲求が疼いていた。こんな気持ちは隠しておきたいのに、豪炎寺の口から直接"痛くされるのが、嫌いじゃない”と告げられてしまえば、たがが緩む。
「豪炎寺。言葉には気をつけるよ。俺だって、そう冷静じゃいられないんだ」
顔を上げた豪炎寺の瞼に唇を添え、じんわりと熱を伝える。そして、温めた後に耳元で囁く。
――――ここで、しようか。
豪炎寺の耳が染まり、小さく速く頷く。二階堂の衣服を掴み、彼の胸にさらに身体を寄せた。
二階堂は豪炎寺の返事に、彼の窄みに触れていた手で引き出しを開け、軟膏とボールペンを取り出す。
「紙で切った時にぬるんだよ。ペンはインク切れてる」
豪炎寺の目の前で引っ込めたペン先に軟膏をたっぷりと塗りたくる。なにされるのかを察した豪炎寺は、握っていた二階堂の衣服を引っ張って拒否を示した。けれども二階堂は聞かない。
「力を抜いて」
ペン先が豪炎寺の窄みに触れ、彼は目を硬く瞑る。
「――――っん!」
ペン先は二階堂の指先とは異なり、浅いところから慣らされるのではなく、普段よりやや深めの位置まで侵入してきた。冷たく硬く、二階堂のものではない異物を受け入れてしまう。
豪炎寺は目を見開いて、首をぶるぶると振るった。
すぐさま引き抜かれるが、再び入り込み、抜き差しを繰り返される。
「いや、です………かんとく……!」
嫌がるのに身体は正直に腰を動かし、より深く入り込むように受け入れようとしていた。
二階堂を受け入れてしまったその場所は、もはや本来の排泄器官だけではなく快楽を抱く場所と身体が覚えてしまっていた。
「監督じゃなきゃ……!……監督……!」
「使っているのは俺だぞ。豪炎寺、落ち着け」
豪炎寺に優しい表情を向けながら、手では惨く弄ぶ二階堂。
二階堂に耳を傾け、馴染みもしてきたのか豪炎寺は大人しくなっていく。だが顔だけは不服そうにしかめられていた。
「豪炎寺、そんなに嫌か」
「俺の気持ちを知っていて…………」
「ああ、知っているよ。知っているから試したくなるんだ。豪炎寺、言っただろう?俺に痛くされるのは嫌じゃないって」
「…………はい」
「俺も、正直に言う。俺は、どんなお前も好きだって思う。今みたいな不機嫌な顔も」
「…………………………」
豪炎寺は上着を噛み、沸き上がる嬌声を押さえ込んだ。呆れでもして怒る気力が失せたのか、ぼんやりとした表情へと変化していき、異物の侵入を黙って受け入れるようになる。
二階堂が鼻の頭に唇を寄せれば“ん”と、甘い吐息がくぐもって鳴った。
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