DOLLS
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二階堂は寂しさを抱いていた。
頭の中で浮かべるのは豪炎寺のことばかり。いつの間にか、こんなにも彼の存在は大きくなっていた。
豪炎寺としばらく会えていない。住む世界の違う二人は常に社会の忙しさに流され、時間を削られていた。
メールや電話で連絡は取っているが、それでも寂しいものは寂しい。温もりが欲しくなる。
彼が転校して遠くへ行ってしまった時は虚しさと後悔が付き纏ったものだが、あの時とは気持ちは異なる。いつでも繋がれるからこそ、繋がれない現実が苦しいのだ。
――――すぐにでも、お前を抱きたいよ。
飢えは肉欲に直結して、一人頭を振った。
そんなある日。二階堂が待つ人もいない家へ帰宅すると、電話がかかってくる。荷物を届けたいからという宅配便からだった。そしてそれは、夜にやって来た――――。
二階堂が預かった荷物は、大きな大きな大きな……玄関を埋め尽くすほどの箱。
中身を開けて、さらに驚愕する。
ビニール詰めにされた豪炎寺が生まれたままの姿で眠っていたのだから。しかも、三人である。
不気味さと奇怪さに駆られて青ざめる二階堂だが、事件の香りはしない。側には冊子がついていた。電気製品やパソコンなどについてくるような取り扱い説明書の造りをしていた。
「ええと……なになに……“遠距離の恋人との愛を繋ぐ生体ドール”……ただいまお試しキャンペーンにて、アンケートを答えていただいた方に抽選で配送しております……」
――――アンケート?
二階堂は文面を読んでいく内に、心当たりがあるのを思い起こす。
以前、豪炎寺と買い物をしていた時に街頭アンケートに答えた事があった。
“貴方は今、遠距離恋愛をしていますか?”というものだ。今、隣にいるのがその人物と気付かれていないのをいい事に、豪炎寺と二人で答えた。“もしも自分のコピーが相手の元へ届くのなら”というおかしなものもあり、この生体ドールが関係するなどとは夢にも思わなかった。
説明書の隙間から、一枚の色づいた紙が落ちる。アンケートに答えた、豪炎寺の手書きのメッセージが焼き付けられていた。
俺だと思って、大事にしてください。
このメッセージに、当選したのは豪炎寺なのだと察した。だがどうやって自分の住所を割り出されたのか、恐ろしくも思う。このような本物そっくりな人形が作れるのだから、それなりの機関なのだろう。
しかし怪しさよりも、二階堂は目の前にいる愛おしい豪炎寺に興味が湧いていた。
“豪炎寺”を大事に扱う為に、説明書を熟読していった。
・この生体ドールは貴方の恋人の体の構造と記憶を所有しています。
・貴方への想いの許容量が越えた場合、複数体となります。
・貴方を愛する為に活動します。活動源は即ち、貴方の"愛"です。
・食事は出来ても、栄養にはなりません。
・実体との距離が近いと活動を停止します。貴方と距離を置きすぎたも場合も活動を停止します。
・口付けで起動します。唇にあるセンサーは熱と唾液に反応します。
読み進めていくと、注意書きの欄にたどり着く。この生体ドールは恋人を愛する為に動く為、身体を欲する性欲の衝動を持っているのだと――――。
・愛の営みを深めたい場合は同封の“調教セット”を使用してください。
・暴走した場合も動揺に、同封の“おしおきセット”を使用してください。
「調教だの、おしおきだの、酷いな…………」
セットは生体ドールと区分けされた箱の中に入っていた。中身は拘束具と性の玩具が入っている。
「なんだこれは……」
二階堂は嫌悪に顔をしかめる。豪炎寺といくら愛し合っても、道具などは使用した覚えはない。こんなものを揃えられては、愛するというより性交するだけの人形に思えてしまう。
だが、起動しないという選択肢は二階堂からは消えていた。セットの箱を避けて、ビニールを破って“豪炎寺”を取り出す。死んだように眠っている人形を一人抱きかかえる。重さは本人と変わらない。二階堂は顎を捉え、口付けを落とした。
「…………ん?………」
瞼を震わせ、目を開く“豪炎寺”。次第に身体が熱を灯し、人に近い体温に温まってくる。
「“豪炎寺”?」
二階堂が呼べば、ぴょこ、と髪の中が動く。よくよく見れば、ふさふさの猫のような黒い耳がついている。
驚いて床に置いた説明書を見回せば、近くにチラシのような紙が落ちており“ただいまネコミミ&ネコのシッポのオプションパーツもプレゼント!”と書いてあった。
「かん、とく……?」
本人そっくりの声に目を見開く二階堂の唇に、"豪炎寺"は口付けを返す。
「監督!」
腕を回して抱きつかれ、思わず抱き返せば、尾てい骨に黒く長い尻尾が揺れていた。
「二階堂監督……会いたかったです……」
「俺もだよ…………“豪炎寺”……」
無意識に、生体ドールの言葉にそう答えていた。
「さて“豪炎寺”。他の豪炎寺も起こすから待っていてな」
「はい」
聞き分けの良さは、いかにも本人が答えそうで、二階堂は一人目を起動させるなり彼が生体ドールという事実を忘れそうになる。
「二階堂監督……」
「かんとく……」
二人目、三人目を起動させ、彼らは眠そうに眼を擦りながら二階堂を見て薄く微笑む。
「随分と大人数になったなぁ」
“豪炎寺”が笑ってくれれば、二階堂も嬉しい気持ちになる。
だが“豪炎寺”たちは意識が覚醒すると、身を寄せ合って抱き合い、訴えるように上目遣いで二階堂を見詰めてくる。
「どうした?」
問うと、一人が頬を染めた。遅れて二階堂は悟った。誰一人衣服を着ていないのだ。
「すまん。裸じゃ恥ずかしいか」
こくん、と頷き、性器を手で隠した。
「今は俺の服しかないが、明日あたり予備のユニフォームでも持ってくるよ」
二階堂は三人を寝室へ連れて行き、自分のワイシャツを着させる。だが、尻尾があるせいで裾が持ち上がってしまい、尻が丸見えになってしまう。それを二階堂に見つからないように隠そうとしているのだが、彼にはお見通しであり、可愛らしく映ってしまう。
「尻尾の穴を開けようか?」
「しかし……監督の服が駄目になってしまいます……」
「いいよ、その服はお前たちにあげるよ」
「でも…………」
一人の“豪炎寺”の肩を押さえ、後ろを向かせて尻尾穴の大きさを測ろうとした二階堂は、あるものに気付き、大きくシャツを捲くった。
「……にゃっ……!」
猫オプションのせいか、猫のような悲鳴をあげる“豪炎寺”。捲くった先には、尻に番号が刻まれていた。
他の“豪炎寺”のも確かめるが、連番が刻まれている。これで各“豪炎寺”の見分けがつくと、内心二階堂は思う。
「監督、どうしたんですか?」
「お尻に番号が書いてあるんだ。お前は01ってさ」
ベッドに座り込み、二階堂は01豪炎寺を指差して言う。
「そう……なんですか……」
01豪炎寺は自分でシャツをめくり、己の尻の文字を確かめる。尻尾をゆらゆら揺らしながら。
「本当だ。ある。では、やはり尻尾の穴は空けないほうが、監督が俺たちの事をわかってくれると思います」
01豪炎寺の後ろで02、03豪炎寺が頷く。彼らの目は二階堂に注がれ、愛おしそうな視線を送っていた。“豪炎寺”たちの心は二階堂で全てが埋め尽くされている。二階堂を愛する為に目覚め、二階堂と愛し合う事を望んでいる。
「ちょっと恥ずかしいかもしれないが、穴は空けない方向でいいか?」
「はいっ」
01豪炎寺が二階堂の隣に座り込み、ベッドの上に乗って彼に口付けた。
「“豪炎寺”?」
「好きです、監督」
ちゅ、ちゅ、と頬に口付けを数回落とす。
二階堂は彼らが本人よりも愛情表現がストレートだなどと、のんびり思う一方で、他の“豪炎寺”たちはムッと表情を硬くしていた。二階堂を愛おしく想うあまり、嫉妬の心も芽生え始めていたのだ。
夜は深まり、眠る時間となる。
生体ドールは本当に食事はいらないようで、空腹の素振りは見せなかった。
“豪炎寺”は二階堂と一緒に眠りたいような視線を送っていたが、とても四人でベッドには入れず、二階堂は彼らに居間で敷布団を敷いて寝させた。
「お休み」
「お休みなさい……」
布団の中から二階堂に手を振り、彼は寝室へ入っていく。いきなり生体ドールという謎の存在が三人もやってきたが、“豪炎寺”三人は満更でもなく二階堂はぐっすりと眠れた。
だが、真夜中に眠りを妨げる者が現れたのだ。
「監督…………監督…………」
二階堂を揺らして起こすのは02豪炎寺であった。
「ん、どうしたんだ?“豪炎寺”……?」
「眠れません……」
薄っすらと目を開けようとすると、02豪炎寺が布団に潜ってくる。
「かんとく」
二階堂に腕を絡ませ、顔に摺り寄せるように啄ばむような口付けを施してきた。
「かんとく……」
二階堂を見詰める瞳は熱を持ち、頬も上気している。その表情に二階堂は説明書の内容を思い出し、彼が発情しているのだと察した。
「好きです、かんとく」
02豪炎寺はシャツのボタンを外していき、素肌を露にさせる。既に胸の突起はぷっくりと勃っており、性器も半分昂っていた。シャツの襟元を持ち、己の欲情を見せ付けてくる。だが大胆な行動にも関らず、02豪炎寺は本人のように羞恥に顔を背け、つぐんだ唇を震わせていた。
「ごう、えん…………じ……」
02豪炎寺の頬に優しく触れて、振り向かせる。
相手は本人ではなく生体ドール。そして、三人もいるのに一人だけに特別な態度を取る――――。いけないとわかっていても、目の前に豪炎寺の姿で自分を求められては断れない。
「かんとく。欲しい、です。抱いて、ください。セックス……した、い」
「そこまで言わなくていいよ」
額に口付けて、緊張を解いてやる。二階堂は欲情に震えるドールを抱いた。
02豪炎寺を抱き寄せ、頬に口付けてから首筋へ舌を這わせる。
「ん、んあっ…………ふあ………ああ」
ぴくぴくと震えて反応する02豪炎寺。甘く濡れた声が二階堂の鼓膜を刺激する。
ドールはやはり本人とは違う。本物の豪炎寺は、甘い声を出すまでに愛撫に時間をかけねばならない。口をつぐみ、身体ががちがちに硬くて、撫でてやらなくてはならない。
02豪炎寺は本人から比べれば、ふにゃふにゃとしていた。愛撫すれば愛撫しただけ、反応して淫らに乱れる。反応するたびに耳や尻尾をぴくぴく動かす。
体勢を変え、背後から豪炎寺を抱きながら突起を摘まんで転がす。
「にゃっ………!あああ………!」
身を捩じらせながら感じる02豪炎寺の喘ぎは媚びに色づく。
いかにも、性交を目的とした人形のように。抱く自分より、ドールの存在に虚しさを抱く。
けれども抱いて彼が満たされるのなら、愛してやりたいとも思ってしまう。
「“豪炎寺”……」
昂った02豪炎寺の性器を手で包んで軽く擦ってやれば、とぷとぷと精液が溢れる。
感触は精液そのものだが、それに雄臭さはしない。気分だけのまがい物だった。
「かん、とく。かんとく」
腰を揺らして身体をずらし、器用に二階堂のズボンを下ろして下着から性器を取り出し、尻の割れ目に合わせようとする。
「…………………っ………」
窄みに性器の先があたると、二階堂は顔をしかめた。
愛撫は出来ても、このまま挿入をしてもいいのかと迷いが生じているのだ。
しかし想いとは裏腹に身体は正直で、性器はギンギンに血液を集めて貫く時を待っていた。
「かん、とく?」
02豪炎寺は不安そうな声を上げ、二階堂の手を持って指先を舐りだす。
ちゅぱちゅぱと音を立てて、二階堂を誘う。
「う、くぅ」
愛おしさと欲情で身を焦がし、二階堂は02豪炎寺に腰を沈めた。
ぐちゅ、と慣らさずとも呑み込み、きゅう、と締め付ける。きゅう、きゅうと強弱をつけて締め付られ、たまらない快楽が二階堂の脳をとろけさせ、理性を壊す。
「あうっ」
ベッドが軋み、二階堂は本能のままに02豪炎寺をうつ伏せにさせ、夢中で腰を揺らした。
「……ひゃ……ああっ……!ひあっ………あっ」
02豪炎寺はシーツに頬を擦り付けて、手で掴みながら二階堂の激しい突きに耐える。腰を上げた獣のような体勢で、呑み込んだ二階堂の性器に快楽を与える。
「“豪炎寺”……!ああ、ごうえんじ、……!」
二階堂はありのままの欲情を02豪炎寺に叩きつけた。本人ならば痛がって出来ない力任せの行為を生体ドール相手にぶつけていた。生体ドールは二階堂を受け入れ、甘い声で乱れてくれる。
ベッドをぎしぎしと軋ませ、二人が愛し合う姿を覗く目があった。
「……………………………」
扉を薄く開け、じっと見詰める01、03豪炎寺。
彼らの胸は嫉妬で壊れそうに締め付けられるのに、情事の様子に興奮が抑えきれないでいた。
01豪炎寺が03豪炎寺の手を、きゅうと握り締める。03豪炎寺が振り向けば、01豪炎寺はシャツの前が性器の昂りで持ち上がってしまっていた。
「!」
慰めるように、03豪炎寺が01豪炎寺の頬を舐める。01豪炎寺が驚いて見れば、03豪炎寺も昂りが隠せないでいた。
「……………みゃ……」
01、03豪炎寺は向き直り、お互いを抱き締めて愛撫を施し、慰めあいをする。一度興奮した身体を沈める術はこれしかないのだ。嫉妬をむき出しにして混ざる事は、本人の性格が拒否していた。
「んん……っ………はあ、あ……!」
02豪炎寺の内に二階堂が欲望を注ぎ込み、彼もまた同時にはじけさせる頃、傍観者たちも果ててしまっていた。
四人が快楽を満たした後、二階堂は後悔に立たされる。本人と会えない寂しさに負けて、申し訳ない気持ちになっていた。
「“豪炎寺”、終わったらあっちに戻りなさい」
ティッシュで窄みより零れた白濁を拭いながら、02豪炎寺に言う。
「嫌です」
きっぱりと断る02豪炎寺。二階堂の腕にしがみつき、離れまいとする。
こうされてはどうにも出来ない。本人はそうそうしてこないのだが、二階堂は豪炎寺の甘える仕草にはとことん弱かったのだ。特に腕にしがみつくこの姿は威力が大きい。
「しょうがないなぁ……」
もし問い詰められても言い訳はなんとでもなるので、許してしまえばパッと顔を輝かせ、嬉しそうに尻尾を振る。
「もう一回、しましょ」
「こら、調子に乗るな」
叱り、乱れたシャツを脱がせてから、タオルを濡らしてきて汚れを拭う。
本当は浴室で流したいのだが、他二人に見つかってしまうから出来ないのだ。
綺麗にさせたらシャツを着させ、一緒にシーツを取り替えてから布団に入る。その時に、なにからなにまでしてしまった事に気付く二階堂が02豪炎寺の顔を見れば、彼はすっかりご機嫌な態度で抱きついてきた。
「二階堂監督、大好きです。明日もいっぱい愛し合いましょうね」
「こら……だから、お前だけとはいかないんだぞ……」
苦笑を浮かべながら頭を撫でてやれば、すうすうと寝息を立てて02豪炎寺は眠ってしまう。
「はぁ…………」
溜め息を吐く。明日が思いやられた。
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