DOLLS
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翌日。二階堂が眠りから覚め、目を瞑ったまま寝返りをうとうとすると、大きく硬いものにあたる。
少し考えた後に、昨夜豪炎寺そっくりの生体ドールが家にやって来て、その中の一人と一緒に寝たのを思い出す。
薄っすらと眼を開けると、02豪炎寺が二階堂に向き合い、目を細めた。
「二階堂監督、おはようございます」
「おはよう……」
挨拶を交わすなり、02豪炎寺は目の前でシャツのボタンを外しだす。
「“ごうえんじ?”」
「監督、セックスしましょう」
シャツを脱ぎ払い、全裸で二階堂に抱きつく。
「なっ……こら!やめっ、……やめなさい!」
「かんとく、かんとく」
ちゅ、ちゅ、と口付けの雨を降らせて二階堂の衣服も脱がせようとボタンを握りこむ。
「こら!昨日からお前は!」
二階堂は02豪炎寺の破廉恥極まりない行動に怒る。
本人が絶対にしないであろう行動を、本人そっくりの姿でされるのが腹立ったのもある。
02豪炎寺を引き剥がしてシーツに押し倒し、生徒言い聞かせるように叱りつけた。
「いい加減にしなさい豪炎寺。そんな悪さばかりする子は……………………先生、嫌いになるぞ」
「!!!」
02豪炎寺は目を見開き、次に顔をくしゃりと歪める。
「監督…………ごめんなさい。もう、しませんから……許してください……俺を嫌いにならないでください…………嫌いに、ならないで」
態度の変わりように戸惑いながら慰める二階堂。
「きつく言い過ぎて悪かったな。怒ってないから、ほら着替えて皆の所へ行こう」
「はい……」
02豪炎寺の落ち込みようは酷く、身を起こし、着替えるまでの時間がかかりすぎて代わりに二階堂が着替えさせた。
「さあ、あっちに行こう」
二階堂が手を差し伸べ、手を繋いで寝室を出て居間へ行く。
すると、既に01豪炎寺と03豪炎寺が布団を片付けて、二階堂の為に朝ごはんを作っている最中であった。
「おはようございます」
「もうすぐご飯ができますよ」
エプロンをつけてテキパキと行動する。あっという間に朝ごはんは用意され、二階堂は席に着いた。
「美味しそうだな、いただきます」
二階堂は食事を始めるが、食事は二階堂一人分。“豪炎寺”たちはじっと彼の食事を眺めていた。その時でも02豪炎寺の元気はなかった。
二階堂は抜け落ちていたのだ。この“豪炎寺”たちの活動源は二階堂の“愛”だという事を。02豪炎寺は二階堂の“嫌い”という言葉に反応し、活力をごっそり奪われてしまったのだ。
「……なあ“豪炎寺”」
02豪炎寺に語りかける二階堂。
「こっちに来なさい」
呼び寄せ、膝に乗せて後ろから抱き締める。
「かん、とく?」
「さっきの事、まだ気にしているのか?俺がお前の事を嫌いになる訳ないだろう?」
02豪炎寺の頬に赤みがさし、嬉しそうに頷いた。二人の様子を面白くなさそうに見ている01、03豪炎寺。とうとう03豪炎寺が零す。
「二番ばかり、ずるい」
「わかったよ。次にお前たちを抱っこしてやろうな。ははは」
笑う二階堂だが、01、03豪炎寺は昨夜彼が02豪炎寺を抱いたのを知っている。ぎこちない笑みで返しながら、早く二階堂に抱いてもらう機会を伺っていた。
食事を終えると二階堂はシャワーで汗を流し、学校へ行く準備をしようとする。
ところが、途中で浴室の扉を叩く音がして、返事をすれば"豪炎寺"が入ってきた。
「監督。お流しするのお手伝いします」
素っ裸で、前を隠さずに足を踏み入れる。尻には"03"と書かれていた。
「あ、ありがとう……」
03豪炎寺はスポンジをボディソープで泡立て、せっせと身体を洗ってくる。シャワーホースも手に取り、丁寧に流してくれた。だが湯を切り、ホースを床に置くと妙な事を言ってくる。
「……さ、監督。座ってください」
「え」
言われるままに床に腰を置けば、03豪炎寺は四つんばいになって二階堂の股の間に顔を突っ込み、無防備な性器を咥えた――――。
「…………ん」
くちゅ。湯を切って静まった浴室に、水音が鳴る。
「んっ…………むぅ……、んんっ」
舌を器用に扱い、口内で二階堂の性器を愛撫した。頭を沈め、腰を上げた獣の体勢で尻尾を揺らしている。
「………あ、うぅ」
性器を直接刺激され、二階堂は堪らず呻く。
けれども頭を振り、03豪炎寺の頭を掴んで性器を口から吐き出させようとした。
「な、なにをする!」
本物の豪炎寺には口で愛撫などさせた覚えはない。
豪炎寺がそんな真似をするなど、二階堂には考えられず反応が遅れたのだ。
「にゃあ…………?」
顔を上げた03豪炎寺はきょとんとしており、止められた理由が出来ないようで、二階堂の手を退けて再び愛撫を施す。ぱく、と大きく口を開けて二階堂の性器を咥え、ちゅぽちゅぽと出し入れする様を上目遣いで見詰めてくる。
どきん。二階堂の胸が高鳴り、なにかを言いかけた唇が凍った。
「ふう、ん。くぅ…………んっ……」
03豪炎寺の舐る舌の動きは絶妙に二階堂の快楽を突いてくる。
鈴口を甘く吸い付けられれば二階堂は震え、善がる衝動を抑えきれない。
「あ、はあ………あ……!」
二階堂の喘ぎに03豪炎寺は恍惚とした表情で目を細め、より愛撫を激しくする。性器は血液を集めて形容を変えて膨張していく。その最中に03豪炎寺は手を下肢へと持っていき、己の性器を擦って自慰をして高める。
とうとう二階堂の欲望がはじけると同時に03豪炎寺も達した。
「は…………ん……」
03豪炎寺が頭を上げて床にぺたりと座れば、顔は二階堂の白濁にべっとりと濡れて身体へ伝わせ、股の間には己の白濁を散らせていた。
「……………………………」
白濁まみれのどろどろな03豪炎寺に、二階堂は目を奪われ、しばし放心とする。
彼の姿は征服欲を疼かせ、"豪炎寺"を思うままに扱いたい悪い感情を芽生えさせようとした。
「…………ん……ぅ……」
03豪炎寺は白濁を手に擦りつけ、ぺろぺろと舐めて拭いだす。その目には生理的に滲んだ涙が零れ、頬を伝う。
「!」
二階堂の“欲”が引っ込み、03豪炎寺の汚れた姿を哀れに映る。
「舐めるのはやめなさい。汚いぞ」
「おいしいです、監督。監督の愛情が詰まってます」
「お前が無理やり俺に出させたんだろう?」
「…………っ……」
その通りであり、03豪炎寺はしゅんと猫耳を垂れさせた。
「ほら、綺麗にしてあげるから、大人しくしているんだぞ」
二階堂は03豪炎寺に湯を浴びせ、優しく洗い流してくれる。撫でてくれる手に愛情を感じ、03豪炎寺は“にゃー”と鳴いて尻尾を振った。
二階堂と03豪炎寺がほかほかの身体で出てくると、01、02豪炎寺が尻尾をぴんと立てて苛立った表情で待っていた。
「監督、ずるい。俺ともう一回するの断ったのに」
「二階堂監督、俺ともしてください」
初めは己の欲望を口に出すのを恥らっていた彼らだが、次第に対抗意識が表れたのか気持ちをはっきりと口に出すようになる。
「元々はお前たちが勝手にやりだした事だろう?俺は学校に行くから、喧嘩しないで仲良くお留守番しているんだぞ」
「かんとく、寂しいです」
尻尾を垂らし、三人の“豪炎寺”は二階堂にしがみついて“にゃあにゃあ”と騒ぎ出す。二階堂はよしよしと慰めてから仕度を整え、家を出て行った。
「これじゃギリギリだなぁ」
二階堂の勤め先である木戸川清修へは車で向かう。信号を運良く切り抜けていき、間に合うと確信した時、後部座席の方から猫の鳴き声がした。
「にゃー……ん……」
だがそれは猫ではないのを二階堂は知っている。バックミラーから見えるのは、座席下から黒い尻尾がぴょこんと立てて“豪炎寺”が出てきて座る様子だ。
「お前は一体なにをやってるんだ」
ジト目で放つ二階堂。
「お、俺は一番です」
名乗る01豪炎寺。朝から“にゃあにゃあ”鳴いてばかりの彼ら。二階堂は気持ちが昂っているせいなのかと察し、盛らせないように落ち着いた声で話しかける。昨晩や朝と、さすがに下半身がだるく、時間の問題もあるにはあるが性的なものから避けたかった。
「一人だけか?」
「はい」
「どうして来たんだ?」
「二階堂監督と、いつでも一緒にいたいんです……」
ぼそぼそとした声で答え、俯かせながらチラチラとバックミラーを伺う。
――――いつでも一緒にいたい。
それは二階堂も同じ気持ちだ。けれども二階堂にも本人である稲妻町の豪炎寺も、お互いの生活があり、離れ離れでなかなか会えない現実がある。
生体ドールが来て寂しさが満たされるのと同時に、現実の寂しさがより脳裏で浮かび上がった。
「“豪炎寺”、ここに来るまで裸足で来たのか?」
「靴をお借りするとバレると思いまして」
01豪炎寺は足裏を見せる。大きく足を上げたものだから、下着の履いていないシャツの中身が丸見えだった。彼も気付いたらしく、小さく声を上げてからシャツを引っ張るように座り直し、猫の耳をぴょこぴょこ動かす。
「お前も知っているだろう?俺には……先生には学校があるんだよ」
「待ちます」
「いい子にするんだぞ」
「はい」
真剣な表情で返事をした。そんな態度で出られれば断れはしない。
木戸川清修に着いて車を停めると、二階堂は01豪炎寺にジャージの上着を貸す。
「これで隠れてなさい」
「はい」
01豪炎寺は猫のように丸くなり、二階堂のジャージをかければすっぽりと隠れた。
「じゃあ行ってくるよ」
「二階堂監督、お仕事頑張ってください」
二階堂は車を降りて鍵を閉める。車の中に置いていくのは、やや不安が残るが彼が生体ドールなのだと強く思い込みながらサッカー部の朝練の場であるグラウンドへ向かった。
監督として、先生として生徒たちと戯れながら、二階堂は本物の豪炎寺の事を考えていた。彼に生体ドールの話をするべきだろう。そう頭では思うのに、昨夜は情事を交わし、朝は己の欲望をかけてしまった後ろめたさを引きずって戸惑う。豪炎寺の姿をして、豪炎寺の記憶を持つが、本人ではないのだ。
二階堂は連絡手段である携帯電話を何度も気にしながら、かけられずに溜め息を吐いていた。
だが、悩んでいたのは二階堂だけではない。
稲妻町の雷門中で、豪炎寺も同じように携帯を気にしては二階堂にかけられない葛藤を抱いていた。
「はぁ…………」
昼休み。廊下の隅で溜め息を吐く。携帯を開いては閉じを何度も繰り返していた。
――――二階堂監督。
愛おしい人を想い浮かべると、寂しさで胸は締め付けられるのに、押し戻すように鼓動がはじけるように高鳴る。思い出すのは夕闇に染まった甘いひと時。こくん、と無意識に生唾を呑んでしまう。
豪炎寺にもまた、つい昨日の学校帰りに彼の元へ生体ドールが届いていたのだ。もちろん、形成する姿は二階堂であり、人数は三人いる。
その荷物が届いた時、あまりの大きさに家政婦のフクは驚いていたし、豪炎寺自身も目を丸くさせて驚いた。箱は固体が大きかったので三つに分けられていた。
目にした途端に豪炎寺は勘が働き、玄関で封を開けずにフクに手伝ってもらいながら一つずつ自室へ持っていく。そして自室の扉がちゃんと閉まっている事を確認してから、緊張する手で封を開ける。
しかし、中に入っていたものは豪炎寺の想像を超えていた。
「かっ……かん、とく?」
一糸纏わぬ“二階堂”が、ビニール詰めにされて入っている。同封されていた説明書を素早く読むと、豪炎寺はビニールを引き裂いて一体目に唇を押し付けた。
「ごう……えん、……じ?」
眼を開き、猫の耳をぴょこんと立てる“二階堂”の生体ドール。番号は01だった。
二階堂そのものの声に、豪炎寺は驚きと同時に己の衝動を後悔する。
――――二階堂監督をどこに隠せばいいんだ?
向き合って俯き、考え込む豪炎寺を01二階堂は顔を上げさせて抱き締める。
「豪炎寺。お前には家族がいるもんなぁ……。俺は迷惑だったな」
「迷惑なんかじゃ……!」
言いかけた豪炎寺は手を合わせた。なにかを閃いたのだ。
「二階堂監督、少し待っていてください」
自室を出た豪炎寺は“ごめんなさい”と呟くと父の部屋に入り、シャツとズボンと下着を取って“二階堂”の元へ戻る。
「これを着てください」
「これ、豪炎寺のお父さんのじゃないのか?」
「いいから、早く。ここを出ましょう」
幸い、家には父も妹もおらず、フクだけだ。彼女に見つからないように二人は家を出て、豪炎寺は01二階堂を鉄塔の小屋へ連れて行く。
「ここなら誰にも見つかりません。他の荷物も持って行きますので、待っていてください」
「おい、豪炎寺っ……!」
01豪炎寺の静止も聞かず、豪炎寺は自転車で箱三つを苦労して持ってくる。途中、壁山に出会い、彼は詮索せずに助けてくれたのは随分と有り難かった。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
豪炎寺は埃だらけの小屋の床に、大の字になって倒れて大きく呼吸をする。
「豪炎寺……、疲れただろう。ごめんな、なにもしてやれなくて」
「そんな事、ないです。久しぶりに監督に会えた気がしますから……」
薄く笑う豪炎寺。あくまで気分だと思いたかった。目の前にいる“二階堂”は“二階堂”であって二階堂ではないのだ。
「豪炎寺、そこを立ちなさい。モップがあったよ、軽く掃除する」
01二階堂はロッカーからモップを取り出して、立ち上がらせた豪炎寺と自分の周りを綺麗にした。
「これで少しは座りやすくなるんじゃないか?」
「そうですね……」
靴を脱ぎ、腰をかけて楽な体勢を取る二人。すると01二階堂が豪炎寺を引き寄せ、後ろからぎゅうと抱き締める。二階堂の開かれた足の中にすっぽりと豪炎寺の身体はおさまった。
「……………っ……!」
「好きだよ、豪炎寺」
「!!」
耳元に唇を寄せ、愛を囁く01二階堂。
本物の二階堂はあまり好きだなんて言ってはしない。いつも先に告げるのは豪炎寺の方だった。
「かん…………」
薄く開かれた唇が硬直する。01二階堂の舌がぬるりと耳の中に入り込ませて抜き、濡れてすうすうと涼しくした通りに、さらに甘い言葉を吐く。
「愛してるよ」
耳の後ろを舐め、指が首筋をなぞる。
「…………んっ………あ」
口を硬く紡ぎ、ぶるりと震えて刺激に耐えた。
「ごうえんじ」
片腕で身体を支えられながら、もう片方で衣服をまさぐられる。まだ制服姿だった豪炎寺は金ボタンの外される音にぴくんぴくんと反応させた。制服姿でこんな真似をするのは初めてだった。いつも二階堂に会いに行く時は私服でなければ駄目だと約束をしていたのだ。
そんな約束をぐしゃぐしゃに潰すように、手つきはいやらしく、わき腹を撫でられた。
こそばゆさともどかしい血潮の熱に、つい鼻の抜けたような声を漏らしてしまう。
「ふ、うぅ……」
ぷち、ぷちぷちぷち。引っ張られるように中のシャツのボタンも外され、豪炎寺は床に倒された。
「あ、………は、………ぁ。かん、とく」
圧し掛かられるように組み敷かれ、衣服を剥ぎ取られていく。やや乱暴で、性急さを感じられる手つきに豪炎寺は抵抗を見せるが、あくまで振りであった。
いつでもどこでも二階堂は監督であり大人である事の義務や罪悪感を抱いていて、豪炎寺を気遣ってくれている。豪炎寺は大事にされるのは嬉しい反面、対等になれずに歯がゆい想いを抱いていた。だから、二階堂が時折見せてくれる強引な態度が密かに好きなのだ。やや乱暴気味の方が、丈夫だと、一人前だと見ていてくれている気分になって嬉しくなるのだ。
「……や、です。だめ……です」
拒否の言葉を吐くが、本心ではない。もっとして欲しい、合図だ。
察してくれているのか01二階堂は止めなかった。
豪炎寺はこの薄汚れた小屋の中で、ペンダントと靴下以外を剥ぎ取られてしまう。
「かんとく、好きです」
01二階堂は目を細め、二人は甘い口付けに酔い、一つになる。古い木製の床を軋ませながら、密やかな情事を交わしていた。
「……………………………」
携帯を開かせたまま、急にハッと瞬きさせて豪炎寺は我に返る。
豪炎寺もまた、生体ドールと“してしまった”のだ。
そして、どう二階堂に説明すべきか言葉が見つからず、繋げられないでいた。
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