狙われたピンクのクマさん
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冬の寒い夜。二階堂が自分の家であるマンションの部屋の鍵を通せば、温かな光が迎え入れてくれる。自然と玄関を見下ろせば、小さな靴が端に寄せられていた。
「二階堂監督、おかえりなさい」
スリッパをぺたぺた鳴らし、豪炎寺がやって来る。
大人用のエプロンをぶかぶかに纏い、中には制服を着ていた。
「ただいま。先に来ていたのか」
「はい」
「私服に着替えてから来なさいって言っているだろう」
「けど……コートを着ていたので、少しは誤魔化せるかと……」
「そういう意味じゃないよ。家に一度帰れって行っているんだ」
「はい……以後気をつけます」
俯くように頷く豪炎寺。そんな彼女を二階堂は玄関に上がって肩を抱き寄せた。
二階堂と豪炎寺は監督と元生徒という間柄ではあるが、互いに想いを寄せ合い、恋仲になって隠れて付き合っていた。二人きりで甘い時を過ごすのは主に二階堂の家であり、過ごせば過ごすほど愛は深まり、二階堂は豪炎寺に合鍵を渡して好きに家に入れるのを許してから、半同棲のような生活になる。
付き合ってからもうしばらく月日は経っており、夫婦の雰囲気さえ纏うようになった。けれども本来は許されない関係から、二階堂はいくつかのルールを豪炎寺に約束をさせており、今回の“学校から直接制服では来ない”というのもその中の一つ。破ってしまった時はきちんと指摘し反省をさせていた。
二階堂は寝室で部屋着に着替えてから台所で調理をする豪炎寺の元へ行き、声をかける。
「美味しそうな匂いだな……これは……」
「は、はい。監督がこないだ美味しいって言ってくださったクリームシチューです。時間がかかるから……その……家に帰る時間が勿体無くて……」
戸惑いながら訴える豪炎寺。二階堂の頬がほんのりと染まった。もうこれでは二階堂は叱るに叱れなくなってしまう。
「気持ちは嬉しいけれど豪炎寺、お前にそんな手間をかけさせては……」
「二階堂監督。食事は貴重な時間なんです。過ごすなら、美味しい方がいいじゃないですか」
「あ……うん。だったら尚の事、豪炎寺ばかりに作ってもらうなんて悪いよ。俺も手伝う」
「では、これを切ってください」
「ああ、任せておけ」
二階堂は豪炎寺の横につき、彼女を手伝う。
野菜を切りながら、二階堂は横目で豪炎寺を見た。
出会った一年の頃と比べ、随分と変わったように思う。少女の可愛さのなかに、ふと美しさが見えたり、身体も少年のようにしなやかであったが、女性の丸みを帯びた輪郭になっていく。不意に成長と女の色香にどきりとしてしまう事が多くなった。今も、自分の為に尽くしてくれる彼女にどぎまぎしている。
抱き締めたくなるし、触れたくなってくる。好きな気持ちが溢れ出る。いい年であるが、恋をしている自覚にときめきが止まらない。
「あっ」
「ど、どした?」
声を上げ、手を止める豪炎寺に二階堂は肩が揺れた。
「あの、こないだそこに置いてあった小さなお鍋って、どこにありますか?」
「あー……あれか、そこの戸棚の上の方にあるよ」
二階堂の話を聞くなり、豪炎寺はてきぱきと椅子を持ってきて上に乗った。
「豪炎寺、俺が取るよ」
「大丈夫です」
豪炎寺は高い位置にある戸棚の戸を開く。二階堂は椅子が倒れないように押さえるが、真横にある豪炎寺の足につい目が行ってしまう。制服のスカートは短く、スパッツは履いているが、ぴっちりとフィットした素材が足を綺麗に映して、はみ出る素肌がむっちりとした肉感を際立たせてくれる。動けば尻が愛らしく揺れる。
ときめきとは別の、どろりとした情欲が湧き上がった。男の目を通し、すけべな視点で女を見ていた。
「よ、と」
豪炎寺が鍋を持って椅子を降りると、二階堂は反射的に視線をそらしてしまう。後ろめたい気持ちに恥ずかしくなった。
いくら恋人で半同棲していても豪炎寺は二階堂にとって教え子で子どもだ。下心を持つのは罪悪感がした。彼女に本気になれば本気になるほど、性欲に嫌悪を持つようになる。実際に二人に肉体関係はなく、二階堂は決して手を出さず、豪炎寺は生娘であった。そのような関係を持つのは豪炎寺がそれなりの年になってからと頑なに決めていた。二階堂なりに強い決意ではあったが、やはり人間、流されそうになる事もある。少女から女へと変わりゆく豪炎寺に、男としての欲情を我慢するのが日に日に辛くなっていった。
「監督、どうしました?」
きょとんとして問いかける豪炎寺。
二階堂の心中など知らない彼女は一見しっかりしているようで子どもで、無防備だった。
それなのに一途で献身的で可愛く、食べ頃の果実のような色香を漂わせる罪作り。いくら雷門の強力なストライカーでも一度狼になったら、すんなり抱けてしまう危うさと自惚れが逆に理性を留めている。
だがしかし、豪炎寺に女を感じるようになれば自分の気持ちとは別の心配が出てきていた。
こほん、軽く咳払いをして二階堂は言った。
「その、豪炎寺。少しスカートが短すぎないか」
「えっ」
呆気に取られる豪炎寺。
「スパッツ履いていますよ」
「中身が見えなければいい、というものでもないだろう」
「けれど、短い方が走りやすいですし、サッカーバトルとか……」
「サッカーは大事だが、豪炎寺お前は女の子なんだぞ。変な目で見られたり、されたらどうする」
「二階堂監督は考えすぎです。いざとなれば蹴って退治します」
豪炎寺はくすくす笑う。彼女は若い女の危うさにちっとも気付かないのだ。
それから出来上がったシチューを二人で食べるのだが、手間をかければかけるほど、食事は美味しくてすぐに終わってしまう。ソファに座ってテレビを眺めながら食休みをするが、二階堂は調理中に抱いた豪炎寺への情欲の熱がくすぶって冷めなかった。
視線はテレビを向ける一方で、隣に感じる気配にムラムラ意識している。豪炎寺に触れたくてたまらなかった。愛情ではなく下心で触れるのは気が引けるが、肩だけならと抱き寄せる。
「…………っ」
豪炎寺は目を丸くさせ、引力のままに引き寄せられた。
そうしてぽーっと頬を染め、とろんと半眼になる。
二階堂が豪炎寺を見れば、ただ大人しいように映った。もう少しだけ踏み込んでみたくて、そうっと空いた手で顎をくすぐる。
「………………………………」
顔を上げた所で頬に口付けた。そのまま口付けされる彼女に悪戯心が囁いて、首筋をくすぐるように指でなぞる――――
「っあ」
ぴくん。震えて、聞いた事のない甘く高い音を上げた。
「す、すまん」
すぐに解放させる二階堂。豪炎寺は動揺を隠すように身体の傾きを正す。
「びっくりしました……」
「………………………………」
「………………………………」
妙な沈黙が走るものの、豪炎寺はある事に気付いて口を開く。
「二階堂監督、そのボタン、取れかけです」
「あー、ホントだ」
言われて、シャツの第一ボタンが取れかけているのに気付く。
「後で、直しますね」
「有り難う助かる……豪炎寺は本当に気が効くな」
豪炎寺を褒める二階堂は、その場で上着を脱ぎだす。
中年ではあるが元日本代表の、鍛えられて成熟した肉体は雄々しくたくましい。
「かか、監督、お風呂の時で洗濯籠の横に……」
真っ赤になりながら豪炎寺が止める。
「えっ」
けれど豪炎寺が言い終わる前に二階堂は上着を脱いで上半身裸になっていた。
「お、置いてきますっ」
二階堂から奪うように上着を取り、駆け込むように風呂に入った。
脱衣所で二階堂の上着を置いてから、豪炎寺は服を脱ぐ。
上着を捲し上げれば細い腰が露になり、スカートを下ろせば丸く小ぶりな尻が姿を現した。
ブラジャーはスポーツブラであり、取り払えば、ぷるん、と乳房が零れる。まだささやかながらも、一年の頃よりは随分と成長していた。
スパッツを下ろすとバックプリントが白クマのショーツが顔を出す。豪炎寺は動物のショーツを好んで履いていた。ショーツを脱ぎ、覆うものがなくなった秘部には、薄っすらと茂みが生えているが色素が薄いので隠しきれていない。
二階堂が思うよりも、豪炎寺の身体は発育していた。
豪炎寺は浴室に入り、軽く身体を湯に流して湯船に入る。膝を抱え、顔を口の辺りまで浅く潜り、目を細めた。
どくどくと、胸が高鳴っているのを感じていた。
二階堂といる時、いつもどきどきしていた。時には厳しいが、優しいし楽しいし、大好きでたまらない。ずっと恋焦がれて、気付くと二階堂の事ばかりを考えている。
けれども二階堂は豪炎寺の気持ちを知ってかしらずか、子ども扱いしてばかりだった。あまりに優しくされると、一人前と認めてくれていないように思えてしまう事もある。豪炎寺よりはずっと大人だが、かなり抜けた性格かつ、無神経で無防備な所があった。
さっきだって、いきなり脱がれて心臓が飛び出そうなほど羞恥でどうにかなりそうになった。
今、豪炎寺の頭の中は肩を抱かれた事や二階堂の裸の上半身がぐるぐると回っている。
「………………………………」
落ち着かなくなり、湯船に出て豪炎寺は己の姿を鏡に映す。
そこには、既にのぼせ上がったような顔があった。
「はぁ」
溜め息を吐く。最近二階堂を想うと、ときめく気持ちの中に別のなにかが湧き上がるようになった。
どろりとして、身体を疼かせる。特に、秘部の内側から、じんじんしてくる。
「ん」
己の乳房に触れ、また息を吐く。
しっとりと濡れた褐色の肌に浮かぶ淡く色付く突起は、なんともいやらしく感じた。
突起だけではない、なぜだかとても、自分がいやらしく思えてくるのだ。豪炎寺はただただ戸惑うばかりであった。欲情というものがわからず、困り果てるばかりであった。
「監督……」
熱く甘い声で二階堂の名を呼ぶ。
閉じられた股の間から、水とは異なる蜜がとろりと伝った。
豪炎寺は風呂から上がると先に寝室で眠ってしまう。次に二階堂が入って出る頃にはベッドで安らかな寝息を立てていた。二階堂は薄く微笑みながら、豪炎寺の眠るベッドの隣に潜り込む。付き合いたての頃は豪炎寺がベッド、二階堂は居間のソファで眠っていたのだが、寒い季節では風邪をひいてしまうので一緒に眠るようになった。
いつもなら豪炎寺は起きているのだが、今夜は眠かったのか起きる気配はない。起こさないように二階堂は目を瞑る。抱いていた欲情はあどけなさを残す寝顔を見れば吹き飛んでしまう。
二階堂も眠りにつくと、豪炎寺はもぞもぞと二階堂に寄り添い、胸の中ですんすんと息衝き、彼の香りを吸う。そんな彼女を二階堂は優しく抱き包む。これらは無意識の行動であった。二人は自然と寄り添い、愛し合う。
互いに無防備で欲情を抱いているにも関らず、肉体関係に至らない。過ちが起きないのがおかしいくらいに、いつ崩れるかわからない綱渡りの理性に揺らされていた。
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