先生にお願い!
- 前編 -
それはイナズマジャパンがFFIに優勝して、日本に空前のサッカーブームが訪れた頃の出来事であった。突然、豪炎寺からすぐに会いたいという連絡が、二階堂に届く。都合の合う時間が限られた二人は、いつも会う予定を前もって決めている。豪炎寺は真面目な性格で、いきなりなんて滅多に言い出さない。二階堂はあえて理由はきかず、快諾して彼女を安心させた。
その日の夜。二階堂が早めに仕事を済ませて家で豪炎寺を待っていると、インターホンが鳴る。
「やあ、豪炎寺」
「監督…………」
二階堂が扉を開ければ、豪炎寺が制服姿で申し訳なさそうに立っていた。
「いきなり……ごめんなさい……。どうしたらいいのか、わからなくて……」
「話は中で聞くよ。ところで、ご飯はちゃんと食べたのか?家には帰らなかったのか?」
「家にも帰り辛くて……。ご飯は外で少し食べました。喉が通りません」
「…………………………」
豪炎寺の手を引いて中に招き、扉を閉める。そうしてやんわりと鞄を置かせて抱き締めた。
「豪炎寺には俺がいる。大丈夫だよ」
「は、はいっ」
不意に抱き締められてカチコチになりながらも、豪炎寺は二階堂の腰に手を回す。二人は内密ではあるが、監督と生徒の仲を越えた深い関係となっていた。
二階堂は豪炎寺の鞄を持ってやり、居間のソファに座らせてジュースを用意する。けれども彼女は唇をつけるだけでほとんど飲まず、二階堂に話を聞いて欲しそうにしていた。
「さて、どうしたのかな」
豪炎寺の肩を抱き寄せ、優しく声をかける。
「じ、実は……。今日の放課後、こんな人に声をかけられて……」
鞄の中から名詞を取り出し、二階堂に見せる豪炎寺。
スポーツとは程遠そうな出版社であった。
「取材がしたいとか言い出して、喫茶店で話をしたら」
「したら?」
豪炎寺は制服のスカートを握り締め、放つ。
「わ、……私の、フィギュアを作りたい、って……」
「ふぃ……っ?」
目が点になる二階堂。
「こ、この雑誌に載せるんですって。読者限定プレゼントだそうです……」
鞄から雑誌を取り出して二階堂に見せた。雑誌の表紙を見るなり、彼は顔をしかめる。男性向けの、中学生には早すぎる内容であった。一言にするなら“いかがわしい”。
「そ、それで、それで、こんなのを描いて欲しいって」
クリアファイルに入った紙を渡す。
タイトルは『イナズマジャパンFW豪炎寺のセクシーフィギュア』、仕様にユニフォームの着脱が可能、あんなトコまで丸見えに……、と監督としては目を覆いたくなるものであり、男としては彼女が性的な視線で見られる事に嫌悪と怒りを覚えた。フィギュアであってもだ。
紙には記入欄があり、身長体重スリーサイズから乳輪の大きさという際どい内容がある。別紙には『ティーンズの赤裸々な実態』という、彼氏の有無や経験人数などの質問があったが、二階堂には最後まで読む気にはならなかった。
「豪炎寺。これを…………どうするんだ……」
紙を持つ手がぶるぶると震える。二階堂は怒り心頭であり、豪炎寺は怯え気味に答えた。
「今週に、提出するそうです。自己申告でいいそうです」
「こんなの、お前の親御さんがなんて思うか……」
「で、ですから、家にも帰り辛かったんです。どうしたらいいのか……」
「断りなさい」
二階堂はクリアファイルと雑誌を豪炎寺の反対側に置く。
「けど……断ってしまったら、他の選手が標的にされるんじゃないかって」
「一度引き受けたら、また次も……となりかねないぞ」
二階堂から感じる不機嫌な雰囲気に、豪炎寺はどこか嬉しさを感じていた。
「フィギュア自体は、そんなに嫌じゃないです……」
「まぁ、そうだなぁ。俺もお前のがあったら欲しいと思うし」
「二階堂監督は怒っていますか?」
「ああ」
豪炎寺は手で二階堂にクリアファイルと雑誌を返して欲しいという合図を送る。
「少し……答えてもいいような気分になってきました……」
「やめなさい。中学生のお前にこんな」
「あの、貴方の事を書けるって思ったら……言えなくても、書けるって……」
用紙の"恋人"の欄を指差す。
「豪炎寺……」
豪炎寺はじっと二階堂の瞳を見据えた。
「手伝ってくださいませんか……?二階堂監督となら、答えられそうなんです」
豪炎寺自信は自覚がないが、二階堂は彼女のお願いには滅法弱い。
その彼女が書きたいというならば、手伝うより他はないだろう。
ソファに並んで座って寄り添い合い、雑誌を下敷きにして二人は用紙の記入を行った。まずは『ティーンズの赤裸々な実態』からだ。
「まず。好きな人はいますか、です」
「豪炎寺にはいるのかな?」
わざとらしく問い、自惚れに酔う二階堂。
「います。隣に。ふふっ」
豪炎寺の表情から不安は解かれ、上機嫌で“いる”に丸をつける。
「恋人は、います。年上、です。初めてのキスは今年……です」
ほんのり照れながら答える豪炎寺の横顔が愛おしく、我慢の抑えられなくなった二階堂はそっと顎を指で寄せて口付けを施す。
「っん」
驚いたらしい豪炎寺は喉を鳴らして目を白黒させた。舌を挿入させようとすると、軽く押して断る。
「書き途中、です」
「すまんすまん」
詫びながら、頬へ啄ばむように口付ける。上気した頬がさらに赤らんだ。
「ええと…次は、経験人数?」
豪炎寺はペンを止める。いまいち意味がピンと来なかったのだろう。理解できずに困惑をしていた。一方、意味のわかる二階堂は質問されるかもしれない可能性に緊張する。二人は恋仲ではあるものの、肉体関係にはまだ至っておらず、二階堂としては中学生にするつもりはない。豪炎寺を想うからこそ出来ない立場なのだ。だから聞かれてしまうと苦しいのだ。
「二階堂監督、これは?」
素直に問う豪炎寺。二階堂は直接の回答は避けて言う。
「経験人数ってのは、その……男と女が深い関係というか、通じ合うというか」
「恋人の有無との違いがわかりませんが、一人……」
「ゼロにしなさい」
「え?」
きょとんとする豪炎寺。
「いいから、ゼロにするんだ」
「どうしてですか?私と監督は仲がいいですよね」
「その、もっと、だな」
「一体なんなのですか?誤魔化さないでください」
純粋にわからないという豪炎寺の視線にチクチク痛みを感じながら、二階堂は正直に話した。
「肉体関係の意味だよ。セックスをした人数の事だ」
「あ……………………」
漸く意味を察した豪炎寺はしばしの沈黙の後、ぼそりと呟く。
「では、0.7くらいでしょうか」
「な、ななって、なな!?」
そこまでしたかと、二階堂は頭をフル回転して記憶を辿る。
「だって監督、む、胸に触りましたっ。キスとか、しました」
「いやさすがに……………」
――――まだ0.3くらいだろう。
言おうと思った言葉を飲み込む二階堂。豪炎寺が0.3程度の行為を0.7と思い込むなら、それはそれでいいような気がした。中学生の豪炎寺にはその程度でいいのだと。
「さすがに?」
「なんでもないよ。次の質問は?」
「あとは経験人数が一以上の場合の質問だけです」
「そうか。じゃあ、次は身長とかのか……」
「はい」
豪炎寺は記入用紙を換えた。
「ええと、まずは身長か」
「はい。身体測定の数字を覚えてるので、それを」
「豪炎寺はクラスでは高い方なのか?木戸川では低めだったよな」
豪炎寺の姿をまじまじと眺める二階堂。一年の時よりも身長は伸び、他の部分も発育していた。
「クラスでは真ん中くらいです」
「へえ……。なら体重は?」
「最後に一人で記入します」
「よく食べるもんなぁ。運動もするし、すくすく育っているだろう」
「失礼ですよ」
「なんでだよ」
デリカシーのない二階堂に唇を尖らせる豪炎寺。成長期なので当然、体重も比例して増えていた。
「次はスリーサイズか。これも一人で記入かな」
「…………………………」
「………………豪炎寺?」
「……わかりません……」
空欄を凝視して、頭を振る。
「測った事、ないので」
「下着とか、どうしてるんだ?」
「適当です」
「ふむ」
二階堂は腕を組み、やや斜め上を見ると閃きに声を上げた。
「確かメジャーがあったはず。持ってくるよ」
「あ、はい。あ……有り難うございます」
一度席を立ち、メジャーを持って戻ってくる。
「ほら。これだよ」
「はい……」
受け取り、取り出してみる豪炎寺。やや緊張を秘めた仕草に、二階堂はまた閃いた。
「豪炎寺、俺が測ろうか?」
にっこりと微笑み、わざとらしく言う。
「えっ、な、なにを」
豪炎寺の顔が予想通り赤くなった。
「俺が測ろうって言っているんだよ。そもそも手伝って、って頼んだのは豪炎寺だぞ」
「け、けどスリーサイズ、ですよ。胸とか、お尻とか……」
どんどん真っ赤になっていく豪炎寺。二階堂としてはこんなにも赤面する彼女を見るのは初めてで、愛らしい気持ちに満たされるのだが、そろそろからかうのはやめようと思えてきた。
「悪かったよ豪炎寺。冗談だから」
「じょ、冗談だったんですか?大人げない、ですよ」
本気にした分、不機嫌になる。二階堂が手を合わせればそっぽを向いた。
「だから、悪かったよ。測る時は部屋を出て行くから」
「出ないでください」
豪炎寺が二階堂に向けてメジャーを投げる。
「えっ?おい……」
「言った事は、守ってください」
俯いて表情を伏せる豪炎寺。二人に沈黙が走った。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「………………わかった」
選択を迫られる二階堂ではあるが、答えは豪炎寺にお願いをされた時点で決まっていた。
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