ハイテクの小型機器同士を繋げて生まれるスーパーリンク。
次元の狭間から現れたその存在は、イナズマジャパンと同じ志を持った世界への挑戦を目指す者。
だがしかし、もしも彼らが監督の久遠に無許可だとしたら――――。
パンと牛乳
- 前編 -
某月某日。
イナズマジャパンが合宿をしている雷門中一年校舎。二階の個室で緑川は早朝の個人練習に備えて、皆より一時間早めに目覚まし時計をセットしている。けれどもこの日、緑川は両隣の部屋で仲間が活動し始める物音で目覚めた。
「なっ…………!?」
ベッドから飛び起き、目覚ましを掴んで時間を確認する。なんと一時間遅く――――すなわち仲間と同じ時間にセットされていた。
「??」
どういう事だろう。失敗したと残念な気持ちになるが、頭を切り替えて衣服の仕舞われているクローゼットを開ける。
ガラッ。バタッ。
開けて、閉めて、緑川は膝を突く。今、ありえないものを見た気がした。
目の間を摘んでから立ち上がり、再び開ければ彼は中から飛び出してきたものに抱きつかれて床に転がる。
「レーゼ様!」
「んぐあっ!?」
どた、ごろごろ。転がり、身を起こそうと硬いものに前歯があたって口を押さえて悶絶した。
「レーゼ様、ダイジョウブ デスカ?」
丸くて大きな影が緑川の顔に影を作る。
レーゼ――――それはかつての緑川の名前だった。“様”などと付けるものはかつての仲間であり、部下であった者の証――――。
「その名前は捨てたはずだ。グリンゴ…………いや、面月……」
目を細め、名前を呼ぶ。
クローゼットから出てきたのはエイリア学園ジェミニストームのレーゼの部下・グリンゴ。本名・面月宇宙であった。
「レーゼ様。オハヨウゴザイマス。目覚マシ ガ 早スギタノデ 戻シテオキマシタ」
「お前の仕業か……。まったく……」
緑川が身を起こし、面月と向かい合わせに床の上であぐらをかく。
「一体どうしてここに。お日様園にはちゃんと伝えたのか?」
「レーゼ様ト一緒ニ 戦イタイ!ソウ思ッタラ ココニイマシタ」
「は…………?」
「イナズマジャパンニ 入リタインデス!」
「なにを言うんだ面月。いきなり入るなんて出来ないんだぞ。こんな所見つかったら大事だ。俺まで追い出されるかもしれないじゃないか」
「ココマデ来タノニ タタジャ 帰レマセン」
面月は机の柱にしがみついた。面月は一度こうと決めたら梃子でも動かない。
「ふむ。こんな遠くまで急に飛ばされて来たのなら、俺たちの知らない何かが水面下で動いているのかもしれない。面月、大人しくしていられるなら、ここにしばらく置いてやる」
「ハイ!」
「こういう時だけは素直なんだよな。さて、俺は朝練に行って来るから、上手く隠れていろよ」
「ハイ!」
はきはきと返事をする面月に、緑川は苦くも満更ではない笑みを浮かべてグラウンドへ出る仕度を整えて部屋を出た。
緑川にとって、面月と一緒に過ごすのも隠れさせておくのも慣れたものであった。懐かしい思い出に胸が染みる。グラウンドでボールを追いかけながら、緑川は初めて面月と出会った頃の記憶を呼び起こしていた。
それはまだ、緑川が幼少の頃。
雨が続く憂鬱な日々の、ちょっとしたニュースであった。
孤児を預かる施設“お日様園”に新たな入園者がやって来たのだ。そいつは見るからにおかしな奴だった。大きくて丸いヘルメットを被って、顔が見えなかったのだから。
退屈していた子供たちは、ヘルメットを見るなり“なんだこいつ”と口々に騒いで指を差す。
「さあさ!皆静かに!」
施設の担当クラスの先生が手を叩いて子供たちを静め、ヘルメットの子供を紹介した。
「この子は面月宇宙くん。ヘルメットで隠れてわかり辛いけれど、男の子です。皆、仲良くしてくださいね」
「先生!顔が見えなきゃ仲良くできませーん!」
「そうでーす!」
先生の言葉にすぐさま反論する子供たち。
「ヘルメットも面月くんの一部です」
「変なの!」
「こら、そういう事言わないの。さ、面月くん、挨拶を」
面月と紹介された少年は一歩前に出る。頭のヘルメットはサイズが大きすぎるらしく、少しの振動で揺れたように見えた。
「面月……宇宙。ヨロシク」
ヘルメットの中でくぐもった声が変わった音となって放たれる。まるで名が体を表す宇宙人みたいな声だった。
先生のいる表向きでは最初静かにしていた子供たちだが、先生がいなくなれば面月は質問責めに遭う。緑川は車の玩具で遊びながら、その様を眺めていた。
「ねえ面月くん。なんでヘルメットしてるの?」
「それどこで売ってるの?」
「ねえ。ねえ」
子供たちに囲まれ、面月はぼそりと返す。
「なに?聞こえなかった」
「え?だから何?」
耳を傾ける子供たちに面月は叫ぶ。
「ウルサイ!!」
子供たちを押しのけ、面月は教室を出てどこかに隠れてしまった。けれども先生が出てくると戻ってくる。
それも最初の内だけで、だんだんと面月は顔を見せなくなってしまった。施設を抜け出していないのが幸いではあるが、食事をあまり摂っておらず大人たちの頭を悩ませる。
関わりを絶った面月は園の仲間から疎外され、ときどき顔を出しては悪戯ばかりをして嫌われ者になっていった。緑川は車の玩具で遊んでいると、隠れている彼を見つける事もあるがヘルメット越しから睨まれているような気がして、気にしない振りをしていた。だが大人の目は鋭く、ある日緑川は先生に呼ばれる。
「緑川くんは面月くんを見つけるのが上手いのね」
「え…………たまたまだよ」
「ねえ、面月くんを見つけたら、ご飯を渡しておいてくれないかしら。こっちにパンとおやつ、冷蔵庫には牛乳が入っているから」
「見つけたら、ね」
面月があまり食べていないのを緑川は知っていたので、無理だとは言い切れなかった。
その次の日、緑川はさっそく廊下の角にある、いらない机置き場で面月を見つける。さっそく牛乳パックとパンを持って、面月に押し付けた。
「ほら」
不意打ちで逃げ出せなかった面月だが、受け取らずに返してくる。
「イラナイ!」
「食べてないんだろ!」
「イラナイ!」
押し付け合いをした後、ヘルメットの頭突きを食らい、よろけたところを逃げられた。
痛くて涙が滲んだが、緑川は諦める気にはならなかった。いや、悔しくて意地でも食べさせたくなったのだ。
思えば、それが始まりであったとも緑川は振り返る。
緑川と面月はかくれんぼで争い、見つければ食べ物を押し返されるが、顔を出さずに食べ物だけを置いていけば食べると緑川は学ぶ。翌日、空になったパックや袋がゴミ箱に捨てられていれば、緑川は勝った気持ちになって優越感に浸ったものだった。
いつしか、面月は緑川の姿を見ても逃げ出さなくなっていった。そして、言葉も交わすようになっていった。一言二言ではあるが、それだけで十分だった。
夜。皆が寝静まった頃、園の屋根に無断で上がり、まん丸な満月を眺めながら緑川は面月と並んでスナック菓子を食べた。おやつの時間は決められており、しかも時間は遅い。全てが禁止されている行為を行うのは、なんとも言えない喜びを感じたものだ。
しかし、こんなにも近くにいるのに面月は緑川の前では食事をしない。だが、心を開いていないという訳ではない。この満月の夜、面月は話してくれた。
――――ヘルメットは、親に被らされた、と。
緑川は詮索をしなかった。まだ幼いがここがどういう場所かは知っているつもり。自分自身も聞かれたくはない事があるから、相手にも問わない。
顔は見えなくても、緑川は面月がどんな表情をしているのかわかるようになってきた。
深まる二人の絆は、大きな運命が訪れても引き離されはしなかった。
レーゼ様――――グリンゴ。
二人に与えられた役目に嬉々としてグリンゴは乗ってくれ、プレッシャーを感じていた緑川は気が楽になったものだ。
練習がひと段落すると、緑川はこっそりと校舎内に入り、食堂からパンと牛乳をユニフォームの中に隠して二階へ上がる。ノックをしてから自室に入ると、面月が迎え入れてくれた。
「レーゼ様!」
「静かに。その呼び名、やめるつもりはないのか?まぁいいや、これ食べていろ」
パンと牛乳を面月に渡す。
「有リ難ウ!」
「ほら、だから。しーっ。俺、また行くから……」
「昔コンナコト シテマシタネ」
ドアに手を触れた緑川が一瞬動きを止めた。
「そうだな。懐かしいよ。面月……くん」
「緑川クン……」
ぱたん。緑川が部屋を出て行くと、面月はヘルメットを取って食事を始める。
初めて緑川がくれたパンは、彼が握りこんで潰れていたのを覚えている。今食しているパンも、慌てて隠したのか、やや潰れ気味だった。
あの時は受け取るだけだったが、今なら何か出来そうな予感がする。
「違ウ」
面月は首を振るう。これは、願いだった。
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