河川敷の道を雷門中サッカー部キャプテン・円堂がダンボールを持って歩む。中にはジュースが入っている。
「ふぅ…………」
 一旦ダンボールを置き、額に滲んだ汗を首にかけたタオルで拭う。
「結構、体力使うなぁ。よし、これも特訓と思ってやるか!うん!」
 頬を手で叩いて気合を入れ、再びダンボールを持って歩き出す。もう目の前に円堂の目指すべき場所が見えている。
 イナズママークのロゴが眩しいコンビニエンスストア。その名も『イナズマストア』。円堂が店長を務めている店であった。
 これはサッカー部のキャプテンがひょんな事からコンビニ経営をするハメになった、汗と涙と友情と、そして金の物語である。



円堂と風丸のコンビニ経営
- 1 -



 事の始まりは一週間前に遡る。部員数が十一人に満たない廃部寸前の雷門中サッカー部が、部の存続をかけて四十年間の無敗伝説を持つ帝国学園と対決し、そして大敗した。
 サッカー部は廃部となり、絶望する部員たちであったが、理事長雷門総一郎と理事長の娘である夏未は彼らの熱意に光るものを見つけて、ある提案を持ちかけたのだ。それが――――
「こ、コンビニ経営!?」
 部室に絶叫がこだまする。
「訳わかんねーよ!サッカーとコンビニになんの関係があるんだよ!!!」
 雷門親子に食って掛かろうとする染岡を半田と栗松が止めた。
「黙って最後まで聞いて欲しいわ。貴方たち、随分と体力余っているみたいだし、せっかくならその力を我が雷門の新ブランドの立ち上げに協力してもらおうって思ったの」
 涼しい顔で説明を始める夏未。
 雷門は学校運営の他に独自のブランドを立ち上げ、稲妻町を拠点とした商売を企画していた。
「お店の名前は決めてあるの。イナズマストア。ライバルはそう……Gマートね。さしずめ、目的としてはライバル店の追い出し……すなわち撤退を視野にいれているから」
 ――――ひ、ひでぇ。
 部員たちの脳裏に流れるGマートの思い出。馴染みの店がなくなってしまうかもしれない寂しさと惨さに、染岡の熱い頭も冷えていく。
「場所も決めてあるし、今日辺りには出来ているかしら。河川敷にあるわよ」
「な、なんで河川敷に……」
「貴方たち素人は気付かないかしら?土地の価格が安いからに決まっているじゃない」
 ――――マジかよ。
 商店街の侵略に加えてグラウンドのある河川敷まで魔の手が回っていた。あまりの衝撃の連続に言葉を失ってしまう円堂たちに、少林寺が挙手をする。
「あの……商店街がライバルなのに河川敷に店を建ててもお客さんは来るんでしょうか……」
「鋭いね、君」
 総一郎が感心した。
「そう、河川敷に来てくれる客なんてたかが知れている。それをライバル店から客を吸引するのが君たちの使命なんだよ」
「では、ライバル店を追い出せば、俺たちの勝ちなんでしょうか」
「違うわ、あくまで過程に過ぎない。貴方たちに最終的にやってもらいたいのは、これなの」
 夏未は円堂たちにあるパッケージを見せる。
「イナズマイレブソというサッカーのゲームソフトよ。これをいっぱい売りなさい」
「サッカー部を廃部させておいて、それはあんまりでは」
「これを売り続ける限り、貴方たちはサッカーに関るサッカー部員だと思っていいわ」
「思うだけかよ!!」
 納得のいかないサッカー部員。しかし、円堂はなにかを深く考えるように腕を組み、決意したように解いて発言した。
「サッカーゲームを売れば、俺たちはサッカー部でいられるんですよね?部は、まだ廃部にはならないんですね?」
「そうだよ」
「そうなるわね」
 円堂は両手をグッと握り締めて掲げる。
「よし!じゃあやろうぜコンビニ!まだ俺たちのサッカーは終わっていないんだ!!」
 円堂の気合に、心揺り動かされる部員たち。マネージャーの木野、一年が賛同する。
「そうね!何事もやってみなくちゃ、ね!」
「そうっす!コンビニはお菓子もあるっすよね!」
 続いて面白半分に松野たち二年生が軽く手を上げた。
「そうだね〜、コンビニはまだやった事ないし、いいよ」
 最後に染岡が頷く。
「今までロクに試合も出来なかったが、それが少しまた長引いただけと思っておくぜ」
 夏未は一同を見回し、上品に微笑む。
「じゃあ、お願いね。期待しているわ」
「君たちの頑張りで、雷門中、稲妻町は大きく変わるかもしれない。期待しているよ」
 こうして円堂たちサッカー部のコンビニ経営が始まった。






 河川敷グラウンド側に建った『イナズマストア・本店』。円堂が店に入れば、中にいた木野と染岡が振り返る。
「お帰り、円堂くん。店の内装はあらかた整ったよ」
「コンビニだから色々なもんがあるが、全部はこの小さな店だと入りきらねえ。俺と木野で必用そうなものを重点に並べてみた」
「そっか、有り難う。肝心のゲームはどこに置いた?」
 店の中を見回す円堂。
「置き場所わからなくて……下着の横に置いてみたよ」
「お、これか。なかなかいいんじゃないか?自販機もセット終えたし、これで開店できるな」
 頷く木野と染岡。店は円堂が店長、他の店員は木野と染岡が代表となって交代制にする事となった。三人は店のロゴの入ったエプロンを身に着け、開店させる。
 さっそく自動ドアが開けば三人は声を揃えて挨拶をした。
「いらっしゃいませ!」
「疾風ダッシュ!」
 記念すべき来店一人目は風丸。彼は帝国戦で陸上部から助っ人に来てくれたが、敗退したので陸上部に戻っている。
「店はどうだ?廃部、なくなったって聞いたけど」
 レジに来て円堂に声をかけた。
「うん。なんとかな」
「ちょくちょく買い物しに来るよ。陸上部の奴らにも宣伝しておく。で……文房具が欲しいんだがどこにある?」
「文房具?えっと……どこだったか……」
 レジから出て文房具を探す円堂。見つからない。
「おーい、染岡、秋。文房具どこだ?」
「置いたはずだが」
「どこ行っちゃったんだろ」
 三人がかりで探すがなかなか見つからない。
 やっと見つけたが、角で他の商品棚に隠れていた。
「こんな所にあったのかよ。店員が見つからないんじゃ、客だってわからないんじゃないか」
「お前の言う通りだよ、風丸」
 しゅんと肩を落とす、円堂、染岡、木野。
「店の配置をどうにかしないと。手に取れなかったら買えないし」
「そうだね。なんとかしないと」
 さっそく問題が出来てしまうイナズマストア。
「初めに失敗はつきものさ。また来るよ」
 文房具を買って風丸は去っていった。
 次の客を待つがちっとも来ない。暇を持て余していた頃、やっと二人目の客がやってくる。
「邪魔するぞ」
 客は二人連れで、転校してきたばかりの豪炎寺と車椅子に乗った少女であった。
「お前たち、サッカーやめたのか?」
 眉を潜めて言う。
「い、いや。ちゃーんと継続中さ。それより、その娘は?」
「妹の夕香だ。事故に遭って今リハビリをしている」
「こんにちは!」
 夕香ははきはきとした声で挨拶した。
「お兄ちゃん、この人たちは?」
「クラスメイトの円堂と木野と…………」
「サッカー部の染岡だ」
「だそうだ」
「そうなんだー。お店屋さんして凄いね!」
 染岡の睨みをきかせた自己紹介に怯えず、微笑む夕香。彼女に薄く微笑んでから豪炎寺が木野に話しかける。
「なあ、絆創膏を買いに来たんだが、見当たらないんだ」
「絆創膏は……置いてないの」
「そうなのか?」
「絆創膏は医療品に含まれるから“販売権利”という特別な許可があってね、特に薬品は高いからまだ売れないの」
「………………………う、うん?」
 意味がよくわからないが、とりあえず買えないのがわかったので豪炎寺は頷いた。
「お兄ちゃんの買い物は終わったから、夕香はなにか欲しいものはあるか?」
「夕香、あんまんが食べたい!」
 ――――ッ!?
 ギョッとする中学生一同。季節は夏であり、あんまんなど売っていない。
「ごめんなー、夕香ちゃん。あんまんはないんだよ。寒くなってから、さ」
「ええーっ。どこにも売っていないから、ここなら売っているって思ったのに」
「ごめんね」
「うん…………」
 納得はしてくれたが、申し訳ない気持ちにチクリと胸が痛む。
 結局、豪炎寺兄妹はなにも買わずに店を出て行った。
 それから何人か客は入ったが、不満そうな顔をしていたのが印象に残り、売り上げも散々である。


 その日、店じまいをした後で三人は休憩室で反省会を行った。
「なんかねー……、ショック」
 木野は溜め息をついて机に突っ伏す。
「ものを売るって大変なんだな」
 普段前向きな円堂も今日はかなり落ち込んだらしく、机に肘を突いて“あーあ”と落胆した。染岡は腕を組んで無言で佇んでいる。
「ちょっと、お邪魔するわよ」
「お邪魔しまーす」
 扉を叩いて中の店員を呼び、夏未と目金がやって来た。
「初日はどうだった?」
「こんな結果になった」
 店長の円堂が気まずそうに売り上げ報告書を渡す。
「……そう。最初から上手くいくはずはないと思ったけど、ここまでとは。ゲームも一本も売れてないみたいだし。ねえ、ゲームはどこ?」
「そこ」
 下着売り場の隣を指差した。
「ち、ちょっと!!変なところに置かないでよ!!」
 売り上げの結果に冷静だった夏未であるが、ゲームの置き場所にはヒステリックに非難する。
「物を並べるだけで精一杯だったんだ」
「だからって下着の隣に置かなくてもいいでしょ!だいたい、下着買いに来た客がついでにゲーム買うの?ありえないじゃない!!」
「あ、言われてみれば」
 ぽん。円堂、染岡、木野が同時に手を合わせた。
 四人で盛り上がっている中、店を冷静に回った目金が眼鏡のフレームを指で押し上げる。
「この店…………内装がハチャメチャですね」
「なんだと!?」
 染岡が声を荒げる。けれども目金は動じずに、不敵に微笑んだ。
「落ち着いてください。僕はね、コンビニアドバイザーとして君たちの力になる為にやってきたんですよ」
「はぁ?だったらアドバイザーさんよ、この店のどこがハチャメチャなんだ」
「いいでしょう、ではご説明します」
 ふふふ。帝国戦では逃亡という情けない姿を晒した目金であるが、アドバイザーとして復活した彼は堂々とした姿で語りだした。
「まず!店に入って最初に目に付くのは雑誌。しかも棚の方向が客からそっぽを向いています。これでは来た人が歓迎されていないと思ってしまいますよ。次に、お弁当とパンの場所が離れています。これでは食べ物を買いに来た客は食べ物を探すだけで店中を回らなければなりません。僕は提案します!食べ物は食べ物で固めるべきだと!目玉であるゲームは入ったらすぐに目に付く場所に置くべきだと!」
「…………………………」
 ぐうの音も出ない染岡。内装に苦労したからこそ、目金の言い分が理解できる。
「お店は、お店に入ったからには満足させるのが務め。コンビニがなんでも揃うのなら、客のニーズにあった品を用意しておくのがいいでしょう。これを使って情報を集めましょう」
 そう言って目金は一枚の紙を差し出す。アンケート用紙であった。
 欲しいものの一覧に、円堂たちは夕香の言葉を思い出す。
「欲しいものが見つかる店か。単純なようで難しいし、実現したらスゲー事だよな!」
「そうね、来てくれたからにはお客さんに喜んで欲しいもん」
「ああ。満足できる店をやっていこうぜ……!」
 団結力を固める三人。そんな彼らを夏未と目金はうんうんと頷いて応援した。


 翌日から大幅な内装改装を行えば、さっそく利用してくれる客が増える。
 夕香のリクエストに応えて“中華まん”を用意すれば、兄妹に笑顔が宿った。
 それっきり、中華まんは売れなかった。










Back