円堂と風丸のコンビニ経営
- 2 -



 ひょんな事からコンビニ経営を始めるようになった、雷門中サッカー部。
 初日の売り上げは散々であったが、自称コンビニアドバイザーの目金の助言を元に改装を行い、客を取り込む事が出来た。しかし次第に客足は減っていき、思うように売り上げが伸びない。
 この日、円堂たちは放課後に部室で会議を開いて話し合った。ボードに売り上げグラフを描き、横に立った木野が指し棒で示す。
「見て。一時期はお客さんが増えたけれど、また減って、売り上げはさらに下がっているわ。黒字だった事がまだないの」
 円堂が目金を見て言う。
「目金、俺たちはどうしたらいい?店のものは見やすいように置いたし、接客だってレジだって頑張ってる。どうしてお客さんは来てくれないんだ?」
「それは……栗松くんたちが帰ってきてから、ご説明しましょう」
 そう目金が話した矢先に、栗松と宍戸が部室に入ってきた。二人は商店街のGマートへ行っていたのだ。すなわち、偵察である。
 目金は二人を見やると眼鏡のフレームを指で押し上げた。
「どうでした?Gマートは」
「うう……………」
 気まずそうに視線を逸らす栗松。
「特に混んでもいない、いつも通りのGマートでやんした……。けど、なんというか」
「店にいるお客さんが慣れた感じで買い物していくんすよ。人気なんだなって……」
 びしっ。突然、目金が宍戸を指差す。
「それです。すなわち、イナズマストアには人気がないんですよ!!」
「にん……き……?」
 固まる円堂たち。確かに自分たちの店に人気があるとは到底思えない。Gマートとの差を述べればいくらでも出るかもしれないが、人気という一言のくくりは、あまりにも的確であり現実的過ぎる衝撃が貫いた。
「君たちは、人気のある店ってどんな感じだと思います?」
「綺麗な、店とか」
「綺麗って?」
「見た目が華やかとか……あと、清掃が行き届いているとか……。あっ」
 木野は自身の言葉で気付く。
「商品の配置だけで、細かな部分が雑じゃないんですか?」
 キラリ。目金の眼鏡が煌く。
「君たちは初日が上手くいかなかったと言っていますが、初日も初日で"目新しさ"という客引き要素はあったんです。けれど、常連さんを惹きつける人気というのはコツコツとしたたゆまぬ努力で積み重ねていくもの。慣れ親しみ、入りやすいお店にお客さんは来るものですよ。おわかりですか?」
「はい」
 しゅんと肩を落とし、目金の意見を認める一同。
「あと……赤字の件なんですが、これ計算が合いませんよね」
 とん。売り上げ用紙を指で突く。
「はい、合いません」
「計算違いではないんですよね」
「はい」
 室内の空気が重くなっていく。計算違いではないのに数字が合わない。
 それはつまり――――。


「万引き、されていますね」


 ずん、と錘が一同の胸に圧し掛かった。
「心当たりある方は?」
 染岡が挙手、少林寺と影野が周りを見ながら手を上げた。
「レジにやたらニヤニヤする感じ悪い客がいやがった。あいつきっとちょろまかしていたぜ」
「もしかしたらって人、いました」
 告白をする彼らに、円堂は"そうだったのか"と残念そうに淋しそうな顔をする。
「困ったものですね、怪しいお客さんを注意してカメラも用意しときましょう。清掃と警備、気を引き締めて!」
「おー!」
 拳を振り上げるサッカー部。
 一同団結したところで夏未がやってくる。
「随分と気合が入っているのね。これだったら期待できそうだわ」
 彼女はボードの前まで歩み、取り出した紙をマグネットで張り出した。その内容にサッカー部は驚愕する。


 二 号 店 開 店 。


「なんだって――――――ッ!!1!」
「オーバーリアクションご苦労様。駅前に建てたわ。立地は最高、成功させなさい」
 髪をさらりと流し、ふふんと不敵に微笑む夏未。すぐさまサッカー部の反論が待っていた。
「おいおいおいおい本店だってまだ軌道に乗ってないってのに、二号店なんて」
「本店はじっくり育てていくわ。二号店には初めから最良のスタッフを用意しておくから」
 夏未はサッカー部の顔を一人一人眺め、ある人物に目を留める。
「二号店の店長は木野さん、貴方に任せるわ」
「わっ、私!?」
 自分を指差す木野。
「ええ、貴方はレジ早いし、清掃もきちんとやるし、教育能力もある。店長に相応しいわ。他のスタッフは接客に定評のある松野くん、警備として染岡くんを引き抜くわ」
 そうして円堂に目を向けた。
「という事だから、円堂くんはこのまま本店を宜しくね」
「ええ……えええええええ…………」
 いきなり主力スタッフを三人も引き抜かれ、円堂はただただ驚くばかりで突っ込む気力もない。
 これで会議は終わり、円堂は半田と壁山を連れて本店に戻る。
「まさか、こんな形で木野たちがいなくなるだなんてな」
 品物を整理しながら半田が言う。
 半田はレジも清掃もそこそこの能力の持ち主で役には立つが、あくまでサポートが得意で一人きりにさせるとやや心配を残す。
「目金さんも言ってましたが、清掃と警備、頑張りましょうね」
 壁山がダンボールを運ぶ。力持ちであるが気弱でレジが遅い。よくレジをつまらせては客に叱られていた。
「二号店に負けないように、本店も頑張ろうぜ」
 スタッフを引き抜かれたのはショックであったが、だんだんと元気を取り戻した円堂は爽やかに微笑む。






「いらっしゃいませー」
 三人で挨拶をして自動ドアを見れば、風丸が入って来た。彼はちょくちょく来てくれる常連となってくれている。
「よ、繁盛してるか?そういえば駅でビラをもらったぜ、また店を出すんだって?」
「そうなんだよ。こっちは人手が少なくなりそうでさ」
 他に客もいないので、円堂と風丸が世間話をしていると不意に半田が声をかけた。
「えんどー、俺は外で自販の中身補充してくるわ」
「おう、頼むぜ」
 半田が店を出る。すぐさままた自動ドアが開くものだから戻ってきたと思えば、いかにも怪しげなサングラスの男が入店してきた。
「いらっしゃ……」
 男はなにも商品を持たず、真っ直ぐにレジへやって来て風丸の後ろへつく。
「……………………っ……」
 風丸の目が丸く見開かれ、背筋がぴんと伸びた直立不動になる。
「出せ」
 男が低い声で囁く。円堂は聞き取れず、えっと声を上げた。
「金を、出せ」
 風丸の身体をやや横へ向かせて、銃を見せ付ける。
「ひいいいいいいいっ!!!」
 壁山はレジの後ろに回りこみ、大きな身体を丸くさせて震えだした。
 風丸は青ざめた表情で両手を上げさせられる。
「くっ…………」
 円堂は男に悟られないように店の外へ視線を流す。半田は中の様子にはちっとも気付かず、黙々と自動販売機の中身を補充していた。半田が気付いてくれれば人を呼んでくれるが、一向に彼は店を見ようとしてくれない。
「よそ見するな」
 サングラスの奥の瞳に睨まれたと察する。男は半田が外にいるのを知らないようだ。円堂はなるべく時間を稼ごうとゆっくりとレジを開け、ゆっくりと金をまとめる。
「円堂……それ、お前たちが一生懸命稼いだ金じゃないか」
 風丸は声をやや震わせて、円堂の手を悲しそうに見詰めた。
「大丈夫だ風丸。なあ、お金を渡したら風丸は離してくれるんだろう」
「早くまとめろ」
「こ、この店は開店して日が浅いんです、遅いのは勘弁してやってください」
 急かす男に、風丸は諭してくる。
「ちっ」
 舌打ちする男。
 風丸は外にいる半田の存在は知っており、円堂が時間を稼いでくれているのは察している。たとえそうでも開店日からイナズマストアに通っていた常連客としては、彼らが頑張って手に入れた財産を理不尽に奪われる事態にやるせなくなってくる。
「いい加減にしろ」
 男は痺れを切らし、銃を円堂へ向けた。
「いくらなんでも遅すぎだろ」
「……………………………」
「おい!」
 一瞬、言葉が出なかった円堂に男の中でなにかがきれる。
 パン!円堂の真横に銃弾を放つ。
 その音に外の半田が漸く気付く。男は煙を吹く銃口を風丸のこめかみに押し付けた。
 硬く熱い金属はまるで焼きゴテのよう。
「や、やめろ!ほら、お金だよっ」
 カウンターに札束を叩きつける円堂。
「円堂、駄目だ!お前たちの金じゃないか!」
「けど、これを払ってくれたのはお客さんである風丸たちだ!」
「えん、どう」
 風丸の胸を円堂の言葉が貫く。銃弾よりも速く、衝撃的に。そして、救世主が自動ドアを開け放って登場する。
「円堂!お待たせ!」
 半田が警察を呼んで助けに来てくれた。
 男は捕えられ、無事に解放された風丸の胸には温かな余韻が染み渡っていた。
「風丸、大丈夫か」
「半田さん遅すぎっスよおおおお!!!」
 風丸を気遣う円堂。隠れていた壁山は半田に泣きついていた。
「まさかコンビニであんな刺激的な体験をするとは。はは」
 胸を撫で下ろし、ゆっくりと息を吐く。
「円堂、嬉しかったよ」
「……えっ?あ、へへ」
 円堂はばつが悪そうに頬を掻いた。
「コンビニっていいなぁ、俺この店好きだぜ」
 風丸は腕を組み、しみじみと言う。
「なぁ円堂。人手が足りないんだろ?良かったら俺を入れてくれないか?この店を繁盛させる手伝いをさせて欲しい」
「本当か風丸!助かるぜ!」
 円堂はパッと顔を輝かせて風丸の手を握ってぶんぶんと振る。


 こうしてコンビニ経営をするサッカー部に新たな仲間が加わった。










Back