こんな気持ち、勝手だってわかってる。



理屈じゃない
- 前編 -



「豪炎寺!」
 風丸が呼び、飛び上がる。
「わかった!」
 呼吸を合わせて豪炎寺も飛んだ。
「炎の風見鶏!!」
 天と地の蹴りから生まれる炎が羽ばたくように舞い上がり、ボールがゴールに炸裂した。
「様になってきたな」
 ゴール脇で見守っていた円堂が両手の拳を握り締める。
 豪炎寺と風丸の後ろで染岡が舌打ちをした。
「俺も負けていられないな」
 新必殺技・炎の風見鶏を覚え、使いこなせるようになってきた風丸と豪炎寺。
 今日の練習を終えて仲間たちが帰る中、風丸は豪炎寺に声をかける。
「なあ豪炎寺。明日からで構わないから、風見鶏の特訓に付き合ってくれないか」
「……………………」
 豪炎寺はタオルで汗を拭いながら風丸を見た。
 炎の風見鶏は体力の消耗が激しい。風丸の呼吸はまだ乱れており、汗も多い。強力ではあるが、使い時を間違えるとその後の試合に響き易いだろう。
「そうだな。今日は無理のようだ」
 これは風丸に向けた厭味。しかし風丸は食い下がる。
「頼む。完璧に使えるようになりたい」
「わかった。付き合うよ」
 微かに口元を綻ばせる豪炎寺。風丸はというと、喜びに顔を輝かせた。
「有難う!有難う!」
「よせよ」
 苦さを含んで手を振り、帰っていく。
「ありがとーう!」
 手を振って見送る風丸の首に、円堂がタオルをかけた。


「汗拭かないと、身体冷やすぜ」
「ああ」
 受け取って額を拭い、円堂にも笑いかける。
「円堂。俺、絶対モノにしてみせるから」
「え?ああ、うん」
 気合十分の風丸に気後れする円堂。
 チームのメンバーがやる気になって、強くなろうとしているというのに。
 円堂自身もわからず、不思議な気分だった。
「その…………無茶、するなよ」
「無茶?多少の無茶ぐらいなんだよ、今までお前だってやってきたじゃないか」
「俺はいいんだよ」
 打てば響くように出てきたのは矛盾の言葉。
「なんだよ。俺だって出来るんだからな」
 風丸は笑って円堂の肩を叩く。
「……………………うん」
「…………………………」
 笑いがおさまると無言で見つめ合う二人。
 風丸は真顔に戻っていた。円堂が喜んでくれると思っていたのに、逆の反応をされて面白くない。
「変な円堂」
「……………………うん」
 円堂本人も同じ感想であった。






 次の日の部活後。鉄塔横の広場で風丸と豪炎寺は炎の風見鶏の特訓をする事にした。
 特訓の前に、風丸は準備体操をする。随分と念入りにするので、豪炎寺は問う。
「どうした。気合入っているな」
「うん?そりゃあ、な。円堂が……」
「円堂?」
「円堂がさ、俺には無理みたいに言うから」
 口をもごもごさせてそんな事を言うものだから、豪炎寺はつい噴き出してしまう。
「そりゃ思い過ごしじゃないのか。円堂はそんな奴じゃないだろう」
「でもさ……。俺は円堂の力になりたいだけなのに」
 動きを止め、いじけたように呟く。
 豪炎寺はあまり詳しくは知らないが、風丸は陸上部を辞めてサッカー部に入ったらしい。円堂とは古い付き合いだそうなので、彼の為に入ったとでも過言ではないだろう。
「慕っているんだな、円堂を」
「ああ」
 即答する。
 ふと、危うさを感じた。
「怪我しないように、ほどほどにやろう」
「円堂みたいな事、言うんだな」
「そうか」
 昨日の円堂の気持ちが、少し分かったような気がする。
 それから特訓を始めた。何度も炎の風見鶏を放ち、狙いを定め、正確さを追求する。
「はあ、はあ」
 風丸は地に手を突く。折れた膝は震えていた。
「ほどほど、と言っただろう。休もう」
 豪炎寺は膝を突き、同じ目線に立って語りかける。
「いや……まだ。まだ……やれる」
 喉が絡まり、咳き込む風丸の背を撫でた。
「俺が休みたいんだ。な、良いだろ」
 項垂れるように頷く風丸。
 適当に背が寄りかかれる所へ移動して休憩をした。


 そんな二人の特訓場所に足を向けるものがいた。円堂である。
 ここにいるというのは、粗方予想はついていたのだが、どうも気が進まない何かが遮り、町内を数週歩き回って、とうとう辿り着いたのだ。
 キャプテンなのだから、仲間の様子を見に行くなんて普通の事なのに。正体の分からない胸の靄に悩まされていた。
 しかし、ここまで来たというのに足が重い。潔くない様が嫌になる。
「なんだよ、これ」
 爪先で地を無意味に蹴った。口は知らずに尖がる。
 もう、なんだよ!
 心で叫び、自分の頬を叩いて気合を入れた。堂々とした足取りに変えて向かう。
 すぐ近くの場所で、聞き慣れた声がする。
「風丸」
 豪炎寺の声だ。
 その音は優しく、諭すように聞こえる。元気を取り戻したのも束の間。足が竦む。
 そっと物陰に隠れて見れば、豪炎寺がペットボトルを座り込む風丸の頬にあてていた。
 風丸は疲労しきっており、反応しない。
 風丸!円堂は飛び出したい衝動にかられるが、理性が身体を押し止める。
「………………さ、始めよう」
 風丸は起き上がり、よろけそうになるが踏みとどまって豪炎寺のペットボトルを受け取った。
「よし。その意気だ」
 豪炎寺も風丸の意志を汲んだようで、疲れを感じさせないしっかりとした口調で言う。
「…………………………」
 様子を見ていた円堂の足は後ろへ下がった。
 踏み出せなかった。このまま、自分は現れない方が良いと思ってしまった。
 一緒に頑張ろうとしている二人を見ると胸が苦しくなる。本当は喜ばしい事なのに。
 炎の風見鶏が完璧になれば雷門サッカー部はさらに強くなる。サッカーで高みを目指すのは、他でもない円堂自身の夢だったはずなのに。
 矛盾が渦巻いて、心が落ち着かない。
 二人から背を向けて帰路を歩く円堂は一言吐き捨てた。
「勝手すぎるよ、俺」
 出てきた声は、想像以上に落胆したものだった。






 特訓明けの朝の部室では、風丸が興奮気味に成果を仲間に報告していた。
「おー、風丸頑張ってんじゃん」
「まあな!」
 部屋の端では円堂が珍しくも静々と着替え、隣の染岡もライバル心の炎を静かに燃やしていた。
「豪炎寺、今日も頼むな!」
「…………ああ、わかった」
 不意に話しかけられて反応はやや遅れるが、返事をする。
「そんなにはしゃぐと、円堂が妬くぞ」
 苦笑交じりに一言加えた。
「!」
 円堂の肩が上下し、豪炎寺を見る。ばっちりと合う視線だが、目が丸く見開かれたと思うと逸らす。
「それはないない」
「ありえね〜」
 風丸が笑い飛ばし、話に混ざっていた半田と一緒に馴れ馴れしく豪炎寺をべしべし叩いた。
 ありえないと言われても。
 叩かれながら豪炎寺は思う。確かにこの瞳で、円堂の動揺を目の当たりにした、と。
 当の円堂は笑顔で仲間を先導して部室を出て行った。一度あの顔を見てしまえば、なんてバレバレで不器用な誤魔化しだろう。
 同情というより、痛々しさを感じた。










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