円堂が妬くぞ。
豪炎寺の言葉が円堂の頭の中で回る。
妬く?なんで?俺が?
冗談で言っただろうに、忘れられずにタイミングを失った回答が回る。
風丸と豪炎寺が仲良くなったら嬉しいし、二人の技でサッカー部ももっと強くなる。
俺は喜ぶべきなのに。
何度も己の心へ望みを問いかけた。
けれど、どう思おうとしても、胸が苦しいのだ。
理屈じゃない
- 後編 -
円堂は頭を振る。
今は朝練中で、ゴールを守備している最中だ。
「はあ」
口から溜め息が出た。心は憂鬱である。
「円堂、どうしたんだろう」
「おかしいですよね」
円堂の不調に、松野と宍戸は顔を見合わせた。
「寝不足なのかな」
影野がぼそりと呟く。
円堂の調子はチーム全体の士気に関わる。何が悪いのかは知らないが、非常に不味い事態だった。
「円堂……」
風丸はせっかくのやる気を削がれてしまった気分になる。
せっかく、円堂の為に頑張ったというのに――――
結局、空回りのような練習になってしまった。
「なんかその……ごめんな」
髪をガシガシさせて円堂は皆に詫びる。その顔には反省の色がありありと見られるので、文句を言う者はいない。これ以上、凹まれても困るというものもある。
「円堂くんだって調子の悪い時ぐらいあるよ、ね」
マネージャーの木野がやんわりとフォローした。
部室で制服に着替えながら、風丸が円堂に声をかける。
「円堂。困った事があったら言ってくれよ」
「悪ぃな、気を遣わせちゃって。風丸、特訓積んだんだってな。心強いよ」
これは本心で言っている。そう己に言い聞かせて口を開く。
風丸の頑張り様は昨日覗いて知っている。思ったままに言ったまでだ。
「力になって見せるよ、円堂」
やっと望んでいた言葉を貰い、風丸は微笑んで顔の横で拳を握ってみせた。
その時、偶然見えてしまった。練習中にも気付かなかった肘に擦れた痕を。
恐らく炎の風見鶏の着地にでも失敗して傷をつけてしまったのだろう。
「っ」
円堂が素早く手を伸ばし、風丸の腕を取って引き寄せていた。
肌と肌がぶつかる音がよく通る。まだ部室にいた者が振り返った。
「これ……」
「ああ。ちょっとやらかしちゃって。大した事無いって」
「無茶、すんなって言ったろう」
低く、不機嫌そうな声色。静かな怒りが潜めいていた。
「だって俺、お前の」
「風丸は風丸のペースでやれば良いだろ。俺はそんなの、望んでない。そういうのさ……」
キツいよ。
唇を硬く閉じて、心で告げる。
「なんでそんな事言うんだよ……」
風丸は掴まれた腕を振り払った。
お前の事を思っているのに。どうしてわかってくれないんだろう。
わかった振りをして、なんにもわかっていないくせに。
円堂と風丸。二人の想いは同じなのに、微妙な何かが食い違って痛みを作る。
「円堂。風丸。やめないか」
豪炎寺が見かねて仲裁に出る。
「円堂。風丸は俺と特訓をしている。あの傷もちゃんと消毒したし、互いに無理をしないようにやっているんだ。心配しないでくれ」
豪炎寺の意見は冷静で正しい。自分の短絡さが引き立って惨めになってくる。
それに二人の特訓の様子などは、言われなくたって――――
「知ってる」
一言吐いて、適当に荷物をまとめて円堂は部室を出て行った。
意味合い的には不自然さはないのに、まるで直接見に行ったような言い方に違和感を覚える。
円堂が一度来て顔を見せずに引き返したなど、夢にも思わない。
「豪炎寺……。俺、間違っているのかな」
傷を摩りながら言う風丸。
「良いとか、悪いとか、そんな割り切れるものじゃない気がする」
漠然とした曖昧な勘を口にした。
風丸と揉めるなんて随分と久しぶりだ。
ほとんどしないので、後悔の念が酷い。
昼休み、気分転換に屋上で深呼吸でもしようかと行けば、寝転がる土門がいた。
「よお円堂。今日は生憎の天気だな」
「天気?」
空を見れば、雲一つ無いとても良い天気だった。
「どこが?」
「円堂が曇れば、俺たちサッカー部も雲がかかっちまう。お前は俺たちの太陽みたいなもんだからな」
「……ごめん」
「朝、謝っただろう。こうして伸びでもすれば少しは晴れるかもよ」
土門は見本とばかりに手足を伸ばして見せた。
円堂は隣に座り込む。
「風丸と久しぶりに喧嘩したよ」
「そうなんだ。俺、途中参加だけど見たこと無かったな」
「無茶して欲しくないって思っただけだよ。豪炎寺の言う事は正しい。あいつ、凄いもんな」
「豪炎寺に任せておけば、炎の風見鶏はバッチリでしょ。……っと」
円堂の視線が刺さり、土門はそっぽを向く。
「ああ、バッチリになればチームも強くなるし、良い事さ」
「はは、複雑だね円堂」
声に出して笑われ、円堂は困ったような顔をする。
「円堂はキャプテンの前に円堂なんだからさ、まず自分がどうなのかを考えてくれよ。それがたぶん、チームに繋がる」
「俺はさ…………」
言おうと決めても声は掠れて途切れてしまう。腕を伸ばして転がって空を眺めた。
快晴の空は吸い込まれそうなほど、どこまでも高い。
「よっと」
交代とばかりに土門が身を起こす。
「腹が減った。そろそろ何か食べよう」
円堂が喉で笑う。いくら空を眺めても一体にはなれない。じっとしていても腹は減る。人間というものは、いつでも都合で出来ていた。
少しだけ気分が上昇した放課後。部室へ行く途中で、既に着替え終わった風丸がグラウンドを走っているのが見えた。たった一人、何ものにも目をくれず、ひたむきに。
「風丸」
「ちょっと待ってくれ」
歩み寄って呼んでも止まってはくれない。一周ぐるりと回って、やっと円堂の前で止まってくれた。
「気持ちが晴れない時は、こうして気が済むまで走るようにしているんだ」
口を開こうとする円堂に、風丸は急に口元を抑えて笑い出す。
「失礼だぞ」
「すまんすまん。いや、思い出してさ。二人で走って俺だけが先を行き過ぎると、円堂が怒り出してさ」
「だって嫌なんだよ。置いてきぼりにされるの」
当時の思いを愚痴る。
口にしてみて、今の気持ちはあの頃によく似ていると思った。
風丸だけが一人張り切って、置いていかれるのが嫌なのだ。時は流れてそれなりに変われたと思っていたのに、本質になんら変化はない。
「俺は円堂を置いていくつもりなんて無いのにな」
「でも嫌だった。見えなくなるのは」
風丸の手を取り、ゆっくり揺らす。
「円堂こそ。抜かしたら一人で行っちゃってさ。酷ぇの」
「言えなかったけど、べそかいてたよな」
風丸の頬がカッと上気した。
「それはない」
「いーや、泣いてた」
「詰まらない事、覚えてんなよ」
「詰まらなくなんかないだろ」
二人の大切な思い出だ。
「…………………………」
風丸はツンと手を解き、ポケットに突っ込んで部室の方向を歩み出した。
「皆、待ってるぞ」
「そうだった」
後をついていく円堂。
「この後は豪炎寺との特訓が控えているし。円堂、良かったら一緒に来いよ」
「え……ーと……」
ここで正直になるべきなのに、返事に戸惑ってしまう。
「こうしていないと、むくれるからな」
歩調を弱めて円堂に並ぶ。
「むくれてないし」
「ふ〜ん……」
目を細め、疑うように覗いてくる。口元は悪戯めいた緩みを含んでいた。
「……ふん」
鼻を鳴らし、手を腰に置く。
風丸がいる方向の頬が熱かった。
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