故郷の空
- 前編 -
エイリア学園の侵攻を食い止めるべく、全国を走り回るイナズマキャラバン。各地の強選手を集める中、かつての対戦校・戦国伊賀島の霧隠も加入した。
そんなある日、森林に囲まれた道を走っていると、霧隠が手を上げて円堂へ声をかける。
「この周辺に伊賀島の里がある。寄らせてもらっていいか?」
「えっ、霧隠の学校のか?もちろんだ!」
「有り難う。お前たちを招待しよう。雷門は好敵手だが今回は異例事態だ、安心しろ。そこの道を曲がった辺りに、丁度車を停められるスペースがあるはず。オレが案内をするから、そこで一度車を停めて欲しい」
瞳子が古株に視線を送り、彼は了承して霧隠の指示した場所にキャラバンを停めた。
「こんな木ばっかりの場所に学校なんてデカい建物があるのか?」
土門の問いに霧隠は頷き、車を降りる。彼に続いて仲間たちも降りていく。
「こっちだ」
霧隠を先頭に、森の中に足を踏み入れる雷門。緑に覆われた空間で息衝く風を読みながら、草の壁に手をかざす。
「ここだ」
かざした手を押していけば、草木は揺れずに霧隠の腕を呑み込んでいく。周りが息を止め、彼を見守った。
「円堂。オレの肩に」
円堂は言われるままに霧隠の肩に手を乗せ、円堂の肩には一之瀬が触れ、続くようにして仲間たちは繋がっていく。
「なにが見えても気にするな。そういうのが苦手な奴は、目を瞑っていろ」
前に進みだす霧隠。彼に続く者たちは、目を瞑る者、半眼の者、しっかりと開けている者と様々であった。草の道を透かしながら通り抜け、抜け出たのは里と呼ぶのに相応しい村。建物は低く一戸建てが多く、緑が豊かでのどかな雰囲気が漂う。
「もう手を離していいぞ。ようこそ、ここが戦国伊賀島の里だ」
仲間たちは安堵の息を吐き、伸びをする。そんな雷門の侵入に気付いた伊賀島の女生徒が霧隠の元へ小走りで駆け寄ってきた。
「霧隠さん。伊賀島に戻られたのですね」
「いいや、里には寄ったに過ぎない。校長はお変わりないか」
「彼らが雷門ですか。伊賀島校長が、霧隠さんが戻られたら来るようにと……。雷門がいるのならば、監督やキャプテンを連れて来るようにと」
「そうか。瞳子監督、円堂、一緒に来てくれないか。皆、伊賀島で好きにしてくれていて構わない。サッカー部の連中もそろそろやってくるだろう。わからない事があったら、彼らに聞いてくれ。古株さん、キャラバンは伊賀島の者が駐車場に運んでくれるから、車の心配はしなくても大丈夫ですよ」
柔らかい風が吹き、霧隠の桜色の髪を揺らす。
雷門が瞳子と円堂を残して自由行動へ移ろうとする中、霧隠の赤い瞳は風丸を捉えた。
「風丸」
呼ばれて少しだけ驚き、肩を震わせる風丸。
「風丸も来ないか」
「いいのか?」
「ああ」
それなら、と風丸は呟くように返事をして、霧隠、瞳子、円堂、風丸の四人で伊賀島の学校へと向かい、校長室を訪問した。
「伊賀島校長。霧隠、ただいま戻りました」
ノックをして、室内へと入る。
中は畳が敷かれており、伊賀島と三年の百地がいた。百地は人数分の座布団を用意し、茶の準備を始める。
「雷門サッカー部監督、吉良瞳子です」
「キャプテン、円堂守です」
「風丸一郎太です」
瞳子たちは名乗ってから腰をかけ、百地から茶の入った湯飲みを受け取った。
「私が戦国伊賀島の校長にてサッカー部の監督である伊賀島と申します」
伊賀島は軽く頭を下げ、彼の隣に霧隠は座る。
「エイリア学園との戦いはいかがですかな」
瞳子はチーム状況と、エイリアの起こした被害状況を伝えた。
「我が里にも、エイリア学園の者が訪れました。幸い、彼らの出現位置を特定し、進入をされる前に退散をさせて被害には至っておりません。その時、こんなものを見つけたのです」
伊賀島は包みを置き、差し出して中身を見せる。金属製の部品であった。
「ここに、この部品を作った工場は日本と書かれています。エイリア学園はもっと昔より日本に降りてきた可能性がある」
「…………………………………」
瞳子の片目の目尻が、微かにひくつく。その反応を伊賀島は捉えていたが視線を微動だにせず、霧隠を呼ぶ。
「霧隠」
「はい」
「円堂殿と風丸殿をあの間へ」
「はい」
「百地も同行してやりなさい」
「はっ」
霧隠は百地と共に、円堂と風丸を連れて校長室から出させた。
「霧隠。瞳子監督は」
「監督同士で話がしたいそうだ」
「あの間って?」
「ついてくればわかる」
いつどこで移動したのか、階段の辺りで百地が手招きをする。
階段を下りていき、地下まで進んでいく。だんだんと薄暗くなっていき、埃と独特の古い匂いが強くなっていった。
突き当たりの錆付いた扉を百地が鍵を挿して開き、三人を招く。
「ここだ。主に伊賀島忍術、教材用の秘伝書倉庫になっている」
「わぁ…………」
倉庫内を囲むように置かれる棚には数多くの秘伝書が敷き詰められていた。
「サッカーに使えて、短期間で身につけられるものを提供しよう。人の役に立ち、平和に使われる事を校長は望んでおられる」
「有り難うございます、有り難うございます」
百地が取り出した三本の秘伝書を円堂に渡し、円堂と風丸は二人並んで何度も頭を下げる。
「懐かしいな」
適当な一本を取り、霧隠が目を細めた。
「霧隠もこの中のものが使えるのか」
「ああ。伊賀島の生徒はこの中から学んでいく。まぁ……百地先輩も言った通り、サッカーに使えるものは少ないがな」
「霧隠、手を使う癖は治ったか」
「なんとか」
百地の隠れた眼光が煌き、霧隠は苦味を含みながら微笑む。
倉庫を出て、地上へ上がると瞳子が待っていた。円堂はさっそく受け取った秘伝書を見せる。
「校長から話を聞いたわ、使わせてもらいましょう。それと、今日はこの里で泊めてもらえる事になりました。練習に使える場所も教えてもらったから、後でスケジュールを組みましょう」
「本当ですか!ここは空気が美味しいし、特訓には丁度いいですね」
喜ぶ円堂たち。そんな彼らに、百地はまた先回りして外へと続く扉の前で手招きをした。
「では宿舎へ案内しよう。そんなに広くはないのだが、人数は?」
「もしいっぱいだったら、俺がキャラバンで寝るよ」
「円堂。客人にそんな真似は出来ない。余れば、ウチにでも泊まればいいさ」
百地と円堂の話に、霧隠は思いついたように顎に手を添える。
「オレも自分の家で休むか。風丸、ウチに来ないか」
「俺?いいのか?」
風丸に、霧隠と、円堂の視線も集まった。
「どうせ一人だ。気にするな」
「一人?」
「伊賀島の忍者は、中学生になるとだいたいの生徒は親元を離れて、与えられた住居で一人暮らしをする。なに、狭いが一人増えたくらいどうって事ない」
「霧隠の家か。うん、行くよ」
風丸の返事に、円堂は視線を前に戻すが、表情はいまいち浮かなかった。
なぜだかわからないが、がっかりしたのだ。
そうして辿り着いた宿舎ではあるが、やはり定員オーバーは免れず、風丸は霧隠の家に、円堂は百地の家に、その他主に二年生が伊賀島サッカー部員の家に泊まる事になった。
練習は早朝よりと決まり、これからの予定などを話し合う頃には日は傾き、空は夕焼けに染まっていく。
「じゃあ風丸。また明日な」
泊まる荷物を詰めた鞄を提げ、円堂が風丸に手を振る。
「ああ円堂。またな」
風丸も手を振り、霧隠と共に彼と別れた。
「風丸、オレの家はあそこにある」
霧隠が指差す先には小高い丘がある。鉄片の木々に隠れた場所に、霧隠の家があった。木造でどこか懐かしさが漂い、いかにも一人住まいといった広さである。木陰に建つせいか、丁度よい程度の涼しい風がどこからか吹き込んできて過ごしやすい。
「凄いな、普段はここに住んでいるんだろ」
「そうだ。この一人暮らしの風習は、任務の遠征訓練の一環として若い時からさせられるんだ。中学ではもう遅いくらいさ」
荷物を置きながら霧隠が言う。
「霧隠は将来、忍者になるのか?」
「うん?」
風丸の問いに、反応をするだけで答えなかった。
「な、靴下脱いでいい?」
「好きにしろ」
「やった」
靴下を脱ぎ、素足で気の床に足を置けば、疲労が吸い込まれそうな心地よさで満たされる。
「風丸、夕飯はなにが食べたい?」
「伊賀島って感じのものが食べたいな。駄目か?」
「いいや。良かったと思っている」
霧隠は棚を開け、忍装束を取り出して着替えた。この里にいる時は、ジャージより肌に合う。
「風丸。オレは買い物に行って来る。家で適当にくつろいでいてくれ」
風丸がなにかを言いたそうに口を開く前に、付け足す。
「疲れているだろう。ここには何もないが、何もないからこそ何もしなくていい」
「……霧隠?」
ぱたん。扉が閉じた。
風丸を置いて家を出た霧隠は財布を片手に、市場へと向かう。人通りの多い所へ行けば、霧隠の帰りを知った馴染みの人々が声をかけてくる。
「才次くん、お帰り」
八百屋の中年女性がにこやかに笑いかけた。
「おばさん、ただいま」
「今日はたくさんのお客さん連れてきたわね。さっき、いっぱい買い物してもらっちゃったわ」
「はは」
「都会はどう?」
「人がたくさんいるよ」
「そう。里は人が減るばっかりだもんねえ。でも、それがいいのかもねえ」
女性は首を振るい“ごめんね”と詫びる。
「はい、これまけておくよ。エイリア学園を倒したら、また帰ってくるんだよ。あんたは里の誇りなんだから」
「はい」
金と野菜を交換して、八百屋を去った。
次に魚屋へと向かうと、百地と円堂にばったりと出くわす。円堂も霧隠と同様、忍装束に着替えていた。
「霧隠。お前も買い物か」
「百地から借りたこれ、着やすいな。なあ、風丸は?」
「風丸は家にいる。疲れているようだったからな」
霧隠の問いに、円堂は“え?”と声を漏らす。心の動揺は、音となって発していた。
「そっか。風丸、最近元気ないんだよ」
「知っている」
きっぱりと答える霧隠。円堂は二度驚く。
「失礼する」
頭を傾かせ、霧隠は円堂と百地の横を通り過ぎていった。
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