二人きりになってしまった
- 円堂×風丸side前編 -
それは、十二月に入ったとある日の昼休み。
「なー、風丸」
円堂が制服のポケットに手を入れて風丸の席にやって来る。丁度空いていた前の席を後ろ向きに座った。
「クリスマス、どうしよっか」
「え」
「だから、クリスマス」
肘を突いて手で顎を乗せ、首を傾げてみせる。
クリスマスは毎年、円堂と風丸は二人で遊んで楽しんでいた。去年のイヴの日は出来たばかりの食べ放題の店に行き、たらふく食べたものだった。円堂は今年もいつもと同じ感覚で誘ってきたのだろう。
けれども去年までと今年は違う。弱小サッカー部のキャプテンだった円堂も、今はフットボールフロンティアを制した最強チームのキャプテンなのだ。多くの頼れる仲間に囲まれ、風丸もその一人として加わっている。たぶんきっと、二人きりより皆といた方が円堂は楽しいに決まっている。
風丸の心境など露知らず、円堂は提案をしてきた。
「あのさ、スケートとかスキーとか冬っぽいスポーツしてみないか?俺、やってみたいんだよね」
「円堂、その、良いのか?」
「ん?」
「いや…………ええと……、皆も誘ってみたらどうだ」
言い辛そうに苦笑いを浮かべて風丸は言う。
「皆?いつもクリスマスは俺たち二人だろ?」
円堂は怪訝そうな顔をして、唇を尖らせた。
「風丸、俺とは嫌なの?」
「違うよ。円堂は俺と二人だけで良いのかって思ってさ。お前人気者だし」
「おかしな風丸だな。良いとか悪いとかじゃなくて、俺の中ではクリスマスはお前とって決まってるんだ」
「円堂……」
ニッと笑う円堂に、風丸にも笑みが宿る。
「変なこと言ってごめんな。スキーもスケートもどっちもやってみたいよ。うーん……俺も何か考えてみたいから、少し待ってくれないか」
「わかった。まだ日にちもあるし、ゆっくり決めようぜ」
円堂は席を立ち、手を軽く振って風丸の教室を出て行った。
風丸は嬉しそうに口元を緩ませながら、にこにこと午後の授業の準備をする。円堂が自分を選んでくれたのが嬉しかった。円堂が変わらないでいてくれて嬉しかった。嬉しい気持ちが胸から溢れ出す。
ああだがしかし、この気持ちは随分と恥ずかしいように思えた。どうも落ち着かなくて、何度も教科書を机に立てて揃えていた。
一方、風丸と分かれた円堂は、自分の教室へ戻る。すると、待っていたかのように別のクラスである半田が歩み寄ってきた。
「お、円堂。探したぞ」
「何か用?」
「とっておきのビッグイベントがあんだよ」
「ビッグイベント?」
「知りたいか。知りたいだろうっ」
がしっ。半田は円堂の両肩を捉えて、ぐいぐいと廊下へ押した。
「いいか、極秘だかんな」
手を添えて、円堂に耳打ちをする。
「隣町の女子サッカー部と合コンの予約が取れましたー」
「はあ?」
「ま、よく聞けよ」
一歩離れようとした円堂を捕まえ、続きを語った。
「しかも日にちはクリスマスイヴ。場所はカラオケ。大いに盛り上がれるぞ」
「カラオケって……試合をすんじゃないのか」
「試合は個人試合に持ち込め。キャプテンのお前は、わざわざ男女の交流なんかしなくても寄ってくんのかもしれないけどな。キャプテンがいないと締まらないんだよ。メンツは今の所、俺、土門、一之瀬、壁山、栗松、少林だ」
「せっかくで悪いんだけど予定あるんだ」
きっぱりと断る円堂に、半田はぐぬぬと眉間に皺を寄せてジト目になる。
「おいひょっとして、デートか。デートなのか」
「風丸と遊ぶんだ」
「風丸と?そうだまだ風丸は誘ってなかった。どうだよ、二人で参加しないか」
「……二人でって決めてるんだ。ごめんな」
折れない円堂に、とうとう半田は諦めた。ふーっと息を吐き、腰に手を置く。
「わかったよ。残念。風丸とのデートを楽しんで来いよ」
「デートじゃないってば」
去っていく半田の背に、ぽつりと呟いた。
教室へ戻ろうとすると、今度は鬼道が声をかけてくる。
「円堂。お前も半田に誘われたのか」
「まさか鬼道も誘われたのか」
「ああ……。俺は義父と過すのが恒例だし、今年は春奈も家に招待するから断った」
そこまで理由は述べなくてもと円堂は思ったが、あえて突っ込まなかった。
「この調子だと豪炎寺も誘われているんじゃないか」
「豪炎寺が?」
円堂と鬼道は斜め上を見上げて、豪炎寺が合コンに参加している様子を思い浮かべる。
「無いな」
「ああ、無い」
同じ意見を述べる二人に、廊下から教室に入りたいらしい豪炎寺が声をかけた。
「俺の何が無いんだ?」
ざざっ。円堂と鬼道は離れて道を開ける。
「ええと……豪炎寺は女子サッカー部とか興味あるか?」
「意味がわからない。試合をするなら勝つまでだ」
「そうか。お前らしくて安心した」
「?」
豪炎寺は首を傾げ、自分の席へ戻った。
それから平穏な学校生活が流れ、日が暮れて夜となる。風丸が家のパソコンでクリスマスイベントについて調べていると、風丸の母が声をかけてきた。
「ねえ貴方、今年もクリスマスは円堂くんと遊ぶの?」
「そうだけど?」
「そう……実はね」
風丸が振り返れば母は語る。たまたま商店街の買い物で、最近建ったビルにあるレストランの割引券が手に入り、クリスマスイヴに使いたいという。
「良かったじゃない。父さんと行ってくれば?」
「そうね。そうしようかしら……」
視線をディスプレイに向け母の気配が去った後に、当日に家は空くのだと、ふと過った。風丸には兄弟はいないので、両親がいなければ家は貸切状態なのだ。
いっそ家でゆっくり過すのはどうか。
翌日、風丸は円堂に持ちかけてみた。
「そうだな。そういうのも良いな!練習疲れで観る気力なくて溜まってる録画の試合があるんだけど、持って行っても良いか」
「ああ。のんびり過そうぜ。昼はお前の行っていたスケートするのはどうだ?」
「そうだな!まとめて楽しもう!」
二人は拳を上げて、軽くぶつけ合う。
こうして円堂と風丸のクリスマスの計画が決まった。
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