「うわっ、うわわっ」
 スケート場の氷の上で、円堂がふらふらとした滑りで風丸へ手を泳がせる。
「こ、こっちくんなっ」
 風丸も危うい立ち方で円堂から逃れようとした。
「だからくんなよーっ」
 二人はぶつかって転がる。



二人きりになってしまった
- 円堂×風丸side後編 -



「あーっ、楽しかったな」
「ところどころ冷たかったけどなぁ」
 円堂と風丸は顔を見合わせてカラカラと笑う。
 今日は待ちに待ったクリスマスイヴ。二人は昼間、スケートで遊んだ。
 お互いに初心者で転んでばかりだが、楽しめた。この後は予約したクリスマスケーキを受け取って、風丸の家でゆっくり過す予定だ。
 風丸の家はマンションの一室で、今日彼の両親は出かけている。
「お邪魔します」
「ただいま」
 挨拶をしてから玄関に上がった。
「今日は円堂とパーティーだから、チキンとかも用意したんだぜ」
「マジか。俺も母ちゃんからおかず渡されたんだっけ……」
 荷物を置いて、二人は食事の段取りを相談しあう。その最中に、円堂は持ってきたサッカーの試合のビデオを流す。
「それ、俺も観てない。他にどんなのあるんだ?」
 風丸が円堂の持ってきたビデオのタイトルを調べだす。
「主に深夜にやってた試合だけど、音無が撮ってくれた俺たちの試合も持ってきた」
「なんだか一年を振り返るみたいだな」
「色んな事があったよな」
「俺もまさか、去年はサッカー部に入るだなんて夢にも思わなかっただろうよ」
「俺は密かに風丸が入ってくれたら良いなって思ってたから、願ったり叶ったりだよ」
「ホントかぁ?俺、走るぐらいしか取り柄ないぜ」
「ホントだって。お前といると楽しいし」
 疑いの眼差しを送る風丸に自信を持って答える円堂。二人の視線が交差する。
 脳から目の奥を微弱な電流が走り、同じタイミングで瞬きをした。
「え、っと。飯の支度するか。切り分けたり盛り付けたり」
「そうだな。切り分けたり盛り付けたり」
 二人とも料理は家庭科の授業でする程度で、手際の悪さから女生徒に“貴方はすっこんでて”と追い出されるタイプであった。


 支度といっても、パックを空けて皿に盛り付け、二人分に切り分けるくらいなので悲惨なものにはなりはしない。テーブル周りを綺麗にして、ちょっとしたナプキンでパーティーっぽく演出する。
 黙々と作業するせいか、流しっぱなしのテレビの音だけが空間を包んでいた。ときどき、合間に視線を感じたが、特に何も言わなかった。
「さーて、出来た」
「美味そうだなあ」
 向かい合わせに椅子に座り、わざわざワイングラスに入れたジュースを鳴らし、食事を始める。
「いただきまーす」
 円堂はいきなりチキンにかぶりついた。風丸も続くようにチキンから食べる。
「美味いなぁ。クリスマスはチキン食べなきゃ、だよな」
「そうそう」
 食べる勢いは早く、次々と料理は二人のいの中におさまっていく。
「去年も俺たち食べまくっていた気がする」
「食べ放題だったな」
「いくらでも入っちゃいそう」
 話している間に、皿は綺麗に空になった。
「では、ケーキの出番ですかね!」
 風丸が席を立つ。
「やりますかね!」
 円堂も立ち上がり、ケーキの切り分けを行う。
 ケーキは小さなホールで、二等分にする事に決めた。
「なんか豪華だよな」
「うん、わかる」
 半円のケーキは中学生という年齢には豪勢に映る。
「サンタいるか?」
 風丸は包丁の先でサンタの砂糖菓子を突く。
「これも半分にしないか?」
「え?頭から真っ二つ?それとも胴体と切り離し?」
「風丸に任せる」
「ん」
 風丸はサンタを横に倒し、丸い鼻に包丁の刃を立てた。
 ごりっ。サンタの身体は二等分どころか六等分くらいに砕けてしまった。
「すまん。胴体と切り離しの方が良かったみたいだ」
「気にすんなよ〜」
 円堂はサンタの頭を摘まんで口に入れる。
「あ!ずりぃ!」
 風丸も摘んでみせる。交互に食べ合ったら、台所でサンタの砂糖菓子はなくなってしまった。
 ケーキはテーブルで“甘い美味い”と口々に言いながら平らげる。そうして雑談を続けて食休みをして、円堂が食器洗いを担い、風丸が風呂の準備を整えた。
「風丸、入っていてくれよ」
 振り返って円堂が言う。水を出しているので、やや声を大きくして放った。
「じゃ、お先」
 風丸はひらひらと手を振って風呂へ入る。
 二人きりなので、洗い物が終わると随分静かだと円堂は思った。なんとなく窓の方へ行き、景色を眺めてみれば白いものが見える。雪が降ってきたのだ。
「雪だ!」
 円堂はぱたぱたと足を鳴らして、浴室のドアを思いっきり開ける。
「風丸!雪だ!」
「………………………………」
 硬直する風丸。彼はシャワーの真っ最中で、全てが丸見えの状態だった。
「………………そ、それだけ」
 円堂も気まずく、そっとドアを閉じる。
 居間に戻れば無意識に大きく息を吐く。妙に落ち着かなくて、携帯を持ってソファに座り“雪が降ってきた”と仲間にメールを出した。
「円堂」
 背後から呼ばれ、風呂から上がった風丸が隣に腰掛ける。気配と共にシャンプーが香った。
「風丸。さっきはごめん」
「さて。円堂が教えてくれた雪でも見ますか」
 柔らかく円堂に微笑む風丸。立ち上がって窓を開け、首を突っ込んだ。
「こりゃー降ってるなぁ」
「風邪引くぞ」
 円堂の微かな呟きに、風丸は顔を引っ込めて窓を閉める。
「次、円堂の番」
「うん。有難う」
 今度は円堂が風呂に入った。


「あれ」
 湯船に浸かった円堂は思わず独り言を漏らす。
 なぜ自分は風呂に入っているんだろうと彼は思ったのだ。これではまるで、泊まるかのような流れだ。
 風丸の家に遊びに行くは行ったが、泊まるつもりはなかった。円堂としては泊まるにしても泊まらないにしても、風丸の都合で構わない。どちらにしても風丸に問わなければならないのだが、どう話せば良いのか考えれば考えるほど、なぜか気恥ずかしくなる。
 身体を流して簡単に衣服を着込んで浴室を出れば、風丸が携帯を片手に振り返った。
「ああ、円堂。今さっき半田たちに雪降ってるってメール出したんだ」
「俺も同じの出した」
「は?マジ?」
 風丸は一瞬ぽかんと口を開けて、笑い出す。
「あと親からメールで、遅くなりそうだから戸締りして寝るのよ、だって」
「あのさ風丸」
「うん?」
「お風呂借りちゃってなんだけど、俺そろそろ帰るよ」
 頬を掻き、ぼそぼそとした声で言う円堂。
「外寒いぞ。泊まってけよ」
「良いの?」
「俺、円堂は泊まるんだと思い込んでた。用事あるのか?」
「いや、ないよ」
「じゃあ良いだろ」
「……うん」
 はにかむ円堂に風丸は"水臭い奴"と呟くが、ほんのりと頬が上気していた。
「寝る服ないんだ。貸してくれるか?」
「駄目。…………いや、嘘」
 二人きりの空間に、くすくすと密やかな笑いが零れる。


 円堂は風丸からジャージを借りて、彼の自室に案内された。風丸がベッドで、円堂が下で布団を引いて眠る。
「風丸。今日は楽しかったよ。おやすみ」
「俺も楽しかった。電気消すぞ。おやすみ」
 挨拶をして、消灯した。たっぷり遊んで食べて、心地良い眠りが訪れると思っていた。
 しかし、なかなか眠れずに瞼だけ閉じて意識は冴えている。
 相手の安らかな息遣いに、自分も寝なければと急かされた気持ちになる。お互い、寝ていないのに眠っているように演じた。
「………………………………」
「………………………………」
 クリスマスイヴ。幼い頃は両親が“早く寝ないとサンタさんが来ない”と早寝を促していた。
 おとぎ話のサンタなんて来ないとわかっているが“これじゃあサンタは来ない”と円堂と風丸は思う。


 サンタは来ない。もう子供じゃないんだし。


 そう脳裏に過らせて、寝返りを打った。静寂が落ち着かない。
 だが突然、枕元に置いてあった携帯が震え、二人は起き上がった。
「!」
 震えたのはメール着信。差出人は半田で"お前たちから同じメール着たけど、なにか喧嘩でもした?"と書かれていた。
 薄暗い部屋の中で、二人は相手へ視線を送る。
 なんだ、眠ってなかったのか。
 なにげない言葉が、どうしても喉から出てきてくれなかった。










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