二人きりになってしまった
- 二階堂×豪炎寺side前編 -



 もうすぐクリスマスか。部室内のカレンダーを見て、二階堂はふと思う。
 心なしか冬休みも近いので、生徒たちの浮いた空気を感じる。ここで通知表の事でも口にすれば、彼らのテンションは落ちてしまうのだろうと意地の悪い思考が過った。
 子供たちが待ちに待つクリスマス。では大人は――――?
 自分の予定を自問自答しても、さっぱり無い。年齢的に子供専用のサンタになってもおかしくないが、子供はおろか結婚さえしていなかった。だったら恋人はと問えば、思わず一人苦い笑みが零れる。
 想いを通わせる相手はいるにはいるのだが、果たしてその人物を恋人と呼んでも良いのだろうか。問いかける対象は本人ではなく、神様かもしれない。
「二階堂監督」
 いつの間にか部室に入っていた生徒が話しかける。
「どうしたんですか、カレンダーと睨めっこして」
「ん?まぁ、な。お前はサンタさんに何をお願いしたんだ?」
「特に。今年は彼女のサンタクロースになるんで」
「うわー……、わざわざ言いに来ただろう」
「へへ」
 生徒の額を突いてやると、彼はへらっと笑った。
「ま、頑張れよ」
「二階堂監督はどうなんです?」
「秘密だ」
「何も無いんですね」
「……………………………」
 軽く咳払いをする二階堂であった。


 その日の夜であった。突然、豪炎寺から電話がかかってきたのだ。
『……あの。今、お時間宜しいでしょうか』
「大丈夫だよ」
 二階堂は自宅で夕食を終えてくつろいでいる最中だった。
『今月の二十四日の夜……予定ありますか』
「ないけれど……どうした?」
『……泊めてくれませんか』
「え」
 二十四日はクリスマスイヴ。そんな日に泊めて欲しいというのは、随分と大胆な発言であり、二階堂は言葉を詰まらせる。年甲斐も無く、顔の熱が急上昇した。
「ど、どうした?クリスマスイヴだろ?」
 出来る限り落ち着かせた声で問う。
『はい。その……お恥ずかしい話なのですが』
 豪炎寺は語る。
 昏睡状態から目覚めた夕香がやっと退院し、やっと普通の生活を楽しんでいた。彼女は引越し前の木戸川の友達ともメールのやり取りをしていて、友情を育んでいる。夕香も友達も会いたいらしく、二十四日にクリスマスパーティーを家で開いて招待したいと言い出した。普段忙しい豪炎寺の両親も大賛成し、張り切っている。兄の豪炎寺も嬉しく、夕香の幸せを大事にしてやりたかった。
 だから、つい口から出てしまったのだ。
 ――――俺は友達と遊んで泊まるから、夕香はお友達と思いっきり楽しめ。
『……と、いう訳で、俺は家に帰れなくなったんです……。昼間は本当に染岡とトレーニングをする予定があるにはあるんですが』
「豪炎寺。どうしてそんな事言ったんだ。お前は妹さんの邪魔じゃない」
『わかっています。ですが、上手く言えないのですが、夕香に譲ってやりたかったんです』
「手間のかかる奴だな」
『すみません……』
「わかったよ。来なさい」
『あ、有難うございます……!』
 豪炎寺の声が安堵でもしたのか、色が変わる。
「どうせなら二人でパーティーやるか?」
『いえ、そんな。お構いなく……』
 はにかんだような言い方の奥に、微笑みが混じったような気がした。
『では、失礼します』
「ああ。またな」
 ぷつ、と電話がきれた。
「手間のかかる奴だな」
 携帯電話を閉じてから、先ほど豪炎寺に向けた言葉をもう一度呟く。
 豪炎寺もまだ子供。クリスマスを楽しみたいに決まっている。彼は自分で決め事を作り、本人にも無意識に一人で我慢をしてしまう節がある。例え指摘をしても、直せといっても、言われて実行できるものではないだろう。ならば、先回りをしてやるしかない。
「さて、どうするか」
 んー。喉を鳴らし、二階堂は豪炎寺のクリスマスを考える。


「ふう」
 豪炎寺は自室のベッドに座って息を吐く。二階堂の思惑など何も知らず、なんとか泊まる場所を確保できて安心していた。通話を終えた携帯を机に置こうとした時、扉が叩かれる。とんとんと、真ん中より下の方で鳴れば、誰だかすぐにわかった。
「お兄ちゃーん。入っても良い?」
「いいよ、夕香」
 豪炎寺が扉を開けてやって夕香を中に招く。
「ねえ、これどっちが良いと思う?」
 リボンを二つ、豪炎寺に見せる夕香。恐らくパーティーに着けるのだろう。
「これがいいんじゃないか」
 レースの白いリボンを取り、夕香の髪にあてて見せる。
「うん。私もこれが良いと思ってた」
「じゃあ決まりだな」
「うん!」
 夕香はリボンを握り締めて豪炎寺の部屋を出て行った。開けっ放しの扉を閉めて、ベッドに寝転がる。
「クリスマス、か」
 そういえば必死で気付かなかったが、二階堂に泊まりの話を持ち掛けたのは大胆だったのかもしれない。
 ごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになって顔を埋める。今になって恥ずかしさが込み上げてきた。










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