二人きりになってしまった
- 二階堂×豪炎寺side後編 -



 十二月二十四日クリスマスイヴ。豪炎寺は朝から染岡と河川敷周りをジョギングしていた。
「……はっ……は……っ、は………」
 息を切らし、適当な場所で立ち止まって一休みする。
 丁度、二人の横をイヴではしゃぐ子供を連れる母親が通り過ぎて行った。
「豪炎寺。今日はクリスマスイヴだ。こんな日に、朝っぱらからよくやるぜ」
「それはこっちの台詞だ」
 互いにぎこちなく微笑む。それが合図のように二人は道路からグラウンドへ下りて、ドリブルの練習を始めた。
「なあ、円堂から聞いた。妹さん元気だそうじゃねえか」
「おかげさまで。クリスマスプレゼント選ぶのに苦戦したよ」
「クリスマスも選んでるのか。大したもんだ。お前は何か欲しいものあるのか?」
 染岡の蹴りがボールを高く上げて、豪炎寺を越して遠くへ転がっていく。
「すまん」
「大丈夫だ」
「……それで、さっきの続きだけどよ」
 ボールを取りに行って戻ってきた豪炎寺に染岡は言う。
「特に無い。俺は十分だよ、サッカーさえ出来れば」
「十分ねえ。俺はそろそろ靴を新しくしたいもんだ」
「染岡もサッカーばかりじゃないか」
「ん?そうだったな」
 困ったような顔で染岡は肩を竦めた。それからシュート練習をして二人は分かれる。
 豪炎寺はこの後、二階堂の家へ行くのだが、準備をしに自宅へ帰った。玄関に上がるなり、お洒落をした夕香がやって来る。
「お兄ちゃんお帰り」
「ただいま、夕香。可愛い服だな。汚れやすい色だから気をつけろよ」
「そんな事しないもん。ねえお兄ちゃんは、何時頃またお外へ行くの?」
「もう部屋に荷物は整ってるから、それを持って出るだけだ」
「ええ?じゃあちょっと待ってね」
 夕香はぱたぱたと駆けて行って、戻って来たら小さな包みを豪炎寺に渡す。
「はいこれ」
「?」
「一日早い、夕香からお兄ちゃんへプレゼント」
「俺に?なんだか開けるのがもったいないな」
「好きな時に開けてね」
「ああ。有難う夕香」
 豪炎寺は微笑んで礼を言い、晴れやかな気持ちで荷物を持って出かけた。






 夕香に貰ったプレゼントは木戸川行きの電車の中で封を開ける。
「……………………………」
 中には可愛らしい菓子がたくさん詰められていた。
 口の中へ放り込めば甘さが広がる。次々と摘まんで、到着する頃には全て食べ終わってしまった。駅を出れば空は夕焼け色に染まり、クリスマスで騒ぐ町を通過して二階堂の住むマンションへ辿り着く。
 扉の前でインターホンを慣らせば、温かな光を差し込ませて二階堂が出てきた。
「やあ、よく来たな豪炎寺」
「お邪魔します、監督」
「外は寒いだろう。温まりなさい」
 扉を大きく開いて豪炎寺を招きいれる。居間へ通されれば、簡易ながらいかにもクリスマスの食事がテーブルに並んでいた。
「豪炎寺が来るからさ、つい買ってきちゃったよ」
「そんな二階堂監督。悪いです」
「俺もクリスマスを楽しみたいんだ。豪炎寺、付き合ってくれよ」
「……はい」
 こくん、と頷く豪炎寺の手を二階堂が握り、そっと引き寄せる。温もりがじわじわと伝わり、身体の芯まで熱が通っていく。
 並ぶように座って、二人は食事を始めた。料理は定番のチキンがメインのものだ。
「二階堂監督。美味しいです」
「これ美味そうだぞ。食べてみろ」
 二階堂は口を開ける仕種をして、豪炎寺に口を開けるように促す。
「あー……」
 照れ臭さに目を瞑り、豪炎寺は口を開けて食べさせてもらう。
「では監督も食べてください」
 今度は豪炎寺がお返しをする。二階堂も気恥ずかしそうに差し出されたものを口に入れた。
 シーソーゲームのように二人は食べさせ合う。はたから見れば行き過ぎた求愛行為だが、二人きりのせいか盲目的に戯れる。
「豪炎寺〜」
 二階堂が笑いに唇を歪ませながら、ポテトフライを咥えて豪炎寺へ寄せた。
「二階堂監督、ふざけすぎですよ」
 嗜めるも、豪炎寺は唇を寄せて食べる。
 やはり豪炎寺もやり返したくなって、ウインナーを咥えて二階堂へ向けた。
「豪炎寺、セクハラだぞ」
「?」
 数秒遅れて意味を察し、豪炎寺は頬を赤らめる。
「いやらしい事考える監督の方がセクハラですっ」
 その場でウインナーを食べ、むくれたように言うが、誤魔化しているのはバレバレだ。
「考えるくらい良いだろ。本当のセクハラってのは……」
 二階堂は豪炎寺の肩に腕を回し、顎を捉えて上げさせる。
「双方合意はいけませんか……?」
 鼓動を高鳴らせ、二人は唇を寄せた――――。
 だが触れ合う寸前で、豪炎寺のポケットに入れていた携帯が震える。
「メールみたいです」
 取り出して読んでみれば、円堂が“雪が降ってきた”と送ってきた。
「稲妻町では雪が降り出したそうですよ」
「こっちは降ってないな。その内、降ってくるかもしれない」
 雰囲気が変わり、二人は身体を離して残りの料理を平らげる。
「豪炎寺。実はケーキも用意してあるんだ」
「本当ですか。今日はなんだか甘いものばかりを食べている気がします」
「そうなのか?」
「はい。こちらへ来る前に、夕香からクリスマスプレゼントのお菓子を貰いまして電車の中で食べたんです」
「良かったじゃないか」
「はい」
 頭を撫でる二階堂に、素直に豪炎寺は嬉しそうに微笑んだ。


 ケーキを食べながら、不意に二階堂は口を開く。
「去年はケーキを食べなかったから、二年ぶりなんだ」
「奇遇です。俺もそうでした」
 しんと、空気が静まったような気がした。
「丁度、去年の今頃。俺は豪炎寺の事を考えていたよ」
「……俺を?」
「お前は、どうしているかなってさ。俺は、あの時最善の事をしたと信じていた。けれど、時間が経つにつれて本当にそれで良かったのか。クリスマスで世間が盛り上がるからか、一人になると妙に自分というものを振り返ってしまってな」
 二階堂の持つフォークが止まる。
「今でも正解はわからない。しかし、豪炎寺には悪い事をした。しかし、俺はお前だけの為に動けなかった。俺は、監督だったから」
「二階堂監督。俺も去年、一人でした。夕香は入院していて、両親も働いていて。一人になりたかったので、丁度良かったです。いつも夕香のお見舞いには行きますが、その日は行きたくなくて。一人になりたくて。俺にはクリスマスはいりませんでした。そんな資格は無いと思いました。俺は頑なに周りを閉ざしていました」
「豪炎寺」
 名を呼ぶ二階堂を遮り、豪炎寺は続けた。
「ですが、それだけです。もうあまり、思い出せません。俺には夕香が目覚めてくれて、雷門には仲間がいて、友達がいて、今こうして二階堂監督に会いに行ける。俺はとても幸せなんです。十分すぎるくらい、俺は幸せなんです。なのに……」
 俯き、目を細める。
「今日、二階堂監督が料理を用意してくれて、俺」
 鼻声になり、口をつぐむ。
「豪炎寺」
 二階堂が豪炎寺の腕を優しく擦り、諭すように声を掛けた。
「お前まだ中二だろ。お前にまだ、十分なんてものは早すぎる」
「かんと」
 言いかけた豪炎寺の唇を二階堂は口付けで塞ぐ。ケーキの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「く」
 豪炎寺の手が二階堂へ回ろうとする。だがしかし、またもや携帯が震えた。
「風丸からだ」
 続いて三度目のメールが届く。染岡からだった。染岡の次は土門、土門の次は一之瀬、雷門の仲間から次々にメールが送られてくる。
「いっぱい届くな」
「でも監督、見てください」
 豪炎寺は二階堂の腕に包まれて、携帯の画面を見せた。
 メールの内容はどれも“雪が降ってきた”という同一の内容。皆が皆、知らせ合っているのだ。
「早く木戸川にも降ると良いな」
「そうですね。とても待ち遠しいです。早く、俺もメールが出したい」
 二人は視線を交わすと、触れるだけの口付けを交わす。
 雪が降ってくるまで、二人は何度も唇を寄せた。雪が降ってきたら、長くて深い口付けに酔う。
 唇を開放したら、ずっと密かにタイミングを伺っていたプレゼントを交換した。










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