熱風に巻き込まれ、炎の中で黒い炭へと散りゆく白い紙たち。
「ああ……なんてことだ……」
我に返った頃には手の中には何も無かった。全て投げ入れてしまったのだ、焼却炉に。
「またやってしまった」
少年は頭を抱えてうずくまる。名前を日高といった。
彼は雷門中の漫画研究部の一人。
サッカー部を主人公にした漫画を描き上げた矢先、いつもの衝動から焼却炉で燃やしてしまったのだ。
ニューヒロイン誕生
- 前編 -
日高はおぼつかない足取りで部室に戻り、早乙女に正直に告白した。
「サッカー部の漫画……燃やしちゃったよ……」
「そうかい。仕方ないね」
いつもの事なので、あっさりと許す早乙女。だが――――
「……って訳にもいかなくなっちゃった」
「えっ?」
俯きがちだった顔を上げる日高。
笑顔を絶やさない早乙女の表情が曇っている。
「キミ以外にも話しておかなきゃいけないね。皆、ちょっと聞いてくれ」
他の部員が振り向き、早乙女に注目する。
「“へっぽこイレブン物語”という小説を知っているかい?図書室に入り浸りのある生徒が書いたらしいんだけど、賞をもらったらしい」
部員たちは顔を見合わせ、囁き、部室がざわつきだした所を早乙女が静めた。
「静粛に。“へっぽこイレブン物語”は素晴らしい作品だった。熱くて泣ける。俺たちもサッカー部を主人公にした漫画を描いたけれど、先を越された上に無くなった。そこでだ、俺らなりのサッカー部の物語をもう一度描き直す必要があるんじゃないかって」
「はい」
女生徒が挙手する。彼女はぶつぶつ考え事が多いが、話し合いではきちんと耳を傾けている。
「俺らなりって事は路線変更ですか」
「話が早いね。つまりはそういう事さ。“へっぽこイレブン物語”が熱血なら、漫画には漫画なりの……ほら……あるだろう……」
早乙女は咳払いし、部員に背を向けて呟く。
「ラブコメだよ」
「ら……ラブコメでありますかっ!」
「確かに!ラブコメなら漫画の王道ですね!腕がなります!」
「じゃあヒロインは!ヒロインはどうなんですか!!」
バン!ラブコメとギャルゲーを愛する男子生徒が机に手を叩きつけた。
「まさかマネージャーですか……」
「三人も可愛い娘いるもんなぁ。一人は夏未様だし……」
「じゃあハーレム展開ですか?やめろ!嫉妬で身が焦げそうだ!」
乗り出した部員たちは話も熱くなる。
「はいはい落ち着いて。部の恋愛事情は俺たちもわからないし、変に描き出したら本人たちも気まずくなるしね、やめておこう。俺たちの役目は夢を与える事だ。夢ならそう、新しいヒロインを作り出せば良いじゃないか」
振り返った早乙女は笑顔に戻っていた。
「俺なりにリサーチしてみたんだけど、三人のマネージャーに無いものを見つけた」
「それは一体……」
ごくり。傍で聞く日高は息を呑む。
「うなじさ」
「そういえば、皆下ろしていますものね。早乙女さんの欲張り者」
「うなじ……ねえ」
唸る日高。何かを思いつき、声を上げた。
「あっ」
「どうした?」
「うなじって言えばいるじゃないですか、ポニーテールの彼」
「ああ、風丸くんだっけ。ボリューミーなポニテしているよね」
部員たちは斜め上を見上げ、風丸を思い浮かべる。
「噂ですけど、円堂さんと古い付き合いらしいですよ」
「え!え……ちょっと待て!待ってくれ!!」
早乙女は開眼し、落ち着きを失って声が大きくなった。
「古い付き合いって幼馴染みたいなもんだろ。それで同じチーム。と、なると……幼馴染のバトルヒロインじゃないか!!」
ぐっ。上げられた拳を力強く握り締める。
「それでいきましょうよ早乙女さん!」
「でも本人たちが気まずくなるとか……」
「知るか!」
「女体化じゃないですか」
「萌えれば良いっ!」
「だいたい女の子が男子サッカー部のメンバーに」
「男装すれば良いじゃない」
ヒロイン像が決定するなり急速にアイディアが決まっていく。
「風丸って陸上部にいたんだっけ?」
「水泳部にしろ!」
「テニス部だろ!」
「柔道部も良いぞ!」
元所属部まで捏造しだしてきた。
「まてまて、設定はもっと皆で案をまとめてだね」
「あの……結末はキャプテンの円堂さんと恋に落ちるんですか?」
「ああ、それがまだだった……」
「円堂を理由に入部、後に転校生の豪炎寺の方がストーリー的に……」
「ややこしくなってきた……」
考える事が意外に多い。早乙女は手を額にあてた。
「モデルの風丸さんを呼んでみてはどうでしょうか?」
「そうだね。そうしよう」
ふー。息を吐く早乙女。
皆乗ってくれるのは嬉しいが、忙しくなりそうだった。
「早乙女くん」
扉の方から聞こえる声。
低く静かな音なのに、よく通って早乙女の耳に届く。
「話、聞かせてもらったよ。是非、僕にも手伝わせて欲しい」
「きっ……キミは!」
集中線が入りそうな勢いで、早乙女は訪問者を見据える。
喉で笑い、眼鏡のフレームを押し上げて流し目を送った。
「漫画くんじゃないか!!」
「久しぶりだね、早乙女くん。君、最近イベントに来ないんだもの」
彼の名は漫画萌。秋葉名戸二年、この年にして売れっ子漫画家でもある。
早乙女と漫画は歩み寄り、互いに握手を交わす。
「アシスタントで構わない。僕は君たちの漫画の制作に携わりたいだけなんだから」
「助かるよ……キミが来てくれれば百人力さ」
部員たちの漫画を見詰める視線は“サインください”で染まっていた。
「そうそう。風丸を呼ぶって言っていたね」
「うん。逃げられないか心配だ。足、速いらしいし」
「そうか。僕の方で考えてみるよ。後でメール送る。君たちは漫画に専念してね」
漫画は手をポケットに突っ込み、部室を去っていく。
早乙女は手を叩き、注目させてから拳を上に振り上げた。
「さあ強力な助っ人が来てくれたぞ。皆、やるぞ!」
「おー!!」
漫研の士気が燃え上がる中、隣の囲碁将棋部は“やかましい”とぼやいていた。
そんな漫研の野望が水面下で着々と進行していた、ある日の放課後。
風丸は二年校舎の玄関で、自分の靴箱の戸に手をかけた。
ギィ……。
その戸が魔の入り口など露知らず、彼は開けてしまう。
「ん?」
靴に添えられた一枚の封筒。ハートのシールで封をされている。
「えっ…………」
どくん。心臓が高鳴る。
これはひょっとしてひょっとすると“ラ”のつくアレかもしれない。
この携帯が普及し、メールが行き交う昨今の世の中で手紙とは。奥床しい雰囲気が漂う。風丸自身、告白された事はあるにはあったが、手紙として受け取るのは初めてである。
辺りを見回し、鞄に封筒を突っ込み、校舎裏へ駆け抜けた。
「おーい風丸?」
外で待っていた円堂に“ちょっとだけ待って”と断りも入れて。
「手紙か……」
深呼吸をして、指先で丁寧にシールを剥がす。
開けて手紙を取り出そうとしたら、はらりと中身は床に落ちてしまった。
「?」
手紙ではない。小さく硬い紙だ。
期待していた気持ちは下降し、不信感が募ってくる。
「は?」
拾って裏を返せば、商店街にあるメイド喫茶のチケットであった。
「なんだこりゃ」
チケットを持って、玄関に戻ろうとした風丸。
だが前から来た人物にあたってしまう。
「うわっ」
衝撃で後ろに下がりながら相手を見れば、知った人物であった。
「豪炎寺」
「風丸か……」
豪炎寺も一緒に帰る予定だったので、ここで会うのはおかしい。てっきり円堂と一緒に待っていてくれるものと思っていた。
「おい、それ」
豪炎寺の持っているものに気付く。風丸と同じハートのシール付きの封筒であった。
「俺も貰った」
封筒を見せると、目を瞬かせる豪炎寺。
「どういう事だ、これは」
「さあ……。日付は今日か」
顔を見合わせ、首を傾げる二人。
一人なら捨てていた所だが、二人なら謎を確かめに行けそうだった。
それが、策略とも知らずに―――
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