ニューヒロイン誕生
- 中編 -
円堂、風丸、豪炎寺の三人は帰路を歩いた。
しきりに風丸と豪炎寺は遠まわしに“円堂もメイド喫茶のチケットを貰ったのか”を探るが、円堂にそんな様子は見えない。
「円堂。俺たちはここで」
「え?」
商店街の前で並んで立ち止まる風丸と豪炎寺。
「また明日な」
「うん」
貼りついた笑顔を円堂に送る。
「じゃあな〜」
詮索せずに円堂は別れてくれた。実に良い奴である。
「さあ」
「行くか」
顔を見合わせ、メイド喫茶へ向かう。豪炎寺は初めてなので緊張は人一倍であった。
メイド喫茶の外観はピンクを基調とした乙女乙女したものであり、男子中学生が入るのには気恥ずかしさがある。二人は利き手をかざし、一緒に扉を開いた。
「お帰りなさいませ。ご主人様ぁ」
ひらひらのメイド服をまとった女性が、甘い声でにっこりと笑いかける。
はにかんでチケットを差し出すと、席に案内してくれた。
「はあ……」
豪炎寺はげっそりした顔で項垂れる。ここまでですっかり気力を使い果たしたようだ。
座って一息を吐いた所に、入り口近くで重い音が響いた。
ガシャン。メイドが二人がかりで無骨な鍵をかける。
「な!」
立ち上がろうとした二人の肩に手が置かれ、上から力を加えられる。
「お帰りなさいませ」
「ご主人様」
野太い男の声。
「お前たちはっ」
「確か漫研の」
そう、現れたのは漫研の早乙女と日高。そして――――
「僕もいるよ」
ステージにスポットライトが照らされ、中心にアンティークの椅子に座る秋葉名戸の漫画が構えていた。周りの席には他の漫研部員が座っている。
「なんなんだよお前ら」
「これでも飲んで落ち着いて」
トレイに載せた甘いミルクティーをテーブルに置く。
「うるせえメイドにさせろよ!」
豪炎寺はミルクティーを奪い取り、一気に飲み干した。
豪炎寺が遠い。風丸は遠い目でミルクティーのストローに口を付ける。
「漫画くんが秋葉名戸の監督に相談して、今日はここを貸切にしてもらったんだ」
「キミたちと新作漫画について打ち合わせをしたくてね」
日高と早乙女は事情を話すと適当な席に着いた。
「新作漫画?どうして俺たちが」
「サッカー部を主人公にした漫画なんだよ。キミたちをモデルにしたキャラクターを考えているから、意見を聞きたくて」
「そうなのか」
豪炎寺と風丸の雰囲気が柔らかなものに変わる。
「楽しみだ」
漫画が豪炎寺と風丸の間に座り、自分の飲み物のコーヒーを置いた。
「僕も原稿を見るのは今日が初めてなんだよ」
上品にカップを取り、中身を口に含む。
サッカーは散々だったのに、ここでは大物の風格が漂う。彼の領域なのだ。
「さ、ミーティングを始めようか。見てくれ、これがヒロインのデザインさ」
クリップで留められた紙が置かれた。
そこには所謂“萌え絵”で描かれたポニーテールの女の子がおり、薄っすらと髪は青に塗られている。そして風も吹いていないのに無意味にスカートはめくれ、純白の下着が見えていた。とどめに紙の端には小さく“風丸”と添えられている。
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
風丸は叫びを上げ、衝撃で椅子から転げ落ちた。腰が抜けたのか、這うようにテーブルにしがみつき、もう一度絵を見て床に倒れる。
「風丸!しっかりしろ!」
豪炎寺が立ち上がり、風丸の救出に向かった。
二人をよそに、早乙女が漫画にヒロインの説明をしだす。
「ヒロインはテニス部に決まったよ。スク水じゃエッチすぎるし、柔道の寝技密着はマニアックだからって。テニスのスコートは健全的なパンチラだもんね。アンダースコートなんてものは、抹消したけど」
漫画は険しい表情でデザインを見据えている。
「早乙女くん……テニス部は良いと思うよ。しかしだね……これはどういう事なんだい」
パンツに指を置く。
「なぜ……なぜ……しましま柄じゃないんだ…………」
「白はオーソドックスで良いと思ったんだけどな」
「違う!そんな事を言ってるんじゃないっ!!」
ガタッ!漫画は立ち上がり、早乙女に詰め寄った。
「早乙女くん……君はしまパンの意味を理解しているって当然のように思い込んでいたよ……。思い違いだったようだ……」
「漫画くん……すまない……俺、尻は専門外なんだよ。夢見がちな美乳派さ……」
「そうだったね。君に何もかも求めていて、急に怒り出してすまなかった。これはコピーだろ?描き足させてもらうよ」
平常心を取り戻した漫画は己の髪に刺したペンを取り出し、ヒロインの下着にしましま柄を付ける。
「見てごらん。しましま柄は凹凸を引き立たせるんだよ……」
「なるほど凄い。しかしね……白は正義だとこだわる奴がいるんだ……白にさせてくれないか……」
「そうか。僕はその人の正義に従う事にするよ。口出しすまない」
「謝らないでくれ。ここにいる漫研の部員は君の漫画への情熱は、わかっているつもりだから」
ふっ。早乙女と漫画は微笑み、握手を交わした。
席に戻った漫画は、風丸を抱き抱えて揺らす豪炎寺に目をやる。
「君たち、早く席に着きなさい」
「てめえっ!」
怒りを露にする豪炎寺の胸を風丸が掴んだ。
「うう……よせ……豪炎寺……」
「風丸……っ、目覚めたか」
「席に戻ろう」
「わかった……」
大人しく席に戻る風丸と豪炎寺。
「次にヒロインと結ばれる、憎いあんちくしょうはこいつさ」
ぺらり。次の紙を差し出す。
端に“豪炎寺”と書かれた男がいる。色素の薄い髪はそのままだが、問題は髪型だ。下ろされ、さらさらになびいている。顔はモロに美青年で、頭身はひいふうみい……と長身モデル体型だ。
「ふーん……」
豪炎寺は淡白な反応であるが、口の端が少々緩んでいる。カッコ良く描いてもらえて嬉しいのだろう。
風丸は絵を眺める振りして豪炎寺を見ている。その目はいかにも羨ましそうであった。
「い……良いんじゃないか」
背もたれに背を付け、腕を組む豪炎寺。
「だろ?とびっきりの美青年にしたのさ」
「それでコイツとさっきのアレはどうなるんだよ」
「さっき言ったろ?結ばれるって」
………………………………。
一瞬二人は固まり、気の抜けた声を出す。
「へ?」
確かに言っていた覚えはある。絵の衝撃が大きすぎて抜け落ちていた。
「あ、これ他のメンバーのデザインね」
他のメンバーと称する割には、忠実なものである。
「……まともだ……」
「普通に描けるなら……なんで俺だけ……」
「なんでって。ヒロインなんだから」
「おい……サッカー部を主人公にした漫画なんだろ。風丸を女にして何する気だ」
鋭い所を突いてくる豪炎寺。
「むっ。その問いに触れてしまったか」
日高が眉を潜めた。
「ここまで来ているんだ。話すつもりだったよ」
早乙女が手を叩くと、控えていた漫研部員が立ち上がる。
「俺たちは!」
「俺たちは!!」
早乙女の後を復唱する。
「サッカー部を舞台にした!」
「サッカー部を舞台にした!!」
「ラブコメが作りたいのです!」
「ラブコメが作りたいのです!!」
「ヒーローとヒロインは貴方たちです!!」
「お願いしますっ!!」
早乙女が頭を下げ、部員も一斉に頭を下げた。
豪炎寺と風丸は口をあんぐりと開けたまま、放心していた。
漫画は至って普通にコーヒーを飲み、おかわりを貰っている。
「という訳だよ」
早乙女は顔を上げて手を下げると、漫研部員は席に着く。
「なあ豪炎寺……俺さ……」
虚ろな目で風丸は豪炎寺を見た。
「言うな……わかってる……直接言われると辛い……」
「そうか……はは……」
二人は同じタイミングで頭を抱えた。逃げ出す気力は完全に失われている。
「言っておくけど、あくまでモデルだから実名は使わないよ」
お心遣い有難うございますだ。
「ねえ風丸くん。参考までに聞きたいけど、キミの下の名前は何て言うの?」
「一郎太」
「長男ね。参ったな、名字があれだから名前もそれレベルだって、ヒロインの名前に苦労しないと高をくくっていたよ」
つまり地味だと遠まわしに言われたらしい。風丸のこめかみがひくつく。
「名字の風から取ったらどうですか」
後ろの方で部員が手を上げて発言した。
「風香……風子……そこらへんで良いでしょ」
「あーそれで良いわ」
念入りにデザインを決めた割に、名前はいい加減な印象を受ける。
「それは俺らでおいおい考えておこう」
早乙女は席を離れていたらしい日高から、紙の束を受け取った。
「風丸くん、豪炎寺くん。ラフ原稿さ。キミたちに読んでもらって意見を貰いたい」
「くつろいで、ゆっくりじっくり読んでくれよ。ソファ席に移るかい?」
風丸と豪炎寺は顔を見合わせ、ソファに移動する。
二人並んで、ソファに沈み、ラフ原稿を読み出した。
「…………………………」
「………………うう……」
表紙を見るだけで気分が悪くなる。頭痛もする。
汗と涙、愛と恋、青春サッカー漫画の物語が開かれた。
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