娘へ
- 前編 -
夜。ライオコット島、ジャパンエリアの宿舎食堂にてマネージャーたちが楽しそうに話し合っていた。
練習を終えたプライベートの時間、サッカーから離れた話題に花を咲かせていたのだ。
「あれ?なにをやっているんだい?」
偶然廊下を通った基山が興味深そうに入ってくる。
「これ、ですよ」
テーブルに広げていた本を基山に見せる音無。それは編み物の本であった。海外のものを日本語に訳されており、独特なデザインは目が惹かれるものがある。
「編み物?君たち編み物やるんだ」
「いえ、やった事がありません。だから、皆でやってみようかって」
「……ふうん、なるほどね。ねえ、もう少し見せてくれる?」
「いいですよ」
基山は椅子に座り、ぺらぺらと本を捲った。
「うーん……」
「基山さんもひょっとしてやりたいとか?」
「そう思ったんだけどね……俺には出来なさそうだ……」
実は、と基山は続ける。
「少し先の話なんだけれど、お日様園の子供たちにクリスマス会で配るプレゼントするのにいいかなってさ」
「そうね、編み物とか冬にはぴったりかも」
頷く木野の横で、冬花が口を開いた。
「あの、私がもし編めたら、子供たちにあげたいんですが、いいですか」
「俺としては嬉しいけれど、いいのかい?」
「はい」
微笑む冬花。彼女に音無と木野も賛同する。
「私もプレゼントしていい?あまり上手く出来ないかもしれないけど」
「私にも参加させてくださいっ」
「皆有り難う。いいクリスマスになりそうだよ」
礼を言う基山も微笑み、なにを編むかで話はさらに盛り上がり、夜は更けていった。
そして時は流れてFFIはイナズマジャパンが制覇し、季節は冬に変わり、クリスマスまであと一ヶ月となる。稲妻町から離れた久遠家の自室で、冬花は編み物に励んでいた。あともう少しで出来上がりそうで、集中力を高めていた。
「冬花、入るぞ」
ノックし、部屋に入ってくる父親の道也。冬花は集中しており編み物から目を離さず、返事だけをする。
「なあに、お父さん」
「それは、編み物か?」
道也は冬花が編み物をする姿を見るのは初めてであり、しかも編んでいるものの色合いは明らかな男性物。驚きで話そうと思っていた内容が頭から消し飛んでしまった。
「うん、そうだよ」
「マフラーか?」
「うん。もうすぐ出来そうなの」
一瞬、自分用かと期待してしまったが、どう見てもサイズが違う。
問わずとも冬花が先に答えてしまう。
「これ、基山くんにあげるんだ」
正確には基山が住むお日様園なのだが、集中しており誤解を与える言い方になってしまった。
「喜んでくれるといいんだけど」
「…………………………………」
沈黙する道也。
彼の中では、冬花がそんなプレゼントをするのは円堂かと思っていたのだが違ったようだ。それに、引っかかる疑惑もある。
「なあ冬花。こないだ、ハートの、あのチョコレートを土方に贈ったじゃないか」
「え?うん、そうだよ。ふふ、いきなりどうしたのお父さん」
つい先日、地元のケーキ屋で売られている菓子を沖縄の土方へ贈ったばかりであった。
お洒落なハート型の箱に入った、いかにも女性向けなチョコレートを。
その時に道也はふと冬花が好きなのは土方かと勘繰ってしまった。
しかし当然勘違いであり、真相はチョコレートの箱を小物入れに使っていた所を土方が見つけ、妹にあげたいと頼んだからである。冬限定だったので、先日贈ったまでなのだ。
「…………………………………」
混乱する道也。
「それで何の用なの?」
「すまない、忘れた」
部屋を出て行く道也。
「変なお父さん」
不思議に思う冬花だが、編み物の方が気になるので大して気に留めなかった。
「…………………………………」
閉じた扉に背をつけ、道也は溜め息を吐く。
記憶を取り戻してからの冬花は徐々に元の明るさを取り戻して行った。
だがしかし、最近奔放になりすぎているのではと道也は心配に思っていた。けれども、だ。彼女の変化を止められしない。
はぁ。二度目の溜め息に、眉間に皺を寄せる。
胸にわだかまりを渦ませながら、その日の夜、電車に揺られて稲妻町の雷雷軒へ向かった。
「よお、久しぶりだな」
雷雷軒の暖簾をくぐれば、変わらぬ顔で響木が迎えてくれる。
病を患った身だが、すっかり治って健康なようだ。
カウンターでは見知った人物が座っており、道也に挨拶をしてくれる。
「お久しぶりです」
木戸川清修の二階堂であった。以前、雷門での日本代表選抜試合で、響木を通して紹介してもらった。
「どうも、お久しぶりです……」
道也は二階堂の隣に座り、まずはラーメンを頼む。
「冬花ちゃんは元気ですか」
なにげなく話しかけた二階堂の言葉に道也の肩は揺れて、動揺を示してしまう。
「久々に顔を出したと思ったら、娘の事か。父親らしくていいじゃねえか」
響木のサングラスがギラリと煌き、的確に指摘した。
「……響木さんには敵いませんね。冬花は元気は元気なのですが、元気すぎたような気がして」
「元気すぎ?サッカーでも始めて怪我でもしそうなのか?」
「そういうのとは、違うのですが」
「はっきりしねえなぁ」
響木が出来上がったラーメンを差し出し、腰を浮かせて受け取る道也。
「交友関係にやや不安を感じているのです」
「交友?」
椅子を引いて割り箸の箸を割り、道也は悩みを告白した。
「冬花が三股をかけているかもしれないんです」
響木は思わず食器を落とそうになり、二階堂は口に含んでいたビールでむせそうになる。
「さ、三股!?」
二人は声を揃えて聞き返す。
「二股ならわからんでも……いや、久遠さん、そりゃいくらなんでも勘違いじゃ。そもそもどうして知ったんだ?」
「…………………………………」
道也は語った。土方にハート型ケースのチョコレートを贈り、基山にマフラーを編んでいると。
「円堂にもメールでやり取りもしているみたいですし」
「…………………………………」
「…………………………………」
響木と二階堂も困惑する。
メールやチョコレートならイナズマジャパンの仲間としての交流とは考えられた。けれどもマフラーは決定的であり、道也の悩みを理解できた。
「きっと、そう。基山くんが本命なんですよ」
「大会中にはそんな素振り見せなかったんですが」
「終わってから変わりでもしたんだろう」
「そういうものなのでしょうか。冬花がだんだんと明るくなるのは喜ばしいのに、最近あの娘がわからなくなってきて」
道也は酒を頼み、啜って喉を潤す。
「もうすぐクリスマスがあるというのに、あの娘が欲しいものがわからくなってきています」
「お年頃ですよ」
落ち込んだ雰囲気を纏う道也を二階堂が励まそうとする。
「二階堂さんは木戸川の女性徒とか、最近の流行とかわかりますか?」
「はは、さっぱりですよ。女性は難しい生き物ですね」
「しかし、持ち物とか、見かける機会が多いでしょう」
道也は二階堂の顔をじっと見据えた。
「二階堂さん、今度お時間ある時で構わないので、私の買い物に付き合ってはもらえませんか」
「私が、ですか」
思わず己の指を差す二階堂に、道也は頷いて見せた。
「お願いします。少しでも私は冬花の父親として、彼女の理解者になりたいんです」
「二階堂さん、俺からも頼む。気の済むように付き合ってやってくれ」
響木からも頼まれ、二階堂はしばし考えた後、答えを出す。
「わかりました。私で良ければお付き合いします。そう、期待はしないでもらいたいんですけどね」
「有り難うございますっ」
感極まって、思わず二階堂の手を取り、握り締める道也。
そんな彼に二階堂は思う。もし娘が出来たら、自分も彼のような気持ちになり、行動を起こすのかと。
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