娘へ
- 後編 -



 それから数日後の夕方。道也と二階堂は稲妻町の駅前で待ち合わせ、出会った。
「お待たせしました」
 場所は稲妻町に決めていた。FFI優勝を飾った日本代表が多く在籍する雷門中のある稲妻町は人口が増え、街が大きくなってきているからだ。
「久遠さんはどんなものをプレゼントするか、だいたいのイメージとかはあるんですか?」
「今年は本当になにも決まっていないのです」
 道也は本当に困ったような顔をする。彼は心底迷い、二階堂に助けを求めたのだろう。
「では、去年はなにをあげたんです?」
「去年……ですか?確か、鞄だったか……」
「鞄ですか。いいじゃないですか」
「冬花には服は自分で選ばせるようにしていますので、鞄なら、と思いまして」
 苦い笑みを浮かべる道也。冬花との本当の親子関係は二階堂には話していない。
「久遠さん、立ち話もなんですし、まずは歩いて見て回りませんか」
 二階堂が歩き出すと、道也もついていく。
 クリスマスシーズンだけに、店はクリスマス用の装飾で客を呼び寄せていた。
「ますますなにをどうすればいいのかわからなくなります……」
 二階堂の後ろで聞こえた道也の呟き。
 道也とは数回飲んだ事はあったものの掴み辛い性格という印象であった。けれども、何気ない呟きに、彼という人間の散りばめられたパズルが頭の中ではめ込まれていくのを感じる。
「久遠さん、そう考え込まずに。冬花ちゃんの最近の趣味とかは?」
「そうですね、私の知る範囲では、サッカーを実際にプレイしたがっています」
「ではサッカーに関係するものがいいのではないでしょうか?久遠さんからプレゼントされたら、喜ぶと思うんですけど」
「サッカー……」
 道也は足を止め、腕を組んで考え込む。
「久遠さん」
 二階堂も足を止める。
「スポーツショップに行ってみても宜しいでしょうか」
「はい」
 二階堂はにっこりと微笑んだ。


 道也と二階堂は商店街の備流田の経営するスポーツショップへ向かった。
「おお、いらっしゃい」
 店に入るなり、店長の備流田が豪快で爽やかな笑顔で迎えてくれる。
「なにをお求めで?」
「娘にサッカーのグッズをなにか買おうと思いまして」
「クリスマスプレゼントですか?」
「……ええ……」
 やや間を空けて答える道也。彼が照れているのを二階堂は悟った。
「いいものをたくさん仕入れてますよ。ささ、こちらへ」
 売り場を案内する備流田。店は大盛況で、多くの客がいて通り辛いくらいだ。
「イナズマジャパンの活躍に、サッカーグッズが豊富になりましてね、女性用も使いやすいものが増えてきたんですよ。売り場はここ一帯になります」
「有り難うございます」
 礼を述べる道也と二階堂。備流田はレジの方へ行ってしまった。
 彼から紹介された売り場は広く、いいものが見つかりそうだった。
「ミサンガだけでこんなにあるのか……」
 二階堂は多種類のミサンガに感心する。木戸川にはここまで大きなスポーツショップはない。
「久遠さん、その靴可愛いじゃないですか」
「えっ」
 道也が眺めていたシューズを一緒に眺めようとする二階堂。
「冬花ちゃんに似合うんじゃないですか?」
「しかし、靴は本人が選ぶのがいいでしょう」
「クリスマスは置いておいて、今度二人で選びに来たらどうです?」
 ふふ。二階堂は口元を綻ばせる。やっと、道也にどう接すればいいのかわかってきたような気がしてきたのだ。
「そう……ですね」
 はにかんだような表情をする道也。だがそれは一瞬で、彼は決めたかのようにある商品を手に取る。
「たくさんのものがありますが、私から冬花にサッカーに関するものをあげるとすれば、初めはこれがいいと思うのです」
 しっかりと押さえ込むように、サッカーボールを持った。
「では、決まりですね」
 二階堂が言えば、道也は薄く笑う。
 購入したサッカーボールは備流田が直々に大きなリボンをつけた包装をしてくれた。






 目的のものが手に入り、穏やかな気持ちで店を出てしばし商店街を二人で歩いていた。けれども喫茶店を通りかかった時、道也の足がぴたりと止まり、冷たい風が二階堂の頬をくすぐる。
「久遠……さん……?」
「しっ」
 鋭い瞳で口元に人差し指を寄せた。
「こちらへ」
 手を引かれ、窓の脇へ連れられる。
「ですから一体……むぐ」
 口を手で塞がれる二階堂。道也の視線の先は店の中へ向けられており、窓際の席には冬花が座っていた。そして向かい側には基山がいる。
「…………………………………」
 じっと二人の仕草だけで中の様子を伺おうとする道也の集中力は、限界値まで高められていた。
 冬花はテーブルの上に包みを置き、中からマフラーを取り出す。道也が冬花の部屋で編んでいるのを見たものと同じだった。
 冬花から差し出されたマフラーを基山は微笑みながら受け取り、首に巻いてみせる。けれどもマフラーは彼には小さすぎて、二人はくすくすと笑っていた。
「……………………………基山」
 ぷつっ。道也の中でなにかが切れる。
 彼は、冬花手製のマフラーの下手さに基山が笑ったのだと勘違いをしたのだ。
「…………………………………」
 道也はずかずかと大股で店の中に入っていき、嫌な予感に二階堂は慌てて彼を追う。
 冬花たちの席に近付くと、先に基山が道也たちの存在に気付く。
「冬花さん、久遠監督が来ているよ。あと、木戸川清修の監督さんだったかな……」
「お父さんと二階堂さんが?」
 振り返る冬花。道也はなにかを言おうと口を開くが、素早く二階堂が押しのけて前に出た。
「ええと……基山くん、覚えていてくれて嬉しいよ」
 二人はネオジャパンの瞳子から武方の監督として顔を合わせた事があった。
「そのマフラー、冬花ちゃんが編んだのかい?暖かそうだね」
「ええとっても。これに当たった子供はラッキーだと思います」
「子供……?冬花、どういう事なんだ?」
 道也の険しい面持ちに、冬花はなにか大きな勘違いをされていると察し、大人二人を席に座らせて事情を語る。
「だから…………これは、クリスマスプレゼントとしてお日様園の子供たちにあげるものなの」
 俯きながら、冬花はマフラーを袋にしまい直しながら言った。
「そうか、わかった。だったら、私に隠さなくても良かっただろう」
「だって、編み物なんて初めてだし。恥ずかしかったんだもん」
 ほんのりと頬を染めて告げる冬花に、道也はハッとするものの、気難しい表情で腕を組み直す。
「…………………………………」
 ふー。長い息を吐く。
 基山は道也の横に置いてある大きなリボンの包みに気付くが、二階堂が内緒という合図をそっと送った。
「マフラーはわかった。だがどうしてこんな所にいるんだ」
「待ち合わせするのは、稲妻町が丁度良かったの。お父さん変な事を考えないでよ。基山さんに迷惑だよ」
「私は、心配しただけだ。父親だからな」
「もうっ」
 唇を尖らせる冬花。記憶を取り戻す前、FFIの大会中ですら見せた事のない表情に、道也は呆気に取られるものの、基山がくすくすと笑い出せば伝染したのか口元を綻ばせた。
「お父さん、二階堂さん。この後、木野さんと音無さんと目金さんと栗松くんも来るの」
「そっか、じゃあ先生たちはお邪魔だな。そうですよね、久遠さん?」
「………………冬花、遅くなるなよ」
「はーい」
 冬花の返事をしっかり聞いてから、道也と二階堂は喫茶店を出た。


「いやあ、冬花ちゃんいい子じゃないですか」
「貴方のおかげです」
 笑いながら声をかける二階堂に、道也は真顔で放つ。
「二階堂さんがいなかったら、私は冬花と基山に叱り付けている所でした」
「それは久遠さんがお父さんなんですから、仕方が……」
「いいえ、私はまだまだ未熟ですよ」
 道也は抱えていた冬花へのプレゼントのボールを手に持って見下ろす。
「何事も初心は大事です。冬花だけではなく、私にとってもこのボールは良い始まりかもしれない」
「久遠さん……」
「さて」
 道也はボールから二階堂へ視線を移し、見据えた。
「二階堂さん。この後まだお時間があれば、少し飲みませんか?」
「えっ」
 道也の声色はどこか明るい。聞いただけではわかり辛いが、彼を知れば、内に秘める気持ちを感じ取ることが出来る。
「雷雷軒……ですか?」
「はい。そこ以外、知りませんから」
 開き直ったような答えは不意打ちで、ぽかんと口を開ける二階堂。
 道也は背を向けて雷雷軒の方へ足を向ける。その肩は、微かに揺れていた。










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