あの悔しかった思いを。
 俺は忘れない。
 決して、絶対に。



みんな目金を好きになる
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 あの頃、雷門中を騒がせていたのはサッカー部の活躍であった。
 廃部寸前から立ち上がった奇跡。フットボールフロンティアを勝ち抜いていく彼らの栄光を、誰もが期待し、楽しみにしていた。
 当然、学校新聞を作成している新聞部も話題に乗り出さない手はない。
 試合会場へ行き、臨場感を肌で味わって記事にしようと『雷門のスッポン』の異名を持つ部長は、写真が上がるのを心待ちにする。
「あれカッコ良いよね、豪炎寺のファイアトルネード」
 部室に来るなり、上機嫌で無差別に先日の試合の必殺技を語りだす。
「ですよねえ」
 適当に相槌を打つ部員。部長の話は何度もリピートするので疲れる。
「おはようございます」
 カメラマンを担っている部員が入ってきた。
「よっ、待ってましたよ大将」
 手をすり合わせて死語を吐き、寄ってくる部長。部員は彼のいる方向の肩を竦めた。
「そろそろ写真、出来たんじゃないか」
「………………それが……」
「ん?」
 部員は一歩下がり、部長に頭を下げる。


「撮れませんでした」
「俺、すっごい楽しみにしているんだよね」
「撮れなかったんです」
「さぞイカすカットで、皆を痺れさせるんだろうな」
「聞いてください」
「モデルの選手が、俺たちの新聞でモテるようになったって菓子折りを持ってくる日も遠くない」
「現実見てください」
「あーあー聞こえない」
 ブチッ。部員の頭の中で何かが切れた。
「撮れなかったって言ってんだろうが!!」
 肩に背負っていた鞄を机に叩きつけ、撮った写真を乱雑に並べる。
 写真はどれもこれもブレており、記事にはとても出来ない。
 そもそもスポーツの写真自体難しく、専門のカメラマンまでがいるというのに、ただの中学生が超次元サッカーの技をカメラに納めるなど不可能に等しいのだ。
「…………そ、そんな……馬鹿な」
 後ろへよろけ、部長は床に尻をつく。
「俺だって悔しいですよ。こんなに皆熱くなっているのに、写真に納められないなんて」
「おい。諦めるのか」
 すぐに復活する部長。
「どうしろって言うんですか。取材を持ち込んだって、空に飛び上がっているのを止める訳にもいかないんですよ」
「じゃあお前も飛んで見せろよ」
「なんだと」
 部員も部長の胸倉を掴む。二人の視線の間に微弱な電流が走った。
「畜生、飛んでやるさ!飛べば良いんだろ!」
 殴るように手を振り払い、部員は部室を出て行く。彼の去った後には、窓から差し込む光が埃と共に涙の滴も照らしていた。
 その後、彼はサッカーを初め、あらゆるサッカーバトルに出没し、空を制する技を取得するが結局新聞部には戻らなかった。


 腕の良いカメラマン不在のまま、フットボールフロンティアは全国大会に突入し、雷門は見事制した。
 しかし、新聞部は取材も出来ず、写真も撮れず、見過ごす結果に終わってしまう。部長は試合以外の話題性も取り上げようとしたが、試合の写真が撮れなかったという後悔は彼の心に色濃く影を映した。
 部員が帰ってしまった部室で、部長は一人きりで席に座り過去の学校新聞を眺める。
 どれも自分が企画を立て、皆で相談して決めていった記事たち。どれも思い出深いし、誇れるものだった。しかし、どこかが満たされない。サッカー部の輝きに匹敵するくらいの、皆をあっと言わせる話題を求めていた。
 過去の記事の中には、町内新聞も納められている。この新聞にはちゃっかりと試合の写真があり、嫉妬心が渦巻いてくる。何度押さえ込もうとしても、湧き上がってくるのだ。
「ううっ」
 不意に身震いし、手を擦る。
 季節は流れ、冬を告げていた。
 寒いのにも関わらず、彼は立ち上がり、窓を開ける。
 遠くからうっすらと夕闇に浮かぶ鉄塔の雷門シンボル。四十年ぶりの灯りは初めて見るのにどこか懐かしい。
「はぁ……」
 息を吐けば白く曇った。
「俺も輝きてぇ」
 口に出して、喉で笑う。だが目は笑っておらず、何かを思い詰めたように瞳は底を見せない。
「寒っ……」
 窓を閉め、部屋を片付けて外に出る。身体は冷えていく一方なので、早く帰ろうと歩調を速める中、校門の前で誰かに当たってよろける部長。
「あ」
「すみません」
 詫びてくる相手。顔を見ればサッカー部の目金であった。
 謝り合った後、二人は別々の道を向かう。帰路を歩きながら部長は目金の事を思い出していた。
 彼はあまり運動神経の良い方ではなく、ベンチが多い。秋葉名戸戦では活躍したらしいが、確かな情報は部長もよく知らない。ある意味、謎に包まれた存在かもしれない。
「…………………………」
 部長は足を止め、振り返る。
 その目は獲物を定めたように揺るがない。一度食らいついたら絶対に放さない。
 スッポンの狂気が目を覚ました。










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