結局夜になっても、二階堂からの連絡も、豪炎寺からの連絡も来なかった。
喧嘩をしたら
- 後編 -
豪炎寺の脳裏には半田の言葉がぐるぐると回っては消えて、浮かぶを繰り返している。
――――相手にその気がないとか、さ。
喧嘩をしたら仲直りをするものだと思い込んでいた。
喧嘩は嫌な気分になるし、出来るだけ避けたい。
喧嘩をした後で向き合うのは勇気がいるし、また喧嘩になるかもしれない。
和解したい気持ちの他に逃げたい気持ちがわいてくる事は、冷静になればわからなくもない。
「監督は、どういうおつもりなのですか」
布団に潜り、一人呟く豪炎寺。
二階堂という人間がわからなくなってしまった。いや、元からわからなかったのに気付かなかった、気にも留めなかったに過ぎない。
豪炎寺は二階堂を理解するよりも、理解されたい気持ちの方が強かった。
たぶん二階堂の方も自分の気持ちよりも豪炎寺への理解を優先していてくれただろう。二人の関係は監督と生徒が始まりだったのだから。
「監督。俺、別れたくないです」
二階堂監督なら俺の気持ちをわかってくれるはず。甘え癖は早々抜けやしない。
二人の気持ちにひずみが喧嘩という形で露になった事で、いかに二階堂に甘えていたのかを豪炎寺は悟る。
「俺、子どもなんだな」
己で口にして、己に落胆した。
翌日。豪炎寺は意を決して、二階堂に昼頃電話で直接話がしたいとメールで伝える。
豪炎寺が不安に思っていた割には、二階堂はあっさり返事を返し、二人は昼に会話をする。
「あの、監督。豪炎寺です」
『お前からの連絡、嬉しいよ。こないだはすまなかったな』
二階堂は謝罪さえあっさりしてきた。
「俺の方こそ悪かったです。監督に愛想をつかれてしまったのかと思っていました」
『えっ、どうしてだ』
「どうして、と言われましても」
口ごもる豪炎寺。連絡をしてくれない勝手な憶測に過ぎなかった。
「か、監督、が。昨日メールをしてくれないから」
『豪炎寺が怒っていると思ったからだよ。ごめんな』
「……………………………」
『豪炎寺?うん?電波が悪いのかな』
黙りこむ豪炎寺を、二階堂は電波が原因だと勘違いをした。
「二階堂監督、どうして謝ってばかりなんですか」
『そうか?』
「俺が子どもだからって、監督ばかりが謝る必要はないんですよ」
『子ども扱いしているつもりはなかったが、すまなかったな。…………あ』
はぁ。二階堂の携帯に、スピーカーから豪炎寺の溜め息が聞こえた。
「学校終わったら、そちらへ行きますね」
ぷつりと電話がきれる。
二階堂はしばらく携帯を下ろさず、耳に当てていた。
己の行動を思い返せば、喧嘩の時は大人気ない態度だったのに、仲直りの時は大人ぶってしまった。
「駄目駄目だなぁ、俺は」
一人反省し、二階堂は携帯を下ろす。
恐らく夜はきっと、豪炎寺に叱られてしまう予感がした。
日が暮れた頃、約束通りに豪炎寺が二階堂の家へやって来る。
「いらっしゃい」
二階堂は豪炎寺の顔を見るなり、喧嘩をして怒ってしまった罪悪感が大波のように襲ってきた。
「本当に悪かったな、豪炎寺」
玄関に上げるなり詫びてしまう。許して欲しい一心であった。
対して豪炎寺は不機嫌そうに唇を尖らせ、二階堂を睨みつける。
「ご、ごうえ」
豪炎寺は一歩前に出て、そのまま二階堂の胸に顔を埋めた。
「んじ」
触れる感覚に、二階堂は胸を貫かれたような衝撃を覚える。どきどきした。
「なぜ」
低く、聞き取り辛い声で豪炎寺が呟く。
「なぜ、謝るのですか」
「ええと……悪い事をしたと思っているからさ」
「もう監督は昼に散々謝ったでしょう。俺は言ったはずです。俺も悪かったって」
顔を上げ、二階堂の瞳をじっと見上げた。
「喧嘩、りょうせいばい、です。ごめんなさい、監督」
「豪炎寺…………。そうだな、仲直り、しような」
「はい」
二人は初めぎこちなく微笑みを交わし、笑顔を慣らしてから抱き締めあう。
「あ、あの。二階堂監督」
「うん?」
「また喧嘩したら、またこうして欲しいです」
「それじゃあ豪炎寺は仲直りするために、喧嘩をしたがっているみたいだぞ」
「いけませんか。喧嘩をするなら、仲直りをするべきですよ」
「敵わないなぁ」
二階堂は豪炎寺の髪をくしゃくしゃと撫でた。
すっかり仲直りをした二人は、ゆっくりとくつろごうとするが喧嘩をしてしまった原因が脳裏をチラつかせる。
「一昨日は本当につまらない理由で怒ってしまってすまなかったな」
「いえ、俺が悪かったんです」
「いやいや、俺が大人気なかったんだよ。お前といると大人になりきれなくなる」
「……………………………」
豪炎寺が吃驚したように目を丸くさせて、察してしまう。今、とても大胆な告白をされたと。
二階堂は口を滑らせてしまった事に照れ、視線をそらす。豪炎寺は本当に嬉しかったらしく、口が緩んでしまっている。
「俺、また喧嘩してもいいです」
「まだ言うのか?」
「喧嘩する程、仲がいいと言うでしょう」
くすくすと笑う豪炎寺。すっかりご機嫌だ。
二階堂はまだ振り向けそうになかった。
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