「……………………………」
 ダウドは小さく首を横に振った。
「おいら、1人で行こう」
 1人呟き、首を縦に振って頷く。まるで自分に言い聞かせるように。
 準備を整え、部屋を出ようとドアのノブに手をかけ、開けずに後ろを振り返った。眠るジャミルを見て、唇を固く結ぶ。


 いつまでも、ジャミルに頼ってばかりじゃいけない。


 もう一度、頷いた。
 ジャミルに助けられる度に思っていた。いつか、ジャミルを助けられるようになりたいと。困難が待ち構えるかもしれないが、生まれ変われるチャンスなのだと、明るい方へ考える事にした。




 宿の主人から洞窟の地図を受け取り、ダウドは洞窟へと入っていく。
 薄暗く、重く圧し掛かるような圧迫感。緊張が胸を締め付けた。いつも、横で感じていた温かい存在はいない。困っても、誰も助けてはくれない。倒れても、誰も見つけてはくれない。
 孤独への道の先は、真っ暗闇で何も見えない。手の平に浮かんだ汗を、服で何度も擦りながら、ダウドは歩く。
 怖くて、怖くてたまらない。不安で、心を落ち着かせる場所がなくて、しきりに辺りを見回した。利き腕は常に剣の鞘を握っている。手の平はすぐに汗ばんでしまう。握っている部分は気持ちが悪かった。


「!」
 ダウドは魔物の気配を察知すると、素早く剣を抜き、切り裂いた。退治した事のある魔物で、自分1人でも倒せる相手だったのが幸いであった。
 絶命し、地面に倒れる魔物を、彼はしばし見下ろしていた。体液は流れ続けるが、ぴくりとも動かない。
「…………はぁ…………はぁ…………」
 魔物に、もしもここで死んでしまったらと自分を想像し、頭を振る。
 ネガティブな考えをして、否定をしてくれる人もいないのだ。気分が暗くなって、それっきりなのだ。


 地図を確認し、正しい通路を見つけながら、奥の方へと進んで行く。
「………ジャミル」
 心の中で、唇を動かすだけにするつもりだったのだが、声になってその名は出て来た。
「怖いよ」
 届きはしないのに、語りかけるように独り言を言う。
 不意に気配に気づいた時には遅かった。
 ゴッ、と後頭部を叩きつけられ、ダウドは地面に倒れる。脳震盪を起こして、意識が遠のいていく。起き上がらねば、戦わなくては、何度意思で呼びかけても、指の先が僅かに動くだけであった。
 立ち止まってはならない、でないと、ジャミルが。
 声にはならず、僅かに口が開閉する。
 ジャミルが、死んでしまう。
 この倒れた姿で背中を刺されれば、ひとたまりも無い。それだけは避けたいが、どうにもならない。
 虚ろな意識の中に、何かの金属音を耳が捉えた。何かの存在を感じる。
 確かめられないまま、その存在はダウドに近付いていく。
 ダウドの様子を無視して、それは上の方から語りかけてくる。声のような、心に直接語りかけてくるような、不思議な感触であった。


 まだ、倒れてはいけない。
 なぜ、1人で来たのですか。


 おいらが、やらなきゃいけなかったから。
 心の中で声に応えた。


 生まれ変われるかもって、思った。


 生まれ変われるのですか。


 そんな、感じがした。


 自己満足ですか。


 そうとも、言うね。


 わかっているのですか。あなたは、自己満足で友を失おうとしているのですよ。


 ぞくりと、胸の奥が冷える。
 返す言葉の見つからないダウドは、存在が遠のき、消えていくのを感じた。
 空耳かもしれない。何か弦をはじいたような音が聞こえた気がした。




 意識を取り戻し、我に返ったダウドであったが、薬草を採り、戻ってくるまで、ぼんやりとした夢のような感覚は抜け切らなかった。あの後、魔物にもあまり出会わず、すんなりと目的地まで着いてしまった。まるで何かに導かれるような、見守られているようなものを感じずにはいられない。
 薬草を主人に渡し、特効薬を作ってもらうと、それをジャミルに煎じて飲ませた。するとみるみる血色が良くなり、彼は身を起こして笑顔を見せる。
 ベッドの脇に椅子を近づけて座り、ダウドは薬を手に入れるまでの経緯を話し出す。聞いたジャミルは驚きを隠せないでいた。
「1人で行ったのか?ジャミル様もビックリだ。褒めてやるが、あんまり無理すんな」
「うん、確かに無茶だった。それとね、おいらを一発殴ってよ」
「はぁ?」
 ジャミルは口をぽかんと開けた。
「ジャミルの為にだなんて。ホントは自分の為だった」
「そんなもんじゃねーの?」
 指先で頬を掻きながら言う。
「そうかな」
「ダウド、考えてみろよ。俺がいなくなって困るのは誰だ?お前だろ」
「そうだね…………って、ジャミル。めちゃくちゃ偉そうだね」
「ま、元気になった証拠よ」
「そうしとく」
 2人顔を見合わせて、くすくすと笑った。
 温かな存在を感じる。心が穏やかで、幸せな気持ちが溢れ出る。見失ってはいけないものなのだと、目の前に映る友の笑顔を焼き付けていた。


 







いちおうあの人がダウドを助けました。
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