秘境とも呼ばれる、人があまり近付かない地へ、ジャミルとダウドの2人組みは足を踏み入れた。
 多い茂る森林を抜けると、そこで見つけたのは小さな小さな村。


「こんな所にも人が住んでいるんだな」
 ジャミルの言葉に、横にいるダウドは首を振った。
 日は傾き始め、今日はここへ泊まる事にして、幸いにもあった宿にチェックインを済ませて眠る。
 静かな村であった。人が少ないせいだろう。けれど開放された中にあるはずなのに、どこか閉鎖的で他所者を受け入れない空気をピリピリと感じる。休んだら早く出ようと、ダウドが声を潜めて促した。




 そして朝、ダウドは目が覚めるとすぐに起き上がり、隣で眠るジャミルを起こそうと身体を揺らす。
「ジャミル、ジャミル、起きて」
 ジャミルは呻くだけで、起きる気配を見せない。布団を頭から被り、表情も見えない。昨日、早く出ようと言ったのに。
 ダウドはしつこくジャミルを起こそうと粘った。
「……んん…………」
 ようやくジャミルが布団から顔を出す。
「ジャミル、起きてよ」
「…………………………」
 薄く目を開き、ダウドを見るだけで動こうとしない。顔をまじまじと眺めると、火照っているように見えた。布団を被りすぎたせいだろうか。いや、違う。ダウドはジャミルの異変に気付き始めた。
「…………ジャミル?」
 額に手を当て、自分の熱と確かめる。熱く、熱があるようだ。けれど体温とは対照的に、ジャミルは寒そうに身震いさせた。風邪かもしれない。薬はあるが、宿の滞在を伸ばさねばならないだろう。
 村の住人は怖いが、ダウドは宿の主人に会いに行った。


「………熱、ですか」
 宿の主人は聞き取りづらい声で呟くように言う。主人はかなりの年齢のようで、髪は白く、背は曲がっていた。村に若者は少ない様子だった。宿に入る際にざっと見た所、老人ばかりであった。
「お客様。つかぬ事をお聞きしますが、熱が出たのはこの一帯に入ってからでしょうか」
「今朝、わかったからそうなのかも」
「そうですか…」
 主人は皺だらけの顔の眉間に、さらに深い皺を寄せる。
「薬は既に飲ませてしまいましたか」
「まだ、だけど」
 ダウドの答えに、長い息を吐く主人。壁に掛けてある杖を取り出すと、ダウド達の部屋の方へ歩き出した。
「様子を見せてもらっても良いですかな」
「え?……うん、良いけど……」
 小走りで主人の後ろへ付き、共にジャミルの眠る部屋へ向かう。
 ジャミルは主人とダウドが入ってきたのもわからないようで、熱い息を吐いては寒そうに、布団を肩まで持って行った。
「やはりこれは」
 主人はゆっくりとジャミルに近付き、首を確かめる。何事かとダウドは覗き見ようとするが、主人の背に隠れて見えはしない。
「赤い斑点」
 神妙な面持ちでダウドの方へ振り返る。ダウドは慌てて数歩、後ろへ下がった。
「これは、ただの熱ではございません。この土地特有の風土病です」
「風土病?」
 聞き返すダウドに、主人は語り出す。


 この土地一帯には古くから風土病が蔓延をしていた。その病のせいで、この近辺は人が近寄らなくなり、やがては秘境とまで呼ばれるほど、閉じ込められた世界となってしまったのだ。
 病の特徴は高い熱を出して、首に赤い斑点を作るというもの。熱は下がる事無く上がり続け、やがて死をもたらすという。
 幸い、村には特効薬とも呼べる秘蔵の薬があり、これを煎じて飲めばたちまち治り、そのうえ病自体にもかからなくなる。村に生まれた者は、まずこの薬を飲ませる事が慣わしであった。


「じゃあ、薬を飲ませればジャミルは治るんだね」
 ダウドの顔が、パッと輝く。死をもたらすと聞いた時は肝が冷えたが、安堵に胸を下ろした。
「然様。ですが………」
 主人は顔を曇らせる。
「薬が、無いのです」
「………………………………………………………え?」
 自分の声とは判別出来ない、変な所から出た気がした。指先が、身体の端から温度が下がるのを感じた。
「見ての通り、この村には老人ばかりです。子供は数年生まれておりません。旅の方がいらっしゃるのも同じくらい、久しぶりの事でした。病にかかるものも誰もおらず、薬の必要性は無くなり、いつの間にか持つ事も無くなったのです」
「じゃあ………じゃあ………」
 口から発せられるのは震えた声。
「ご安心なさい。薬の調合は村の誰もが知っている事です。ですが」
「なんだよ」
 安堵と不安を繰り返させられ、ダウドは次第に不機嫌になっていく。
「薬に必要な薬草が、村はずれの洞窟の奥にしか生えないのですっ」
 主人は手を合わせて天を仰いだ。
「嘘ぉ…」
 来たよ来たよRPGお約束の試練が。
 心の中でふかーい溜め息を吐いた。当然、あれだ、あれも出るのだろう。
「洞窟には魔物が住み着いて…」
「はぁ」
 相槌を打つ口の端は引き攣っていた。やはりそう来たか。


 ダウドは一度伸びをして、胸を張った。
「おいら行くよ。相棒のピンチだもん」
「ですが、お1人で……」
「へ?」
 そうだった。
 ダウドは冷や汗が噴き出すのを感じた。1人でやらねばならないのだ。
 だが立ち止まるわけにもいかない、だがくじけそうだ、しかしそれでも…。頭の中は凄い勢いで葛藤が行われていた。
「村の者は皆年寄り故、お手伝いをする訳にもいかず…」
 されても困る。
 冷静に心の中で突っ込みを入れた。
「こういうのはどうでしょう。実は偶然とは重なるもので、昨晩、早朝と2組の旅のご一行がこの宿にお泊りになりました。2号室と3号室です。宿には3部屋しかありませんけどね。病人は出ていないようですし、その方達のお力を借りるというのは」
「なるほど」
 ぽん、と手を合わせる。
 けれども南エスタミルで育ったダウドには、見ず知らずの人間を信じ、あまつさえ助けを求める事など簡単には出来ない。まず、裏切られる事が頭を過ぎってしまう。
 悩むダウドに主人が“決めるなら早くした方が良い”と、口添えをされた。主人が部屋を出て行き、戸が閉まると静寂が訪れる。ジャミルの息遣いが余計に苦しく聞こえてしまう。なんとかせねばならないのだ。自分しかいないのだ。ダウドは決断を迫られていた。


 →1人で行く
 →2号室へ行く
 →3号室へ行く






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