金属と金属がぶつかり、重く、削る音を立たせる。
薄闇の中で火花を散らせ、キリキリと切っ先同士が悲鳴を上げた。
「こんな事だろうと思ったぜ!」
瞳は殺意に歪む。互いに理性を捨てた醜い獣の姿を映している。
信じなければ良かった!一人のままなら良かった!なんて馬鹿げた選択をした!
心の内で己を罵倒し続け、相手の第二撃を受け止める。
苛立つ。自分の愚かさが。苛立つ。相手の頬に浮かぶそばかすが。嫌味ったらしい、どこまで怒らせるのか。何もかもが気に入らない、最悪の結果だ。
「ちっ」
舌打ちをして、刃を下から上へ上げて相手の刃弾き飛ばし、持ち替えて振り下ろした。
選択
-前編-
眩しく照らす太陽、どこまでも澄み切った空、どこまでも広がる海に囲まれた町――――南エスタミル。町と呼ぶより、住み人々にとっては牢獄のようであった。
ここには羽ばたけない者たちが地を這い蹲り、絶望を背負い、夢という空虚を抱き抱え、終わり行く日まで傷付きながら果てていく。
それでも彼らは生きた。力強く、図太く、狡猾に。人のルールを破ってでも。
今日もまた、少年は物を盗んだ。最初はスリから初め、次第に腕を上げて盗賊となった。
少年の名はジャミル。親のいない、孤児として育った南エスタミルの人間。
「ちょろいもんだ」
手に入れた盗品を、得意そうに軽く投げて満足そうにまた懐へしまう。北エスタミルの平民の財布だ。これで二、三日の食の足しになる。同じエスタミルでも北と南では治安は全く違う。例えるなら北が光で南が闇、北が天国なら南は地獄だ。
しかし、たとえ日の当たらない闇の地獄でも、何もせずに引き摺られて堕ちていくのは御免だと、ぎりぎりまで輝いていたいという思いをジャミルは抱いていた。彼には夢があった。輝きを示すように、彼の衣服は煌びやかで、悪く言えば派手であった。
盗みの腕と抱くものと外見。ジャミルは目立ち、盗賊ギルドからの誘いを受けているものの断り続けていた。誘いは脅迫と化していったが、それでも彼は孤高でい続ける。
ぱち。
街のざわめきとは違う何かが当たる音がして、ジャミルは耳を澄まして警戒した。
ぱちぱち。それは拍手だと振り返ると、裏路地から一人の少年が出てきた。白を基調としたゆったりとした衣装にターバン。典型的なエスタミルの人間である。
「兄さん凄いね。見ていたよ、さっきの盗み」
少年は指を差す。その方向はジャミルの懐で、盗んだ財布をしまった場所だ。
ジャミルの目が細くなり、利き腕を背の後ろへ回して構える。
「待って。別に取り戻しに来た訳でも、横取りしたい訳でもないんだ」
両手を上げて、戦意がないのを伝えた。
「兄さん、ジャミルって言うんだろ」
「どこで知った」
「どこでも何も、有名だよ。同業者の中では」
「ギルドのもんか」
じわじわと殺気を増すジャミルに、少年は静めようと手を下に向けて扇ぐ。
「違うよ。ギルドはおいらなんて相手にしないし」
「俺に何の用だ」
「そう、そうだよ。兄さん、おいらと仕事をやらないかい」
少年は勢い良く手を合わせ、頭を下げた。
「ギルドで相手にされないなら、俺が相手をしてくれるとでも思ったのか。くだらん」
ふん、と鼻を鳴らし、ジャミルは背を向けて去ろうとする。
「待ってよ、話を聞いて」
少年は下がらずに追いかけた。
露店が集まる通りをジャミルは歩む。その後ろを少年は付いていった。
「悪い話じゃないんだよー。だから、ね」
聞く耳をもたず、ジャミルは突き進んでいく。そうして通過するように店の品からパンを取り、金を支払う。
「これくれ」
「あいよ」
店員に軽く手を上げ、露店街の人の群れを抜けて海の見える静かな桟橋に辿り着いた。
靴を脱ぎ、素足を海に付けて座り込む。少年は四つんばいになって、食い下がる。
「兄さん、お願いだよ」
「しつけえ」
一蹴してパンを食べ始めた。
「やらねえ」
少年の視線がパンへ行くと距離を離す。そんなジャミルに構わず、少年は語りだした。
「二人でどでかい物を盗むんだよ。上手く行けば、当分遊んで暮らせるんだ」
「お前胡散臭すぎるんだよ。そもそも当分遊んで暮らせるもんが、どこに転がっている」
「あそこだよ」
少年は海の向こうの北エスタミルを指す。目を凝らせば、豪邸を示しているではないか。
「馬鹿言え、あんなの最低でも念密な下調べをしなけりゃ即これだ」
首に向けて手を下ろす、斬首の振りをする。
「それがね、あるんだよ」
「何がだ」
とりあえず返してやった。
「地図だよ」
「はあ?」
ジャミルは少年を見て、ぽかんと口を開ける。
「地図があるんだよ」
「なら実物見せてみろい」
「そ、それは駄目だよ」
後ろへひっくり返るように尻をついて前で手を振る少年。
「見せたら一人で仕事やっちゃうでしょ」
「何もかも信用できねえんだよ。あっち行け」
しっしっ。虫のように追い払おうとする。
「嘘じゃないよ、本当にあるから。じゃあ信頼の証として、おいらの名前を教えるよ」
起き上がり、胸の前で拳を握り締めた。
「それが本当だって証拠はあんのか」
「おいらの名前はダウド。明日、水平線に太陽が沈む頃、ここへ来てね。絶対だよ」
「俺は一言も良いなんて言って」
「頼むよ兄さん……兄貴!」
「気安く呼ぶな!」
ダウドと名乗った少年は、軽い足取りで露店街の方へ消えていった。
現れたかと思うと、すぐさまいなくなる。まるで風のようであった。
「俺が来るとでも思っているのか」
一人呟き、すっかり手が止まってしまった食事の続きを始める。
群れるのが嫌であった。多いのが嫌ではない、二人だって嫌だった。一人が気楽なのだ。
この裏切りだらけの世界で、唯一信用できるのは自分自身なのだから。
全てを疑い、自分だけを信じて生きてきた。
ダウドは見るからに裏切りそうな、嘘だらけに見えた。あそこまで疑わしく思えるのは、逆に珍しいぐらいだ。きっと自分にしたような手口でたくさん裏切られてきたのだろう。
なんて愚かな奴だ。哀れみすら感じる。
「俺は信じない」
食べ終わり、手を払って桟橋の板に手をついて空を見上げた。
空はどこまでも自由であった。
ああ、天から見下ろせば、俺も哀れに見られているのだろうか。ふと思いが過ぎる。
だが――――
俺は違う、絶対にだ。
ジャミルは睨みつけた。
瞳の奥に秘められた拒絶の刃が姿を見せた。
→
ジャミルとダウドの出会い。
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